君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

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まずは手を繋ぐことからはじめましょう 2

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 わたしが目を覚ました時、隣にクリフ様はいなかった。
 寝坊してしまっただろうかと慌てたけれど、時間はいつも通りだ。
 ベルを鳴らせばドロシアが来てくれる。

「おはようドロシア。あの、クリフ様は?」
「坊ちゃまでしたら朝から走りすぎて疲れ果ててダイニングでぐったりしておいでですよ」
「走りすぎて……?」
「ええ、朝からあの広い庭を十周もしたんですよ。最期は力尽きて倒れ込んだようで庭師が慌てて呼びに来ました。まったく、人騒がせったらありませんよ」
「えー?」

 なんでまたそんなに走ったのかしら?
 ドロシアによれば、走りつかれたクリフ様は少し回復すると汗を流すために入浴して、今はダイニングで飲み物を飲んでいるらしい。

「じゃあ、お腹がすいているわよね。急いで支度をした降りた方がいいかしら?」
「奥様がお気になさることはありませんよ」

 自業自得ですからねとドロシアが肩をすくめる。
 わたしは隣の部屋に移動して顔を洗い、着替えをすませるとダイニングに降りた。
 心なしかやつれたような気がするクリフ様が、ダイニングテーブルに突っ伏している。

「お、おはようございます、クリフ様。その、大丈夫ですか?」
「ああ、おはようアナスタージア。大丈夫だが、自分の運動不足を実感したよ。これからは毎日走ることにする」
「走るのは結構ですけど、ほどほどになさった方がいいと思いますよ。この広いお庭を十周は、走りすぎかと……」
「ドロシアだな、君に余計なことを吹き込んだのは!」

 クリフ様がじろりとドロシアを睨んだけれど、ドロシアに睨み返されてふいっと視線を逸らした。その様子が子供みたいでちょっとおかしい。
 わたしが席につくと、間もなくして朝食が運ばれてくる。

「アナスタージア、今日の予定は?」
「とくにはありませんので、チーズを食べた感想をまとめようと思っていました。領地で本格的にチーズ工場がはじまる前に、どの種類のチーズを作るのか決めなければならないと聞きましたので、その参考になるのではないかと思いまして」

 チーズを作るといっても、全部の種類を作れるわけではない。
 お父様とお義父様が相談し、ラザフォード公爵領の気候に合ったチーズをだいたい三種類くらい作る予定だ。
 数年前から試作を重ねており、試作のときはたくさんのチーズを作っているけれど、最終的に出来のいい種類のもののなかから需要の高そうなものを選択するそうだ。
 最初の輸出先と決めているカンニガム大国の食文化はバレル王国に似ているので、わたしや使用人たちの感想をまとめたレポートは役に立つと思う。
 今まで何気なく食べていたものを考えながら食べるのは、ちょっと面白い。

「そうか。じゃあ、隣でそれを見ていてもいいだろうか?」
「え? それは構いませんけど……退屈だと思いますよ?」
「そんなことはないよ。それに、せっかく休みをもらったんだから、君の側ですごしたいからね」

 ……ひえ⁉

 さらりと微笑み付きで甘い言葉を言われてわたしの顔がぶわっと熱くなる。

 ……ど、どどどどうしちゃったのクリフ様⁉

 もともと優しい人だったけれど、こんな風に歯の浮くようなセリフを言う人だっただろうか。
 というか、だからわたしたちは仮初夫婦で……ああ、そうか、そうよね、仲良しアピールね! そうに違いないわ!
 ドロシアたちの手前、仲良くやっているように見せるためのリップサービスだろう。ああ、びっくりした……。
 わたしはこほんと咳ばらいをした。

「わ、わたしも、クリフ様と一緒にすごせるのはとても嬉しいです」

 クリフ様が頑張ってくれているのだ。照れて恥ずかしいけれど、わたしだって頑張らねば。
 声がひっくり返りそうになりながらそう返すと、クリフ様は頬を赤くして頬を掻く。

「アナスタージアがそう思ってくれて嬉しいよ」

 な、なんか、空気が甘酸っぱいような……。
 世の中の仮初夫婦というのはこんなものなのだろうか。

 わたしたちのほかに仮初の夫婦がいるのかどうかはわからないが、わたしはまるで本物の新婚夫婦のようなやり取りを不思議に思いつつ、熱い頬を押さえてうつむいた。

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