すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

誰が男爵を殺したのか 1

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 第二王子オクタヴィアン――ウォレスに、侍女にならないかと誘われて一か月余りが過ぎた十二月二十日。
 サーラは、表向きマリア・サヴァールと名前を変えて、ブノア・サヴァールの長男、アルフレッド・サヴァールの養女となり、予定通り城で働くことが決まった。
 アドルフたちを納得させるのと引っ越し、そして準備などに多少時間が取られたので、サーラが侍女として働きはじめたのは一昨日からである。

 アドルフとグレースはブノアの邸で厄介になることになった。
 何もしないのは落ち着かないと、二人とも、サヴァール伯爵家の細々とした仕事を手伝ったりしている。
 もともと子爵だったアドルフは貴族社会のことにも詳しいので、ブノアも助かっていると言っていた。
 グレースの方はグレースで、ブノア夫妻の長女ジャンヌ・カントルーブが生んだ赤子の世話を手伝っている。ジャンヌはカントルーブ子爵家に嫁いだ身であるが、夫が仕事で王都を離れているので実家で過ごしているのだ。
 年明けには、仕事――すなわちウォレスの侍女頭に復帰したいとのことなので、グレースが赤子の面倒を見てくれるのは大助かりなのだそうだ。
 ただ客人としてぼんやりしているのも落ち着かないだろうから、二人がそれなりに仕事をもらっているようでよかったとサーラはホッとしたものである。

 シャルの方は市民警察を辞め、現在、年明けに行われる近衛兵の試験のための準備をしていた。
 城勤めをするサーラの近くにいるため、シャルも城で働くことを選択したのである。

(本当に、過保護なんだから……)

 そう思うものの、サーラが侍女として働く条件としてシャルが提示したのが、自分も城で働く、と言いうものだった。
 当初は下働きでも何でもいいと言っていたのだが、ウォレスがそれならば近衛試験を受ければいいと言ったのだ。

 騎士と違って近衛の中には平民もいる。もちろん上層部は全員貴族だが、貴族だけでは兵士の頭数がたりないからだ。
 カントルーブ子爵家の紹介状をつければ試験に臨むことは可能だし、シャルの実力なら難なく合格するだろうとマルセルが言っていた。
 ちなみにサヴァール伯爵家の紹介状でないのは、サーラとのつながりに気づかれないようにするためだそうだ。

 侍女になったサーラは城のウォレスの隣の部屋が与えられている。
 侍女は貴族女性なのでもちろん部屋は広く豪華である。
 ブノアとベレニスが部屋に必要なものを用意してくれたので、何不自由なく生活することができていた。
 養父となったアルフレッドも忙しい立場なのでほとんど会うこともなく、意外にも城での生活は落ち着いたものになりそうだ。少なくともサーラはそう思っていた。――さっきまでは。

「……あの、アルフレッド様。どうしてわたしがここに?」

 サーラは第二王子の身の回りの世話をする侍女なので、本来であれば王族のプライベート空間である城の居住スペースに常駐しているはずだった。
 それなのに、養父であるアルフレッド命令で、何故かウォレスの執務室に連れて来られて、サーラは戸惑うしかない。

「マリア、他人行儀な呼び方はやめなさい。ほら、パパですよ」

 黒ぶち眼鏡のブリッジを押し上げながら真顔で言う濃い灰色の髪に紫色の瞳をした三十前の男に、サーラはひくっと口端を引きつらせた。
この、意味不明なことを言い出した男こそ、サーラの養父であるアルフレッドだ。

(いきなり何なの⁉)

 サーラは今、染めていた髪を金髪に戻し、侍女のお仕着せのシンプルなドレスに身を包んでいた。
 どこからどう見ても、妙齢の貴族令嬢である。
 つまり、幼子ではない。
 それなのに、十七歳の女性に向かって、二十八歳の青年が「パパと呼べ」と強要するのはいかがなものだろうか。

(……なんか、いかがわしい感じがするからやめてほしいんだけど)

 助けを求めるようにちらりと横を見る。
 アルフレッドの弟である、サヴァール伯爵家三男のオーディロンが笑顔のまま固まっていた。
 オーディロンは役に立ちそうにないとすぐに見切りをつけたサーラは、今度は執務室の扉の内側で直立不動になっているマルセルへ視線を向ける。
 が、すぐに視線を逸らされて、サーラは途方に暮れた。
 今ここに、ウォレスはいない。
 仕事で離席しているのだ。
 すぐに戻ると聞いたが、いつ戻って来るのだろう。

「マリア、パパです。早く呼び方に慣れてください。さあ!」

 アルフレッドが真顔であるだけに、冗談なのか本気なのかもわからない。
 ウォレス曰く、合理的な男らしい。
 しかし目の前の男からはあまり合理性を感じなかった。
 パパと呼ばせることの何に合理性があるのだろう。理解不能だ。

(ああ、そういえば変人だとも言っていたわね……)

 つまりこれは変人の片鱗だろうか。
 合理的な変人って、いったいなんだろう。
 現実逃避しそうになったサーラに、アルフレッドがずいっと顔を近づける。

「話が進みませんから、早くなさい。時間の無駄です」
(いや、パパって呼ばせることに関連がある話なわけ?)

