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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く
失せもの探し 3
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シャルがついてくると言ったので、サーラはシャルとともに裏庭へ向かった。
シャルにも事情を話すと「あの人がそんなミスをするのは珍しいな」と笑っていた。確かにそうかもしれない。転んで書類を紛失するなんて、たいていのことはそつなくこなすブノアらしくないミスと言える。
(もしかしたら、何か考え事でもしていたのかもしれないわね)
思考に没頭していたら足元もおろそかになるだろう。
裏庭に到着すると、サーラは小さく息を吐いた。
一口に裏庭と言っても広いのだ。
使用人たちが歩き回るので、裏庭の雪景色はあまりきれいなものではない。
踏み荒らされて茶黒く汚れた雪が積もっている中を、サーラはシャルと慎重に進んだ。踏み固められた雪は滑りやすいのである。
「ブノアさんが言っていたカメリアってあれかしら?」
濃い緑色の葉の上に雪を積もらせたカメリアの大木が、雪と同化しそうな白い花を咲かしている。
「あっちにもあるぞ」
「本当ね」
シャルが指した方を見ると、そちらは真っ赤なカメリアが数輪ほど咲いていた。
カメリアは品種によって色も花の形も違う。
裏庭にはほかにもカメリアが植えられていたが、花をつけているのは白と赤の二本だけだった。まだ花の時期には早いからだろう。大体初春ごろに咲く花なので、今月末にはほかの木も蕾が開きはじめるだろうか。
「カメリアは、潔い花よね」
「急にどうした」
「ほら、花弁が散るんじゃなくて、散るときは花ごと落ちるでしょ? だから……」
そんなカメリアを、縁起が悪いという人もいる。
首が落ちるようで、斬首刑を彷彿とさせるという人も。
サーラもどちらかと言えば縁起が悪い花だと思っていた側だ。
けれども何故か今は、あの花がとても眩しく見える。
「さてと、封筒を探しましょうか。シャルはあっち側からお願い」
「俺はあんまりマリアの側を離れたくないんだが……」
「広いんだから手分けしないと、殿下が部屋に戻って来るまでに探し終わらないわよ」
それに、雪が深々と降り積もっている中に長時間いたくない。コートとマフラーで防寒対策はしてきたが、長い時間外にいたら体が冷えてしまうだろう。
「仕方ない。何かあったら声を上げろよ」
シャルはそう言うが、声を上げるようなことは起こらないだろう。
例えばセザールに遭遇したとしても、王子を見て声を上げるのは失礼であるからできない。
シャルが離れると、サーラはぐるっと周囲を見渡して、近くを歩いていた使用人を呼び止めた。
「すみません。このくらいの大きさの白い封筒を見ませんでしたか?」
使用人が首を横に振ると、また次の人に訊ねていく。
目についた使用人全員に訊ね終わると、サーラはふむ、と唸った。
使用人が移動するところに落ちていたら気づくはずだ。
(ってことは、使用人の目に入らないところにあるのかもしれないわね)
白い封筒が紛れてわからなくなる新雪の上か、木の上か。
あとは死角になっている場所を重点的に探したほうがよさそうだ。
サーラは使用人が歩き回っている場所から離れ、新雪が積もっているところへ向かった。このあたりは人が足を踏み入れないようで、足跡がない。
花をつけていないカメリアが、ポツン、ポツンと間隔をあけて植えられていた。
雪の上と、木の上と、慎重に確認しながら進んでいく。
雪をずっと見ていると、目がチカチカしてきた。
曇天でも明るく感じるのは、白が光を反射しやすい色だからだろう。
はーっと吐いた息が白く凍る。
雪は音も吸収するのだろうか、ひどく静かだ。
雪が積もっているのでブーツを履いてきたが、歩くと足首のあたりまでが埋まる。
雪の眩しさに目を細めつつ、見落とさないように慎重に封筒を探していると、視界の端に白いものが横切った。
雪ではない白にハッとした顔を上げると、雪のように白い髪が、ふわりと風に揺れている。
サーラは、瞠目して息を呑んだ。
雪を欺くような白い肌に、白い髪。着ている服まで白くて、その中で二つの赤に近い双眸だけが浮き上がって見える。
一瞬、妖精か精霊の類かと思った。
もちろん妖精も精霊も見たことなんてないし、存在自体信じてはいないが、そう思わずにはいられないほど浮世離れした容姿。
それこそ神が作ったのだろうかと疑いたくなるような端正な顔立ちをした男が、カメリアの木の間を通り抜けようとして、ふと足を止めてこちらを向く。
わずかに目を見張って、それから、この世の汚いものなど何も知らないかのような綺麗で純粋な笑顔を浮かべた。
(セレニテ。――フィリベール・シャミナード)
彼を過去に見たのは一度だけ。
柘榴館という娼館で、奇跡という名のカードトリックを、彼が披露したときのことだ。
けれども一度見たら決して忘れられないその容姿を、見間違えるはずがない。
(どうして、フィリベールがここにいるの……?)
