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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く
さよならの行方 3
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「な……んだって?」
その一報は、ウォレスが自室で朝食を摂っていたときにもたらされた。
カラン、とスープスプーンが手から転がり落ちる。
部屋に飛び込んできた弟を咎めるのも忘れて、ジャンヌが目を見開いていた。
息を切らせて部屋に飛び込んできたオーディロンは、「至急、同行願いますっ」と肩で息をしながら伝える。
顔をこわばらせたマルセルが、きゅっと口を引き結んだ。
「殿下……」
「行く。ジャンヌ、上着だけくれ」
シャツにトラウザーズとラフな格好だったウォレスは、慌ててジャケットを羽織ると部屋を飛び出した。
今日ばかりはマナーだなんだと呑気に廊下を歩いている状況ではなくて、マルセルとオーディロンとともに走り出す。
「兄上‼」
シャミナード公爵が閉じ込められていた部屋に到着すると、部屋の前には大勢の兵士と、それからセザールとアルフレッドがいた。
セザールもアルフレッドも険しい顔をしている。
「待ちなさい。今、念のため部屋の中に危険なものがないかを確認している」
部屋に飛び込もうとしたウォレスを、セザールが手で制した。
開け放たれている扉の向こうからは、血の匂いとでもいうのだろうか、錆びた鉄のような匂いがわずかに漂ってきている。
部屋の中を確認していた兵士たちが頷くと、ウォレスはセザールとアルフレッドとともに部屋の中に入った。
ベッドの上にあおむけに転がっている「もの」を見て、ウォレスは片手で口元を押さえる。
「……ひどいな」
「めった刺しって、こういうことを言うんだろうね」
淡々と感想を返したセザールの顔色も悪い。
ベッドの上には、シャミナード公爵がいた。
正確には、血だらけで、腹部に短剣が突き刺さったまま息絶えている、シャミナード公爵の死体が、だ。
「これを、本当に……レナエル妃……いや、もう妃じゃないが、彼女が?」
「そうだよ」
シャミナード公爵とレナエルは、別々の部屋に閉じ込められていた。
しかし昨日、レナエルが、このまま死ぬまで会えないのは嫌だと、一日でいいから父とともにすごさせてほしいと懇願し、一日だけ同じ部屋で過ごす許可が与えられた。
そして一夜明けて、メイドが朝食を運んできたとき、シャミナード公爵はすでに息絶えており、血染めのドレスのままベッドの脇にたたずんでいたレナエルを発見したという。
両手には、乾燥したどす黒い血がこびりついていたそうだ。
そしてレナエルは、メイドの顔を見ると薄く笑って、崩れ落ちるように気を失ったらしい。
レナエルはそのまま兵士たちによって運び出され別室に閉じ込められているという。
(ナイフを隠し持っていたのか。女官がボディチェックを怠ったのか、それともうまく隠していたのかはわからないが……)
レナエルの希望通り、一日だけ父娘で過ごす時間を与えたのが間違いだったのだろうが、誰が実の娘が父親を殺害すると思うだろうか。
しかも、放っておけば確実に死刑になる父親を、である。
「いったい……何が……」
「それは、レナエルに訊かないとわからないだろうね。……死因はおそらく頸動脈のこの傷だろうけど、死んだ後にこれだけ体中に短剣を突き立てたんだ。よほど父親を恨んでいたのだろうとは思うけどね……」
それを聞いて、ウォレスはわけがわからなくなった。
レナエルは父親と共謀していたのではなかったのだろうか。
少なくとも彼女の護衛や侍女たちはシャミナード公爵の息のかかったものだったし、セザールによると、彼女が裏でこそこそしていたのは間違いないというのだ。
なのに、何故。
セザールの言う通り、理由はレナエルを問い詰めないとわからないだろう。
駆けつけてきた城の侍医たちが一応検死するというので、現場はアルフレッドに任せてウォレスたちは部屋を後にする。
レナエルの意識が戻り次第、彼女の部屋に尋問官が向かうというが、さすがにウォレスは同行できないだろう。
離縁になったとはいえ、元夫であるセザールは同行が許可されるだろうが、大勢が押しかけると委縮して口を割らなくなるかもしれないので、人数は制限されるはずだ。
「アルフレッド。計画を練り直せ。さすがに想定外だろう?」
食事も途中だし、ジャケットだけ羽織ったラフな格好で出てきたので、私室に戻りながらウォレスは小さくアルフレッドに命じた。
「わかりました。シャミナード公爵が死ぬとは思いませんでしたからね」
アルフレッドも肩をすくめる。
「ああそれから。……かの方の足取りですけどね、イヴェール侯の領地に似た外見の方が入ったと報告がありましたよ」
ウォレスははじかれたように振り返った。
「本当か?」
「ええ。どうします? 向かいますか?」
ウォレスは逡巡して、ぎゅっと拳を握り締める。
「――いや、まだいい」
まだ、早い。
「準備が整ってからだ」
すると、アルフレッドは眼鏡のブリッジを押し上げて、ニッと腹黒い笑みを浮かべた。
「お任せください。万が一の際も、絶対に逃げられないよう罠……ではなくて、準備を整えておきますから」
ウォレスはその腹黒そうな笑顔を見て、はあっと息を吐き出した。
