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若返りの魔法のキャンセルはできませんか? 3
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「お仕事お疲れ様です、旦那様」
「ありがとう。だが若返ってから仕事がはかどるみたいでね、それほど疲れていないんだ。階段は危ない、私が変わろう」
フェルナンドがイアナからルクレツィオを受け取ると、視線が高くなったのが楽しかったのかルクレツィオが笑う。よく笑う子だ。愛情たっぷりに育っている証拠だろう。
ルクレツィオは突如若返った祖父も結構すんなり受け入れたらしい。「しわしわがなくなったね、じぃじ!」と顔をぺたぺたと触られて面白がられたとフェルナンドが言っていた。
ルクレツィオを片手で抱き上げたフェルナンドが、もう片方の手をイアナに差し出す。
イアナは遠慮なくその手を取らせてもらって三人で階段を降りていると、ダイニングからアリーチャが姿を現した。
「まあルクレツィオ、いなくなったと思ったらお義母様とお義父様のところに行っていたのね」
「おでむかえしてきた」
「お迎え、ね。お義母様すみません。嫁いでこられたばかりで慌ただしいでしょうに、この子がご迷惑をおかけしていませんか?」
アリーチャは自分よりも十歳若いイアナをあっさり義母と受け入れたなかなか肝の据わった女性である。呼び方をどうしようかと最初に聞かれ、義母がいいなといったら「お義母様」と呼んでくれるようになった。息子の嫁ちゃん超かわいい。
「全然迷惑じゃないわ。ねえルッツィ?」
「うん!」
「カーラはお部屋かしら?」
「ええ。お昼前におやつを食べさせたら眠くなったみたいで、食事は起きてからにしますわ」
小さな子は食事をこまめに分けた方がいい。二歳児なら朝と朝のおやつ、お昼、お昼のおやつ、そして夜の最低五回は食事の時間を取るべきで、朝のおやつにオートミールをくたくたに煮た甘いおかゆをもらって、お腹が膨れて眠くなったようだという。
(せっかくお孫ちゃんができたし、今度子供のおやつを作ってみようかしら?)
ステファーニ公爵邸にはもちろん料理人が(それも数人!)いるが、子供向けのおやつの知識はたぶん前世を経験したイアナの方が上だろう。この世界には小さな子供のおやつにはオートミール粥かすりおろしたリンゴを出しておけばいい、みたいな風潮があるから、バナナケーキとかニンジンケーキとか、その手のものはあまりないと思う。
(うん、旦那様にお願いして作らせてもらおう! おやつで懐柔すればカーラも少しは懐いてくれるはず!)
人見知りのカーラとろくに触れ合えていないイアナは内心でにんまりと笑った。題して、甘いもので懐柔作戦だ。早く抱っこしてちゅーしたい。
ダイニングに入ると、フェルナンドがルクレツィオを子供用の高くて安全ベルトのついた椅子に座らせる。
エラルドはすでにいて、何やら分厚い本を読んでいた。魔術関連の本だろう。
全員が席につくと、使用人が昼食を運んでくる。
スープにサラダ、パン。今日のメインは鱒のムニエルのレモンバターソース添え。デザートはクレープにサクランボジャムをかけたもの。
サクランボジャムは、ステファーニ公爵邸の庭にあるサクランボの木になったものを使って作ったものだという。時期的に収穫を終えたが、毎年たくさんなるので、食べきれない分はジャムに加工するらしい。甘酸っぱくてとても美味しかった。
食事を終えると、食後に紅茶が用意される。
ステファーニ公爵家では、毎食後に家族の談話の時間が取れられるのだ。これは昔、フェルナンドが若いころに、忙しくてなかなか息子との時間が取れなくて、ならば食後に時間を確保しようとはじめたものが今まで続いているという。
(旦那様、素敵だわ!)
忙しくても少しでも子供と向き合おうとするフェルナンドに、イアナの胸はまたきゅんきゅんと高鳴った。
だが、今日はときめいている場合ではない。本題を切り出さなくては。
「エラルド様」
「義母上、前も言いましたがエラルドでいいですよ。父上の妻であるあなたに様付で呼ばれるのはどうも落ち着かないので」
そういうものなのだろうか?
