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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く
婚約 2
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「マリア、少し話がしたい」
夜、ウォレスが険しい顔で言った。
サーラの心臓がぎゅっと握りしめられたように苦しくなる。
(……うん、そろそろだろうなって思ってた)
覚悟はしていた。
予感もしていた。
セザールが結婚してもうすぐ半年。――時間が経てばたつほどウォレスは不利になるだろう。
「わかりました。……寝る前でいいですか?」
ウォレスの夕食の準備をしていたジャンヌが、一瞬気づかわしそうな視線をこちらに向けてきた。
ジャンヌは知っているだろう。
知らないはずがない。
サーラにだけ、情報が伏せられていたのだ。そのときが来るまで。
「ああ」
「じゃあ、わたしはバスルームの準備をしていますね」
夕食はジャンヌがついているので、サーラは食後の入浴の用意だ。
お湯はメイドに頼めば準備してくれるが、それ以外にも、ソープなど不足がないか確認しなくてはならない。バスオイルの香りを決めるのも侍女の仕事だ。
メイドを呼んでお湯の用意を頼み、サーラはバスルームに並んでいるオイルを確認する。
ミントなどの香りは、冬は寒々しいので選ばない。
ベルガモットの香りのオイルに手を伸ばしかけたサーラは、その隣に並んでいた瓶を見て手を止めた。
スズランの香りのオイルである。
(……スズラン)
ここでこの香りを選ぶのはあてつけがましいだろうか。
スズランの香りは、以前ウォレスがプレゼントしてくれた香水の香りだ。
サーラは暫時躊躇し、スズランのオイルを手に取った。
オイルにあわせて、ソープも選ぶ。
タオルを用意し、バスルームに汚れがないかをチェックして戻ると、ウォレスがつまらなそうな顔で食事をしていた。
「マリア、わたくしはもう帰りますから、あとを任せてもいいですか?」
ジャンヌが帰るには少し早いが、気を使ってくれたのかもしれない。
わかりましたと頷き、給仕をジャンヌと代わる。
ジャンヌが出て行くと、ウォレスがテーブルを挟んで自分の反対側を指さした。
「一緒に食べよう」
「わたしの夕食はまだ運ばれて来ていませんよ」
「二人分くらい余裕であるだろう?」
王子の食事が足りない、ということがあってはならない。
そのため、運ばれてくる食事は品数も量もとても多かった。残すこと前提なのだ。
「……サーラ」
「マリアですよ。……わかりました」
サーラは椅子を運んでくると、ウォレスの対面に腰かける。
カトラリーも余分があるので、ナイフとフォークを一本ずつ借りた。
ウォレスが嬉しそうに目を細めて、自分が食べておいしかったものを説明してくれる。
「そっちの鶏肉のレモン焼きが美味しかった。あと、そっちのチーズグラタンもおすすめだ」
「野菜も食べてくださいね」
「ちゃんと食べている」
そう言うが、温野菜のサラダの進み具合が芳しくない。
ウォレスは野菜嫌いではないので、今日のドレッシングが口にあわなかったのだろうか。
チキンを焼いた際の油が利用されているのか、冷めて油が白く固まっている。温かいうちは美味しいだろうが、油が固まったドレッシングは美味しくないだろう。
サーラはサラダを一口食べて味を確認すると、まだ湯気を立てているグラタンを指さした。
「ちょっと行儀が悪いですけど、グラタンにくぐらせて食べたら美味しいと思います」
「本当か?」
「はい。温まるので油も解けますし、ホワイトソースとも合うと思いますよ」
「よし、やってみよう。……ジャンヌがいたら怒られそうだな」
いたずらっ子のような笑顔で、ウォレスが温野菜のサラダをグラタンにくぐらせて食べる。気に入ったのか、すぐに次のブロッコリーに手が伸びた。
「城のパンも美味いが、ポルポルの方が好きだったな」
「ふふ、父が喜ぶと思います」
「サヴァール伯爵家ではたまに焼いているんだろう? 頼んだら持ってきてくれるだろうか」
「ブノアさんに言ってみたらどうですか?」
「そうしよう」
城のパンは、あくまで主食として出てくるので、それほどバリエーションはない。朝のクロワッサン以外はどれもシンプルな塩味のパンだ。ウォレスの好きなブリオッシュが出されたのは一度も見たことがなかった。
ジャンヌが復帰してからは一人で黙々と食事を摂っていたウォレスは、話し相手がいて楽しいようだ。
(……ううん、わざと明るくふるまっているのかしら?)
