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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く
失せもの探し 1
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二月十日は、朝から曇天だった。
分厚い灰色の空からは、粒の大きい雪がぼとぼとと落ちてきている。
昔、母のグレースが粒の大きい雪は積もりにくいと言っていたのを思い出しつつ窓から庭を見下ろしたサーラは、すでにこれだけ積もっていたら積もりにくい雪でも積もるだろうなと苦笑した。
朝食を食べた後、ウォレスは執務室へ向かった。
ジャンヌは、子供が熱を出したとかで休んでいて、今日は代わりにベレニスが来ている。
今日はあまりすることがないので休憩していいと言われて、サーラは侍女の控室でリジーの手紙を読んでいた。昨日、ウォレスが持ち帰って来たのだ。
手紙は、「ヤッホー、サーラ、元気~?」からはじまっていた。
リジーの顔が思い浮かぶようである。
リジーとサーラ、それからウォレスの三人で、パン屋ポルポルで談笑していたのがずいぶん昔のことのように感じられた。
「ええっと、なになに?」
執務机に向かって、手紙に視線を落とす。
リジーの手紙はこうだった。
『ヤッホー、サーラ、元気~?
あたしは元気だよ~って言いたいところだけど、最近、前よりもずっとお店の手伝いに駆り出されてて嫌になるよ。
ポルポルがあいてたらサーラのところに逃げられるんだけど、まだ戻って来ないんだよねえ?
まったく、ポルポルに乗り込んできた男の横っ面をひっぱたいてやりたい気分だわ!
そうそう!
ポルポルに乗り込んできた男と言えばね、ほら、サーラに一目ぼれをしてサーラを探してた神の子がいたじゃない?
あたしは見てないんだけど、ルイスによると、相変わらずあちこちで奇跡を起こしているらしいよ。
あっ、サーラに言わせればトリックなんだよね。
でも神の子の奇跡はカードだけじゃなくてなんかいろいろあって、下町の北の方ではちょっと盛り上がってるみたい。奇跡だ~って。
一部には熱狂的なファンもいるらしいよ~。
ルイスが「セレニテ様~」って呼んでるファンを見かけたんだってさ!』
リジーの手紙はまだ続くが、そこまで読んでサーラは顔を上げた。
(セレニテ……フィリベール・シャミナードはまだ下町をうろうろしているの?)
レナエルの隣の部屋を与えられているフィリベール・シャミナードの動向は、同じ城にいてもサーラまで入ってこない。
ウォレスも城の中とはいえ離れたところにいるフィリベール・シャミナードやレナエルのことは探ろうとしてもなかなか難しいものがあると言っていた。
外出記録くらいはわかるだろうが、いちいちフィリベール・シャミナードが外出するたびにウォレスに連絡が入るわけではない。というより、連絡をするように言えば怪しまれるだけだ。
フィリベール・シャミナードは贋金事件に関係があると思われるのでウォレスも警戒しているはずだが、相手が相手だけに、確実な証拠がない状態では動けない。
下町に出没していても、いつどこに現れるかわからないので、ウォレスが下町の中をしらみつぶしに探し回るのも難しい。
(ここは噂好きのリジーの情報収集力にかかっているわね)
リジーはもともと噂集めに精を出していたので、彼女が嗅ぎまわる分には何ら不信感はないだろう。
頼まなくても面白がって嗅ぎまわっているようだが、ここはリジーに、セレニテ情報が入り次第教えてほしいとお願いした方がいいだろう。
もしかしたらウォレスがすでに頼んでいる可能性もあるが、サーラは手紙の返信に、新しい情報がわかったらすぐに教えてほしいと書いておくことにした。
「マリア、少し手伝っていただいてもいいですか?」
手紙の続きを読もうとしたところで、ベレニスに呼ばれた。
「今行きます!」
サーラは手紙を鍵付きの引き出しに納めて隣の部屋へ向かう。
「ごめんなさいね。ふと思い立って本棚の整理をはじめたはいいんだけど、思いのほか大変で……」
ウォレスの部屋には大きな本棚がある。
分厚くいかにも高そうな装丁の本がたくさん並んでいるのだが、ウォレスは読んでも元あった場所に戻さないので、本の並びがすぐに変わるのだそうだ。
きっちりしているベレニスは、本が綺麗に並んでいないと気になるらしい。
「ジャンヌもこのあたりは気にしないものだから、すぐにおかしなことになるんですよ。ほら、これなんかは一巻が右の端に、二巻が左の端にあるでしょう。三巻は何故か上の段にあるし……」
そういえばサーラも、本棚を気にしたことはなかった。