(やっぱりこいつは一生独身だな)
合理的な変人に腹黒さまで加われば、きっと、誰も結婚してくれないだろう。
その一報は、ウォレスが自室で朝食を摂っていたときにもたらされた。
カラン、とスープスプーンが手から転がり落ちる。
部屋に飛び込んできた弟を咎めるのも忘れて、ジャンヌが目を見開いていた。
息を切らせて部屋に飛び込んできたオーディロンは、「至急、同行願いますっ」と肩で息をしながら伝える。
顔をこわばらせたマルセルが、きゅっと口を引き結んだ。
「殿下……」
「行く。ジャンヌ、上着だけくれ」
シャツにトラウザーズとラフな格好だったウォレスは、慌ててジャケットを羽織ると部屋を飛び出した。
今日ばかりはマナーだなんだと呑気に廊下を歩いている状況ではなくて、マルセルとオーディロンとともに走り出す。
「兄上‼」
シャミナード公爵が閉じ込められていた部屋に到着すると、部屋の前には大勢の兵士と、それからセザールとアルフレッドがいた。
セザールもアルフレッドも険しい顔をしている。
「待ちなさい。今、念のため部屋の中に危険なものがないかを確認している」
部屋に飛び込もうとしたウォレスを、セザールが手で制した。
開け放たれている扉の向こうからは、血の匂いとでもいうのだろうか、錆びた鉄のような匂いがわずかに漂ってきている。
部屋の中を確認していた兵士たちが頷くと、ウォレスはセザールとアルフレッドとともに部屋の中に入った。
ベッドの上にあおむけに転がっている「もの」を見て、ウォレスは片手で口元を押さえる。
「……ひどいな」
「めった刺しって、こういうことを言うんだろうね」
淡々と感想を返したセザールの顔色も悪い。
ベッドの上には、シャミナード公爵がいた。
正確には、血だらけで、腹部に短剣が突き刺さったまま息絶えている、シャミナード公爵の死体が、だ。
「これを、本当に……レナエル妃……いや、もう妃じゃないが、彼女が?」
「そうだよ」
シャミナード公爵とレナエルは、別々の部屋に閉じ込められていた。
しかし昨日、レナエルが、このまま死ぬまで会えないのは嫌だと、一日でいいから父とともにすごさせてほしいと懇願し、一日だけ同じ部屋で過ごす許可が与えられた。
そして一夜明けて、メイドが朝食を運んできたとき、シャミナード公爵はすでに息絶えており、血染めのドレスのままベッドの脇にたたずんでいたレナエルを発見したという。
両手には、乾燥したどす黒い血がこびりついていたそうだ。
そしてレナエルは、メイドの顔を見ると薄く笑って、崩れ落ちるように気を失ったらしい。
レナエルはそのまま兵士たちによって運び出され別室に閉じ込められているという。
(ナイフを隠し持っていたのか。女官がボディチェックを怠ったのか、それともうまく隠していたのかはわからないが……)
レナエルの希望通り、一日だけ父娘で過ごす時間を与えたのが間違いだったのだろうが、誰が実の娘が父親を殺害すると思うだろうか。
しかも、放っておけば確実に死刑になる父親を、である。
「いったい……何が……」
「それは、レナエルに訊かないとわからないだろうね。……死因はおそらく頸動脈のこの傷だろうけど、死んだ後にこれだけ体中に短剣を突き立てたんだ。よほど父親を恨んでいたのだろうとは思うけどね……」
それを聞いて、ウォレスはわけがわからなくなった。
レナエルは父親と共謀していたのではなかったのだろうか。
少なくとも彼女の護衛や侍女たちはシャミナード公爵の息のかかったものだったし、セザールによると、彼女が裏でこそこそしていたのは間違いないというのだ。
なのに、何故。
セザールの言う通り、理由はレナエルを問い詰めないとわからないだろう。
駆けつけてきた城の侍医たちが一応検死するというので、現場はアルフレッドに任せてウォレスたちは部屋を後にする。
レナエルの意識が戻り次第、彼女の部屋に尋問官が向かうというが、さすがにウォレスは同行できないだろう。
離縁になったとはいえ、元夫であるセザールは同行が許可されるだろうが、大勢が押しかけると委縮して口を割らなくなるかもしれないので、人数は制限されるはずだ。
「アルフレッド。計画を練り直せ。さすがに想定外だろう?」
食事も途中だし、ジャケットだけ羽織ったラフな格好で出てきたので、私室に戻りながらウォレスは小さくアルフレッドに命じた。
「わかりました。シャミナード公爵が死ぬとは思いませんでしたからね」
アルフレッドも肩をすくめる。
「ああそれから。……かの方の足取りですけどね、イヴェール侯の領地に似た外見の方が入ったと報告がありましたよ」
ウォレスははじかれたように振り返った。
「本当か?」
「ええ。どうします? 向かいますか?」
ウォレスは逡巡して、ぎゅっと拳を握り締める。
「――いや、まだいい」
まだ、早い。
「準備が整ってからだ」
すると、アルフレッドは眼鏡のブリッジを押し上げて、ニッと腹黒い笑みを浮かべた。
「お任せください。万が一の際も、絶対に逃げられないよう罠……ではなくて、準備を整えておきますから」
ウォレスはその腹黒そうな笑顔を見て、はあっと息を吐き出した。
(やっぱりこいつは一生独身だな)
合理的な変人に腹黒さまで加われば、きっと、誰も結婚してくれないだろう。
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