ならば遠慮なく、とイアナは言いなおす。
「エラルド、ちょっと相談があるんですがいいですか?」
すると、フェルナンドがどこかしょんぼりした顔でイアナを見た。
「イアナ、私ではなくエラルドに相談なのかい?」
もしかして、焼きもちだろうか。どうしよう、キュンキュンがとまらない。
イアナはトキメキで打ち震えそうにながら、「魔術のことなのです」と説明する。
フェルナンドは魔術が使えない。王家でも魔術の才能を持って生まれるのは珍しく、先王も現王も魔術の才能はなかった。国王に近い親族の中ではエラルドと、それからカーラがその才能を継いでいるという。
「魔術か。まあ、それならエラルドの方が適任だな。何か作ってほしい魔術具でも?」
「いえ、そうではなく、若返りの薬の件なのですけど」
エラルドはぽりぽりと頬を掻く。
「あー、あれはまだ改良が進んでなくて。というか実験台がいないから実験しようがなくて困っているんですよね」
「エラルド、間違っても使用人たちを実験材料にしないように」
「わかっていますよ父上。でもそうなると、伯父上にぶっつけ本番で試してもらうしか……」
「それはもっとだめだ」
まあそうだろうな、とイアナは頷いた。先王までもうっかり二十歳に戻ったら大事である。
イアナはこほんと一つ咳ばらいをした。
「ええっと、若返りの薬の進捗具合ではなくて、若返りの薬の中和剤が作れないかと聞きたかったんですよ」
「中和剤?」
エラルドはきょとんとした。薬の中和剤のことなど考えたこともなかったのだろう。
「はい。今はシーズンオフだからいいですけど、今年の社交場に旦那様が一度も顔を出さなかったら皆様怪訝に思われるでしょう? 公務もありますし、いつまでも誤魔化してはいられないと思うのです」
「確かに」
エラルドはポンっと手を叩いたが、何故今までその問題に気がつかなかったのだとイアナは言いたい。
フェルナンドは困った顔で笑った。
「まあ、社交はともかく公務をいつまでも欠席するわけにはいかないだろうな。エラルドが諦めて家を継いでくれれば、私は隠居という立場を取って雲隠れできるんだが」
「嫌ですよ! 何のために父上を若返らせたと思っているんですか! そんなの本末転倒だ。僕はあと三十年は魔術研究がしたいんです」
(三十年……)
これはもう継ぐ気がないなとイアナは思った。三十年も経てば、エラルドを飛び越えてルクレツィオが継ぐことになるだろう。
フェルナンドが頭が痛そうにこめかみを押さえる。
アリーチャは「あらあら」とおっとりと頬に手を当てて笑っている。ルクレツィオは知らん顔でオレンジジュースを飲んでいた。三歳の味覚に紅茶はまだ早いからだ。
「では、爵位は継がなくていいから公務をするか?」
「しませんよ。視察なんて入ったら何週間も留守にすることもあるじゃないですか。研究に差しさわります」
エラルドはきっぱりと答えて、それから顎に手を当てた。
「でも、そうですね。そう考えると義母上の話は一理あります。僕の研究のためにも、父上には公務のときくらいは元の姿に戻ってもらわなくては」
「公務の時くらいというが、年を取ったり若返ったりを繰り返せというのか? 元に戻るのならそのままでもいいと思うのだが」
「父上はせっかく嫁いできてくれた義母上を十年や二十年くらいで未亡人にするつもりですか?」
フェルナンドは「うっ」と言葉に詰まった。
(そっか、元に戻ったら、十年は短いけど、二十年くらいで旦那様が先に逝く可能性もあるのね。それは嫌だわ)
素敵ないぶし銀のことしか考えていなかったが、そんな短い結婚生活で置いて行かれるのは嫌だ。おばあちゃんになって死ぬまで添い遂げたい。
となると、若返ったり元に戻ったりを繰り返す方がよほどいい。しかしそう都合よくいくだろうか。
「完全な中和剤ではなく一時的な中和剤が作れればいいのですけど、父上を何度も薬の実験台にするのは不安ですね。安全を確かめてから実験に移りますけど、何度も若返ったり老いたりを繰り返しては体に負荷がかかるでしょうし」
その通りである。体に負荷がかかってぽっくり、なんてことになったら大変だ。
イアナは安易に元に戻す方法はないかなと考えたが、これは慎重になった方がいいだろう。急がなくても四十年経てばいぶし銀な旦那様に会えるのだ。ぽっくり逝かれるよりよほどいい。
フェルナンドは、はあ、と息を吐き出した。
「公務の件はおいおい考えるとして、若返りの薬はもう諦めたらどうだ。兄上にも私から言っておく。というか、私の今の姿を見たらさすがに諦めるだろう」
