すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

文字の大きさ
145 / 173
第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

金丹の入手ルート 3

しおりを挟む
「こうしてみると、『不老不死の秘薬』は派閥に関係なく広がっていたみたいですね」

 アルフレッドが言うのを聞いて、サーラは「うん?」と首をひねった。

(待って。そうよ。どうして気が付かなかったのかしら?)

 ロクサーヌは第二王子派閥。そしてその義姉も第二王子派閥だと聞く。
 だとしたら、おかしい。

「ちょっといいですか。ラコルデール公爵家にかけられた嫌疑は、金丹――『不老不死の秘薬』を輸入し、貴族の間に広めたことですよね」
「ええ、そうですよ」
「それがもし本当のことだった場合、ラコルデール公爵の目的は何ですか?」
「……どういうことです?」

 アルフレッドが、ロクサーヌが用意した書類から顔を上げて首をひねる。

「仮に、ラコルデール公爵が本当に『不老不死の秘薬』を密輸していたとした場合、アルフレッド様が公爵ならどんな目的で輸入しますか?」
「パパですよ。……まあ、私はそのような危険薬物の密輸なんてしませんが、仮にそのようなものを運び込むとするならそうですね……」

 アルフレッドは顎をぽんぽんと指先で叩く。

「一つは金銭目的でしょうか。二つ目は、毒性を理解していた上でにはなりますが、敵対派閥に広めて、相手方にダメージを負わせるという手を考えますね。何人か死んでくれれば万々歳。死ななくとも大人数に後遺症が出れば、敵勢力を縮小できます」
「真顔でさらっと怖いことを言わないでちょうだい」

 ロクサーヌがゾッとした顔をして二の腕をこする。
 だが、サーラもアルフレッドに同意見だ。
 少なくとも、自分に大きなメリットがないのに、危険な橋は渡らない。

「ですよね。であれば、今言った二つ目の目的が消えます」
「……なるほど」

 アルフレッドが面白そうな顔をして頷いた。
 ウォレスも「確かにな」と目を見開く。
『不老不死の秘薬』は派閥に関係なく広がっていた。つまり、ラコルデール公爵が所属する第二王子派閥の貴族女性にも広がっていたのだ。自分が所属する派閥の勢力を削ごうなんて、普通は考えないだろう。
 では、金銭目的だろうか。

(それもおかしいわ)

 ラコルデール公爵家はヴォワトール国内でトップクラスの権力を持つ大貴族で大金持ちだ。危険な橋を渡ってまでお金が欲しいとは思わないはずである。

「ラコルデール公爵家には、金丹を輸入するメリットがありません」

 もちろん、メリットがないという理由だけで嫌疑は晴れない。だが、嫌疑を晴らすために動く際の材料の一つにはなるはずだ。嵌められたと証明する際の理由になる。
 サーラとしても、これは大きな収穫だ。
 ラコルデール公爵家が白でも黒でも、ウォレスが不利にならないようにラコルデール公爵家にかかった嫌疑を晴らすつもりでいたが、これが冤罪かそうでないかで心の持ちようが変わる。
 胸に刺さっていた棘が取れた気分だ。

「そのことだけど、だったらこの情報は有利に働くかしら。『不老不死の秘薬』はね、無償で配られていたみたいなのよ」
「無償で、ですか」
「ええ。もちろん、全部の入手ルートを追えたわけではないけれど、わたくしが確認できた人は全員、金銭を要求されなかったと言っていたわ」

 それは、ますますおかしい。
 金丹が輸入されたものだとすると、かなりの高値で取引されたはずだ。少なくとも海を渡った向こうの大陸から入れるというだけでお金がかかる。
 もし、金丹が輸入されたものではなく、製法を知っている何者かが作ったと仮定しても、やはりそれはそれでおかしい。
 金丹は、水銀に金を溶かしたものである。金は決して安いものではない。金丹一瓶にどれほどの金が使われているのかはわからないが、それでも無償で配るのはおかしい。
 おかしい、気がするのだが――

(あれ? これと同じようなことを、知っている気がするわ……)

