すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

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第一部 街角パン屋の訳あり娘

サーラの過去 2

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 あれは、サーラ――サラフィーネ・プランタットが、九歳の時のことだった。
 王都のプランタット公爵家のタウンハウスが、ある日突然、騎士団に取り囲まれた。
そして、泣き叫ぶサラフィーネの前で、国家反逆罪で父と母が捕縛。サラフィーネは乳母だったグレースと、その夫アドルフ、乳兄妹のシャルとともに取り残された。

「冤罪です。間違いありません。……だって、父も母も、贋金の製造なんてしていません」
「贋金?」
「そうです。父と母は、贋金を鋳造し、国を混乱に陥れたとして捕縛されました。領地から大量の贋金が出てきたそうです。でも、父と母はしばらく領地には帰っていませんでした。それから、領地から贋金は出てきましたが、それを鋳造したと言う証拠も、出ませんでした」
「だから、冤罪だと?」
「父と母は、穏やかな人でした。罪を犯すような人ではありません」
「人には裏の顔があるものだ。証拠がないからと言って無罪とは言えない」

 ウォレスがわずかに眉を寄せて、言いにくそうに言う。
 サーラはキッとウォレスを睨んで、それから力なくうつむいた。

「証拠がないからと言って無罪になるわけではない。当時、宰相の地位にいたシャミナード公爵は言いました。そして、わたしの両親は、七年と少し前……わたしの十歳の誕生日の日に、処刑されました」
「…………処刑?」
「はい」
「待ってくれ。確かに証拠がないとからといって罪がないとは言い切れない。けれども明確な証拠が出ないうちから処刑したと?」
「贋金が置いてあったという時点でそれが証拠だと言われました。……でも、何者かが父や母を陥れるために、わざと贋金を置いていくことだってできます。違いますか?」
「そう、だな……」
「でも、宰相は処刑を決行しました。父と母が捕らえられてから、一年も経っていません。まるで、罪を否定する材料が出てくる前に処刑してしまおうとしているように、わたしには思えました」

 サーラはきゅっと唇をかむ。

「わたしには……何もできませんでした」
「九歳の子供に何ができる。君に責任はない」
「いいえ」

 サーラは大きく息を吸い、そして吐き出す。
 昔を思い出したからだろう、青い瞳には涙の膜が張って、それが視界をぼやけさせた。

「父と母がもし何者かに……貴族の誰かに疎まれ狙われたのならば、それはわたしのせいです。わたしが女だったから……、男に生まれていたら、こんなことにはならなかったはずです」
「どういう意味だ?」

 ウォレスが怪訝そうに眉を寄せる。
 サーラはゆっくりと瞬きをする。その拍子に涙がぽろりと零れ落ち、ウォレスが狼狽えたようにおろおろしながらハンカチを差し出した。
 礼を言って受け取り、目元にハンカチを押し当てながら続ける。

「記憶にありませんか? ディエリア国とヴォワトール国に縁談が持ち上がったのは、そのころですよ」

 ディエリア国には王女はいない。
 そのため、ヴォワトール国の王子に嫁がせるのは、公爵家の娘の誰かになると言われていた。その最有力候補が、サラフィーネ・プランタットだったのだ。

「つまり、プランタット公爵家を追い落とし、自分の娘を我が国に嫁がせるために――ちょっと待ってくれ」

 そこで、ウォレスは頭の痛い事実に気がついたようにこめかみを押さえた。

「先ほど、君の両親の処刑を決定した宰相は、シャミナード公爵だと言ったな」
「そうです。……この秋に、セザール王子殿下の妃として嫁いでくるレナエル・シャミナードの父親ですよ。レナエルは、わたしの次の候補でした」
「……君の両親が処刑されなければ、君は兄の妃になっていた可能性が高かったと言うことか」
「そうなりますね。ディエリア国の結婚年齢である十六歳を待って嫁ぐと言う話だったので……、レナエルが十六で嫁ぐことを考えると、去年あたりに嫁いでいたかもしれません」

 ウォレスが大きく目を見開いた。
 何がそんなにショックなのだろうと、サーラは小さく首をひねる。

「その……、君の話をすべて真実だとした場合、君の両親を冤罪で処刑したのは、つまり……」
「シャミナード公爵である可能性が、一番高いとわたしは思っています」
「やはりそうなるか……」

 ウォレスは両手で顔を覆った。

「もしそうだったとすると、我が国の王家に犯罪者の娘が嫁ぐのか……」
「取りやめは、できないと思いますよ」
「そうだろうな……」

 すでに嫁いでくる日程は決まっているし、シャミナード公爵がサーラの両親を陥れたと言う証拠はどこにもない。
 下手なことを言うとウォレスの立場が危うくなるだろう。
 国家間の問題にも発展しかねない。

(秘密を暴きたがったのはそちらよ。……まあ、同情はするけどね)

