枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき

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扶養義務はありません 5

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「ステファーニ公爵におかれましては、こうしてご挨拶させていただくのははじめてですね。この度は娘のイアナを妻に迎えてくださりありがとうございます」

 余所行きの顔でにこにこと笑うのは父アントネッラ伯爵である。
 イアナとフェルナンドの婚姻はエラルドが決めて書類だけでのやりとりで終わったので、顔合わせはしていない。フェルナンドは去年までも公務や社交場に顔を出していたが、国王の叔父で公爵でもある彼に気軽に話しかけられるものでもないので、父はまだ直接話をしたことがなかったのだろう。

 外面だけでもにこやかなアントネッラ伯爵と違い、母とジョルジアナはイアナを親の仇のように睨んでいた。聞いた話によれば、銀行に家財の差し押さえをされるのを回避するため、母とジョルジアナの宝石類の一部を売り払ったそうだ。きっと、自分たちの宝石を取り上げられたのはイアナのせい、とか思っているのだろう。

(というか、そのドレスも売ればよかったのに)

 新しいドレスは買えなかっただろうから去年のドレスを身にまとっているのだろうが、母もジョルジアナも、何とも派手な装いである。

 母の方は年齢を考えればいいのに、胸元の大きくあいた真っ赤なドレス。色はともかく、そのデザインは四十歳間近の夫人が着るには若すぎる。社交界には暗黙のルールが存在しており、既婚者と未婚の令嬢、それから年齢によって、身に着けるデザインが変わるのだ。
 イアナは二十歳だが、既婚女性として恥ずかしくないように、露出は控えめにしている。肩を出すのは構わないが、ちょっと引っ張れば胸元がポロンしそうなドレスは、既婚女性が身に着けるには下品だった。

 イアナは胸の谷間があまり見えないくらいの露出に控えて、上に薄手のストールを巻いてさらに露出を控えている。スカート部分もクリノリンを使用せず、すっきりと見せるデザインを選んだ。なおかつ、今年の流行もばっちり押さえている。流行の方は仕立屋のマダムの意見を取り入れただけだが、公爵夫人の装いとしては合格点のはずだ。
 今日はドレスが淡いクリーム色なので、アクセサリーでフェルナンドの色を取り入れた。サファイアのイヤリングにネックレス、髪留めには銀細工のものを使用している。

 一方ジョルジアナだが、こちらも母と同じくかなり露出が多いドレスを身に着けていた。
 ホルターネックのデザインのドレスで、おへそ付近までざっくりと布が割れているデザインだ。大事なところは隠れているが、こちらも布を軽く引っ張っただけで胸がポロンしそうである。背中もざっくりあいていた。はっきり言って、夜のお仕事をしている女性のような装いだ。

(こんな格好をするから、うっかり既婚男性と不倫なんてするのよ)

 性格はともかく顔は可愛いので、先ほどから若い男性がちらちらとジョルジアナに視線を向けていた。露出もすごいので、胸とか背中とかに視線が釘付け状態である。
 なんとなく気になってフェルナンドを見れば、彼はジョルジアナにまったく興味がなさそうな顔をしていたのでホッとした。

 イアナが母とジョルジアナのドレスにあきれている間にも、父とフェルナンドの会話は続いていた。
 最初は当たり障りのない挨拶を交わしていたようだが、父が挨拶だけで引き下がるはずもなく、ついに本題を切り出して来た。

「ステファーニ公爵、実は少々込み入ったご相談がございまして……、近いうちにお邸にお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか」

 込み入った相談イコール金の無心に違いない。
 ちらちらとイアナを見て来るので、イアナに援護射撃をしてほしいと思っているのだろう。もちろんイアナは気づかないふりをして無視をした。

(というか、込み入った話がしたいとか言う前に、これまでの失礼を詫びるべきでしょうよ)

 これだから父は駄目なのだ。どうして「ごめんなさい」ができないのだろう。
 もちろんアントネッラ伯爵家の面々を公爵家に上げるつもりはないが、どうやって断ろうかしらと考えていたとき、ジョルジアナが口を開いた。

「ねえお姉様、そのネックレスとイヤリング、あたくしに下さらない?」

(はい?)

