すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

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第一部 街角パン屋の訳あり娘

幽霊になった男 4

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 ポルポルの店の扉には、昼前だというのにクローズの看板が掛けられた。
 と言うのも、店にやって来た無駄に艶っぽい男が、今日焼くパンをすべて買い取ると言ったからだ。
 当然アドルフは目を剥いたが、長年商売をしているだけあって、すぐに頭を切り替えた。焼けるだけ焼いて買い取ってもらう気のようで、グレースにも手伝わせて、鬼気迫る様子でパンをこねて焼いてを繰り返している。

 昨日に引き続き今日もパンを大量購入してくれる羽振りのいい客に失礼があってはいけないと、丁重にもてなすようにアドルフに厳命されて、サーラは仕方なく、さっき飲んでいたのよりもグレードの高い来客用のとっておきの紅茶を用意した。男の身なりから推測するに、これでも紅茶のグレードが足りない気がしたが、これ以上のものはうちには置いていないのだから諦めてもらうしかない。

 男はウォレスと名乗った。外見から察するに年齢は二十歳前後といったところだろうか。
 仕立てのいい服を着ていて、よく見ると店の外には黒塗りの二頭馬車が停まっている。御者席には灰色の髪の背の高い男が座っていたが、御者と言う割には身なりが綺麗だ。馬車に家紋は入っていない。

(……いいところのお坊ちゃんか貴族のお忍びってところかな)

 そんな金持ちが、どんな道楽気分で下町のパン屋に立ち寄ったのかはわからない。
 パンを買ってくれるにはありがたいが、サーラの勘が、この男にはあまり関わり合いにならない方がいいと告げていた。
 とはいえ、すでにリジーが男の手に落ちたため、どうしようもないだろうが。

「それで、何のお話が訊きたいんですかぁ?」

 いつもより二オクターブは高そうな声でリジーが言う。
 二つあったテーブルをくっつけて三人座れるようにしたサーラは、できるだけウォレスから距離を取りつつ、二人の会話を聞くに徹することにした。リジーはおしゃべりなので、放っておけば一人でウォレスの相手をしてくれるだろう。
 そう思ったのだが、サーラの考えは甘かったようだ。

「さっきの話が聞きたいんだ。ほら、君は言っただろう? 事件が事故と自殺の二択でしか捜査されていないのは何故か、って。あれはどういう意味だろうか?」

 何故いちいち流し目を送るのか。

(自分の顔立ちが整っているのを充分理解していて、それをどう使えば効果的なのかを熟知してるって感じがするわ)

 つまるところ、胡散臭くて食えなさそうで、面倒なことこの上なさそうな相手である。
 ウォレスの流し目を真顔で受け止めると、彼はきょとんと目を丸くして、しぱしぱと目をしばたたいた。「何故効かない?」とでも思っていそうな顔だ。

(おあいにく様。わたしはリジーより免疫があるのよ)

 兄のシャルは、ウォレスほどではないが顔立ちの整った男である。普段からあの顔を見慣れているので、ただ顔のいい男というだけでぽーっとしたりなんかしない。
 それに――もう二度と会えないけれど、他にもとても綺麗な顔立ちをしていた人を、サーラは知っている。
 ふとずっと昔に胸の奥に封印した感傷があふれ出そうになって、サーラはわずかに目を伏せた。

「どうもなにも、死因に他殺が入っていないのが不思議だっただけです」
「君はあの事件が他殺だったと思っているということ?」
「わかりません。ただ、聞いた話を整理すると、その可能性がまったくないとは思えなかっただけです」
「……ふぅん」

 男は形のいい指を顎に当てて考え込むように目を細めた。
 その仕草もまた艶やかで、リジーの顔がさらにぼーっとなる。

「つまり、昨日私が聞いた内容以外にも情報が入ったということかな? 何を知っている?」
(変な男……)

 金持ちそうな男が、下町で起こった事件に首を突っ込んで何の得があるのだろう。
 リジーが嬉々として商会長の失恋話と男爵夫人の不倫話を語っている。
 ふむふむと相槌を打ちながら聞いていたウォレスは、再びサーラに流し目を送って来た。

「君は?」
「……追加情報であれば暖炉が燃えていたくらいですかね」
「暖炉?」

 サーラは昨日シャルから聞いた話を手身近に伝える。
 商会長が会長室に入ったのを目撃した従業員がいて、その後遺体が発見されて確認のために会長室へ向かうと、そこには誰もおらず、暖炉だけが燃えていたというものだ。

「暖炉、ねえ……」
「暖炉の何が気になるんですかぁ?」

 リジーが体を左右にくねくねさせながらウォレスに訊ねる。

「いや、私が聞いた話だと、オードラン商会の商会長は暑がりだと聞いていたからね。この時期はまだ朝晩は冷えるから暖炉を燃やしていてもおかしくはないが……ちょっとね」
(ふぅん、暑がりねえ)

