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1章 準備
1-3 森
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休日を挟む1週間の試験期間が終わった翌日。
シャルロッテはまた授業をサボっていた。
向かっているのは、一般学舎から遠く離れた、庭園の端から広がる森。爽やかな風に揺れる木々が、来る者を拒むように葉をざわめかせる。
翻る緑色の髪を後ろで1つにまとめ、シャルロッテは意を決したように森へ足を踏み入れた。
ザアァッと木々が音を鳴らす。まるでシャルロッテの侵入に抗議するかのように。
だが、シャルロッテは気にしない。風に吹かれる木々の音に、心地よさすら感じていた。
進んでいくと、木々の切れ間に小屋がある。丸太でできたその小屋の前には、木製の2人掛けベンチ。そばにはハンモック。いずれも無人だ。
「中にいるんでしょう、ハンス」
シャルロッテは小屋に向かって声をかけた。
返事は無い。
「ねえ、ハンスってば」
「……」
「これ以上居留守使うなら、扉を蹴破るわよ」
「……はぁ……」
渋々、といった様子で、ハンスは小屋から出てきた。紫の瞳が怪訝そうにシャルロッテを見つめる。瞳と同色の髪が、さらりと風に揺れた。
シャルロッテは微笑んで言う。
「この場所を言いふらされたくなければ、私の稽古相手になって頂戴」
「稽古相手ぇ?」
ハンスはますます怪訝そうな顔になった。
「高名なシャルロッテ様が、オレのような平民の名を知っているのも不思議だが……何の稽古相手だ? 魔法か?」
「剣よ」
「はっ、冗談キツイぜ」
鼻で笑うハンス。その様子を見たシャルロッテは、剣に手をかけた。
睨み合う2人の間に、ひらりと木の葉が舞い落ちる。
直後、シャルロッテは剣を抜き放った。
澄んだ音が響き渡って、両者の剣が動きを止める。
「やっぱり反応したわね」
「……いきなり斬りかかって来るとはな。何てお嬢様だ」
ハンスは呆れたように言った。そのまま剣を滑らせて、
「だが、その程度じゃ……」
力不足だ、と言いかけた。しかし。
「その程度じゃ、何?」
「……⁉」
ハンスは驚愕した。シャルロッテが動きについてきたのだ。
シャルロッテはハンスへ攻撃を続ける。
「私、知ってるのよ。貴方は剣聖の孫で、貴方自身もとんでもない剣の使い手なのに、実力を隠して生活してるって」
「嘘だろ、何で知ってるんだ……」
ハンスは剣を受け続けながら、顔をしかめた。知られているなら、隠す意味は無い。すっと動きを変え、シャルロッテの剣を弾き飛ばした。
シャルロッテは悠然と微笑み、言う。
「公爵家の情報網を甘く見ないことね」
「公爵令嬢が剣を持つなよ」
「私が剣を持っていることを秘密にしてくれるなら、貴方の素性は誰にも言わないわ」
「……」
ハンスは嘆息した。
「あんた、なかなか良い腕してるぜ。身を守るには充分すぎるくらいだ」
「不充分だから頼んでるのよ」
「脅してる、の間違いじゃねえか?」
「不充分だから脅してるのよ」
「言い直せば良いってモンじゃねえからな⁉」
「何よ、そんなに嫌なの?」
不満げに言うシャルロッテに、ハンスは苦笑する。
「嫌というか……話して分かるように、オレは貴族相手の礼儀を知らねえ。いつあんたの怒りを買うかと怖くてな」
「礼儀や言葉遣いなんて、学生同士じゃ気にしないわよ、男子は。女子はそうでもないけれど」
「あんたは女子だろうが。それにオレは、とにかく貴族と関わるのが怖いんだ」
「……よくこの学園に入ったわね」
シャルロッテは呆れたように言った。だが、理由は知っている。
「アインに片思いしてるんでしょ?」
「……!」
図星を突かれ、ハンスの表情に動揺が走った。シャルロッテは押し所とばかりに言葉を続ける。
「残念ながら、貴方の恋は実らない。アインは2人の王子のどちらかが好きだから」
「そんなことは、知ってる。幼馴染を舐めるな」
「それでも貴方は、アインが好きで好きでたまらないんでしょ? 自分の人生を捧げても良いほどに」
「ああ。オレは、アインだけの騎士だ」
「なら、私をもっと強くしてみせなさい。詳しいことは言えないけれど、私の得た情報では、アインの身に危険が迫りつつある」
真剣な顔で告げられたシャルロッテの言葉に、ハンスは息を呑んだ。
「だったら、その情報を寄越せ。オレが……」
