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第一部 街角パン屋の訳あり娘
幽霊になった男 6
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「どうかしましたか?」
ティーカップに口をつけていたサーラが顔を上げて、ウォレスはハッとした。
わずかばかりに戸惑いながら「いや……」と曖昧に誤魔化す。
下町のパン屋の娘の所作に見とれていたなど、どうして言えようか。
(それにしても、この娘は本当に平民か?)
身に着けているものは高級なものではないのに、どうしてだろう、サーラには妙な気品を感じてしまう。
紅茶を飲む所作を見てもそうだ。
所作がとても綺麗で、それは相応の教育を受けた人間でなければできないだろう。
(この娘はいったい何者なんだ?)
やけに整った顔立ちのサーラを見て、思う。
小さな顔に、大きな青い瞳。肌はきめ細やかで、艶のない赤茶色の髪だけがアンバランスな、恐ろしく美しい少女。
サーラを見つけたのはたまたまだった。
下町の川で発見されたオードラン商会の商会長の遺体。
ちょっとした縁のあったオードランの突然の死が気になって、マルセルが止めるのも聞かずにふらふらと情報を集めていたときに見つけたのがサーラだった。
何かの情報が得られないだろうかとたまたま入ったパン屋にいた、綺麗な娘。
まっすぐにこちらを見返してきた大きな青い瞳に、吸い込まれそうになったことを覚えている。
ウォレスは一目見て、サーラを「上等な女」だと思った。
それは彼女が綺麗だったからだけではなく、なんというか、下町には不似合いだと思ったのだ。
着飾らせて貴族のサロンに紛れ込ませても違和感がないだろうと、不思議とそう思った。
サーラが語ったオードランの情報は、ウォレスが調べた以上のものはなかったが、どうしてか気になって、次の日もパン屋ポルポルに足を運んでしまっていた。
店に入ると、サーラは奥のテーブルで友人らしき少女と話し込んでいた。
邪魔をするのも悪いとなんとなく聞き耳を立てていると、「むしろわたしは、事件が事故と自殺の二択でしか捜査されていないのは何故かしらって思うわ」と彼女が言った。
つまりサーラは、オードランの死に何らかの事件性を感じているということだ。
いったい彼女の大きな青い瞳には何が見えているのだろう。
途端に気になって、ウォレスは彼女たちの会話に割り込んだのだ。
(君は何に気がついているんだろう)
そして、サーラはいったい何者なのか。
こんなに気になる存在は久しぶりだった。
だからサーラが欲しいと言った情報を調べ上げ、パンの注文にかこつけて呼び出してみた。
(君は、私を退屈させない気がするよ)
表情は取り繕っているものの、若干の面倒くささがにじみ出ている目の前のサーラに、にこりと微笑む。
「君が欲しがっていた情報だがね。まず、商会長の遺体が見つかった日の前日は、彼はブルダン男爵家に行っていたようだよ。男爵夫人が注文したドレスの代金を受け取りに行っていたようだね。そして、暖炉に残っていた燃えカスだが、何らかの繊維の燃えカスと、炭化した靴のようなものがあったみたいだよ」
慎重にサーラの表情を見ながら告げると、彼女は特に驚きもしなかった。むしろ想定内だったと言わんばかりの顔で、黙って聞いている。
(……本当に、面白い)
ウォレスはにこりと微笑む。
自分の微笑みが、殊に異性にどのような感情を抱かせるのかわかっている彼が、最大限自分が魅力的に見える笑みを浮かべたというのに、サーラはただ真顔でウォレスを見返してくる。
(ああ、いいね……)
訂正しよう。こんなに気になる存在は、生まれてはじめてだ。
ウォレスは美しい少女の顔をじっと見つめて、続けた。
「それから商会長の死因だがね、君は何だったと思う?」
サーラは長い睫毛を伏せて、それから諦観のこもった息を吐き出す。
「……毒、ではないですか」
ウォレスは、ヒューっと口笛を吹きたい気分だった。
ティーカップに口をつけていたサーラが顔を上げて、ウォレスはハッとした。
わずかばかりに戸惑いながら「いや……」と曖昧に誤魔化す。
下町のパン屋の娘の所作に見とれていたなど、どうして言えようか。
(それにしても、この娘は本当に平民か?)