 朝晩は冷えると言っても、サーラでも暖炉なしで耐えられるくらいの気温だ。多少肌寒くは感じるが、暑がりの相手ならばむしろ今くらいの気温は心地よく感じられるのかもしれない。

(商会長にしてはあの日の朝は無口で、暑がりなのに暖炉を燃やしていた。そして会長室に入ったはずなのに、忽然と姿が消えていた、ねえ)
「やっぱり幽霊なんですよ!」

 リジーがぎゅっと胸の前で手を握り締めて言う。
 ウォレスは虚をつかれたように目を待つくして、それからにこりと微笑んだ。

「幽霊か、それはそれで面白いだろうね」
「ウォレス様もそう思います?」

 共感をもらって、リジーが大きな瞳をキラキラとさせる。
 ウォレスは優雅な仕草でティーカップに手を伸ばした。

「さしずめ、好いた女性への未練で幽霊に身をやつした、といったところか。吟遊詩人の好みそうな話だ」
「素敵ですよね~」
(だから、人が死んでいるのにそううっとりしなさんなってば)

 リジーの頭のねじは少し緩んでいるのではあるまいか。
 サーラはこめかみを押さえて嘆息する。
 ウォレスはリジーの様子に苦笑して、サーラに視線を移した。

「で、君は今の話のどこに他殺性を感じたのかな?」
「他殺性を感じたというよりは、自殺の線が薄いと感じただけです。事故の可能性も否めませんけど、商会長は歓楽街のあたりをうろついたことはないそうです。何かの用事があって、たまたまその日にあのあたりを歩いていたとも考えられますけど、お金持ちの商会長が一人で歩き回るでしょうか? 最低一人くらいは共をつけると思いますけど」
「ふむ、一理ある」

 ウォレスがとんとんとほっそりと形のいい顎を指先で叩く。

「では、仮に他殺だったとして、君なら誰を真っ先に疑う?」
「そんなことを聞いてどうするんですか?」
「いやなに、君の口ぶりだと、犯人が誰かも推測できていそうだと思ったからだよ」
(……やっぱり食えないな、この男)

 はあ、とサーラは息を吐き出した。

「ただの推測ですし、可能性の話なので、今の段階では不透明な箇所もたくさんあるので口にはしたくありませんね」

 この男は少なくとも金持ちだ。
 不用意な発言がどんな波紋を生むかはわからない。

「えー、いいじゃんサーラ、言っちゃいなよー! サーラって、こんなふわんとした可愛い顔をしてるのに、とっても頭がいいんですよー!」

 能天気なリジーはどこかわくわくした顔をしながら、ちらちらとウォレスの顔を見て言う。
 顔立ちの整った男と少しでも長く関わっていたいのかもしれないが、あいにくとサーラにはそんなミーハー心はこれっぽっちもない。
 顔立ちと頭の出来は関係ないだろうにと、サーラは内心でため息だ。
 ウォレスは我が意を得たりと笑って、ずいとサーラの方へ身を乗り出してきた。

「ぜひ君の推理を聞きたいな」
「申し訳ありませんが、不確定要素の多いことは口にしたくありませんので」

 サーラが断ると、リジーがむーっと口をとがらせる。

「じゃあ、サーラは何がわかったら教えてくれるの?」

 何がわかってもウォレス相手に推理を披露する気はさらさらないのだが、ここでそれを言うとリジーの機嫌を損ねることになるだろう。大切な友人でお得意様のリジーと喧嘩はしたくない。
 仕方なく、サーラは答えた。

「そうね……。商会長が死体で見つかる前の日にどこで何をしていたのか、ブルダン男爵夫人の注文したドレスのお金は本当に支払われていたのか、会長室の暖炉に残った燃えカスに変わったものはなかったか。最低でもこの三つがわからないと、答えられないわ」
「商会長が何をしていたのかはともかく、男爵夫人の支払いとか暖炉とか何か関係があるわけ」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。あと、もし可能だったらなんだけど、商会長の死因が特定できるとなおいいわ」
「えー、いくら何でもそんなの無理よ!」

 さすがに噂好きのリジーでも仕入れにくい情報なのだろう。
 腕を組んでむーんと唸るリジーに、この様子では諦めてくれそうだとホッと胸をなでおろしたサーラだったが、優雅に紅茶を飲み干した男が、胡散臭さ全開のとても綺麗な笑顔を浮かべたのを見てぎくりとする。

「その程度なら、私が調べてきてあげよう」

 ……どうでもいいがこの金持ちそうな男は、商会長の死因を知ってどうすると言うのだろう。





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