本の並びなんて個人の自由だろうと思っていたからチェックしたことがなかったからだ。
「こんなにぐちゃぐちゃで、殿下はよくほしい本がどこにあるかわかりますね」
「それがわかっていないみたいなんですよ。欲しい本が見つからなくてイライラしていることがたまにあるもの」
(だったら整理すればいいのにね。面倒なんでしょうけど)
サーラは自分の仕事が一つ増えたなと感じつつ、ベレニスを手伝って本を並べていく。
作者をまとめ、作者名の五十音順に左上から並べていくのがベレニス流のようだ。
本を並べていたサーラは、建国史を発見して手を止めた。ヴォワトール国が興った背景はサラフィーネ・プランタットのときに学んだが、ヴォワトール国側の視点で描かれた建国史ははじめてみる。
「気になったものがあったら読んでも構いませんよ。殿下もそのくらいで目くじらなんて立てませんからね。ただ、片付けが終わった後にしていただいてもいいでしょうか」
サーラが手を止めたのを見てベレニスが苦笑する。
「すみません」
サーラはたくさんある本をせっせと並べ替えては本棚に入れつつ、あとから建国史を借りて読んでみようと思った。
ヴォワトール国はおよそ二百年前にディエリア国の一部が分断されて興った国である。
反乱を起こした王子とその側近が国土を奪い取ったような形での建国だったので、ディエリア国の中には、まだヴォワトール国をよく思っていない貴族も残っており、特に古参の貴族の中に多い。
サーラの両親はヴォワトール国に対して悪感情は抱いていなかったので、ヴォワトール国の悪口を聞いたことはなかったが、一部の過激派の中には、ヴォワトール国を奪い返せと声高に叫ぶ連中もいると聞いたことがあった。
(ディエリア国から見た歴史と、ヴォワトール国から見た歴史は、何が違うのかしら?)
王にとって都合の悪い内容は、歴史書――特に建国史として残さない。
現に、ディエリア国で発行されているヴォワトール国の建国について書かれている書物には、ヴォワトール国を興したウォーレスと、反乱を起こしたヴォワトール王子は「悪」として描かれていたが、ヴォワトール国では初代国王ウォーレスは英雄として語られている。
何が正解で何が間違いかは、当時を知らないサーラには判断がつかないが、ヴォワトール国側にとって都合よく書かれた建国史に何が書かれているのかには興味があった。
少なくともこれを読んで、ウォレスが初代国王の「ウォーレス」という名前から偽名を考えたのだと思うと感慨深い。ウォレスの中でも初代国王ウォーレスは英雄なのだろう。
本棚整理があと半分になろうかといった頃、扉を叩く音がした。
サーラが手を止めて扉を開けると、ブノアが情けなさそうな顔で立っている。
「ブノアさん」
「マリア、おじいさまと呼んでくださっていいのですよ」
ブノアが微笑んだが、その微笑みはどこか曇っていた。
「まあ、どうしたんですか?」
ベレニスが目を丸くする。
「入ってもいいかい?」
「構いませんけど、殿下はいらっしゃいませんよ」
「ああ、うん。それはいいんだ。マリアに用事があって」
「わたしにですか?」
どうぞ、と部屋の中に案内すると、本が散らかっている室内にブノアがきょとんとした。
「大掃除でもしているんですか?」
「いえ、本棚の整理を少し……。どうぞ、お茶を入れますね」
「ああ、お構いなく」
ブノアにソファを進めてお茶の準備をしようとすると、ブノアが手で制してサーラを止めた。
「それであなた、マリアに用事って何があったんですか?」
ベレニスが本棚整理を中断して問えば、ブノアがバツが悪そうな顔で頬をかく。
「実は……ちょっと、マリアに知恵を借りたくて」
「知恵?」
「ええ。マリア、大変申し訳ないのですが……、私と、探し物をしてくれませんか?」
サーラはきょとんと首をひねった。
分厚い灰色の空からは、粒の大きい雪がぼとぼとと落ちてきている。
昔、母のグレースが粒の大きい雪は積もりにくいと言っていたのを思い出しつつ窓から庭を見下ろしたサーラは、すでにこれだけ積もっていたら積もりにくい雪でも積もるだろうなと苦笑した。
朝食を食べた後、ウォレスは執務室へ向かった。
ジャンヌは、子供が熱を出したとかで休んでいて、今日は代わりにベレニスが来ている。
今日はあまりすることがないので休憩していいと言われて、サーラは侍女の控室でリジーの手紙を読んでいた。昨日、ウォレスが持ち帰って来たのだ。
手紙は、「ヤッホー、サーラ、元気~?」からはじまっていた。
リジーの顔が思い浮かぶようである。
リジーとサーラ、それからウォレスの三人で、パン屋ポルポルで談笑していたのがずいぶん昔のことのように感じられた。
「ええっと、なになに?」
執務机に向かって、手紙に視線を落とす。
リジーの手紙はこうだった。
『ヤッホー、サーラ、元気~?
