枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき

文字の大きさ
29 / 49

扶養義務はありません 1

しおりを挟む
 イアナとフェルナンドがカルリ侯爵家のパーティーに参加した日の、二日前のことだった。

 アントネッラ伯爵は、銀行から送られて来た書類を手にぶるぶると震えていた。
 そこには、借金の返済が滞ったことを理由に、三日後、銀行職員がアントネッラ伯爵家に家財差し押さえに来ると書かれていた。法務省のサインも入っている。
 これを拒否するためには、三日以内に今まで滞納していた借金の利子分を銀行に払わなくてはならない。

 アントネッラ伯爵は書類を握り締めると、急いで書斎を飛び出した。向かった先は妻の部屋である。

「あら、あなた。そんなに血相を変えてどうしました?」

 爪を研いでいた妻がのほほんと顔を上げたが、アントネッラ伯爵は妻の部屋を見て唖然とした。
 ドレスなどが脱ぎ散らかされ、ローテーブルの上には食べかけのお菓子が散乱している。使ったまま放置しているティーカップなんて五つもあった。いったいこれはどういうことなのか。

「お前、少しは片づけたらどうだ!」
「だったらメイドの一人でも雇ってくださいな」
「そんな金があれば苦労するか!」

 現在、アントネッラ伯爵家の使用人は執事、料理人、庭師がそれぞれ一人だ。料理人がいなければ食事に困るし、執事がいなければアントネッラ伯爵の仕事が困る。庭師がいなければ庭が荒れ放題になって外聞が悪い。つまるところこの三人はどうしても必要なために雇い続けるしかないのだが、その給料の支払いも滞っている状態で新たにメイドを雇えるはずがないのだ。

(イアナがいなくなった途端家の中が荒れ放題だ‼)

 妻も妻だがジョルジアナもそうだ。片付けると言うことを知らないこの二人は、行く先々で部屋を散らかして回る。ダイニングやサロンなどは執事が手が空いたときに片付けてくれているが、さすがに自室の中までは感知しなかった。というか執事も一人しかいないのでそんな暇はないのだ。

「って、今はそんな話をしに来たわけではないのだ! これを見ろ!」

 アントネッラ伯爵が銀行の書類を突きつけると、妻は内容を確認して眉を寄せた。

「まあ! イアナは何をしているのです? 早く支払いをするように伝えてくださいませ。何のために公爵家に嫁がせたのかわかっているのかしら」

 イアナがステファーニ公爵家に嫁いだのは、ジョルジアナの慰謝料の返済のためだ。借金返済のためではない。が、アントネッラ伯爵も正直イアナにどうにかしてほしいと思っているので、強くは言えなかった。

「その件ならジョルジアナのせいでステファーニ公爵が激怒しているから当面は無理だ」
「そんなもの、イアナが妻として機嫌を取ればいいではないですか。妻なのだから夫の機嫌を取るのも務めのうちでしょう」

 それを言うならお前はどうなんだ、という言葉をアントネッラ伯爵は寸前のところで飲み込んだ。伯爵は結婚してこの方、妻に機嫌取りをされたことはない。むしろ自分の方が妻のご機嫌取りをしている状況だ。おかしい。

「そうだとしてももう時間がない! あと三日だ! 今すぐお前が持っている宝石類を出すんだ」
「どうしてです?」
「売りに行くからに決まっているだろう!」

 すると、妻はきりきりと眉を吊り上げた。

「冗談ではありません。あれはわたくしのものです!」
「銀行員が来れば取り上げられるのだから一緒だろう!」
「その前に隠しておけばいいではありませんか。こうしてはいられないわ! 急いで隠さなくちゃ!」
「いい加減にしないか!」

 アントネッラ伯爵は叫んだ。

「いいか? 家財を差し押さえても支払いが足りなければ、最悪邸まで取り上げられるんだ! 住む場所がなくなるのと宝石を売るの、どちらがましかくらいお前でもわかるだろう‼ お前は路上で生活したいのか!」
「ホテルで暮らせばいいじゃないですか」
「その金がどこにある‼ あるなら目の前に出してみろ‼」
「大声で怒鳴らないでくださいませ‼」

 アントネッラ伯爵の声量以上の声で、妻が怒鳴り返した。

「お金がないのなら親戚に借りたらいいでしょう!」
「もう金を貸してくれる親戚などおらん! お前の実家は貸してくれるのか⁉ ええ⁉」
「そ、それは……」

 アントネッラ伯爵家の親族だけでなく、妻の親族にも散々金を借りてきた。妻の実家はとうとう激怒して、もう銅貨一枚たりとも貸すつもりはないと宣言されている。もはや金を借りるところはないのだ。
 宝石を命の次に大切にしている妻も、さすがに路上生活は嫌だったらしい。銀行員が押し入ってきたら取り上げられるのならと、急いで宝石類を物色しはじめた。手元に残しておきたいものと売り払っていいものを分けているらしい。

「あとでまた来る。ジョルジアナからも宝石を取り上げないといけないからな」

 アントネッラ伯爵は重たいため息をついて妻の部屋を後にした。
 正直、ジョルジアナに話をしに行くのは気が進まない。妻以上に宝石への執着が強いジョルジアナのことだ。宝石を売りに行くから出せと言えば、間違いなく癇癪を起す。

(このままでは本当にまずいぞ)

 今回の家財の差し押さえを回避できたとしても、またすぐに首が回らなくなる。
 借金をした親戚たちは、全員が全員、アントネッラ伯爵家と縁を切った。親戚という理由で銀行からアントネッラ伯爵家の借金の返済を迫られたら嫌だから、という理由でだ。
 薄情な連中だと、アントネッラ伯爵は舌打ちする。
 縁を切ったと言うことは、もしアントネッラ伯爵家が破産しても、あいつらは助けないと言っているのだ。

(このままでは路頭に迷う。いったいどうしたら……)

 最悪の状況を想像したアントネッラ伯爵は、路頭に迷う前に弁護士に相談してみようと考えた。相談料は取られるが背に腹は代えられない。もはや自分一人では名案も浮かばないからだ。

 アントネッラ伯爵はジョルジアナにも宝石を出せと伝え、激怒した娘に引っかかれた後で、急いで過去に世話になった弁護士の元へ向かった。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】パパ、私は犯人じゃないよ ~処刑予定の私、冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで~

チャビューヘ
ファンタジー
※タイトル変更しました。 「掃除(処分)しろ」と私を捨てた冷徹な父。生き残るために「心を無」にして媚びを売ったら。 「……お前の声だけが、うるさくない」 心の声が聞こえるパパと、それを知らずに生存戦略を練る娘の物語。 ----- 感想送っていただいている皆様へ たくさんの嬉しい言葉や厳しい意見も届いており一つ一つがすごく嬉しいのと頑張ろうと感じています。ご意見を元に修正必要な部分は随時更新していきます。 成長のため感想欄を閉じませんが公開はする予定ありません。ですが必ず全て目を通しています。拙作にお時間を頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします

恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。 王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい? つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!? そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。 報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。 王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。 2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……) ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

処理中です...