40 / 40
エピローグ
しおりを挟む
すべてがわかってしまったら、笑い話だ。
記憶の同調から目覚めたクリフ様は、わたしを愛していると言い、そして、忘却の魔法を使用してから今日まで、思い出したことをすべて教えてくれた。
簡単にまとめれば、クリフ様はどうやら、わたしがほかに好きな男性がいると盛大に勘違いし、思いつめてしまったそうである。
そして、わたしへの気持ちを忘れるために忘却の魔法をつかった。
――つまり、彼が忘れてしまった初恋の女性とは、わたしのことだったのだ。
その、びっくりするような告白に、わたしは恥ずかしいやら嬉しいやら照れくさいやら、もうわけがわからなくなって、ただただおろおろするしかなかった。
ひたすら謝るクリフ様と、恐らく顔を真っ赤にして、おろおろしっぱなしだったわたしは、しばらくして物音を聞きつけてやってきたドロシアによって多少の冷静さを取り戻した。
次の日にはコニーリアス様が様子を見に来てくれて、わたしもクリフ様にも異常なしと判断を下してくれたけれど、クリフ様によって真実を知ったコニーリアス様のあきれ顔と言ったらなかった。
わたしたち夫婦の問題で本当にお騒がせしてしまって、コニーリアス様にはもう足を向けて寝られない。
周囲から見ればあまりにもくだらない理由ですれ違っていたわたしたちは、ようやく、ちょっと照れくさいながらも、本当の夫婦としての生活をスタートさせた。
アストン侯爵や彼に巻き添えを食った幾人かの古参貴族が罪に問われたことで、お城の人事だなんだとクリフ様はとても大忙しだけれど、暇を見つけてはわたしとの時間を作ってくれる。
クリフ様が午後から半休みをいただいた今日もそうだ。
わたしはクリフ様に誘われて、彼と手を繋いで王都の公園を散歩していた。
「そういえば、クリフ様はわたしが初恋だって言ってくださいましたけど、いったいいつわたしを好きになってくれたんですか?」
わたしがクリフ様を好きになったのは、はじめて顔を合わせた十三歳の日だ。
それまでは互いに絵姿でしか知らなかったはずなので、普通に考えれば顔合わせをした後のことだと思うが、クリフ様は出会ってからずっと紳士的で、どこかのタイミングで何かが変わった、ということはなかったと思う。
日差しをよけるように、鮮やかな緑の葉を茂らせた木々の下を歩きながら訊ねたら、クリフ様が「あー……」と言いにくそうな顔をして斜め上を見上げる。
その耳が赤く染まっていたので、照れているのだろう。
「言わなきゃダメ?」
「ええっと、言いたくないのなら無理にとは……」
「言いたくないわけじゃないんだけど……あー……」
クリフ様は首の後ろを掻いて、ちらりとわたしに視線を向けると、小声でぼそりと。
「……先王陛下経由で、君の絵姿をもらったとき」
わたしは目をぱちくりとさせた。
「え?」
わたしとクリフ様の婚約が持ち上がったのは、わたしが八歳のときだった。
クリフ様に絵姿が届けられたのはいつのことかはわからないが、肖像画を描かれた記憶があるのが九歳か十歳の頃なので、そのくらいだと思われる。
「はにかんだような笑顔が可愛い子だなって思って。それで、将来の結婚相手はどんな子なんだろうって気になって、こっそり君の様子を見に行ったことがある。この公園だった。君は義父上と手を繋いで散歩していたと思う」
「し、知りませんでした……」
「う、うん。父上に頼んで本当にこっそり見に行ったからね。アナスタージアの教育が終わるまで会ってはだめだと言われていたし。君のおじい様の意向だって」
そう。わたしはおじい様に、公爵家に嫁ぐために必要な教育が終わるまでクリフ様に会うなと言われていたのだ。破談になるのを警戒してのことである。
「本当に思い出せてよかったよ。だけど思い出した後はぞっとしたな。初恋の相手に向かって、初恋の女性がいるから夫婦になれないなんて……君が離縁を考えていると言ったときのことも覚えている。離縁されていたらと思うと今でも血の気が引く思いだ」
クリフ様がわたしの手を、指を絡めるようにつなぎ直す。
「傷つけてごめん。もう二度とあんな馬鹿な真似はしないと誓うよ」
「約束ですよ?」
「うん」
わたしも経験したからわかるけれど、感情が残っているのに相手のことを思い出せないのは本当につらい。
だけど、記憶が元通りになってからは、そんな日々もいい思い出だと思えるから不思議だった。
あのおかしなすれ違いの日々があったから、より一層彼の隣にいられることを嬉しく思う。
「あ、クリフ様、あっちでジュースを売っていますよ。休憩しましょう」
わたしは、クリフ様の手を引っ張って笑った。
記憶の同調から目覚めたクリフ様は、わたしを愛していると言い、そして、忘却の魔法を使用してから今日まで、思い出したことをすべて教えてくれた。
簡単にまとめれば、クリフ様はどうやら、わたしがほかに好きな男性がいると盛大に勘違いし、思いつめてしまったそうである。
そして、わたしへの気持ちを忘れるために忘却の魔法をつかった。
――つまり、彼が忘れてしまった初恋の女性とは、わたしのことだったのだ。
その、びっくりするような告白に、わたしは恥ずかしいやら嬉しいやら照れくさいやら、もうわけがわからなくなって、ただただおろおろするしかなかった。
ひたすら謝るクリフ様と、恐らく顔を真っ赤にして、おろおろしっぱなしだったわたしは、しばらくして物音を聞きつけてやってきたドロシアによって多少の冷静さを取り戻した。
次の日にはコニーリアス様が様子を見に来てくれて、わたしもクリフ様にも異常なしと判断を下してくれたけれど、クリフ様によって真実を知ったコニーリアス様のあきれ顔と言ったらなかった。