フィリベール・シャミナードは城に住んでいるが、城の敷地内で彼と邂逅したことは一度もない。
ウォレス自身もいまだに会ったことがないと言っていた。
基本的にはレナエルの隣の部屋に閉じこもっていると聞く、妃の兄。
けれども「セレニテ」と名乗って下町に出没していることもわかっている。
(この人はいったい何者なのかしら)
息を忘れるほど整っている容姿がそうさせるのか、それとも醸し出す空気がそうさせるのか。
もしかしたら、一面白の雪景色がそうさせるのかもしれないが、景色に溶け込むように存在している彼は、まるで得体のしれない生き物のようだ。
「こんにちは」
穏やかな優しい声でフィリベールが言う。
ハッとして、サーラは膝を折った。
「失礼いたしました。こんにちは。ええっと、フィリベール・シャミナード様でよろしいでしょうか」
「おや、私をご存じだったんですか?」
くすくすと鈴を転がしたように笑う。
どうやらフィリベールはサーラをサラフィーネ・プランタットだと気づいていないようだった。
もうじきディエリア国を離れて八年。
当時十歳で、社交デビューしていなかった子供の顔などわからないだろうし、ましてや八年も経てば顔立ちも変わる。
両親のどちらかの面影があっても、八年前に処刑された人間の顔を明確に覚えているはずもないだろう。
ましてや、シャミナード家の次男は体が弱く、邸の外に出なかったというのだから、フィリベールは子供のころのサラフィーネの顔すら知らないはずだ。
下町でサーラを探していたことを知っていたから警戒したが、顔までは特定されている可能性は低かろう。
「噂を耳に挟んだ程度ですが……」
「どんな噂でしょう。悪い噂でないといいですが」
「いえ、その……お綺麗な方だと」
「ふふ、それは……、なんだか面はゆいですね。そんな風に思われているなんて」
自分の優れた容姿と、それをどう使うのが効果的なのかを熟知していそうなフィベールは、白々しくもそんなことを言う。
フィリベールがゆっくりとサーラに近づいてくる。
「ところで、あなたはこんなところで何を? この先には、裏の通用口しかないと思いますけど、外出ですか?」
「いえ、その、探し物を……」
「探し物?」
言ってもいいだろうか。
迷ったが、下手に誤魔化すと怪しまれる気がする。
「白い封筒なんです。このくらいの」
「ああ。それなら……、あれですか?」
すっとフィリベールが細い指先で示した先を見ると、雪が白く降り積もっている丸く剪定されたカメリアの木の上のあたりに、白いものが引っかかっていた。
(あんなところに!)
風で飛ばされたのだろうか。
サーラは急いで、けれども慎重にそのカメリアまで近づいて上を見上げた。
カメリアはサーラの身長よりも高く成長していて、上までは手が届きそうにない。
「揺らしましょうか」
いつの間にか隣に来ていたフィリベールが、そう言ってカメリアの木を軽く揺らした。
ばさばさと雪が落ちてくるが、封筒は落ちてこない。
「引っかかっているのでしょうか。……私でも手が届きそうにありませんね」
男性の平均的な身長ほどのフィリベールが手を伸ばしても、わずかに封筒まで届かない。
ここはシャルを呼ぶべきだろう。
「あの、教えていただきありがとうございます。あとはわたしのほうで……」
「あなたを抱えたら取れそうですね」
「え?」
「失礼しますね」
サーラが驚愕している間に、フィリベールがひょいとサーラを高く抱え上げる。
「きゃっ」
急に目線が高くなって恐怖を覚えたサーラは反射的にフィリベールに抱き着いてしまった。
「大丈夫ですよ、しっかり支えていますから。ほら、封筒を取ってください」
慌てるサーラが面白かったのか、フィリベールがくすくすと笑う。
サーラは抱き着いてしまったこと詫びつつ、フィリベールの言う通り封筒に手を伸ばした。
封筒の端に手が届いて、何とかそれを指先でつかんで引き寄せる。
「取れましたね?」
フィリベールが慎重にサーラを雪の上に下ろしてくれた。
細そうに見えてもやはり男性なのだろう。けれども、見た目は非力そうに見えるため、あっさり抱き上げられたのには驚いた。
(というか普通、初対面の女性を抱き上げたりしないわよね?)