あたしは元気だよ~って言いたいところだけど、最近、前よりもずっとお店の手伝いに駆り出されてて嫌になるよ。
ポルポルがあいてたらサーラのところに逃げられるんだけど、まだ戻って来ないんだよねえ?
まったく、ポルポルに乗り込んできた男の横っ面をひっぱたいてやりたい気分だわ!
そうそう!
ポルポルに乗り込んできた男と言えばね、ほら、サーラに一目ぼれをしてサーラを探してた神の子がいたじゃない?
あたしは見てないんだけど、ルイスによると、相変わらずあちこちで奇跡を起こしているらしいよ。
あっ、サーラに言わせればトリックなんだよね。
でも神の子の奇跡はカードだけじゃなくてなんかいろいろあって、下町の北の方ではちょっと盛り上がってるみたい。奇跡だ~って。
一部には熱狂的なファンもいるらしいよ~。
ルイスが「セレニテ様~」って呼んでるファンを見かけたんだってさ!』
リジーの手紙はまだ続くが、そこまで読んでサーラは顔を上げた。
(セレニテ……フィリベール・シャミナードはまだ下町をうろうろしているの?)
レナエルの隣の部屋を与えられているフィリベール・シャミナードの動向は、同じ城にいてもサーラまで入ってこない。
ウォレスも城の中とはいえ離れたところにいるフィリベール・シャミナードやレナエルのことは探ろうとしてもなかなか難しいものがあると言っていた。
外出記録くらいはわかるだろうが、いちいちフィリベール・シャミナードが外出するたびにウォレスに連絡が入るわけではない。というより、連絡をするように言えば怪しまれるだけだ。
フィリベール・シャミナードは贋金事件に関係があると思われるのでウォレスも警戒しているはずだが、相手が相手だけに、確実な証拠がない状態では動けない。
下町に出没していても、いつどこに現れるかわからないので、ウォレスが下町の中をしらみつぶしに探し回るのも難しい。
(ここは噂好きのリジーの情報収集力にかかっているわね)
リジーはもともと噂集めに精を出していたので、彼女が嗅ぎまわる分には何ら不信感はないだろう。
頼まなくても面白がって嗅ぎまわっているようだが、ここはリジーに、セレニテ情報が入り次第教えてほしいとお願いした方がいいだろう。
もしかしたらウォレスがすでに頼んでいる可能性もあるが、サーラは手紙の返信に、新しい情報がわかったらすぐに教えてほしいと書いておくことにした。
「マリア、少し手伝っていただいてもいいですか?」
手紙の続きを読もうとしたところで、ベレニスに呼ばれた。
「今行きます!」
サーラは手紙を鍵付きの引き出しに納めて隣の部屋へ向かう。
「ごめんなさいね。ふと思い立って本棚の整理をはじめたはいいんだけど、思いのほか大変で……」
ウォレスの部屋には大きな本棚がある。
分厚くいかにも高そうな装丁の本がたくさん並んでいるのだが、ウォレスは読んでも元あった場所に戻さないので、本の並びがすぐに変わるのだそうだ。
きっちりしているベレニスは、本が綺麗に並んでいないと気になるらしい。
「ジャンヌもこのあたりは気にしないものだから、すぐにおかしなことになるんですよ。ほら、これなんかは一巻が右の端に、二巻が左の端にあるでしょう。三巻は何故か上の段にあるし……」
そういえばサーラも、本棚を気にしたことはなかった。
本の並びなんて個人の自由だろうと思っていたからチェックしたことがなかったからだ。
「こんなにぐちゃぐちゃで、殿下はよくほしい本がどこにあるかわかりますね」
「それがわかっていないみたいなんですよ。欲しい本が見つからなくてイライラしていることがたまにあるもの」