「駄目よ。言ったでしょ、詳しくは話せないの」
話してしまうと、展開がゲームと変わるかもしれない。そうなれば、何が起こるか分からなくなって、対処できなくなる。
「貴族の私と関わることと、アインが不幸になること……どっちが怖い?」
「そんなの、考えるまでもねえ。分かった、あんたに協力する」
「そうこなくちゃ」
シャルロッテは楽しそうに笑って、剣を拾った。
それから昼まで、2人は剣を合わせ続けた。
「なかなか体力あるな、お嬢様のくせに」
「はぁ……さすがに疲れたわよ。明日は筋肉痛で動けないかもね」
木漏れ日を浴びながら笑い合う。
「私はこれからお茶会なの。また明日ね」
「動けなくなるんじゃねえのか」
「意地でも来るわ」
「……待っててやるよ」
ハンスは苦笑して手をふり、シャルロッテも手を振り返した。
ゲームでは、第一王子ルートでも第二王子ルートでも、ハンスは死ぬ。シナリオ終盤の話だが、アインを襲う強敵に立ち向かい、相討ちとなるのだ。
アインにとってハンスは恋愛対象ではないが、大切な幼馴染である。ハンスの死はアインから笑顔を奪う。
(……そうはさせないわ)
シャルロッテが目指すのは、完全なハッピーエンド。自分とアインだけでなく、周りの誰も死なない結末。
だから、強くならなくてはいけないのだ。残された日は少ないが、出来る限り、強く。
シャルロッテが森から出た後。ハンスはどこへともなく問いかけた。
「どう思う?」
『嘘は言ってないんじゃないかなー』
『何か隠してそうだけどね』
『アインを助けたいと思ってるのは間違いないね』
複数の姿なき声が、ハンスの疑念を解消していく。これらの声は、木の精のものだ。
ハンスは木の精と話が出来る。生まれ持った特殊能力だ。
精霊と話せる者は希少で、知られれば教会に管理される。だからハンスは、この事実を隠し続けている。家族やアインにすら話していない。
この森に小屋を建てたのはハンスだが、木の精の力を借りて成した。ベンチも同様だ。
「……にしても、まさかこの森に入ってくる人がいるとはな」
『脅したつもりだったんだけどねー』
『鈍感だったんじゃないの』
「この小屋、オレが自力で建てたと思われたか……?」
『多分ね』
『どうかなー。何も考えてないんじゃない?』
『もともとあったと思ってるかもー』
木の精とそんな話をしながら、ハンスは小屋に入って昼食を摂ったのだった。
シャルロッテはまた授業をサボっていた。
向かっているのは、一般学舎から遠く離れた、庭園の端から広がる森。爽やかな風に揺れる木々が、来る者を拒むように葉をざわめかせる。
翻る緑色の髪を後ろで1つにまとめ、シャルロッテは意を決したように森へ足を踏み入れた。
ザアァッと木々が音を鳴らす。まるでシャルロッテの侵入に抗議するかのように。
だが、シャルロッテは気にしない。風に吹かれる木々の音に、心地よさすら感じていた。
進んでいくと、木々の切れ間に小屋がある。丸太でできたその小屋の前には、木製の2人掛けベンチ。そばにはハンモック。いずれも無人だ。
「中にいるんでしょう、ハンス」
シャルロッテは小屋に向かって声をかけた。
返事は無い。
「ねえ、ハンスってば」
「……」
「これ以上居留守使うなら、扉を蹴破るわよ」
「……はぁ……」
渋々、といった様子で、ハンスは小屋から出てきた。紫の瞳が怪訝そうにシャルロッテを見つめる。瞳と同色の髪が、さらりと風に揺れた。
シャルロッテは微笑んで言う。
「この場所を言いふらされたくなければ、私の稽古相手になって頂戴」
「稽古相手ぇ?」
ハンスはますます怪訝そうな顔になった。
「高名なシャルロッテ様が、オレのような平民の名を知っているのも不思議だが……何の稽古相手だ? 魔法か?」
「剣よ」
「はっ、冗談キツイぜ」
鼻で笑うハンス。その様子を見たシャルロッテは、剣に手をかけた。
睨み合う2人の間に、ひらりと木の葉が舞い落ちる。
直後、シャルロッテは剣を抜き放った。
澄んだ音が響き渡って、両者の剣が動きを止める。
「やっぱり反応したわね」
「……いきなり斬りかかって来るとはな。何てお嬢様だ」
ハンスは呆れたように言った。そのまま剣を滑らせて、
「だが、その程度じゃ……」
力不足だ、と言いかけた。しかし。
「その程度じゃ、何?」
「……⁉」
ハンスは驚愕した。シャルロッテが動きについてきたのだ。
シャルロッテはハンスへ攻撃を続ける。