「そうですか? 伯父上のことですから、若返って第二の人生をやり直そうとか言い出すんじゃないです? お相手の方まで若返らせて」
「……ない、と否定できないのが困るな。ならば仕方がない。実験は失敗したと伝えておきなさい。諦めてもらおう。十二歳差くらいいいじゃないか」
「それも困りますよ。実験が成功したら僕のための研究施設を公費で建ててくれると約束してもらったのに」
「公費をそんなくだらないことに使うんじゃない」
フェルナンドが注意すると、エラルドが仏頂面になる。
「じゃあ父上が作ってくださいよ。研究所」
「地下室を研究所として提供したのだからそこで我慢しなさい」
「最近手狭なんです」
「片づけなさい。いらないものを捨てないから狭くなるんだ」
二十歳の青年が三十五歳のいい年をした男性に説教しているのがちょっと面白い。笑ってはだめだとわかっていても口元がにやけそうになった。ちなみに、アリーチャは堂々と笑っている。
「仕方ありません。若返りの薬と中和剤についてはいったん保留ですね。何かいい方法がないか考えてみましょう」
エラルドはぬるくなった紅茶を飲み干すと、思い出したようにイアナを見た。
「そういえば義母上、例の支度金ですが、ご実家に送金して問題ないですか?」
すっかり忘れていた。
あんまり待たせるとうるさいだろうが、全額送るのもなんか面白くない。
「支度金の金額って、わたしの父に伝えていますか?」
「正確には伝えていませんね。ちなみに予定では金貨二百枚ほどですけど」
(確か、ジョルジアナが請求された慰謝料が金貨百二十枚よね)
慰謝料を返して余った分は、借金返済にあてられるか、もしくはジョルジアナの贅沢にあてられるか。
(うーん、それは面白くないわね)
父は言ったのだ。支度金でジョルジアナに請求された慰謝料を払うと。ならば慰謝料が払えればそれでいいだろう。
イアナは聖人君子ではないので、今まで家族らしい扱いをしてくれなかった父や母、ジョルジアナの生活のことなんて考えるつもりはない。
イアナは笑った。
「じゃあ、金貨百二十枚を送金して、あと八十枚はわたしにくださいな」
ドレスを買い足さなければならないし、金貨八十枚もあれば孫たちにおもちゃを買ってあげられる。
「イアナ、欲しいものがあるなら遠慮なく言ってくれて構わないんだよ?」
「ありがとうございます、旦那様。でも、これは支度金なので、わたしの支度にも使わなくてはいけないでしょう?」
ふふふんと含み笑いをするイアナに、この二日でイアナがアントネッラ伯爵家でどんな生活を送っていたのかを聞いて知っているフェルナンドは、どこか面白そうな顔で笑った。
「ありがとう。だが若返ってから仕事がはかどるみたいでね、それほど疲れていないんだ。階段は危ない、私が変わろう」
フェルナンドがイアナからルクレツィオを受け取ると、視線が高くなったのが楽しかったのかルクレツィオが笑う。よく笑う子だ。愛情たっぷりに育っている証拠だろう。
ルクレツィオは突如若返った祖父も結構すんなり受け入れたらしい。「しわしわがなくなったね、じぃじ!」と顔をぺたぺたと触られて面白がられたとフェルナンドが言っていた。
ルクレツィオを片手で抱き上げたフェルナンドが、もう片方の手をイアナに差し出す。
イアナは遠慮なくその手を取らせてもらって三人で階段を降りていると、ダイニングからアリーチャが姿を現した。
「まあルクレツィオ、いなくなったと思ったらお義母様とお義父様のところに行っていたのね」
「おでむかえしてきた」
「お迎え、ね。お義母様すみません。嫁いでこられたばかりで慌ただしいでしょうに、この子がご迷惑をおかけしていませんか?」
アリーチャは自分よりも十歳若いイアナをあっさり義母と受け入れたなかなか肝の据わった女性である。呼び方をどうしようかと最初に聞かれ、義母がいいなといったら「お義母様」と呼んでくれるようになった。息子の嫁ちゃん超かわいい。
「全然迷惑じゃないわ。ねえルッツィ?」
「うん!」
「カーラはお部屋かしら?」
「ええ。お昼前におやつを食べさせたら眠くなったみたいで、食事は起きてからにしますわ」
小さな子は食事をこまめに分けた方がいい。二歳児なら朝と朝のおやつ、お昼、お昼のおやつ、そして夜の最低五回は食事の時間を取るべきで、朝のおやつにオートミールをくたくたに煮た甘いおかゆをもらって、お腹が膨れて眠くなったようだという。
(せっかくお孫ちゃんができたし、今度子供のおやつを作ってみようかしら?)
