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第一部 街角パン屋の訳あり娘
変化 2
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「贋金の件については、いったんこれにて終了とすることにした。犯人はコームとレジス。関係者にエタン。これで全員だ」
ティル伯爵領から戻って三日。
十時半にパン屋ポルポルにやって来たウォレスは、店内に客がいないのを確認してそう切り出した。
リジーは十分前に、ウォレスが来ないと肩を落としながら帰って行った。ウォレスはわざと時間をずらしたのだろう。
「そう……ですか」
サーラは視線を伏せて小さく頷く。
もちろん腑に落ちない。
少なくとも、鋳型の製造者である少女を村に送り届けたとされる白髪の男は、多少なりとも贋金製造に関係していると思われた。
けれど、ウォレスはこれで終了だという。
(終了にしておかないと、あの子までたどり着かれる可能性があるからでしょうね)
飲食スペースに、ことりと紅茶を二つ置く。
そして、売り切れる前にこっそり取り置きしておいたブリオッシュを置くと、ウォレスは黙って口をつける。
あの沼池での夜――口づけをされそうになった夜のことをウォレスが蒸し返さないので、サーラはホッとしつつ席につく。
けれど、きっとこのままなかったことにはされないのだろうと、なんとなくわかっていた。
いつ話の続きをされるかと思うと、緊張と、それから変な胸の高鳴りを覚えるのはどうしてだろう。
「納得してないだろう?」
ブリオッシュを食べ終えて、紅茶で喉を潤しながらウォレスが言う。
「それは、まあ……」
白髪の男の件だけじゃない。
おそらくこの贋金の裏には貴族がいるとサーラは踏んでいた。
というのも、贋金の扱いがおかしかったからだ。
平民ならば精巧な贋金ができたら、足がつく前に急いでできるだけ大量にそれを使う。
けれども今回はわざわざ人を雇って、作った本人が利益にもならないような使い方をしていた。
ウォレスに言うところの、まるで実験のようだ。
もしそれが本当に実験であるのならば、何故そのようなことをするのかという疑問が残る。
そんな回りくどいことを平民はしない。する必要が感じられない。
だから貴族が、何らかの目的をもってそのようなことをしたと考えるのが、サーラとしては自然な気がした。
そして逆に裏に貴族がいるかもしれないからこそ、この件はこれ以上踏み込んではならないのだとも思う。
「もちろん、表向き終了とするだけで、私の方では引き続き探らせるつもりではいる。だが、表向きは終了だ。そう言うことにしておいてくれ」
「わかりました」
貴族が関わっている可能性が高い以上、サーラにできることはない。
下手に首を突っ込むと大怪我をすることにもなろう。
サーラだけならまだいい。
けれどもアドルフたちが巻き込まれるのは、嫌だった。
うつむいてそっと息を吐き出すと、テーブルの上に投げ出していたサーラの手にウォレスの手が重ねられた。
つ、と指先で手の甲をくすぐられて、サーラはびくりとする。
顔を上げれば、何か言いたそうな顔で、ウォレスがじっとこちらを見つめていた。
「明後日、暇か」
「暇、じゃないです」
「ブノアを貸し出す」
伯爵をパン屋の店番にほいほいと貸し出していいのだろうか。
サーラはちょっとあきれたが、まっすぐに見つめてくる青銀色の瞳に閉口した。
「朝、この時間に迎えに来る」
何のために、とは言わない。
そして以前ならば「お断りします」ときっぱり拒絶できたのに、サーラはそれができなかった。
ここで断らなければ、きっとウォレスとの関係が変わるだろう。
そんな予感がするのに、サーラは首を横に振れない。
ウォレスは触れていたサーラの手を持ち上げて、爪の先に小さなキスを落とす。
「じゃあ、明後日」
ウォレスの唇が触れて行った爪の先が、熱かった。
ティル伯爵領から戻って三日。
十時半にパン屋ポルポルにやって来たウォレスは、店内に客がいないのを確認してそう切り出した。
リジーは十分前に、ウォレスが来ないと肩を落としながら帰って行った。ウォレスはわざと時間をずらしたのだろう。
「そう……ですか」
サーラは視線を伏せて小さく頷く。
もちろん腑に落ちない。
少なくとも、鋳型の製造者である少女を村に送り届けたとされる白髪の男は、多少なりとも贋金製造に関係していると思われた。
けれど、ウォレスはこれで終了だという。
(終了にしておかないと、あの子までたどり着かれる可能性があるからでしょうね)
飲食スペースに、ことりと紅茶を二つ置く。
そして、売り切れる前にこっそり取り置きしておいたブリオッシュを置くと、ウォレスは黙って口をつける。
あの沼池での夜――口づけをされそうになった夜のことをウォレスが蒸し返さないので、サーラはホッとしつつ席につく。
けれど、きっとこのままなかったことにはされないのだろうと、なんとなくわかっていた。
いつ話の続きをされるかと思うと、緊張と、それから変な胸の高鳴りを覚えるのはどうしてだろう。
「納得してないだろう?」
ブリオッシュを食べ終えて、紅茶で喉を潤しながらウォレスが言う。
「それは、まあ……」
白髪の男の件だけじゃない。
おそらくこの贋金の裏には貴族がいるとサーラは踏んでいた。
というのも、贋金の扱いがおかしかったからだ。
平民ならば精巧な贋金ができたら、足がつく前に急いでできるだけ大量にそれを使う。
けれども今回はわざわざ人を雇って、作った本人が利益にもならないような使い方をしていた。
ウォレスに言うところの、まるで実験のようだ。
もしそれが本当に実験であるのならば、何故そのようなことをするのかという疑問が残る。
そんな回りくどいことを平民はしない。する必要が感じられない。
だから貴族が、何らかの目的をもってそのようなことをしたと考えるのが、サーラとしては自然な気がした。
そして逆に裏に貴族がいるかもしれないからこそ、この件はこれ以上踏み込んではならないのだとも思う。
「もちろん、表向き終了とするだけで、私の方では引き続き探らせるつもりではいる。だが、表向きは終了だ。そう言うことにしておいてくれ」
「わかりました」
貴族が関わっている可能性が高い以上、サーラにできることはない。
下手に首を突っ込むと大怪我をすることにもなろう。
サーラだけならまだいい。
けれどもアドルフたちが巻き込まれるのは、嫌だった。
うつむいてそっと息を吐き出すと、テーブルの上に投げ出していたサーラの手にウォレスの手が重ねられた。
つ、と指先で手の甲をくすぐられて、サーラはびくりとする。
顔を上げれば、何か言いたそうな顔で、ウォレスがじっとこちらを見つめていた。
「明後日、暇か」
「暇、じゃないです」
「ブノアを貸し出す」
伯爵をパン屋の店番にほいほいと貸し出していいのだろうか。
サーラはちょっとあきれたが、まっすぐに見つめてくる青銀色の瞳に閉口した。
「朝、この時間に迎えに来る」
何のために、とは言わない。
そして以前ならば「お断りします」ときっぱり拒絶できたのに、サーラはそれができなかった。
ここで断らなければ、きっとウォレスとの関係が変わるだろう。
そんな予感がするのに、サーラは首を横に振れない。
ウォレスは触れていたサーラの手を持ち上げて、爪の先に小さなキスを落とす。
「じゃあ、明後日」
ウォレスの唇が触れて行った爪の先が、熱かった。
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