すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

文字の大きさ
83 / 173
第一部 街角パン屋の訳あり娘

神の子を名乗る男 4

しおりを挟む
 セレニテはその後、いくつかのカードの奇跡を披露して、それから「力を使って疲れましたので今日はここまでにさせてください」と儚げに笑って部屋から出て行った。
 セレニテが帰ったあとも宴会ホールには興奮が残されて、皆が皆口々に彼の起こした奇跡を絶賛している。
 リジーもすっかり興奮していて、マルセルは狐につままれたような顔をしていた。

「楽しめたかい?」

 ヴァルヴァラが艶っぽく微笑む。彼女もまた気分が高揚しているように見える。

「はい! 姐さん、ありがとう!」

 客の中にはこのままここで過ごすものもいるようだが、サーラとリジーは長居をしない方がいいだろう。マルセルを狙っている娼婦もいるし、彼のためにも早々に立ち去るべきだ。
 ヴァルヴァラに礼を言って娼館を後にすると、外はすっかり暗くなっていた。
 来た時は空がまだオレンジ色をしていたのだが、秋は日が暮れるのが早い。
 先にリジーを菓子屋パレットに送っていく。
 そしてサーラも帰ろうとしたとき、マルセルに「もう少しよろしいですか?」と問われて首をひねった。

 日は暮れたが、時間的にはまだそれほど遅くない。
 頷くと、マルセルが向かったのはパレットよりも少し北寄りのところだ。
 少し歩いて、道を一つ曲がると、そこには見たことのある馬車が停まっていた。御者台にはブノアが座っている。
 マルセルが馬車の扉を開けると、中にはウォレスが座っていた。

「ウォレス様」
「入ってくれ」
「は、はい……」

 まさかウォレスがいるとは思わなかった。
 サーラが馬車の中に入ると、マルセルが扉を閉めて御者台へ向かった。
 馬車の中にはサーラとウォレスの二人きりだ。

 サーラの心臓が、ざわざわしはじめた。
 対面に座ろうとしたサーラに、ウォレスが隣に座れと指示を出す。
 サーラが座ると、ウォレスが「少し適当に走らせろ」と御者台にいる二人に命じた。
 馬車がゆっくりと走り出すと、ウォレスが自然な動作でサーラの肩に手を回す。

「で? どうだった?」
「え?」
「え? じゃない。セレニテの奇跡はどうだったんだ?」
「あ、ああ、そうですね……」

 いけない、いけない。ウォレスが待っていたとは思わなかったので、頭の中が真っ白になってしまっていた。

(だって……、変なことを思い出しちゃったし)

 キスするために馬車に行こうと誘われた時のことを思い出したせいで、妙に意識してしまったのだ。ウォレスは単に、今日のことが聞きたかっただけだというのに、自意識過剰すぎる。

 サーラは大きく息を吸って吐き出すと、真面目な顔を作る。

「奇跡だって本人は言っていましたけど、あれ、ただのトリックです」
「わかったのか?」
「はい。全部じゃないですけど、いくつか知っていましたから」

 サーラはそっと息を吐き出す。
 サーラがまだサラフィーネ・プランタットだったころの話だ。
 セレニテがやったのは、たまたまディエリア国を訪れていた大道芸人が披露してくれた「手品」というものによく似ていた。

 ディエリア国でもヴォワトール国でもそうだが、「手品」と呼ばれる一見すると奇跡を起こしているとしか思えない出し物には、一種の規制がかかっている。
 奇跡が使えるだなんだと言って新興宗教を起こそうとする人間を抑制するためだ。
 要するに、国家の威信を保つために、妙に人々の関心を引くような大道芸は禁止されているのである。

 ゆえにディエリア国を訪れた大道芸人も、国が許す範囲での芸を行っていた。
 そんな大道芸人に、当時幼かったサラフィーネはとても興味を示して、娘に甘かった父プランタット公爵が邸に招いたことがある。
 その時に大道芸人のおじさんが、「内緒だよ」と言ってカードを使う簡単な「手品」を教えてくれたのだ。
 今日セレニテが行った「奇跡」には、その時教えてもらった「手品」とよく似たものがあった。つまりはトリックで、奇跡なんかではないのである。

(でも、手品を奇跡だと偽って披露しているなんて、セレニテは一体何がしたいのかしら?)

 お金を取っているわけではなさそうだ。新興宗教を起こそうと、聞いたことのない神の名前を出して信者を集めているわけでもない。

「セレニテの目的はわかりませんけど、道具を用意してもらえれば、わたしでもいくつかは同じことができると思います」
「へえ! 面白そうだな。後で何が必要なのか教えてくれ。用意してやろう」
「わかりました」
「でも、やはり奇跡ではなかったのか」
「まあ、奇跡なんてものは、起こそうと思って起こせるようなものではないですからね」

 たまたま何か自分の都合のいいことが起こって、それを奇跡だと思い込むことはあっても、望んでそれが起こせる人間なんてどこにもいない。
 神様は祈ったって助けてはくれないのだ。
 もし神様が祈りを聞いてくれるのならば、本当の両親は死ななかっただろう。
 神様は奇跡なんて起こさない。