 そんな話をするために執務室に呼びつけたのだろうか。
 サーラが一歩下がればその一歩が詰められる。
 じりじりと後ろに下がり続けていれば、トンと背中が壁にあたった。
 サーラを追い詰めた養父が、ドン! と壁に片手をつく。

「さあ、どうぞ」
(ひい!)

 もしかしなくともとんでもない男の養女になってしまったのではなかろうかと、サーラは青ざめた。

「あ、兄上、サ……マリアが怯えていますから、そのあたりで……」
「何か言いましたかマルセル?」
「何でもありません」
(あっさり引きさがらないで‼)

 サーラはこの三兄弟の力関係を理解した。アルフレッド相手では、マルセルはてんで役に立たない。
 サーラはごくりと唾を飲み込む。
 なぜ自分がこんな辱めを受けているのだろうと自問しながらも、諦めて口を開こうとした、そのとき。

「パ――」
「何をしているんだこの変態が‼」

 その瞬間、バタンと大きく扉が開いて、アルフレッドめがけて何かが飛んで来た。
 べしっと音を立ててアルフレッドの側頭部にぶつかったのは、靴だった。
 見れば、扉のところで片足を上げたウォレスが、手を振り抜いた形で立っている。上げていた片足には、靴がない。つまり、今目の前を横切ったアレだ。
 靴がぶつかった拍子に転がった眼鏡を拾い上げて、アルフレッドがじろりとウォレスを睨む。

「何をするんですか」
「それはこっちのセリフだ! マルセル‼ なぜ傍観している! あの変態長男を止めろ‼」
「無理ですよ」

 マルセルが即答した。
 ウォレスが舌打ちして、片足でぴょんぴょん飛び跳ねながら移動しようとしたので、サーラは急いで靴を拾ってやる。

「あ、ありがとうございました……」

 靴が飛んで来たのには驚いたが、助かったのは間違いない。
 ウォレスは靴を履きなおし、サーラをかばう位置に立った。

「それで、どうしてサ……マリアがここにいる!」
「私が呼んだからですよ。そんなことより、邪魔しないでください。公の場できちんと父と呼べないと困るじゃないですか」
「父上やお父様ならまだしも、なぜパパなんだ!」
「知らないんですか? 最近その呼び方が流行っているらしいですよ。統計によると、十歳以下の貴族女性の約六割が父親のことをパパと……」
「マリアは十七歳だ‼ それからそんな妙な統計を取って何の役に立つ⁉」
「私なりに一般的な父と娘の関係を構築しようと思ったんですが……」
(……一般的)

 なるほど、アルフレッドはやはり変人だ。彼とは「一般的」という言葉の意味のすり合わせが必要だろう。

「私は不用意にマリアに近づくなと言わなかったか⁉」
「サーラに近づくなとは言われましたがマリアに近づくなとは言われていませんが?」
「屁理屈をこねるな!」

 怒鳴り疲れたのか、ウォレスの呼吸が少し乱れている。

(アルフレッド様が補佐官じゃあ、大変そうね……精神的に)

 サーラはひどくウォレスに同情した。
 しかしその同情は自分にブーメランになるとわかって落ち込む。ウォレスにとってアルフレッドは補佐官であるが、サーラにとっては養父である。なお近しい関係だ。

「で? いいから何故マリアがここにいる!」
「事件を可及的速やかに解決するためには、マリアがいたほうがいいという結論に至ったので」
「は? ――って、まさか」
「はい」

 アルフレッドは一つ頷いて、眼鏡をかけなおす。
 そして、やはり真顔でサーラを見ると、言った。

「マリア。昨日、バラケ男爵が死にました。容疑者はコルシェ子爵です。しかし我々はコルシェ子爵を犯人にしたくありません。あなた、こういうことを解決するのは得意でしょう?」

 誰もそんなことを得意とした覚えはないのだがという反論は、恐らく口に出したところで無駄なのだろうなとサーラは思った。

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