身に着けているものは高級なものではないのに、どうしてだろう、サーラには妙な気品を感じてしまう。
紅茶を飲む所作を見てもそうだ。
所作がとても綺麗で、それは相応の教育を受けた人間でなければできないだろう。
(この娘はいったい何者なんだ?)
やけに整った顔立ちのサーラを見て、思う。
小さな顔に、大きな青い瞳。肌はきめ細やかで、艶のない赤茶色の髪だけがアンバランスな、恐ろしく美しい少女。
サーラを見つけたのはたまたまだった。
下町の川で発見されたオードラン商会の商会長の遺体。
ちょっとした縁のあったオードランの突然の死が気になって、マルセルが止めるのも聞かずにふらふらと情報を集めていたときに見つけたのがサーラだった。
何かの情報が得られないだろうかとたまたま入ったパン屋にいた、綺麗な娘。
まっすぐにこちらを見返してきた大きな青い瞳に、吸い込まれそうになったことを覚えている。
ウォレスは一目見て、サーラを「上等な女」だと思った。
それは彼女が綺麗だったからだけではなく、なんというか、下町には不似合いだと思ったのだ。
着飾らせて貴族のサロンに紛れ込ませても違和感がないだろうと、不思議とそう思った。
サーラが語ったオードランの情報は、ウォレスが調べた以上のものはなかったが、どうしてか気になって、次の日もパン屋ポルポルに足を運んでしまっていた。
店に入ると、サーラは奥のテーブルで友人らしき少女と話し込んでいた。
邪魔をするのも悪いとなんとなく聞き耳を立てていると、「むしろわたしは、事件が事故と自殺の二択でしか捜査されていないのは何故かしらって思うわ」と彼女が言った。
つまりサーラは、オードランの死に何らかの事件性を感じているということだ。
いったい彼女の大きな青い瞳には何が見えているのだろう。
途端に気になって、ウォレスは彼女たちの会話に割り込んだのだ。
(君は何に気がついているんだろう)
そして、サーラはいったい何者なのか。
こんなに気になる存在は久しぶりだった。
だからサーラが欲しいと言った情報を調べ上げ、パンの注文にかこつけて呼び出してみた。
(君は、私を退屈させない気がするよ)
表情は取り繕っているものの、若干の面倒くささがにじみ出ている目の前のサーラに、にこりと微笑む。
「君が欲しがっていた情報だがね。まず、商会長の遺体が見つかった日の前日は、彼はブルダン男爵家に行っていたようだよ。男爵夫人が注文したドレスの代金を受け取りに行っていたようだね。そして、暖炉に残っていた燃えカスだが、何らかの繊維の燃えカスと、炭化した靴のようなものがあったみたいだよ」
慎重にサーラの表情を見ながら告げると、彼女は特に驚きもしなかった。むしろ想定内だったと言わんばかりの顔で、黙って聞いている。
(……本当に、面白い)
ウォレスはにこりと微笑む。
自分の微笑みが、殊に異性にどのような感情を抱かせるのかわかっている彼が、最大限自分が魅力的に見える笑みを浮かべたというのに、サーラはただ真顔でウォレスを見返してくる。
(ああ、いいね……)
訂正しよう。こんなに気になる存在は、生まれてはじめてだ。
ウォレスは美しい少女の顔をじっと見つめて、続けた。
「それから商会長の死因だがね、君は何だったと思う?」
サーラは長い睫毛を伏せて、それから諦観のこもった息を吐き出す。
「……毒、ではないですか」
ウォレスは、ヒューっと口笛を吹きたい気分だった。
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