悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照

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4章 エンディングに向けて

4-1 荒れ地Ⅰ

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 昼下がりの燦々とした陽光を浴びながら、アインは街を歩いていた。
 鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気である。
 単に一人で歩いているだけだというのに、その幸せそうな可愛い少女を道行く男の誰もが振り返った。中には声をかける者もいた。
「ねえキミ、一人? 一緒にお茶でもどう?」
「お茶? 良いよ」
 きょとんとしながら何の気無しに答えたアイン。それを近くで聞いていた男たちの数人が、「それなら俺も」「ぜひ一緒に」などと手を挙げた。
 こうしてアインは、見知らぬ男5人と一緒にお茶をすることになった。

 その様子を、離れた位置からこっそり見ていた者がいた。
(アインのやつ……ナンパされてるって気付いてねえな)
 ハンスである。一人で出かけた彼女が心配で、後をつけて来たのだ。
 尾行はこれが初めてではない。アインが一人で学園の敷地から出る度に、こうして見守っている。
 アインは男たちと一緒に茶屋に入った。
 ハンスは嘆息しつつ、路地裏に入って壁にもたれる。ここから店は見えないが、問題無い。近くに街路樹があるので、直接見張っていなくても木の精が教えてくれる。
(こんなの誰かに知られたら、ストーカー扱いされそうだ)
 そう思いながら嘆息しつつ、アインが店から出てくるのを待っていた。


『あ、出て来た出て来た。東に向かってるよ』
 木の精の声に、ハンスは閉じていた目を開けた。
『もしかして寝てた?』
「ウトウトしてた。この時間は大抵昼寝してるから、つい」
 小声で返事をしながら街路樹の陰に移る。視界にアインを捕らえ、その隣を歩く男を見て、ハンスは眉をひそめた。
「アインをナンパしてたやつらじゃねえな。中で何があった?」
『あんまりよく見えなかったけど、騒ぎにはなってなかったよ。5人と話し合ってアインを譲ってもらったんじゃない?』
「どこへ向かってるか分かるか?」
『さあね』
 木の精と話している間に、アインはどんどん遠ざかっていく。ハンスは慌てて追い始めた。
(街を出るつもりじゃねえだろうな?)
 ここから東に行っても、店は少なくなる一方だ。街路樹も無く、散歩に適した道ではない。
 ハンスは出来る限り気配を消しながら、少しずつ距離を詰めていった。それにつれ、何だか嫌な予感がしてくる。
(何だ……?)
 このまま街から出ても、荒れ地が広がっているだけだ。わざわざ行くような場所ではないが、危険な場所という訳ではない。
 アインの少し前を歩く男は、街を出る前に立ち止まった。そして、街の外を指さして、アインに何やら言っている。
(くそ、何言ってんのか分からねえ)
 危機感は増す一方だ。直感が警鐘を鳴らし続けている。あの男は怪しい、と。
 何かあったらすぐに対応できるよう、魔力を練り上げた。
 アインは男と別れ、街を出て行く。反対方向に歩く2人。ハンスは迷わずアインを追った。

 アインは走り出す。男にそうするよう言われたからだ。「お前は命を狙われている。逃れたければ、走って街の外に出て、荒れ地をそのまま真っ直ぐ走り続けろ」と言われたからだ。
 何の疑いも無く走った。その先のことなど何も考えずに走った。後ろから名前を呼ばれた気がしたが、気に留めている余裕は無い。
 ぐらりと地面が揺れたが、それでも走り続けようとした。
 だが。
「え……?」
 足を止めざるを得なかった。目の前の土が盛り上がっていく。壁のように行く手を阻んでくる。
「アイン!」
 その声に振り向くと、ハンスが走って来ていた。