わたしたち夫婦の問題で本当にお騒がせしてしまって、コニーリアス様にはもう足を向けて寝られない。
周囲から見ればあまりにもくだらない理由ですれ違っていたわたしたちは、ようやく、ちょっと照れくさいながらも、本当の夫婦としての生活をスタートさせた。
アストン侯爵や彼に巻き添えを食った幾人かの古参貴族が罪に問われたことで、お城の人事だなんだとクリフ様はとても大忙しだけれど、暇を見つけてはわたしとの時間を作ってくれる。
クリフ様が午後から半休みをいただいた今日もそうだ。
わたしはクリフ様に誘われて、彼と手を繋いで王都の公園を散歩していた。
「そういえば、クリフ様はわたしが初恋だって言ってくださいましたけど、いったいいつわたしを好きになってくれたんですか?」
わたしがクリフ様を好きになったのは、はじめて顔を合わせた十三歳の日だ。
それまでは互いに絵姿でしか知らなかったはずなので、普通に考えれば顔合わせをした後のことだと思うが、クリフ様は出会ってからずっと紳士的で、どこかのタイミングで何かが変わった、ということはなかったと思う。
日差しをよけるように、鮮やかな緑の葉を茂らせた木々の下を歩きながら訊ねたら、クリフ様が「あー……」と言いにくそうな顔をして斜め上を見上げる。
その耳が赤く染まっていたので、照れているのだろう。
「言わなきゃダメ?」
「ええっと、言いたくないのなら無理にとは……」
「言いたくないわけじゃないんだけど……あー……」
クリフ様は首の後ろを掻いて、ちらりとわたしに視線を向けると、小声でぼそりと。
「……先王陛下経由で、君の絵姿をもらったとき」
わたしは目をぱちくりとさせた。
「え?」
わたしとクリフ様の婚約が持ち上がったのは、わたしが八歳のときだった。
クリフ様に絵姿が届けられたのはいつのことかはわからないが、肖像画を描かれた記憶があるのが九歳か十歳の頃なので、そのくらいだと思われる。
「はにかんだような笑顔が可愛い子だなって思って。それで、将来の結婚相手はどんな子なんだろうって気になって、こっそり君の様子を見に行ったことがある。この公園だった。君は義父上と手を繋いで散歩していたと思う」
「し、知りませんでした……」
「う、うん。父上に頼んで本当にこっそり見に行ったからね。アナスタージアの教育が終わるまで会ってはだめだと言われていたし。君のおじい様の意向だって」
そう。わたしはおじい様に、公爵家に嫁ぐために必要な教育が終わるまでクリフ様に会うなと言われていたのだ。破談になるのを警戒してのことである。
「本当に思い出せてよかったよ。だけど思い出した後はぞっとしたな。初恋の相手に向かって、初恋の女性がいるから夫婦になれないなんて……君が離縁を考えていると言ったときのことも覚えている。離縁されていたらと思うと今でも血の気が引く思いだ」
クリフ様がわたしの手を、指を絡めるようにつなぎ直す。
「傷つけてごめん。もう二度とあんな馬鹿な真似はしないと誓うよ」
「約束ですよ?」
「うん」
わたしも経験したからわかるけれど、感情が残っているのに相手のことを思い出せないのは本当につらい。
だけど、記憶が元通りになってからは、そんな日々もいい思い出だと思えるから不思議だった。
あのおかしなすれ違いの日々があったから、より一層彼の隣にいられることを嬉しく思う。
「あ、クリフ様、あっちでジュースを売っていますよ。休憩しましょう」
わたしは、クリフ様の手を引っ張って笑った。
433
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(8件)
あなたにおすすめの小説
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。
彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。
――その役割が、突然奪われるまでは。
公の場で告げられた一方的な婚約破棄。
理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。
ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。
だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。
些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。
それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。
一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。
求められたのは、身分でも立場でもない。
彼女自身の能力だった。
婚約破棄から始まる、
静かで冷静な逆転劇。
王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、
やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。
-
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
感想ありがとうございます(*^^*)
感想ありがとうございます(*^^*)
斜陽族(古参貴族ビアトリス)は執拗に狙ってくるんですね~アナスタージアにそんなことしたらクリフの報復が怖いぞ~
感想ありがとうございます(*^^*)