親切でしてくれたのだと思うけれど、ありえない。
というか、レナエルの兄であるフィリベールは公爵令息である。高貴な身分の人間は、こういう時はたいてい人を使う。自分では動かないだろう。
(よくわからない人だわ)
サーラにとってよくわからない人間三人目だ。一人目は養父アルフレッド。二人目はセザール。そして三人目が、彼。
けれどもよくわからなくとも、フィリベール・シャミナードに会えた貴重な機会だ。
できるだけ彼から何らかの情報を引き出しておきたかった。
サーラはにこりと笑う。
「ありがとうございます。助かりました。何かお礼がしたいのですけど、お茶でもいかがですか? 美味しいお菓子があるんです」
「お誘いありがとうございます。けれど、申し訳ありません。用事がありまして。またの機会にお願いします」
このままお茶に誘って会話の端から何かを得たかったが、そう簡単にはいかないらしい。
「お出かけですか?」
「そうですね。ちょっと、友人宅へ」
(城の部屋に閉じこもっている人が、友人宅、ね)
それも、護衛も共も連れずに一人で、裏口から出て行くつもりだったらしい。
怪しいが、ここで下手に食い下がるのは得策ではない。
逆にこちらを怪しまれてしまう。
サーラはいったん引き下がることにした。
「そうですか。雪が降っておりますので、お気をつけて。封筒を見つけてくださり、本当にありがとうございました」
「いえいえ、大したことはしておりませんよ。では、私はこれで」
ひらひらとフィリベールが手を振ってサーラに背を向けて歩き出す。
ただの侍女だと印象付けるため、サーラは深く頭を下げてフィリベールを見送った。
シャルにも事情を話すと「あの人がそんなミスをするのは珍しいな」と笑っていた。確かにそうかもしれない。転んで書類を紛失するなんて、たいていのことはそつなくこなすブノアらしくないミスと言える。
(もしかしたら、何か考え事でもしていたのかもしれないわね)
思考に没頭していたら足元もおろそかになるだろう。
裏庭に到着すると、サーラは小さく息を吐いた。
一口に裏庭と言っても広いのだ。
使用人たちが歩き回るので、裏庭の雪景色はあまりきれいなものではない。
踏み荒らされて茶黒く汚れた雪が積もっている中を、サーラはシャルと慎重に進んだ。踏み固められた雪は滑りやすいのである。
「ブノアさんが言っていたカメリアってあれかしら?」
濃い緑色の葉の上に雪を積もらせたカメリアの大木が、雪と同化しそうな白い花を咲かしている。
「あっちにもあるぞ」
「本当ね」
シャルが指した方を見ると、そちらは真っ赤なカメリアが数輪ほど咲いていた。
カメリアは品種によって色も花の形も違う。
裏庭にはほかにもカメリアが植えられていたが、花をつけているのは白と赤の二本だけだった。まだ花の時期には早いからだろう。大体初春ごろに咲く花なので、今月末にはほかの木も蕾が開きはじめるだろうか。
「カメリアは、潔い花よね」
「急にどうした」
「ほら、花弁が散るんじゃなくて、散るときは花ごと落ちるでしょ? だから……」
そんなカメリアを、縁起が悪いという人もいる。
首が落ちるようで、斬首刑を彷彿とさせるという人も。
サーラもどちらかと言えば縁起が悪い花だと思っていた側だ。
けれども何故か今は、あの花がとても眩しく見える。
「さてと、封筒を探しましょうか。シャルはあっち側からお願い」
「俺はあんまりマリアの側を離れたくないんだが……」
「広いんだから手分けしないと、殿下が部屋に戻って来るまでに探し終わらないわよ」
それに、雪が深々と降り積もっている中に長時間いたくない。コートとマフラーで防寒対策はしてきたが、長い時間外にいたら体が冷えてしまうだろう。
「仕方ない。何かあったら声を上げろよ」
シャルはそう言うが、声を上げるようなことは起こらないだろう。
例えばセザールに遭遇したとしても、王子を見て声を上げるのは失礼であるからできない。
シャルが離れると、サーラはぐるっと周囲を見渡して、近くを歩いていた使用人を呼び止めた。
「すみません。このくらいの大きさの白い封筒を見ませんでしたか?」
使用人が首を横に振ると、また次の人に訊ねていく。
目についた使用人全員に訊ね終わると、サーラはふむ、と唸った。
使用人が移動するところに落ちていたら気づくはずだ。
(ってことは、使用人の目に入らないところにあるのかもしれないわね)
白い封筒が紛れてわからなくなる新雪の上か、木の上か。