笑っているが、笑顔が曇っている気がする。
サーラもこの後の「話」が頭の中を占めていて、食事があまり喉を通らない。
ウォレスの食事が終わると、サーラはバスルームを確認しに行った。
食事をしている間にお湯が用意されたと思うので、湯加減を確かめるのだ。
お湯の温度がちょうどいいのを確認すると、スズランのバスオイルを入れる。
バスルームを出ようとすると、ちょうど入って来たウォレスに手首を掴まれた。
「……一緒には入りませんよ」
「そんなことはわかっている」
まさか一緒に入ろうと言われるのかと警戒したが、そうではなかったらしい。
けれども、否定したくせに手は放してくれない。
バスルームには湯気が立ち込めていて、湿度が高いからだろうか、少し息苦しく感じた。普段はそんなことはないのに、今は心臓がドキドキしているからかもしれない。
「殿下」
「ウォレスだ」
「ここはお城ですよ」
「バスルームは窓もないし狭い」
狭いというが、下町のサーラの部屋よりは広い。
しかしここでそれを言ったところで仕方がないだろう。
確かに窓もない個室で、内側から鍵をかければ誰も入って来られない空間であるのは確かだ。
マルセルも今日は気を利かせてか部屋の扉の外にいるので、部屋の中――それも、バスルームの中でどんな会話をしているのかなんてわかりはしないだろう。
「――やっぱり一緒に入る」
「は? だ、ダメですよ! 何を言って……」
「服を着たままならいい」
「ウォレス様⁉」
宣言するや否や、ウォレスはひょいとサーラを抱き上げた。
慌てて逃れようとしたが無理で、そのままバスタブの中にどぼんと入れられる。
「何するんですかっ」
メイドのお仕着せのドレス姿のままお湯につけらるという暴挙に、サーラは反射的に怒鳴ったが、ウォレスはしれっとした顔で自分も服を着たまま湯につかってしまう。
バスタブは広いが、さすがに服を着たまま二人が入れば狭く感じた。
サーラは急いでバスタブから出ようとしたが、それを阻止するようにウォレスが腰に腕を回して、何故か彼の膝の間に座らされてしまう。
「ウォレス様っ」
「裸じゃないからいいだろう?」
「そういう問題ではありませんよ!」
この惨状をどうすればいいのだろう。
サーラはともかくとして、ウォレスが着ているはかなり高価な服である。
(ジャンヌさんに知られたら怒られるわ……。というか、洗濯に出したら、ランドリーメイドに何事かと思われるじゃないのっ)
怒って暴れるも、ウォレスの腕がしっかり絡みついているので逃れられない。
ばしゃばしゃと揺れた湯が、バスタブから零れ落ちた。
「暴れると湯がなくなるぞ」
「誰のせいだと……!」
「今日だけだ」
こつん、とサーラの肩にウォレスの額が乗せられた。
「今日だけだから」
その声があまりにか細くて、サーラは怒りを忘れて押し黙る。
ウォレスはサーラの肩口にぐりぐりと額を押し付けながら言った。
「――婚約が、決まった」
サーラはぎゅっと目を閉じた。
夜、ウォレスが険しい顔で言った。
サーラの心臓がぎゅっと握りしめられたように苦しくなる。
(……うん、そろそろだろうなって思ってた)
覚悟はしていた。
予感もしていた。
セザールが結婚してもうすぐ半年。――時間が経てばたつほどウォレスは不利になるだろう。
「わかりました。……寝る前でいいですか?」
ウォレスの夕食の準備をしていたジャンヌが、一瞬気づかわしそうな視線をこちらに向けてきた。
ジャンヌは知っているだろう。
知らないはずがない。
サーラにだけ、情報が伏せられていたのだ。そのときが来るまで。
「ああ」
「じゃあ、わたしはバスルームの準備をしていますね」
夕食はジャンヌがついているので、サーラは食後の入浴の用意だ。
お湯はメイドに頼めば準備してくれるが、それ以外にも、ソープなど不足がないか確認しなくてはならない。バスオイルの香りを決めるのも侍女の仕事だ。
メイドを呼んでお湯の用意を頼み、サーラはバスルームに並んでいるオイルを確認する。
ミントなどの香りは、冬は寒々しいので選ばない。
ベルガモットの香りのオイルに手を伸ばしかけたサーラは、その隣に並んでいた瓶を見て手を止めた。
スズランの香りのオイルである。
(……スズラン)
ここでこの香りを選ぶのはあてつけがましいだろうか。
スズランの香りは、以前ウォレスがプレゼントしてくれた香水の香りだ。
サーラは暫時躊躇し、スズランのオイルを手に取った。
オイルにあわせて、ソープも選ぶ。
タオルを用意し、バスルームに汚れがないかをチェックして戻ると、ウォレスがつまらなそうな顔で食事をしていた。
「マリア、わたくしはもう帰りますから、あとを任せてもいいですか?」
ジャンヌが帰るには少し早いが、気を使ってくれたのかもしれない。
わかりましたと頷き、給仕をジャンヌと代わる。
ジャンヌが出て行くと、ウォレスがテーブルを挟んで自分の反対側を指さした。
「一緒に食べよう」
「わたしの夕食はまだ運ばれて来ていませんよ」
「二人分くらい余裕であるだろう?」