 イアナは目が点になった。これには父も驚いたようだ。

「こ、こら! ジョルジアナ、突然何を……」
「だってそのネックレスもイヤリングも、絶対にあたくしの方が似合うもの。お姉様があたくしの宝石のお金を払ってくれなかったからせっかく買ったものが取り上げられたのよ? そのくらいくれてもいいでしょう? ねえお母様?」
「そのとおりね。あなたにはそんな高価な宝石は似合わないわよ。ジョルジアナに渡しなさい」
「お前まで何を言い出すんだ!」

 父も、この場にイアナしかいなかったら母とジョルジアナの意見に同調しただろうが、フェルナンドがいる前でそのような暴言は吐かなかった。少なくとも二人よりは常識があるらしい。とはいえ、砂粒一つ分くらいの常識だが。

(うちの家族って、本当におバカさん達ばっかりだったのねえ)

 まさかここまでとは。
 だけどこれで父の「込み入った相談」とか言う話は有耶無耶になるだろう。お馬鹿さんもたまには役に立つ。
 イアナは小さく笑って、フェルナンドの腕に自分の腕を絡めた。

「ごめんなさいねジョルジアナ。これは旦那様がわたしにくださったものなの。いくら妹でもあげられないわ」
「はあ⁉ お姉様のくせにあたくしに口答えするの⁉ ちょっと公爵家に嫁いだからって勘違いしているんじゃない? お姉様は黙ってあたくしに従えばいいのよ! さっさとよこしなさい!」

 思い通りにならなくて癇癪を起したジョルジアナがイアナに向けて手を伸ばす。
 しかし、その指先がイアナに届くことはなかった。フェルナンドがジョルジアナの手首をつかんだからだ。

「妻に気安く触れないでいただきたい。それから伯爵、申し訳ないがこちらには話すことは何もない。実に不愉快だ。失礼させていただくよ」
「お、お待ちください公爵! イアナっ!」
「失礼しますわね、お父様。それから、これ以上、旦那様に話しかけないでくださいませ。伯爵家に抗議文が届いたら困るでしょう?」

 にこりと微笑んで、イアナはフェルナンドと共に父たちに背を向けた。
 彼等から充分に距離を取ったところで、フェルナンドを見上げる。

「不快な気分にさせてしまってごめんなさい」
「いや、構わない。というか、あの場を去る口実ができてよかったな。……あの発言には驚いたが」
「そうですね、まさかあそこまで非常識とは思わなかったので、わたしも驚きました」

 イアナは首元のネックレスに指先で触れる。大粒のサファイアのひんやりとした感触が伝わって来た。

(困ったちゃんだけど、宝石を見る目はあるんでしょうね)

 このサファイア、とんでもなく貴重な品なのだ。何せ三本の線が交差している六条の星――スターサファイアなのである。

 これは宝石店で購入したものではなく、ステファーニ公爵家の家宝だった。フェルナンドが公爵家を賜った際、母だった先々代王妃から譲り受けたもので、フェルナンドいわく、値段はつけられない代物だと言う。
 つまりはイアナの私物ではなく、公爵家の持ち物なのだ。公爵家の家宝をよこせなんて、ジョルジアナは命知らずにもほどがある。

 本日イアナがステファーニ公爵家の家宝を身に着けたのは、大勢の貴族が集まる場で、フェルナンドがいかにイアナを大切にしているか、そして公爵家に迎え入れているかを知らしめるためだった。
 このスターサファイアの存在を知る貴族は多く、見る人間が見ればすぐに公爵家の家宝だと気づく。何故なら先々代王妃の肖像画の一つに、このネックレスとイヤリングを身につけて描かせたものがあるからだ。

 もしもこれをジョルジアナが無理矢理奪い取ったなら、ステファーニ公爵家のみならず王家から直々にお咎めがあっただろう。それはそれでいい薬になったかもしれないが、イアナはフェルナンドの大切なサファイアに触れてほしくなかった。だから彼が庇ってくれてホッとしたものだ。

 アントネッラ伯爵家の面々を遠ざけて一息ついていると、バルディーニ伯爵が大広間に入って来た。パーティーがはじまる時間のようだ。
 成人した息子が紹介され、来月騎士団入りすることが発表された。嫡男なのでゆくゆくは伯爵家を継ぐが、しばらくは騎士団で心身ともに鍛えるつもりだそうだ。

 バルディーニ伯爵が挨拶を終え、グラスを掲げる。
 乾杯の合図とともに、パーティーがはじまった。



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