枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき

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帰宅と結婚準備 5

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 時刻は前日の夜まで遡る――

 新しい町の開発予定地の視察を終えてフェルナンドがステファーニ公爵邸に帰って来たのは夜も遅い時間だった。
 本当なら宿に一泊して帰る予定だったのに急いで帰ったのには訳がある。
 王都に向かっていたはずの愛おしい妻から、移動中に父の容体が回復したと連絡を受けたので王都には向かわずに帰ると一報が届いたからだ。その予定が本日だったのである。

 イアナに少しでも早く会いたかったフェルナンドが無理をして夜中に帰宅すると、出迎えた執事が戸惑った顔をしていることに気がついた。
 エラルドとアリーチャ、そして孫二人は、魔術塔の会議のために三日目に王都に向けて出発したため不在である。もしかして彼らに何かあったのだろうか。

「何かあったのか?」
「いえ、その……」
「急ぎでないなら報告は明日の朝で頼む。もう夜も遅いし、お前も休みなさい」
「あ、旦那様……!」

 早くイアナの顔が見たかったフェルナンドは、執事が何か言いたそうなのを放置して急いで二階の寝室へ向かった。イアナのことだ、きっと寝ずに待っていると思ったのである。

「イアナ、今帰った――」

 おかえりなさい、と微笑む妻を想像して寝室の扉を開けたフェルナンドは、しかし、その直後に凍り付いた。

 明かりの落とされた薄暗い寝室のベッドの上。
 カーテンが開かれたままの窓から入り込む月明かりに浮かび上がったシルエットは、フェルナンドの愛しい妻のものとは明らかに違っていた。
 ほのかな月明かりにすら透けて見える薄い夜着の襟元は大きく開いており、裾を太ももまでたくし上げた女が、嫣然とベッドの縁に腰かけてこちらを見ている。

 途端に、フェルナンドはカッと頭に血が上った。
 イアナとの優しい思い出に詰まった寝室に知らない女が我が物顔で居座っているのだ。怒りを覚えずにいられようか。

「誰だお前は」

 フェルナンドは低い声で訊ねる。

 返答次第では、ただではおくまい――


     ☆


 イアナは迎えに来たギオーニ男爵家の馬車に乗って、男爵邸へ向かっていた。
 迎えに来た男爵家の使用人たちは驚いていたようだが、イアナが直接男爵と話がしたいと言うと、戸惑いつつもジョルジアナの代わりに男爵家に連れて行ってくれた。

 父は自分が男爵に事情を説明するからと言ってイアナを止めようとしたが、こんな巻き込まれ方をしてはいそうですかと引き下がるつもりはなかった。
 イアナが男爵家の馬車に乗り込むときに背後で父と母がやいのやいのと口喧嘩をはじめていたが、もちろんこちらも放置である。

 ギオーニ男爵の邸は王都にあるので、アントネッラ伯爵家から馬車で二十分ほどで到着する。
 ステファーニ公爵家の馬車がアントネッラ伯爵家に来る予定になっていたので、イアナは男爵家の使用人にお願いして公爵家に迎えは不要だと連絡を入れてもらった。

 ジョルジアナがステファーニ公爵領へ向かったのなら、フェルナンドから連絡が入るはずである。
 ギオーニ男爵もコンソラータもフェルナンドも、今回の件を何事もなかったかのように納めはしないだろう。
 フェルナンドの妻として、そして元アントネッラ伯爵令嬢として、イアナは本件の落とし前をどうするのか、彼等と話し合う義務があると考えていた。

 イアナがギオーニ男爵邸に到着すると、使用人から連絡を受けていたのだろう、玄関から執事と男爵本人が姿を現す。
 ギオーニ男爵は、半分白髪の混ざった金色の髪にヘーゼル色の瞳の、中肉中背の老紳士だった。とても穏やかで優しそうな外見をしているが、イアナを出迎えたその顔には困惑の色が大きい。

 馬車から降りたイアナは、ギオーニ男爵に向かって丁寧にカーテシーで挨拶をした。

「ギオーニ男爵様、突然の訪問申し訳ございません。イアナ・ステファーニと申します。アントネッラ伯爵家とジョルジアナの件でお話がございます。もしよろしければコンソラータ様にもご同席いただきたいのですが、ご連絡をお取りいただけますか?」

 ジョルジアナが来る予定だったのに姉のイアナが来たという事実で、何か問題が起こったのだろうとは推測していたのだろう。ギオーニ男爵がすぐに執事にコンソラータへ連絡を入れるように伝え、イアナを自らサロンへ案内してくれた。

 メイドがティーセットを運んできてくれる。
 コンソラータが到着するまで、イアナはギオーニ男爵に何があったのかをかいつまんで説明することにした。彼も早く事情が知りたいだろうからだ。

 イアナから説明を受けたギオーニ男爵はきつく目をつむると、細く長く息を吐いた。

「つまり、ジョルジアナ嬢はイアナ夫人の代わりにステファーニ公爵の妻に収まろうと、公爵領へ向かったのですね」
「はい。アントネッラ伯爵家は借金を抱えて困窮しておりますが、あの子は宝石を抱え込んでおりますし、その……コンソラータ様の元ご夫君から金品の援助を受けていたようですので、それを元手に馬車を雇って向かったのだと思われます」
「お父君を薬で眠らせて縛り上げてまで、ですか」
「お恥ずかしいことですが……。どうやら母はジョルジアナの味方のようでして、二人で考えた計画なのでしょう。父はさすがに無謀だと反対したそうなのですが、結果、縛り上げられて邪魔ができないようにされたようですね。そしてわたしを父が危篤と偽って王都に呼び寄せ、代わりにギオーニ男爵家に向かわせるつもりだったようですが……」
「そんな計画でうまくいくと思っていたのでしょうか」
「あの二人は、思っていたのでしょうね。おそらくですが、夫……フェルナンド様を懐柔すればすべてがうまくいくと踏んでいたのだと思います。懐柔できるはずもないのに。……身内が本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 イアナが頭を下げると、ギオーニ男爵が「いえいえ」と首を横に振る。

「こういう言い方をするのも失礼ですが……何とも、難儀なご実家ですな」
「本当に、お恥ずかしいことですが……はい」
「それで、今後のことでしたよね」
「ええ。このような問題を起こしたのです。本来であれば縁談を白紙にし、相応の慰謝料をお支払いするのが筋なのでしょうが」
「それでは、コンソラータが納得しないでしょうね」

 ギオーニ男爵が苦笑してサロンの扉に視線を向けた。
 ちょうど外からカツンカツンとヒールの音が聞こえてきたからだ。
 イアナも振り向けば、ノックの音のあとにサロンの扉が開く。

 憤然とした表情のコンソラータが入って来た。


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