あとは死角になっている場所を重点的に探したほうがよさそうだ。
サーラは使用人が歩き回っている場所から離れ、新雪が積もっているところへ向かった。このあたりは人が足を踏み入れないようで、足跡がない。
花をつけていないカメリアが、ポツン、ポツンと間隔をあけて植えられていた。
雪の上と、木の上と、慎重に確認しながら進んでいく。
雪をずっと見ていると、目がチカチカしてきた。
曇天でも明るく感じるのは、白が光を反射しやすい色だからだろう。
はーっと吐いた息が白く凍る。
雪は音も吸収するのだろうか、ひどく静かだ。
雪が積もっているのでブーツを履いてきたが、歩くと足首のあたりまでが埋まる。
雪の眩しさに目を細めつつ、見落とさないように慎重に封筒を探していると、視界の端に白いものが横切った。
雪ではない白にハッとした顔を上げると、雪のように白い髪が、ふわりと風に揺れている。
サーラは、瞠目して息を呑んだ。
雪を欺くような白い肌に、白い髪。着ている服まで白くて、その中で二つの赤に近い双眸だけが浮き上がって見える。
一瞬、妖精か精霊の類かと思った。
もちろん妖精も精霊も見たことなんてないし、存在自体信じてはいないが、そう思わずにはいられないほど浮世離れした容姿。
それこそ神が作ったのだろうかと疑いたくなるような端正な顔立ちをした男が、カメリアの木の間を通り抜けようとして、ふと足を止めてこちらを向く。
わずかに目を見張って、それから、この世の汚いものなど何も知らないかのような綺麗で純粋な笑顔を浮かべた。
(セレニテ。――フィリベール・シャミナード)
彼を過去に見たのは一度だけ。
柘榴館という娼館で、奇跡という名のカードトリックを、彼が披露したときのことだ。
けれども一度見たら決して忘れられないその容姿を、見間違えるはずがない。
(どうして、フィリベールがここにいるの……?)
フィリベール・シャミナードは城に住んでいるが、城の敷地内で彼と邂逅したことは一度もない。
ウォレス自身もいまだに会ったことがないと言っていた。
基本的にはレナエルの隣の部屋に閉じこもっていると聞く、妃の兄。
けれども「セレニテ」と名乗って下町に出没していることもわかっている。
(この人はいったい何者なのかしら)
息を忘れるほど整っている容姿がそうさせるのか、それとも醸し出す空気がそうさせるのか。
もしかしたら、一面白の雪景色がそうさせるのかもしれないが、景色に溶け込むように存在している彼は、まるで得体のしれない生き物のようだ。
「こんにちは」
穏やかな優しい声でフィリベールが言う。
ハッとして、サーラは膝を折った。
「失礼いたしました。こんにちは。ええっと、フィリベール・シャミナード様でよろしいでしょうか」
「おや、私をご存じだったんですか?」
くすくすと鈴を転がしたように笑う。
どうやらフィリベールはサーラをサラフィーネ・プランタットだと気づいていないようだった。
もうじきディエリア国を離れて八年。
当時十歳で、社交デビューしていなかった子供の顔などわからないだろうし、ましてや八年も経てば顔立ちも変わる。
両親のどちらかの面影があっても、八年前に処刑された人間の顔を明確に覚えているはずもないだろう。
ましてや、シャミナード家の次男は体が弱く、邸の外に出なかったというのだから、フィリベールは子供のころのサラフィーネの顔すら知らないはずだ。
下町でサーラを探していたことを知っていたから警戒したが、顔までは特定されている可能性は低かろう。
「噂を耳に挟んだ程度ですが……」
「どんな噂でしょう。悪い噂でないといいですが」
「いえ、その……お綺麗な方だと」
「ふふ、それは……、なんだか面はゆいですね。そんな風に思われているなんて」
自分の優れた容姿と、それをどう使うのが効果的なのかを熟知していそうなフィベールは、白々しくもそんなことを言う。
フィリベールがゆっくりとサーラに近づいてくる。
「ところで、あなたはこんなところで何を? この先には、裏の通用口しかないと思いますけど、外出ですか?」
「いえ、その、探し物を……」
「探し物?」
言ってもいいだろうか。
迷ったが、下手に誤魔化すと怪しまれる気がする。
「白い封筒なんです。このくらいの」
「ああ。それなら……、あれですか?」
すっとフィリベールが細い指先で示した先を見ると、雪が白く降り積もっている丸く剪定されたカメリアの木の上のあたりに、白いものが引っかかっていた。
(あんなところに!)