 兄の妃であるレナエルと顔を合わせる機会があっても、ウォレスは何も知らないふりをしなければならない。なかなか骨が折れそうだ。精神的に。

「それで、君はこの国に来たのか……」
「そうです。幸い、わたしは子供だったので処刑にはなりませんでした。でも家は取りつぶし、貴族でもなくなりました。乳母だった今の母が、ディエリア国で平民として過ごすよりは、わたしの存在を知らないヴォワトール国で暮らしたほうがいいと言ったんです。わたしは社交デビュー前でしたから、ヴォワトール国では顔は知られていませんでしたからね」
「確かにまあ、身の安全を考えるなら、君の乳母の……いや、母の決断は、正しいだろうな」
「ええ、そう思います」

 平民として暮らしても、名前を変えても、ディエリア国で暮らしていれば、サーラがサラフィーネ・プランタットだという噂がいつ広まるかわからない。
 処刑された罪人の娘だ。人々が向ける視線は厳しいものがあるだろう。
 正体が知られるたびに引っ越すのも、いつ正体に気づかれるだろうかと怯えて過ごすのも、まだ幼いサーラの心を考えるとよろしくない。
 それでなくとも、サーラは当時、壊れかけていた。

 両親の処刑は公開処刑で――サーラは、その処刑の場所にいた。
 両親と、生きて会える最後の機会だったから。
 最後に言葉を交わさせてもらえると言われたから。
 両親に会いたいと泣くサーラを、グレースでも止めることはできなかった。

 目の前で両親が首をはねられて殺されたサーラは、しばらくの間、夜中に悲鳴を上げて飛び起きていたそうだ。
 ショックのためか、十歳からしばらくの間の記憶が、サーラにはあまり残っていない。
 気がついたらヴォワトール国にいて、アドルフがパン屋をはじめていた。アドルフはもともとパン作りが趣味だったそうだが、それが幸いしたと、のちのちグレースが笑って言った。

 はあ、吐息を吐き出して、サーラは顔を上げた。

「さて、どうなさいますか?」
「どう?」

 訊ねられる意味がわからないと、ウォレスが首を傾げる。

「わたしは罪人の娘です。ウォレス様がわたしと関りを持つのは、外聞的にはよろしくないでしょう。これまでの事実を消したいのであれば、わたしを葬り去るしかありません。わたしを今殺して葬れば、わたしはただのパン屋の娘サーラとして処理されるでしょう。サラフィーネ・プランタットの名前はどこにも出ません」
「な――」
「わたしの秘密は、ウォレス様と、それからアドルフとグレース、シャルしかしりません。でも、わたしの家族には手出しはしないと約束しましたよね? だから、わたしの家族は見逃してください」

 淡々と、サーラは告げる。
 驚愕していたウォレスは、だんだんとその表情を怒りに変えた。

「……ふざけるなよ」
「ふざけてなど、いませんが」
「ふざけている! 君は私が、罪もない人間を保身のために殺すとでも思っているのか⁉」
「それができる身分ですよ、ウォレス様は」

 適当に、不敬罪あたりを適応すればいい。
 思い返す限り、サーラのウォレスに対する態度は、王子に対して不敬すぎたのは事実だ。
 ウォレスは怒鳴ろうとするように大きく息を吸って口を開き、けれども何も言わずに閉じた。
 それから、握り締めたままだったサーラの手首に気がつき、びくっと肩を揺らしてから手を離す。
 サーラの手首には、ウォレスの、赤い指の跡がついていた。

「……君は、もしかしなくても、死にたいのか?」

 サーラの手首の赤い跡を、ウォレスが遠慮がちに指先で撫でる。
 サーラは肩をすくめた。

「別に、死にたいわけではないと思います。でも、わかりません。……ここで殺されても仕方がないかなと思ったのは、事実ですし」

 それはある意味、諦観と言い換えることができるだろう。
 子供だったから生かされて――アドルフ夫婦とシャルとともに暮らすのは、楽しかったけれど、サーラは人よりも生に対する執着が薄いかもしれない。

 あの日、両親が処刑された日に、サーラは間違いなく、自分の半身を失ったのだ。
 サラフィーネ・プランタットの名を捨てることは、サーラが生きていく上では必要なことだったけれど、名前とともにそれまでの人生を捨てたような気がした。
 だから、半身しか残っていないサーラは、サラフィーネ・プランタットの名前とともに消えた半身と再び一つに戻りたがっているのかもしれない。
 その方法が「死」であるならば、それも悪くないと思う自分がいる。

「君は――」

 ウォレスは息を呑み、やおらサーラの華奢な体を抱き寄せた。

「何してるんですか?」
「うるさい」
「……泣いています?」
「君が悪いんだ」

 意味がわからない。
 サーラはウォレスの腕の中から、一粒だけこぼれた彼の涙の痕にそっと手を伸ばす。

(優しい王子様ね)

 サーラの心に、同調でもしたのだろうか。
 こんな優しい王子様では、確かに保身のために他者を殺すことなんてできないだろう。

 そっと頬に残る涙の痕に指を這わせていると、その手がきゅっとつかまれた。

 そして――

 あっと思ったときには、唇に自分よりも幾分か高い体温が、触れていた。





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