 サーラが視線を落として考え込んだ時、ブノアが人数分の紅茶をお菓子、それからウォレスのためのブリオッシュを運んで来た。

「金銭目的でもなく輸入にかかった費用も回収せず無償で配るなんて、これをばらまいた人間は何が目的なんだ」

 ウォレスがむっと眉を寄せてブリオッシュを口に入れた。あっという間に一つ目がなくなり、ウォレスは二つ目のブリオッシュに手を伸ばす。

(利益を無視して、ばらまく……。ばらまく……)

 サーラはハッと目を見開いた。

「……これ、贋金事件のときと似ています」
「なに?」

 ウォレスが食べかけのブリオッシュを持ったまま顔を上げた。

「銀貨の贋金事件です。あれも、銀貨を使わせること……すなわち市場にばらまくことを目的にしていたのではないですか?」

 ウォレスは贋金事件の時に「まるで実験だ」と言った。
 けれども、実験ではなく「ばらまくこと」が目的だったとしたら?

「二つの件はつながっているというのか?」
「わかりせん。でも、どこか似ている気がするんです」

 しかしそうなると、何故、ばらまく必要があったのかが問題になる。
 それに、贋金事件には神の子セレニテ――フィリベール・シャミナードが関与していたと考えている。そうなると『不老不死の秘薬』にも彼が関わっているということになるのだろうか。その場合、フィリベール・シャミナードの目的はなんだろう。
 もちろん、ただ似ているだけで、犯人の違うまったく別の事件である可能性も否めない。

「ロクサーヌ。『不老不死の秘薬』を配っていた人間はわかっていますか?」
「さすがにそこまではわからないけど、複数人いた可能性があるわ。人によって、薬を手に入れたルートが違うのよ。男からもらったとか、女からもらったとか……。もちろん、人づてに配られていたとも考えられるから、ただ回りまわってという可能性だってあるけど」
「そうですか。……しかし、相手が特定できていないということは、それを配った人間は貴族ではなかったと見ていいのでしょうか」
「そうね。そうだと思うわ。貴族から受け取った場合は、ほとんどの人が配った人の名前を教えてくれたもの。それをたどっていくと、名前もわからない複数名の『誰か』に行きつくの」

 アルフレッドは「遅い」と言ったが、これだけの情報を集めてきたのならばロクサーヌはかなり迅速に動いてくれたのではなかろうか。
 サーラは『不老不死の秘薬』を受け取り実際に使用した人間の名簿と、誰がどのルートでそれを受け取ったかが表にされている紙に視線を落とす。
 ロクサーヌが調べられた薬の使用者は十二人。表にはその全員の入手ルートが記されていた。表の最後には、『不明者A(男)』『不明者(B)女』というように、不明者が七人ほど書かれている。特徴もできる限り記してくれたようで、それを見る限り七人は全員別人だと思われた。

「ロクサーヌ、また何かわかったら教えてください」
「ええ。もちろんよ」

 ロクサーヌはお茶を飲み干して立ち上がる。
 そして、ふと思い出したように、ダイニングの扉のところで振り返った。

「アルフレッド。これはわたくしのただの意見だけど、聞く? ただの勘だから、そういうの、あなたは嫌うかもしれないけど」
「聞きましょう。今はどんな些細な情報でも欲しいです」

 ロクサーヌは藍色の瞳を意外そうにしばたたかせた後で、小さく笑う。

「ラコルデール公爵夫妻の足取りだけど、わたくしたちも追っているの今のところ手掛かりは何もないけど、ジュディット様の婚約式の準備で前日まで王都にいたのはわかっているわ。だから国外には出ていないと見ている。それなのに小さな情報すらつかめないのはおかしいわ。……なんとなくだけど、かなりの大物にかくまわれている気がするの」
(かくまわれている……?)

 それが本当ならば、ラコルデール公爵夫妻をかくまった相手は、こうなることを予見していたということだろうか。

「この件、まだ何か裏があるわ。それは、わたくしたちが考えも及ばないような何かのような気がして……正直、不安よ」

 ロクサーヌは長い睫毛を震わせて言うと、踵を返して帰って行った。




しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

処理中です...