ステファーニ公爵邸にはもちろん料理人が(それも数人!)いるが、子供向けのおやつの知識はたぶん前世を経験したイアナの方が上だろう。この世界には小さな子供のおやつにはオートミール粥かすりおろしたリンゴを出しておけばいい、みたいな風潮があるから、バナナケーキとかニンジンケーキとか、その手のものはあまりないと思う。
(うん、旦那様にお願いして作らせてもらおう! おやつで懐柔すればカーラも少しは懐いてくれるはず!)
人見知りのカーラとろくに触れ合えていないイアナは内心でにんまりと笑った。題して、甘いもので懐柔作戦だ。早く抱っこしてちゅーしたい。
ダイニングに入ると、フェルナンドがルクレツィオを子供用の高くて安全ベルトのついた椅子に座らせる。
エラルドはすでにいて、何やら分厚い本を読んでいた。魔術関連の本だろう。
全員が席につくと、使用人が昼食を運んでくる。
スープにサラダ、パン。今日のメインは鱒のムニエルのレモンバターソース添え。デザートはクレープにサクランボジャムをかけたもの。
サクランボジャムは、ステファーニ公爵邸の庭にあるサクランボの木になったものを使って作ったものだという。時期的に収穫を終えたが、毎年たくさんなるので、食べきれない分はジャムに加工するらしい。甘酸っぱくてとても美味しかった。
食事を終えると、食後に紅茶が用意される。
ステファーニ公爵家では、毎食後に家族の談話の時間が取れられるのだ。これは昔、フェルナンドが若いころに、忙しくてなかなか息子との時間が取れなくて、ならば食後に時間を確保しようとはじめたものが今まで続いているという。
(旦那様、素敵だわ!)
忙しくても少しでも子供と向き合おうとするフェルナンドに、イアナの胸はまたきゅんきゅんと高鳴った。
だが、今日はときめいている場合ではない。本題を切り出さなくては。
「エラルド様」
「義母上、前も言いましたがエラルドでいいですよ。父上の妻であるあなたに様付で呼ばれるのはどうも落ち着かないので」
そういうものなのだろうか?
ならば遠慮なく、とイアナは言いなおす。
「エラルド、ちょっと相談があるんですがいいですか?」
すると、フェルナンドがどこかしょんぼりした顔でイアナを見た。
「イアナ、私ではなくエラルドに相談なのかい?」
もしかして、焼きもちだろうか。どうしよう、キュンキュンがとまらない。
イアナはトキメキで打ち震えそうにながら、「魔術のことなのです」と説明する。
フェルナンドは魔術が使えない。王家でも魔術の才能を持って生まれるのは珍しく、先王も現王も魔術の才能はなかった。国王に近い親族の中ではエラルドと、それからカーラがその才能を継いでいるという。
「魔術か。まあ、それならエラルドの方が適任だな。何か作ってほしい魔術具でも?」
「いえ、そうではなく、若返りの薬の件なのですけど」
エラルドはぽりぽりと頬を掻く。
「あー、あれはまだ改良が進んでなくて。というか実験台がいないから実験しようがなくて困っているんですよね」
「エラルド、間違っても使用人たちを実験材料にしないように」
「わかっていますよ父上。でもそうなると、伯父上にぶっつけ本番で試してもらうしか……」
「それはもっとだめだ」
まあそうだろうな、とイアナは頷いた。先王までもうっかり二十歳に戻ったら大事である。
イアナはこほんと一つ咳ばらいをした。
「ええっと、若返りの薬の進捗具合ではなくて、若返りの薬の中和剤が作れないかと聞きたかったんですよ」
「中和剤?」
エラルドはきょとんとした。薬の中和剤のことなど考えたこともなかったのだろう。
「はい。今はシーズンオフだからいいですけど、今年の社交場に旦那様が一度も顔を出さなかったら皆様怪訝に思われるでしょう? 公務もありますし、いつまでも誤魔化してはいられないと思うのです」
「確かに」
エラルドはポンっと手を叩いたが、何故今までその問題に気がつかなかったのだとイアナは言いたい。
フェルナンドは困った顔で笑った。
「まあ、社交はともかく公務をいつまでも欠席するわけにはいかないだろうな。エラルドが諦めて家を継いでくれれば、私は隠居という立場を取って雲隠れできるんだが」
「嫌ですよ! 何のために父上を若返らせたと思っているんですか! そんなの本末転倒だ。僕はあと三十年は魔術研究がしたいんです」
(三十年……)
これはもう継ぐ気がないなとイアナは思った。三十年も経てば、エラルドを飛び越えてルクレツィオが継ぐことになるだろう。
フェルナンドが頭が痛そうにこめかみを押さえる。