王子の食事が足りない、ということがあってはならない。
そのため、運ばれてくる食事は品数も量もとても多かった。残すこと前提なのだ。
「……サーラ」
「マリアですよ。……わかりました」
サーラは椅子を運んでくると、ウォレスの対面に腰かける。
カトラリーも余分があるので、ナイフとフォークを一本ずつ借りた。
ウォレスが嬉しそうに目を細めて、自分が食べておいしかったものを説明してくれる。
「そっちの鶏肉のレモン焼きが美味しかった。あと、そっちのチーズグラタンもおすすめだ」
「野菜も食べてくださいね」
「ちゃんと食べている」
そう言うが、温野菜のサラダの進み具合が芳しくない。
ウォレスは野菜嫌いではないので、今日のドレッシングが口にあわなかったのだろうか。
チキンを焼いた際の油が利用されているのか、冷めて油が白く固まっている。温かいうちは美味しいだろうが、油が固まったドレッシングは美味しくないだろう。
サーラはサラダを一口食べて味を確認すると、まだ湯気を立てているグラタンを指さした。
「ちょっと行儀が悪いですけど、グラタンにくぐらせて食べたら美味しいと思います」
「本当か?」
「はい。温まるので油も解けますし、ホワイトソースとも合うと思いますよ」
「よし、やってみよう。……ジャンヌがいたら怒られそうだな」
いたずらっ子のような笑顔で、ウォレスが温野菜のサラダをグラタンにくぐらせて食べる。気に入ったのか、すぐに次のブロッコリーに手が伸びた。
「城のパンも美味いが、ポルポルの方が好きだったな」
「ふふ、父が喜ぶと思います」
「サヴァール伯爵家ではたまに焼いているんだろう? 頼んだら持ってきてくれるだろうか」
「ブノアさんに言ってみたらどうですか?」
「そうしよう」
城のパンは、あくまで主食として出てくるので、それほどバリエーションはない。朝のクロワッサン以外はどれもシンプルな塩味のパンだ。ウォレスの好きなブリオッシュが出されたのは一度も見たことがなかった。
ジャンヌが復帰してからは一人で黙々と食事を摂っていたウォレスは、話し相手がいて楽しいようだ。
(……ううん、わざと明るくふるまっているのかしら?)
笑っているが、笑顔が曇っている気がする。
サーラもこの後の「話」が頭の中を占めていて、食事があまり喉を通らない。
ウォレスの食事が終わると、サーラはバスルームを確認しに行った。
食事をしている間にお湯が用意されたと思うので、湯加減を確かめるのだ。
お湯の温度がちょうどいいのを確認すると、スズランのバスオイルを入れる。
バスルームを出ようとすると、ちょうど入って来たウォレスに手首を掴まれた。
「……一緒には入りませんよ」
「そんなことはわかっている」
まさか一緒に入ろうと言われるのかと警戒したが、そうではなかったらしい。
けれども、否定したくせに手は放してくれない。
バスルームには湯気が立ち込めていて、湿度が高いからだろうか、少し息苦しく感じた。普段はそんなことはないのに、今は心臓がドキドキしているからかもしれない。
「殿下」
「ウォレスだ」
「ここはお城ですよ」
「バスルームは窓もないし狭い」
狭いというが、下町のサーラの部屋よりは広い。
しかしここでそれを言ったところで仕方がないだろう。
確かに窓もない個室で、内側から鍵をかければ誰も入って来られない空間であるのは確かだ。
マルセルも今日は気を利かせてか部屋の扉の外にいるので、部屋の中――それも、バスルームの中でどんな会話をしているのかなんてわかりはしないだろう。
「――やっぱり一緒に入る」
「は? だ、ダメですよ! 何を言って……」
「服を着たままならいい」
「ウォレス様⁉」
宣言するや否や、ウォレスはひょいとサーラを抱き上げた。
慌てて逃れようとしたが無理で、そのままバスタブの中にどぼんと入れられる。
「何するんですかっ」
メイドのお仕着せのドレス姿のままお湯につけらるという暴挙に、サーラは反射的に怒鳴ったが、ウォレスはしれっとした顔で自分も服を着たまま湯につかってしまう。
バスタブは広いが、さすがに服を着たまま二人が入れば狭く感じた。
サーラは急いでバスタブから出ようとしたが、それを阻止するようにウォレスが腰に腕を回して、何故か彼の膝の間に座らされてしまう。
「ウォレス様っ」
「裸じゃないからいいだろう?」
「そういう問題ではありませんよ!」
この惨状をどうすればいいのだろう。
サーラはともかくとして、ウォレスが着ているはかなり高価な服である。
(ジャンヌさんに知られたら怒られるわ……。というか、洗濯に出したら、ランドリーメイドに何事かと思われるじゃないのっ)
怒って暴れるも、ウォレスの腕がしっかり絡みついているので逃れられない。
ばしゃばしゃと揺れた湯が、バスタブから零れ落ちた。
「暴れると湯がなくなるぞ」
「誰のせいだと……!」
「今日だけだ」
こつん、とサーラの肩にウォレスの額が乗せられた。
「今日だけだから」
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