すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

ウォレスの理由 3

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「子供のころは別に、王になりたいと思っていたわけじゃないんだ」

 長いキスで酸欠になって、サーラが目を回すと、ウォレスはサーラを膝の上に抱えなおして、ぽつんと言った。

「母上に王になれと言われて、父上からも兄上と比べて適性を見てどちらを王太子にするか決めると言われて、ああ、そんなものかと思った。王子だしな。まあ、王位に手が伸びる場所にいるならのばすべきだろうな。そんな程度だった」

 自分の胸にサーラをもたれかからせ、髪を梳きながらウォレスは続ける。
 話を聞きながら、サーラも、まあ、そんなものだろうなと思った。

 王子に生まれたから王になりたいはずだと周囲の人間は思うだろうが、王子なんて、逆に選択肢がほかにないから王を目指すのだろうとサーラは思う。
 王子に生まれたら、王になるかその王を支えるかの、二つの選択しか用意されない。

 ほかの貴族もそうだろうと思うだろうが、それでも他の貴族はまだもう少し選択の幅がある。
 けれども王子にはそれはない。
 そして次の王を第一王子と第二王子を比べてから決めると国王が宣言した時点で、ウォレスの選択肢は一つに絞られ、王になるための教育がはじまる。
 そして、子供のころにそれが当然のことだと周囲の大人に言われれば、そういうものだろうかと信じるだろう。

「母上は兄上では心もとないと言ったけれど、それは兄上の後ろ盾の権力が弱いだけの問題で、結婚で後ろ盾を得られればそれほど問題にはならないだろう。だからたぶん、母上が私に王になれというのは、自分の王妃としてのプライドなのだろうなとも思った。まあ、自分の夫が、自分よりも他の女性に心を傾けているのをただ見ていることしかできなければ、そんなプライドに縋らなければ立っていられなかったのだろうとも思う」

 母親のことを語るウォレスはどこか他人事だった。そういう母子関係だったのだろうなと、なんとなく思う。彼は滅多に親のことを口にしないから。

「王になったら、私も正妃に同じような思いをさせるのだろうかと、子供のころは嫌だなと思ったけれど、年を重ねるうちにそんなものかとも思った。王だって人間だ。正妃を自分で選べないなら、好きな女をそばに置きたいと思うだろう、と。なんとなく。だが、父上よりは自分の正妃に誠実でありたいなとは思った。その程度だったな」

 ウォレスが、まるで猫にするようにサーラの喉元をくすぐる。
 身じろげば彼は笑って、額にキスを落とした。

「ただ、王になろうと努力すると、忙しい父上が合間を縫って顔を出してくれて、ごくたまに、頑張っているなと頭を撫でてくれたから頑張ろうと思った。王になるために頑張っていれば会いに来てくれるから。頑張っているだけで褒めてくれるなら、王太子に選ばれればもっと褒めてくれるのかなと。父上とのふれあいなんて、あの当時はあの程度のことだったから……、王になるために頑張るのが父親に会いたいからなんて笑えるだろう?」
「笑いませんよ」

 親子関係は、希薄だったのだろう。
 それでも子供にとっては親は親で、父親に会いたいからという理由で努力を続けたウォレスを、笑えるはずがない。

「王太子候補だから、父上は兄上とともに、たまに会議室とか、謁見の間とかに連れて行ってくれた。見学だけだったけどな。王として仕事をしている父上はとてもカッコよくて、いつの間にか王を目指す理由に、父上への憧れが追加された。でも、十五歳くらいまでは、本当に、ただそれだけだった」

 ウォレスの指が、探るようにサーラの首元を動き、襟元のボタンが一つ外される。
 その下の小さなサファイアのネックレスを見つけて、ウォレスは柔らかく双眸を細めた。
 銀のチェーンをつーっと指先でなぞり、そしてネックレスを指先にからめる。

 そういえばこのネックレスのことをウォレスは、首輪みたいなものだと言ったなとサーラは思いだした。
 首輪をつけているから、嬉しいのだろうか。
 自分のものだ、と。
 本当に、独占欲が強い。

 この独占欲の強さは、執着心は、両親から愛情らしい愛情が与えられなかったせいだろうかと、サーラは漠然と気づいた。
 そう思うと、ウォレスに首輪でつながれるのも悪くないように思えてきて、自分も大概頭がおかしいのではなかろうかと小さく笑う。

「十五で成人して、勉強だけでなく仕事が追加された。公務で外出するようになって、それほど遠くではないけれど、近くの領地とかを見て回ったりするようになった。……そして、貴族街との差に愕然とした。貧富の差はもとより、孤児院とか……、親が、生活できなくて子供を捨てるとか、そんなことがあるのだと……。この国は豊かで、みんなが幸せに生活している国だと、ずっと思っていたから……父上は、もしかしたら無能な王なんじゃないかとまで思ってしまった」
「それは……」
「わかっている。どれほど有能な王でも、国民全員を幸せにしてやることなんてできやしないと、わかっていたけど。何故なんだろうと。もっと頑張れよと。だって、貴族街は、あんなに華やかで贅沢で……城の調度を一つでも売れば、どれだけの国民に食料がいきわたるのだろうかと、そんなくだらないことを考えて。それができれば誰も苦労しないのに、国民を幸せにできない父上は、王は無価値だと思った。私だって、それ以上に何もできないちっぽけな存在なのに、傲慢だろう?」
「殿下が王になろうと思ったのは、それがきっかけですか?」
「ああ」

 ウォレスが、自分の意思で王になろうと思っていたのは間違いないと感じていた。
 だからどこかにきっかけがあったのだろうとは思っていたけれど、それが国民の生活を見たからなんて、実に彼らしい。
 だからこそ、ウォレスは下町に足を向けたのだ。

「私がどこまでできるかわからないけれど、王になって、福祉に力を入れたいと思った。少しでもいい、一人でも多くの人が笑って暮らせればいいと思った。兄上は何を考えているのかわからない節があったし……、兄上が弱者に目を向けるかどうかなんてわからなかったから、それなら私がなったほうがいい。国民に、弱者に、優しい王になりたいと思った」

 優しさだけでは王にはなれないだろう。狡猾さや他者を切り捨てる冷酷さもときには必要だ。
 しかしながら、この優しい王子様は、他人を切り捨てると、自分が傷ついてしまう。だから、向いている向いていないで言えば、ウォレスは王には向いていない。
 でも、こんな優しい王子様が王様になったら、どんなに温かい国になるだろうか。
 優しさだけでは成り立たないけれど、サーラは、優しい王子様が王様になった国を見てみたいと思ってしまった。

 だから――

(わたしと一緒にどこか遠くへ行くなんて、やっぱりだめよ)

 嬉しかった。
 ずっと一緒にいてくれると言ってくれて。
 幸せにしてくれると言ってくれて。
 サーラのために玉座を諦め、ただのウォレスとしてサーラの隣にいてくれると言った彼の言葉は、心の底から嬉しかった、けれど。

(あなたはこの国にいないと、だめよ……)

 いつかきっと、ウォレスを幸せにしてくれる女性が現れる。
 それが自分でないのは悲しいし苦しいし嫌だけれど――サーラでは、彼がずっと努力し、願い、勝ち取ろうとしたものを与えて上げられない。
 すりすりと頬を寄せて、離れていた時間を取り戻すかのように甘えてくるウォレスの背中に手を回す。

(大好きよ、ウォレス様――)

 だからやっぱり、サーラは彼の側にいてはいけないのだ。


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