君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

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まずは手を繋ぐことからはじめましょう 5

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 夜。
 入浴をすませたクリフは、自室のライティングデスクの引き出しを開けた。
 そこには薄ピンク色をした小瓶が入っている。

「これが何なのかわからなかったが、そうか。アナスタージアにあげるものだったのか」

 小瓶の蓋を開けると、ふわりとマグノリアの香りがした。
 何故女物の香水が自分の引き出しに入っているのか思い出せなかったのだが、どうやらアナスタージアのために購入していたものらしい。
 ではどうしてアナスタージアに渡さずにこの引き出しに納められていたのか。
 そもそもどうして、そのことを忘れていたのか。

「……忘却の魔法の影響だろうか?」

 そうだとしたら不思議なものだ。
 忘却の魔法で消えた記憶は、クリフの初恋の女性の存在だったと思っている。
 それなのに、その影響がアナスタージアとすごした日常の一部にまで出ているのは何故だろうか。

「アナスタージアと、俺の初恋相手は、何らかの関係があったのか?」

 だとすると、アナスタージアに関して、クリフはまだ忘れていることがあるかもしれない。

「はあ。……数日前の俺は、本当にろくなことをしないな」

 クリフは香水瓶を握り締めて、内扉で繋がっている寝室へ向かう。
 とにかくこの香水はアナスタージアにプレゼントするつもりで買ったのだから彼女に渡すべきだ。
 ベッドに腰かけて香水瓶を見つめていると、入浴を終えたアナスタージアがやって来た。
 ガウンを着こんでいるアナスタージアを見て、クリフはハッとした。

(しまった! もっと分厚いナイトドレスを着てくれと頼むのを忘れていた!)

 ガウンの下のナイトドレスは、またあの体の線がくっきり出るやつだ、そうに違いない。
 想像した途端に頭に血が上る。
 昨日一緒に眠ったから多少慣れたのか、アナスタージアはまっすぐにベッドにやって来た。

(落ち着け、俺。とにかく先に、これを渡さなくては……!)

 頭の中が沸騰しそうになりながら、クリフは手に持っていた香水瓶をアナスタージアに差し出す。

「アナスタージア、例の香水だ。俺の部屋にあった。たぶんだが、渡しそびれていたのだと思う」

 アナスタージアは綺麗なキャラメル色の瞳を丸くして、ふわりと笑った。

「ありがとうございます。……本当に頂けると思っていなかったから、嬉しいです」
「お、俺は約束は守る方だ」
「ふふっ、そうでしたね」

 アナスタージアは本当に嬉しそうに香水の蓋を開けて香りを確かめている。そして、しゅっと手の内側に香水をスプレーした。

「いい香り」
「あ、ああ……」
(しまったああ!)

 クリフはふわりと漂ったマグノリアの香りに眩暈がしそうになった。
 湯上りのアナスタージアにさらに色っぽい香りがプラスされてしまった。この状況で同じベッドで眠って自分は大丈夫だろうか。理性が崩壊しないだろか。どうしよう!
 アナスタージアは香水の瓶をベッドサイドの棚の上に置いて、細い首を軽く傾げる。

「もう寝ますか?」
「あ、ああ」

 まずい。アナスタージアの「寝る」が別の意味を持って聞こえる。
 アナスタージアがガウンを脱いでベッドにもぐりこむのをできるだけ視界に入れないように気をつけながら、クリフも反対側からベッドに入った。

「おやすみなさい、クリフ様」
「お、おやすみ、アナスタージア」

 ああ、これは今日も眠れないな。

 クリフはそう確信した。



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