風で飛ばされたのだろうか。
サーラは急いで、けれども慎重にそのカメリアまで近づいて上を見上げた。
カメリアはサーラの身長よりも高く成長していて、上までは手が届きそうにない。
「揺らしましょうか」
いつの間にか隣に来ていたフィリベールが、そう言ってカメリアの木を軽く揺らした。
ばさばさと雪が落ちてくるが、封筒は落ちてこない。
「引っかかっているのでしょうか。……私でも手が届きそうにありませんね」
男性の平均的な身長ほどのフィリベールが手を伸ばしても、わずかに封筒まで届かない。
ここはシャルを呼ぶべきだろう。
「あの、教えていただきありがとうございます。あとはわたしのほうで……」
「あなたを抱えたら取れそうですね」
「え?」
「失礼しますね」
サーラが驚愕している間に、フィリベールがひょいとサーラを高く抱え上げる。
「きゃっ」
急に目線が高くなって恐怖を覚えたサーラは反射的にフィリベールに抱き着いてしまった。
「大丈夫ですよ、しっかり支えていますから。ほら、封筒を取ってください」
慌てるサーラが面白かったのか、フィリベールがくすくすと笑う。
サーラは抱き着いてしまったこと詫びつつ、フィリベールの言う通り封筒に手を伸ばした。
封筒の端に手が届いて、何とかそれを指先でつかんで引き寄せる。
「取れましたね?」
フィリベールが慎重にサーラを雪の上に下ろしてくれた。
細そうに見えてもやはり男性なのだろう。けれども、見た目は非力そうに見えるため、あっさり抱き上げられたのには驚いた。
(というか普通、初対面の女性を抱き上げたりしないわよね?)
親切でしてくれたのだと思うけれど、ありえない。
というか、レナエルの兄であるフィリベールは公爵令息である。高貴な身分の人間は、こういう時はたいてい人を使う。自分では動かないだろう。
(よくわからない人だわ)
サーラにとってよくわからない人間三人目だ。一人目は養父アルフレッド。二人目はセザール。そして三人目が、彼。
けれどもよくわからなくとも、フィリベール・シャミナードに会えた貴重な機会だ。
できるだけ彼から何らかの情報を引き出しておきたかった。
サーラはにこりと笑う。
「ありがとうございます。助かりました。何かお礼がしたいのですけど、お茶でもいかがですか? 美味しいお菓子があるんです」
「お誘いありがとうございます。けれど、申し訳ありません。用事がありまして。またの機会にお願いします」
このままお茶に誘って会話の端から何かを得たかったが、そう簡単にはいかないらしい。
「お出かけですか?」
「そうですね。ちょっと、友人宅へ」
(城の部屋に閉じこもっている人が、友人宅、ね)
それも、護衛も共も連れずに一人で、裏口から出て行くつもりだったらしい。
怪しいが、ここで下手に食い下がるのは得策ではない。
逆にこちらを怪しまれてしまう。
サーラはいったん引き下がることにした。
「そうですか。雪が降っておりますので、お気をつけて。封筒を見つけてくださり、本当にありがとうございました」
「いえいえ、大したことはしておりませんよ。では、私はこれで」
ひらひらとフィリベールが手を振ってサーラに背を向けて歩き出す。
ただの侍女だと印象付けるため、サーラは深く頭を下げてフィリベールを見送った。
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