154 / 173
第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く
ウォレスの理由 1
しおりを挟む
セザールは話を聞くと、計画に修正が必要だと言ってダングルベール伯爵とともに帰って行った。
その際、現在セザールの方で準備していたことも教えてくれた。
(まさか最悪ディエリア国と戦争になってもいいように準備していたなんてね。さすがに予想していなかったわ)
シャミナード公爵の息のかかった貴族が中央政治に割り込んでいる中、彼は水面下でダングルベール伯爵に自身の派閥の中で信頼がおける者たちをまとめ、派閥の貴族のそれぞれの領地の私兵も使って、水面下で戦力を増強していたらしい。
内乱とディエリア国との戦争が同時に起こっても対処できるように根回ししていたとか、本当、あの王子様は恐ろしい。
もともと中級貴族が多かった第一王子派閥では、セザールが満足いくまでの戦力を集めることができなかっただろうに、戦争になった時にウォレス側の戦力も使えるようにとラコルデール公爵にも渡りをつけていたというのだから、何者なのだろうかこの王子はと思った。
騎士団の第二王子所属の軍および国王軍もすでに手中にあるという。
それでいて、ウォレスに近い人間へ情報が行かないように情報操作までしていたというのだ。
(ウォレス様を巻き込みたくなかったか、それとも何かを試していたのかは知らないけど、やることが徹底しているわ)
だがおかげで、最悪の状況になっても、戦力は確保できているということだ。
あとは、最悪な事態にならないために動くだけである。
「マリア、少しいいか」
玄関でセザールとダングルベール伯爵を見送った後、セザールを前にすると緊張するなあと大きく伸びをしていると、同じく兄を見送りに出ていたウォレスに声をかけられる。
サーラはちらりと、玄関にいるジュリエッタに視線を向けた。
婚約者候補がいるというのに、彼女の目の前でサーラに声をかけていいのだろうかと思ったのだ。
けれどもサーラの視線に気づくと、ジュリエッタは微笑んで、「わたくしは少し、休みますわ」とベレニスを連れて階段を上りはじめた。
なんだか、浮気を黙認されたような妙な気になるのは何故だろう。
アルフレッドもマルセルもブノアも何も言わない。
むしろ気を利かせたように、これからのことを相談するから、ウォレスは部屋で休んでいろとまで言ってきた。
行こう、と手を差し出されて、逡巡しながら手を重ねる。
なんだか、別れる前の距離に戻ったような、妙な錯覚を覚えた。
きゅっと優しく手を握られて、まるでエスコートをされるように階段を上る。
彼の部屋に入り、扉を閉めると、躊躇いがちに「抱きしめてもいいか?」と訊かれた。
迷いながら、小さく頷くと、ウォレスが腕を広げてサーラをすっぽりと抱きすくめる。
懐かしいぬくもりに、サーラはゆっくりと深呼吸をした。
ウォレスの匂いがする。
その匂いにぎゅうっと包まれて……どうしてだろう。なんか、泣きそう。
アドルフとグレースから真実を聞かされたとき、サーラは泣いてしまったけれど、ウォレスは隣に座っているだけで抱きしめたりはしなかった。
それなのに今、何故抱きしめるのだろう。
ぽんぽんとあやすように背中が叩かれる。
耳元に口が寄せられ、半分吐息のようなささやきが落ちてきた。
「よく、頑張ったな、サラフィーネ」
マリアでなく、サーラでもなく、サラフィーネ、と。
その瞬間、目の表面にぶわっと涙の膜が張った。
サーラでもマリアでもなく、サラフィーネの心が大きく震える。
「つらかっただろう?」
泣いてもいいと言うように、後頭部に回った大きな手のひらが、サーラの顔を彼の胸に押し付ける。
つらかった。
つらかった、苦しかった、悔しかった。
くだらない――本当にくだらない、二百年前からくすぶっていた、貴族のプライドだか国のプライドだか、それとも個人の、一族の怨恨だか、そんなよくわからない、くだらない問題で、サーラは大好きで大切な両親を失ったのだ。
自分のせいだと思って自分を責め続けていたほうがまだましだった。
サーラがヴォワトール国の王子妃の最有力候補だったから、だから大切な二人は奪われたのだと、そう思っていたほうがまだ。
くだらないくだらないくだらない――
国とか、矜持とか、意味がわからない。
ヴォワトール国の国王が元伯爵家の人間だからって、何が悪い。
元伯爵家の国王より由緒正しいディエリア国の公爵家の方が格上だと、いったいどれだけ昔の話を引きずって、こだわって、そして自分の矜持を満たすために他人を殺すのか。
もともとディエリア国の一部だったのだから元に戻れなんて、そこに住む人たちの生活なんてまるで無視だ。
その考えに賛同しなかったからとサラフィーネの両親に冤罪をかぶせて処刑したシャミナード公爵が、心の底から憎かった。
憎くて憎くて頭がおかしくなりそうなほどに。
けれども、今はそんな感情を爆発させている時間的余裕なんてどこにもなくて。
必死に自分を殺して、冷静になろうと努めた、のに。
ウォレスの一言で、すべてが決壊してしまう。
「吐き出せ、全部。――私と二人きりの時だけは、頑張るな」
ひゅっと、短く息を呑んで。
サーラは、声を上げて泣いた。
その際、現在セザールの方で準備していたことも教えてくれた。
(まさか最悪ディエリア国と戦争になってもいいように準備していたなんてね。さすがに予想していなかったわ)
シャミナード公爵の息のかかった貴族が中央政治に割り込んでいる中、彼は水面下でダングルベール伯爵に自身の派閥の中で信頼がおける者たちをまとめ、派閥の貴族のそれぞれの領地の私兵も使って、水面下で戦力を増強していたらしい。
内乱とディエリア国との戦争が同時に起こっても対処できるように根回ししていたとか、本当、あの王子様は恐ろしい。
