すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

文字の大きさ
21 / 173
第一部 街角パン屋の訳あり娘

空き家の中の幽霊 1

しおりを挟む
 晴れやかな顔でウォレスがパン屋ポルポルを訪れたのは、サーラが偽の銀貨を見つけて八日後のことだった。

「犯人は捕らえられた。もう大丈夫だ」

 その犯人がどこでどのように捕らえられたのかについては、別に聞かない。ただ、無事に犯人が捕縛されたと聞いて、サーラはホッと胸をなでおろすだけだ。
 犯人が捕縛されたので、市場に出回っている偽の銀貨を回収すべく、すでに国が動き出しているらしい。
 市民警察も駆り出されるようなので、シャルが忙しさで目を回すようなことにならないといい。

「補償についてはまだ決定はしていないが、できれば何かしらの補償ができるようにしたいと思っているよ」
「そうですか。……ありがとうございます」

 ウォレスは一応身分を隠しているつもりのようだし、サーラもなんとなく上級貴族だろうと予測を立てているだけで詳しいことは知らないので、余計なことは言わない。
 けれども、やはり礼は言うべきだろう。ポルポルに被害はなかったが、リジーのところのパレットはそれなりの被害を被っている。

 サーラが礼を言うと思っていなかったのか、ウォレスがパチパチと目をしばたたいて、それからとろけるような笑みを浮かべた。
 無駄に顔のいい男の極上の笑みは破壊力満点だが、リジーと違ってサーラは面食いでも何でもないのでただ受け流す。
 すると、今度はウォレスの口がへの字に曲がった。

(まるで百面相ね)

 笑ったと思えば不機嫌そうになる。いったい何がしたいのか。
 むすっとしていたウォレスは、小さく咳ばらいを一つすると、「ところで」と話を変えた。

「西の二番通りに、宝石店ができたのは知っているか?」
「いえ、知りませんが」

 宝石なんて高いものには興味がない。
 アドルフやシャルが、年頃なのだから、アクセサリーの一つや二つ、と言い出したことはあるけれど丁重にお断りした。
 貴族が使うような金貨が羽ばたいていきそうなほど高いものではないにせよ、銀貨が何枚……下手をすれば何十枚も飛ぶようなものは必要ない。
 第一つけていくところもないと言えば、アドルフとシャルはちょっと悲しそうな顔をしたけれど、使い道のないものを買おうとは思わないのだ。

「貴族街の有名店で働いていたデザイナーの一人が独立したそうなんだ。なかなかセンスのいいものを取り揃えているらしい。どうだ、今度一緒に行かないか?」
「行ったところで買うお金もありませんし、つけていくところもないのでお断りします」
「贋金の件では世話になったから、その礼もかねて私がプレゼントしてあげるよ」
「いえ、そのような高価なものを買っていただくわけにはいきません」
「大丈夫だ、それほど高くない」

 金貨を無造作にポケットに入れて歩くような金持ちの基準で物を言わないでほしい。
 サーラははあ、と息を吐き出した。

「買うならリジーに買ってあげてください。喜びますから。わたしには必要ありません」
「それは、つけていくところがないからか」
「そうです」
「ならばつけていくところも私が用意しよう」
(いや、意味がわからないから)

 どうやってもサーラにアクセサリーを買い与えたいようだが、そんなことをしてこの男に何のメリットがあるだろう。

(もしかして、今回の件で貸しを作りたくないとか?)

 だが、貸しと言うほどのことをした覚えはない。ただ、客から受け取った銀貨に違和感があるのに気がついただけだ。

「つけていく場所も必要ありません」
「……普通の女性は、パーティーが好きだろう?」
「普通がそうだと言うのなら、わたしは普通ではないのかもしれませんね」

 固辞する姿勢を崩さないでいると、ウォレスがむっと眉を寄せる。

「食事も嫌、アクセサリーも嫌。だったら君は、何だったらいいんだ」
「何の話ですか?」
「私は女性にもてる方だ」
「自慢ですか?」
「違う!」

 ウォレスはカウンターに手をついて、ずいとサーラの方に顔を近づけた。
 近づいた分サーラがのけぞって距離を取ると、ちょっと傷ついたような顔をする。

「何故君は私に興味を示さない」
(ははーん? つまり、プライドの問題ってことかしらね)

 サーラの反応は、ウォレスの矜持をいたく傷つけたらしい。
 サーラはわずかに視線を落とすと、素早く考えを巡らせた。
 この場でウォレスの機嫌を損ねることなく納得させるにはどのような言い回しがいいだろう。

「例えばですが……」
「うん?」
「女神様が目の前にいるとします。ヴォワトール国は女神信仰ではありませんが、そのあたりは目をつむってください」
「……うん?」
「女神様が天上から降臨されて、目の前にいらっしゃるとします。手を伸ばせば触れることができますし、話をすることもできます」
「何が言いたい?」

 いちいち入ってくる合いの手が面倒くさいなと思いつつ、サーラは続ける。

「女神様はウォレス様にこうおっしゃいます。あなたを神の国の食事に招待しましょう。……ウォレス様はどうしますか?」
「それはたぶん……とても困惑するな」
「困るでしょう?」
「ああ」
「それと同じです」
「……は?」

 まだわかっていないようなので、サーラはそっと息を吐いた。

「ウォレス様がどこの誰かは存じませんし、知りたいとも思いません。でも、少なくともウォレス様はわたしたちよりもずっとお金持ちで、贋金の事件についても調査を命令できるほどの権力をお持ちでしょう。わたしたち平民からすれば、神様と同じようなものだと言うことです」
「私は人間だ」
「そうであっても、わたしたち平民の命など、あなたにとっては塵や芥と同じだと言うことです」
「私が、そのような非道なことをする人間だと?」
「そうは言っておりませんが、そこには明確な差があると言うことです。また、人は神の光に近づきすぎるとこの身が燃え尽きてしまうとも言います。眩しい光にはあまり近づきたくないと、わが身が可愛い人間は、そう思うでしょう」
「…………私は……」

 わかっている。高い身分を持つ彼が、サーラやリジーと気さくに話をする時点で、ウォレスは無駄に権力を振りかざす人間ではないと言うことは。
 しかし、ウォレスがそうでも周囲が同じだと言い切れない。
 マルセルも、以前あったブノアも善人そうだ。彼らもまた、ウォレスに近い考えを持つ人であろう。
 けれども、他はどうだろう。
 まだ見ぬウォレスの周囲にいる人間が、果たして全員同じ考えを持っているだろうか。

 答えは――否だ。

 ウォレスはおそらく高位の貴族だ。
 サーラは多くの貴族が利己的で傲慢で、権力にものを言わせて人を抑えつけることを何とも思わないような人間であると知っている。
 何か否定の言葉を述べようと口を開きかけたウォレスが、そのまま何も言わずに口を閉じる。
 サーラの言わんとすることと、そしてそれを否定することはできないことを、彼は理解しているのだと思った。

 しばらく黙り込んだ彼は、やがて力なく言った。

「私は……、友人一人守れないほど、非力ではないつもりだよ」

 ウォレスは平民のサーラを、まだ友人だと思っているのかと、サーラはちょっとおかしくなった。




しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

処理中です...