白狼 白起伝

松井暁彦

文字の大きさ
191 / 336
王星

 七

しおりを挟む
 邑は熱波に包まれていた。燎原之火りょうげんのひが地上に緋色を落とす。

「魏翦‼」
 荘英以下。全員で十名が駆け寄ってくる。指示なくとも彼等の手許には、先日匪賊達から奪った得物がある。

「連中、報復に来やがった。邑人を殺し廻って、至る所に火を放ってやがる」
 荘英は酷く狼狽している。

「なぁ、魏翦。俺達のやったことは」
 候伸の言葉を手で制す。

「之が弱者の末路だ。俺達が事を起こそうと起さまいと結果は変わらなかった」
 彼等を慰めた訳でもない。立ち向かわなくては狩られる。自然の摂理で人間社会でも摂理は変わらない。あの争闘の中で学んだことだ。

「数は?」

「ざっと五十はいる」
 荘英の声は震えていた。

「そうか。五十か」
 比べ物にならない数だ。奴等それほどの兵力を有していたのか。だとすれば邑に降りてきていた匪賊は走狗程度だったと考えるが妥当だろう。

「魏翦」
 仲間達の縋るような声。

「五人二組に分かれる。伍を組むんだ。円を描き互い背を預け合う。候兄弟は二手に分かれてくれ。遠くの敵を矢で射貫け。眼前の敵は補助し合いながら仕留めろ。いいか、敵に情けをかけるなよ。躊躇すれば俺達が狩られる」
 轟々と盛る炎が濃い影を邑の端々に落とす。影が長く伸びる影を作り、どれもが狂うように動き回る。断末魔は間断なく響く。
 十人は炎の海に飛び出し、邂逅する敵を次々に討ち果たしていく。

「糞が‼」
 倒しても、倒しても切りがない。そして、邑人の多くは既に息絶えている。魏翦は舌を打った。五歳にも満たない子供の血に塗れた屍を見下ろす。臆病な大人達は憎い。だが抗う力を持たない子供達に罪はない。

「ひどい」
 邑の広場には堆く積まれた男達の屍。どれも原形を保っておらず、ただの肉塊と化している。誰かが嘔吐した。

「女達がいない」
 言わずとも分かる。

「あれは」
 荘英が右手に上がる黒煙を仰いだ。

「母ちゃん!父ちゃん!」

「待て!」
 荘英が静止を聞かず、自宅の方へ駆け出した。

(まずい)
 皆と眼が合う。惨い屍を目の当りにして、皆の張りつめていた闘気が散った。
 全員は親元へと駆けていく。気持ちは分かる。だがー。

(俺達が散開すればもう抗う術はない)

「待て!お前達!」
 時すでに遅し。仲間達は炎の海へ消えていた。

「くっ」
 不意に母を想う。

(母上は無事に逃げ出すことができたのだろうか?)
 揺らめく炎の中に蠢く影が見えた。

「荘英!」
 期待が過る。だが一瞬で悟る。

(違う。数が多すぎる)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...