アリーチャは「あらあら」とおっとりと頬に手を当てて笑っている。ルクレツィオは知らん顔でオレンジジュースを飲んでいた。三歳の味覚に紅茶はまだ早いからだ。
「では、爵位は継がなくていいから公務をするか?」
「しませんよ。視察なんて入ったら何週間も留守にすることもあるじゃないですか。研究に差しさわります」
エラルドはきっぱりと答えて、それから顎に手を当てた。
「でも、そうですね。そう考えると義母上の話は一理あります。僕の研究のためにも、父上には公務のときくらいは元の姿に戻ってもらわなくては」
「公務の時くらいというが、年を取ったり若返ったりを繰り返せというのか? 元に戻るのならそのままでもいいと思うのだが」
「父上はせっかく嫁いできてくれた義母上を十年や二十年くらいで未亡人にするつもりですか?」
フェルナンドは「うっ」と言葉に詰まった。
(そっか、元に戻ったら、十年は短いけど、二十年くらいで旦那様が先に逝く可能性もあるのね。それは嫌だわ)
素敵ないぶし銀のことしか考えていなかったが、そんな短い結婚生活で置いて行かれるのは嫌だ。おばあちゃんになって死ぬまで添い遂げたい。
となると、若返ったり元に戻ったりを繰り返す方がよほどいい。しかしそう都合よくいくだろうか。
「完全な中和剤ではなく一時的な中和剤が作れればいいのですけど、父上を何度も薬の実験台にするのは不安ですね。安全を確かめてから実験に移りますけど、何度も若返ったり老いたりを繰り返しては体に負荷がかかるでしょうし」
その通りである。体に負荷がかかってぽっくり、なんてことになったら大変だ。
イアナは安易に元に戻す方法はないかなと考えたが、これは慎重になった方がいいだろう。急がなくても四十年経てばいぶし銀な旦那様に会えるのだ。ぽっくり逝かれるよりよほどいい。
フェルナンドは、はあ、と息を吐き出した。
「公務の件はおいおい考えるとして、若返りの薬はもう諦めたらどうだ。兄上にも私から言っておく。というか、私の今の姿を見たらさすがに諦めるだろう」
「そうですか? 伯父上のことですから、若返って第二の人生をやり直そうとか言い出すんじゃないです? お相手の方まで若返らせて」
「……ない、と否定できないのが困るな。ならば仕方がない。実験は失敗したと伝えておきなさい。諦めてもらおう。十二歳差くらいいいじゃないか」
「それも困りますよ。実験が成功したら僕のための研究施設を公費で建ててくれると約束してもらったのに」
「公費をそんなくだらないことに使うんじゃない」
フェルナンドが注意すると、エラルドが仏頂面になる。
「じゃあ父上が作ってくださいよ。研究所」
「地下室を研究所として提供したのだからそこで我慢しなさい」
「最近手狭なんです」
「片づけなさい。いらないものを捨てないから狭くなるんだ」
二十歳の青年が三十五歳のいい年をした男性に説教しているのがちょっと面白い。笑ってはだめだとわかっていても口元がにやけそうになった。ちなみに、アリーチャは堂々と笑っている。
「仕方ありません。若返りの薬と中和剤についてはいったん保留ですね。何かいい方法がないか考えてみましょう」
エラルドはぬるくなった紅茶を飲み干すと、思い出したようにイアナを見た。
「そういえば義母上、例の支度金ですが、ご実家に送金して問題ないですか?」
すっかり忘れていた。
あんまり待たせるとうるさいだろうが、全額送るのもなんか面白くない。
「支度金の金額って、わたしの父に伝えていますか?」
「正確には伝えていませんね。ちなみに予定では金貨二百枚ほどですけど」
(確か、ジョルジアナが請求された慰謝料が金貨百二十枚よね)
慰謝料を返して余った分は、借金返済にあてられるか、もしくはジョルジアナの贅沢にあてられるか。
(うーん、それは面白くないわね)
父は言ったのだ。支度金でジョルジアナに請求された慰謝料を払うと。ならば慰謝料が払えればそれでいいだろう。
イアナは聖人君子ではないので、今まで家族らしい扱いをしてくれなかった父や母、ジョルジアナの生活のことなんて考えるつもりはない。
イアナは笑った。
「じゃあ、金貨百二十枚を送金して、あと八十枚はわたしにくださいな」
ドレスを買い足さなければならないし、金貨八十枚もあれば孫たちにおもちゃを買ってあげられる。
「イアナ、欲しいものがあるなら遠慮なく言ってくれて構わないんだよ?」
「ありがとうございます、旦那様。でも、これは支度金なので、わたしの支度にも使わなくてはいけないでしょう?」
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