「私、知ってるのよ。貴方は剣聖の孫で、貴方自身もとんでもない剣の使い手なのに、実力を隠して生活してるって」
「嘘だろ、何で知ってるんだ……」
ハンスは剣を受け続けながら、顔をしかめた。知られているなら、隠す意味は無い。すっと動きを変え、シャルロッテの剣を弾き飛ばした。
シャルロッテは悠然と微笑み、言う。
「公爵家の情報網を甘く見ないことね」
「公爵令嬢が剣を持つなよ」
「私が剣を持っていることを秘密にしてくれるなら、貴方の素性は誰にも言わないわ」
「……」
ハンスは嘆息した。
「あんた、なかなか良い腕してるぜ。身を守るには充分すぎるくらいだ」
「不充分だから頼んでるのよ」
「脅してる、の間違いじゃねえか?」
「不充分だから脅してるのよ」
「言い直せば良いってモンじゃねえからな⁉」
「何よ、そんなに嫌なの?」
不満げに言うシャルロッテに、ハンスは苦笑する。
「嫌というか……話して分かるように、オレは貴族相手の礼儀を知らねえ。いつあんたの怒りを買うかと怖くてな」
「礼儀や言葉遣いなんて、学生同士じゃ気にしないわよ、男子は。女子はそうでもないけれど」
「あんたは女子だろうが。それにオレは、とにかく貴族と関わるのが怖いんだ」
「……よくこの学園に入ったわね」
シャルロッテは呆れたように言った。だが、理由は知っている。
「アインに片思いしてるんでしょ?」
「……!」
図星を突かれ、ハンスの表情に動揺が走った。シャルロッテは押し所とばかりに言葉を続ける。
「残念ながら、貴方の恋は実らない。アインは2人の王子のどちらかが好きだから」
「そんなことは、知ってる。幼馴染を舐めるな」
「それでも貴方は、アインが好きで好きでたまらないんでしょ? 自分の人生を捧げても良いほどに」
「ああ。オレは、アインだけの騎士だ」
「なら、私をもっと強くしてみせなさい。詳しいことは言えないけれど、私の得た情報では、アインの身に危険が迫りつつある」
真剣な顔で告げられたシャルロッテの言葉に、ハンスは息を呑んだ。
「だったら、その情報を寄越せ。オレが……」
「駄目よ。言ったでしょ、詳しくは話せないの」
話してしまうと、展開がゲームと変わるかもしれない。そうなれば、何が起こるか分からなくなって、対処できなくなる。
「貴族の私と関わることと、アインが不幸になること……どっちが怖い?」
「そんなの、考えるまでもねえ。分かった、あんたに協力する」
「そうこなくちゃ」
シャルロッテは楽しそうに笑って、剣を拾った。
それから昼まで、2人は剣を合わせ続けた。
「なかなか体力あるな、お嬢様のくせに」
「はぁ……さすがに疲れたわよ。明日は筋肉痛で動けないかもね」
木漏れ日を浴びながら笑い合う。
「私はこれからお茶会なの。また明日ね」
「動けなくなるんじゃねえのか」
「意地でも来るわ」
「……待っててやるよ」
ハンスは苦笑して手をふり、シャルロッテも手を振り返した。
ゲームでは、第一王子ルートでも第二王子ルートでも、ハンスは死ぬ。シナリオ終盤の話だが、アインを襲う強敵に立ち向かい、相討ちとなるのだ。
アインにとってハンスは恋愛対象ではないが、大切な幼馴染である。ハンスの死はアインから笑顔を奪う。
(……そうはさせないわ)
シャルロッテが目指すのは、完全なハッピーエンド。自分とアインだけでなく、周りの誰も死なない結末。
だから、強くならなくてはいけないのだ。残された日は少ないが、出来る限り、強く。
シャルロッテが森から出た後。ハンスはどこへともなく問いかけた。
「どう思う?」
『嘘は言ってないんじゃないかなー』
『何か隠してそうだけどね』
『アインを助けたいと思ってるのは間違いないね』
複数の姿なき声が、ハンスの疑念を解消していく。これらの声は、木の精のものだ。
ハンスは木の精と話が出来る。生まれ持った特殊能力だ。
精霊と話せる者は希少で、知られれば教会に管理される。だからハンスは、この事実を隠し続けている。家族やアインにすら話していない。
この森に小屋を建てたのはハンスだが、木の精の力を借りて成した。ベンチも同様だ。
「……にしても、まさかこの森に入ってくる人がいるとはな」
『脅したつもりだったんだけどねー』
『鈍感だったんじゃないの』
「この小屋、オレが自力で建てたと思われたか……?」
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