(だったら整理すればいいのにね。面倒なんでしょうけど)
サーラは自分の仕事が一つ増えたなと感じつつ、ベレニスを手伝って本を並べていく。
作者をまとめ、作者名の五十音順に左上から並べていくのがベレニス流のようだ。
本を並べていたサーラは、建国史を発見して手を止めた。ヴォワトール国が興った背景はサラフィーネ・プランタットのときに学んだが、ヴォワトール国側の視点で描かれた建国史ははじめてみる。
「気になったものがあったら読んでも構いませんよ。殿下もそのくらいで目くじらなんて立てませんからね。ただ、片付けが終わった後にしていただいてもいいでしょうか」
サーラが手を止めたのを見てベレニスが苦笑する。
「すみません」
サーラはたくさんある本をせっせと並べ替えては本棚に入れつつ、あとから建国史を借りて読んでみようと思った。
ヴォワトール国はおよそ二百年前にディエリア国の一部が分断されて興った国である。
反乱を起こした王子とその側近が国土を奪い取ったような形での建国だったので、ディエリア国の中には、まだヴォワトール国をよく思っていない貴族も残っており、特に古参の貴族の中に多い。
サーラの両親はヴォワトール国に対して悪感情は抱いていなかったので、ヴォワトール国の悪口を聞いたことはなかったが、一部の過激派の中には、ヴォワトール国を奪い返せと声高に叫ぶ連中もいると聞いたことがあった。
(ディエリア国から見た歴史と、ヴォワトール国から見た歴史は、何が違うのかしら?)
王にとって都合の悪い内容は、歴史書――特に建国史として残さない。
現に、ディエリア国で発行されているヴォワトール国の建国について書かれている書物には、ヴォワトール国を興したウォーレスと、反乱を起こしたヴォワトール王子は「悪」として描かれていたが、ヴォワトール国では初代国王ウォーレスは英雄として語られている。
何が正解で何が間違いかは、当時を知らないサーラには判断がつかないが、ヴォワトール国側にとって都合よく書かれた建国史に何が書かれているのかには興味があった。
少なくともこれを読んで、ウォレスが初代国王の「ウォーレス」という名前から偽名を考えたのだと思うと感慨深い。ウォレスの中でも初代国王ウォーレスは英雄なのだろう。
本棚整理があと半分になろうかといった頃、扉を叩く音がした。
サーラが手を止めて扉を開けると、ブノアが情けなさそうな顔で立っている。
「ブノアさん」
「マリア、おじいさまと呼んでくださっていいのですよ」
ブノアが微笑んだが、その微笑みはどこか曇っていた。
「まあ、どうしたんですか?」
ベレニスが目を丸くする。
「入ってもいいかい?」
「構いませんけど、殿下はいらっしゃいませんよ」
「ああ、うん。それはいいんだ。マリアに用事があって」
「わたしにですか?」
どうぞ、と部屋の中に案内すると、本が散らかっている室内にブノアがきょとんとした。
「大掃除でもしているんですか?」
「いえ、本棚の整理を少し……。どうぞ、お茶を入れますね」
「ああ、お構いなく」
ブノアにソファを進めてお茶の準備をしようとすると、ブノアが手で制してサーラを止めた。
「それであなた、マリアに用事って何があったんですか?」
ベレニスが本棚整理を中断して問えば、ブノアがバツが悪そうな顔で頬をかく。
「実は……ちょっと、マリアに知恵を借りたくて」
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