君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

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愚かな新婚夫の悩み 2

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 わたしは姿見に映る自分の姿を確かめて「よし」と頷いた。
 目元の腫れも引いたし、ドレスも既婚者らしくあまり派手でないものを選んだ。
 春も終わりに差し掛かって日差しが強くなりはじめたので日傘も用意したし、お父様が隣国から買い付けた日焼け止めも塗っている。

「ドロシア、お出かけしてくるわ」
「まあまあ奥様。供を連れて行かなくてはなりませんよ。わたくしがお供してもいいのですが、お買い物でしたら若いものと一緒の方が楽しめるでしょうね。アガサを呼んでまいりましょう」

 アガサはラザフォード公爵家のメイドの一人で年は二十歳。わたしの部屋の片づけなどを担当してくれている。

 ……そう言えば、まだドロシアに部屋を移りたいって言ってなかったわ。

 わたしの部屋は、夫婦の寝室と内扉で繋がっているのだけど、ここにいたらクリフ様がゆっくりできない気がするのだ。
 それに、いずれクリフ様の初恋の相手がクリフ様と再婚して公爵夫人の部屋を使うと思うので、わたしが使っていたと知ると気分を害するかもしれない。
 とはいえ、わたしの方からドロシアに部屋を移りたいと言ったら、ドロシアのことだからまたクリフ様を責めに行くかもしれないわよね。

 ……クリフ様が帰ってから相談しましょう。

 帰宅早々ドロシアに怒られたらクリフ様が可哀想だ。
 ドロシアがアガサを呼んでくると、わたしは馬車を用意してもらって、アガサを連れて街に向かった。本当は買い物ではなくクリフ様の初恋相手の聞き込み調査に行くつもりだったのだけど、アガサがついてくるのだから堂々と聞き込みはできない。
 今日のところは、クリフ様が普段訪れている店へ向かって、店主にそれとなく聞いてみるくらいにとどめておこう。

 クリフ様と結婚する一年くらい前から、わたしは三日に一度はラザフォード公爵家に通っていた。
 その頃はまだクリフ様のお父様とお母様は王都のタウンハウスにいらっしゃった。わたしは公爵家に通いながら、お義母様から公爵夫人のお仕事を教えてもらっていたのだ。
 クリフ様は戴冠したばかりの若き国王ギルバート陛下の側近の一人でお忙しくされていたけれど、わたしが来る日は時間を作ってくれた。
 それはほんのわずかな時間であることが多かったけれど、中には半日の休みを取ってくれることもあって、そう言う日は決まって一緒にお買い物に出かけたものだ。

 だから、クリフ様が好んで訪れていたお店はよく知っている。
 ハーブティーの専門店。
 国内外のチーズをたくさん取り扱っているお酒も飲めるカフェ。
 魔法道具屋に、本屋に、香水店。
 そうそう、大広場の近くに三年前にオープンしたデパートもお気に入りね。

 このデパートはわたしのお父様がお隣のカンニガム大国の真似をして作ったんだけど、五階建ての建物すべてがお店で、様々なものを取り扱っているの。
 一つの場所でいろいろな商品が見られるとあって、貴族や富豪を中心にとても人気が出ているのよ。
 魔法技術を組み込んだ「エレベーター」というものを設置したのもよかったみたい。
 階段を上らずに上の階に行けると、三年前にオープンしたときはエレベーター見たさに大勢の人が詰めかけたのよね。

「奥様、どちらに向かいますか?」
「そうね……。まずハーブティーのお店に行ってから、香水店、最後にチーズを扱っているカフェに行きましょ。クリフ様はチーズがお好きだから、お土産に買って帰りたいわ」
「奥様……! 旦那様にあのような仕打ちを受けたのに、なんてお優しい……」

 どうやら、初夜にわたし一人を寝室に残して逃げ出したクリフ様の話は、ラザフォード公爵家の使用人の間で広まったみたいね。

 ……これ、フォローしておかないとクリフ様が居心地が悪くなってしまうわ。

 幸い、クリフ様が初夜をすっぽかしたのは広まっていても、わたしに対して「夫婦にはなれない」と言った事実は知られていないはず。

「お忙しくて疲れたんだと思うわ。お仕事が忙しいのに、結婚準備も大変だったでしょ? 仕方がないわよ」

 公爵家ともなれば、結婚式も盛大だ。
 国王陛下もいらっしゃるし、当然お義父様お義母様も領地から駆け付けた。
 お義父様とお義母様は新婚夫婦の邪魔になったらダメだからと、昨日は王都にある別宅にお泊りになって、今朝には帰路についたのよね。

 ……「子供が出来たらお手伝いに来るからね」なんてお義母様がおっしゃったけど、そんな日は来ないわね。ごめんなさいお義母様。

 お義母様は子供が大好きな方なんだけど、体質なのかクリフ様をお産みになった後は子宝に恵まれなかった。
 だから、わたしがよければ孫はたくさんほしいと言って笑っていたんだけど――わたしは、クリフ様の初恋の方を探して離縁するから、その希望には答えられない。
 うっかり結婚式前には「がんばります」なんて言っちゃったから、お義母様は期待しているかもしれないわね。申し訳なさすぎるわ……。

「疲れていても、新婚の奥様を放置していい理由にはなりませんわ!」

 アガサはぷりぷり怒っているけれど、わたし、クリフ様のお気持ちもわからないではないのよ。
 わたしがもしクリフ様の立場だったとしたら、好きな人がいるのに好きでもない相手と夫婦生活をしなければならないと考えると、いやだなって思うもの。
 好きでもない人とそういうことをするのは、とても精神的な苦痛を伴うと思うの。
 わたしはクリフ様が大好きだから、拒絶されてとてもつらかったけれど、だからと言って、クリフ様に無理をしてわたしと夫婦になってくださいとは言えないわ。
 クリフ様が無理をしてわたしと名実ともに夫婦になったとしても、精神的苦痛からすぐに他に女性を作るかもしれないでしょ?

 愛人を作らなくても、ラザフォード公爵家は王都に別邸も構えているから、別居生活になるかもしれない。
 無理をしたって、近い将来わたしたちの関係は破綻すると思うの。
 むしろ一緒に過ごした時間があればあるほど別れるのがつらくなるから、最初に引導を渡してくださったクリフ様は優しい方よ。

 ……わたしの中のクリフ様への想いがこれ以上大きくなる前に、無駄だって教えてくれたんだものね。

「アガサ、夫婦はすれ違ったり喧嘩しながら少しずつ絆を深めていくものだと、わたしのお母様は言ったわ。だから気にしてないの」

 そう言ってアガサをなだめると、彼女はまだ不満そうだったが「わかりました。これからの旦那様に期待しましょう」と嘆息した。
 そんなアガサを見ながらわたしは、これはクリフ様が帰ったら早急に表面上だけでも仲のいい夫婦を演じる必要があると伝えなくてはならないわねと考える。
 これ以上、使用人たちの中のクリフ様の株を下げるわけにはいかない。
 馬車がハーブティーのお店の前に到着する。

「ねえアガサ、クリフ様はミントをブレンドした紅茶がお好きだったわよね。あとは、お仕事がお忙しいから、寝つきがよくなるブレンドティーを買って帰りましょ」

 すると、アガサはなぜか目を潤ませた。

「奥様は本当にお優しくていらっしゃいます!」

 そしてまたぶつぶつとクリフ様への文句を言い出したので、わたしは何を間違えたのかしらと首を傾げたのだった。

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