「セレニテはどんな男だった? 男だったんだろう?」
「ええ。男でした。ここに、ウォレス様と同じものがありましたからね」

 サーラは自分の喉を指さして言う。
 セレニテがフードを払ったことではっきりと首が見えたから判明した。彼の喉にははっきりとした喉頭隆起があった。

「ただまあ、顔立ちは女性に間違えられてもおかしくないかもしれません。というか、男か女かはっきりしないすごく中性的で綺麗な顔立ちなんです」
「……ふうん」
「わたし、あんなに綺麗な人をはじめて見ました。セレニテの顔に、男女問わずみんなぼーっとなっていましたよ」
「へー」
「声もすごく綺麗ですし、表情も、たぶん自分がどんな顔をすると相手がどう反応するのかをよく知っているんだと――って、ウォレス様?」

 いきなりぐっと引き寄せられたかと思うと、サーラはそのままウォレスにぎゅうっと抱きしめられていた。

「ああそうか、そんなに綺麗だったのか。それで君までぼーっとしたと、つまりはそういうことだな」
「え? 何を言って……って――ひっ」

 よくわからないがウォレスの機嫌が悪いらしいと思った直後のことだった。
 突然、ウォレスがとんでもない暴挙に出て、サーラは小さく悲鳴を上げた。
 なんと、ウォレスにぱくりと耳を食べられたのだ。
 いや、食べられたような気がした、というのが正しい。
 正確には、はむっと唇で食まれただけだが、もちろんサーラは飛び上がった。が、ウォレスが抱きしめているので、腰を浮かせることすらできなかった。

「な、な、な、何するんですかっ」

 抗議の声を上げたが、ウォレスはサーラの耳を離す気はないらしい。
 とうとう歯まで立てられて、サーラは真っ赤になってバタバタと彼の腕の中で暴れた。

「ちょっとっ、食べないでっ」
「君は、私にはぼーっとしないじゃないか」
「は⁉」
「それなのに、セレニテという男にはぼーっとする、と」
「していませんよっ」

 ぼーっとしていたのはほかの人であって、サーラはセレニテに見とれたりはしていない。
 違う違うと首を振ると、ウォレスはようやく耳から口を離してくれた。

(まったくっ、とんでもない暴挙だわ!)

 耳を押さえて、熟れたリンゴのように赤くなっていると、今度はふにっとほっぺたがつままれる。そのままむにーっと引っ張られるから、痛みを覚えたサーラが嫌だ嫌だとまた首を振ると、頬が引っ張られる代わりにちゅっと軽い口づけが落ちた。

「ぼーっとしていないんだな?」
「していません!」
「見とれてないと?」
「見とれていません!」
「証明できるか?」
「……どうやって証明しろと?」

 サーラはちょっぴりあきれる。どうやらウォレスが不機嫌なのは、拗ねているかららしい。

「証明の仕方など、私が知るか」

 無茶苦茶である。
 どうしたものかと思っていると、ウォレスがポケットから紋章付きの懐中時計を取り出した。

「時間は、あとどのくらいなら大丈夫だ?」
「え? ええっと……そうですね、あと一時間くらいなら、まあ」
「そうか」

 ウォレスは御者台に続く窓をこつんと叩いて、「一時間適当に走らせろ」と命じた。
 そして御者台の窓のカーテンと、それから左右の窓のカーテンを全部閉めてしまう。
 何故カーテンを閉めるのだろうと、薄暗くなった馬車の中で首をひねっていると、ウォレスがニッと口端を上げた。
 あっと思ったときには膝の上に横抱きにされて、サーラは目を白黒させる。

「証明する代わりに、今から一時間、君は私のことだけを考えるんだ」

 横暴なことを言って、ウォレスが口を塞いでくる。
 どこか甘えているような、啄むようなキスを受けながら、サーラは拗ねて面倒くさくなってしまった王子様の頭をそっと撫でた。

 無理に意識しなくとも、もう、目の前のウォレスのことしか考えられない――



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。 ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。 そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。 「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。 冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。 皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。 小説家になろう、カクヨムでも連載中です。

私、異世界で獣人になりました!

星宮歌
恋愛
 昔から、人とは違うことを自覚していた。  人としておかしいと思えるほどの身体能力。  視力も聴力も嗅覚も、人間とは思えないほどのもの。  早く、早くといつだって体を動かしたくて仕方のない日々。  ただ、だからこそ、私は異端として、家族からも、他の人達からも嫌われていた。  『化け物』という言葉だけが、私を指す呼び名。本当の名前なんて、一度だって呼ばれた記憶はない。  妹が居て、弟が居て……しかし、彼らと私が、まともに話したことは一度もない。  父親や母親という存在は、衣食住さえ与えておけば、後は何もしないで無視すれば良いとでも思ったのか、昔、罵られた記憶以外で話した記憶はない。  どこに行っても、異端を見る目、目、目。孤独で、安らぎなどどこにもないその世界で、私は、ある日、原因不明の病に陥った。 『動きたい、走りたい』  それなのに、皆、安静にするようにとしか言わない。それが、私を拘束する口実でもあったから。 『外に、出たい……』  病院という名の牢獄。どんなにもがいても、そこから抜け出すことは許されない。  私が苦しんでいても、誰も手を差し伸べてはくれない。 『助、けて……』  救いを求めながら、病に侵された体は衰弱して、そのまま……………。 「ほぎゃあ、おぎゃあっ」  目が覚めると、私は、赤子になっていた。しかも……。 「まぁ、可愛らしい豹の獣人ですわねぇ」  聞いたことのないはずの言葉で告げられた内容。  どうやら私は、異世界に転生したらしかった。 以前、片翼シリーズとして書いていたその設定を、ある程度取り入れながら、ちょっと違う世界を書いております。 言うなれば、『新片翼シリーズ』です。 それでは、どうぞ!

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

処理中です...