 ハンスは、ようやくアインに自分の声が届いたことに安堵しつつ、彼女の後ろに目を向けた。
 土煙が充満している。その中に何やら巨大な物体があるのがぼんやりと見える。高さは自分の身長の倍近くありそうだ。幅は更に倍くらいだろうか。
 そして、その物体からは、針のように鋭い殺気を感じた。
「術式展開」ハンスは即座に呪文を唱える。「防御の書25節、クリアドーム!」
 直後、巨体から光線が放たれた。幾条も、アインに向けて。
 ドーム状の防護壁の中からそれを見たアインは、ようやく自分の置かれた状況を理解した。
「わたし、さっきの人に騙されて、誘い込まれたんだね」
 震える声で確認し、うなだれる。
 そんなアインに、ハンスは厳しい声音で告げた。
「さっさと逃げろ」
「ハンスはどうするの?」
「オレはこのデカブツと戦う」
「なら、わたしも戦——」
 その声は途中で轟音に阻まれる。目の前の物体が、また光線を放ってきたのだ。
「さっきは音なんてしなかったのに……」
「防護壁にヒビが入ったせいだ。壊れるのも時間の問題だな」
「じゃあ、もう一回防御魔法を……」
「いや、魔力は温存する。オレはあいつを倒すつもりだからな」
 あの物体と渡り合うには、剣を強化する必要があるだろう。そのための魔力が足りなくなるようなことは避けたい。
 だからハンスは剣に手をかけ、叫ぶ。
「早く行け、アイン! 足手まといだ!」
「……っ!」
 アインはびくりと震え、言いかけていた言葉を飲み込んだ。そのまま踵を返して駆けて行く。
 防護壁が壊れたのは、その時だった。
 ハンスは横に跳びざま剣を抜き、光線を斬っていく。アインに飛んで行かないように。
 少しの間そうしてから、ちらりと後ろを振り返った。もうアインの姿は見えない。ほっとしながら視線を前に戻す。
 いつの間にか土煙は晴れ、物体の全貌が明らかになっていた。
 鈍く輝く金属質な体は、蟹のような形に見える。光線は、蟹のハサミにあたる部分から放たれていた。
「まずはそこを斬り落としてやる!」
 ハンスは光線をかいくぐり、物体へ肉薄。蟹の脚のような部分を踏み台にして跳躍し、剣を一閃させた。その斬撃で光線の源の1つがすっぱり両断される。
 一連の動きはあまりに速く、常人では目で追えないほどだった。
「もうひとつ……」
 物体の頭頂部に着地し、もう一方の光線源を狙おうとしたハンスは、ほとんど無意識にのけぞった。その真上を光線が撫でる。紙一重だった。
 出てきた冷や汗を意に介さず、ハンスは再び光線源へ距離を詰める。
 だが。
 光線の連射が、ハンスを襲った。
「くっ」
 どうにか逃れて地面に降りて、距離を取りつつ避けまくる。明らかに光線の出方が変わっていた。あれでは、近付くのが難しい。
「くそ、難しくたってやるしか無えだろ」
 ハンスはそう呟いて、再び物体へ向かって走った。
 その時、光線が止んだ。呆気なく止んだ。嘘みたいに止んだ。
 光線源が、斬り落とされていた。
「は……?」
 ぽかんと見上げるハンスの視線が、一点に釘付けになる。物体の頭頂部に立つ人物へと。
「シャルロッテ……⁉ 何でこんな所に!」
「貴方と一緒にこいつと戦うためよ。この、帝国の古代兵器と!」
「何言ってんだ⁉ ってかいつ来た⁉」
「アインが来る前からいたわよ。魔法で気配を消して、その辺に突っ立ってたわ」
「まさか、こうなることを知ってたのか⁉」
「ええ」
「だったらアインがここに来ねえようにすりゃ良かっただけだろうが! 何でわざわざここで待機してんだよ!」
「色々あるのよ」
 ゲーム上では、アインがあの怪しい男について行かないという選択肢もあった。一見正しそうだが、それを選ぶと今度はどこからともなく魔法をかけられ、この荒れ地に転送されてしまう。一人で古代兵器の前に放り出されたアインは、抵抗する間も無く殺される。
 もしシャルロッテがアインと一緒にいても、転送されるのは免れないだろう。そして、防御魔法を使えないので、古代兵器の光線からアインを守り切れない。
 こうした事情から、アインにはシナリオ通り動いてもらった方が良いと判断したのだ。だがその旨を伝える気は無かった。
 だからシャルロッテは、代わりにこう伝える。
「詳しく話す暇は無いわ。さっきの光線攻撃なんて序の口よ。これからもっとヤバい攻撃が来るわ」
「……ああ、そうだろうな。何となく分かってる。このデカブツがとんでもなくヤベえって。だから、オレに構わず帰れ」
「貴方と一緒に戦うって言ったでしょ」
「駄目だ」
「光線源のひとつを斬ったのは私なのよ?」
「分かってる。けど駄目だ! あんたに何かあったら……」
「アインが悲しむって? その言葉、そっくりそのまま貴方に返すわ」
「返すな!」
「信じて。貴方が強くした私を。貴方と剣を合わせた私を!」
「……!」
 ハンスは目を丸くし、それから大きく溜息を吐いた。
「ったく、マジでとんでもねえお嬢様だ」
 ぶつくさ言いながらも、彼の瞳は烈しい輝きを宿している。ようやく覚悟が決まったのだ。シャルロッテと共闘する覚悟が。

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