もともと中級貴族が多かった第一王子派閥では、セザールが満足いくまでの戦力を集めることができなかっただろうに、戦争になった時にウォレス側の戦力も使えるようにとラコルデール公爵にも渡りをつけていたというのだから、何者なのだろうかこの王子はと思った。
騎士団の第二王子所属の軍および国王軍もすでに手中にあるという。
それでいて、ウォレスに近い人間へ情報が行かないように情報操作までしていたというのだ。
(ウォレス様を巻き込みたくなかったか、それとも何かを試していたのかは知らないけど、やることが徹底しているわ)
だがおかげで、最悪の状況になっても、戦力は確保できているということだ。
あとは、最悪な事態にならないために動くだけである。
「マリア、少しいいか」
玄関でセザールとダングルベール伯爵を見送った後、セザールを前にすると緊張するなあと大きく伸びをしていると、同じく兄を見送りに出ていたウォレスに声をかけられる。
サーラはちらりと、玄関にいるジュリエッタに視線を向けた。
婚約者候補がいるというのに、彼女の目の前でサーラに声をかけていいのだろうかと思ったのだ。
けれどもサーラの視線に気づくと、ジュリエッタは微笑んで、「わたくしは少し、休みますわ」とベレニスを連れて階段を上りはじめた。
なんだか、浮気を黙認されたような妙な気になるのは何故だろう。
アルフレッドもマルセルもブノアも何も言わない。
むしろ気を利かせたように、これからのことを相談するから、ウォレスは部屋で休んでいろとまで言ってきた。
行こう、と手を差し出されて、逡巡しながら手を重ねる。
なんだか、別れる前の距離に戻ったような、妙な錯覚を覚えた。
きゅっと優しく手を握られて、まるでエスコートをされるように階段を上る。
彼の部屋に入り、扉を閉めると、躊躇いがちに「抱きしめてもいいか?」と訊かれた。
迷いながら、小さく頷くと、ウォレスが腕を広げてサーラをすっぽりと抱きすくめる。
懐かしいぬくもりに、サーラはゆっくりと深呼吸をした。
ウォレスの匂いがする。
その匂いにぎゅうっと包まれて……どうしてだろう。なんか、泣きそう。
アドルフとグレースから真実を聞かされたとき、サーラは泣いてしまったけれど、ウォレスは隣に座っているだけで抱きしめたりはしなかった。
それなのに今、何故抱きしめるのだろう。
ぽんぽんとあやすように背中が叩かれる。
耳元に口が寄せられ、半分吐息のようなささやきが落ちてきた。
「よく、頑張ったな、サラフィーネ」
マリアでなく、サーラでもなく、サラフィーネ、と。
その瞬間、目の表面にぶわっと涙の膜が張った。
サーラでもマリアでもなく、サラフィーネの心が大きく震える。
「つらかっただろう?」
泣いてもいいと言うように、後頭部に回った大きな手のひらが、サーラの顔を彼の胸に押し付ける。
つらかった。
つらかった、苦しかった、悔しかった。
くだらない――本当にくだらない、二百年前からくすぶっていた、貴族のプライドだか国のプライドだか、それとも個人の、一族の怨恨だか、そんなよくわからない、くだらない問題で、サーラは大好きで大切な両親を失ったのだ。
自分のせいだと思って自分を責め続けていたほうがまだましだった。
サーラがヴォワトール国の王子妃の最有力候補だったから、だから大切な二人は奪われたのだと、そう思っていたほうがまだ。
くだらないくだらないくだらない――
国とか、矜持とか、意味がわからない。
ヴォワトール国の国王が元伯爵家の人間だからって、何が悪い。
元伯爵家の国王より由緒正しいディエリア国の公爵家の方が格上だと、いったいどれだけ昔の話を引きずって、こだわって、そして自分の矜持を満たすために他人を殺すのか。
もともとディエリア国の一部だったのだから元に戻れなんて、そこに住む人たちの生活なんてまるで無視だ。
その考えに賛同しなかったからとサラフィーネの両親に冤罪をかぶせて処刑したシャミナード公爵が、心の底から憎かった。
憎くて憎くて頭がおかしくなりそうなほどに。
けれども、今はそんな感情を爆発させている時間的余裕なんてどこにもなくて。
必死に自分を殺して、冷静になろうと努めた、のに。
ウォレスの一言で、すべてが決壊してしまう。
「吐き出せ、全部。――私と二人きりの時だけは、頑張るな」
ひゅっと、短く息を呑んで。
サーラは、声を上げて泣いた。
100
あなたにおすすめの小説
偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~
咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】
あらすじ
「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」
聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。
彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。
しかし、エリーナはめげなかった。
実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ!
北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。
すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。
「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」
とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。
以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。
最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる