次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら

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第9話 かつての影と、未来への扉


 結婚式から数ヶ月が経ち、わたしの生活はさらに新しい段階へと進んでいた。王妃としての務めは想像以上に多岐にわたり、朝から晩まで息つく暇もないほどだ。けれど、不思議と心は穏やかだった。どれほど忙しくても、毎日のひとつひとつが「未来へと続く道」だと思えるからだ。

 朝の執務を終えたあと、書簡の整理をしていると、メアリが少し不思議そうな顔をして近づいてきた。

「レティシア様、少し変わったお手紙が届いております」

「変わった手紙?」

 差し出された封筒には見覚えのある紋章が刻まれていた。――グラント公爵家。
 一瞬、心臓が跳ねる。指先がわずかに震えるのを感じながら封を切ると、丁寧な筆致で書かれた短い手紙が現れた。

『このたびはご結婚、心よりお祝い申し上げます。
 多くの過ちを犯し、取り返しのつかないことをしてきました。
 それでも、どうしても一度だけ、お話しする機会をいただけないでしょうか――
                    セリーヌ・グラント』

 ――セリーヌ。
 彼女からの手紙など、二度と届かないと思っていた。結婚式で見た彼女の姿は、どこか遠くを見つめるような諦めを帯びていたからだ。まさか、今になって“会いたい”と書かれてくるとは思わなかった。

「……どうなさいますか?」

 メアリがそっと尋ねる。
 わたしはしばらく迷ったが、やがて静かに口を開いた。

「会いましょう。過去に決着をつけるなら、今しかありません」



 数日後、王都の静かな庭園。
 陽の光が緑の木々を照らし、風が花の香りを運んでくる。わたしが到着すると、すでにセリーヌがそこにいた。以前の華やかな装いは影を潜め、質素なドレスに身を包んだ彼女は、かつての傲慢さを感じさせないほど穏やかな表情をしていた。

「……久しぶりね、レティシア」

「ええ、本当に久しぶりですわ」

 向かい合って座ると、しばし沈黙が流れた。風の音と鳥のさえずりだけが響く中、先に口を開いたのはセリーヌだった。

「まずは……謝らせてほしいの。あの頃、あなたにしたこと、全部。どれほどの傷をつけたか、今ならわかるの。あのときの私は、ただ“上”に立っていたかっただけ。誰かを踏みにじらなければ、自分の価値を保てなかったのよ」

「……」

「でも、本当に価値がある人は、そんなことをしない。あなたは証明してみせた。どんなに貶められても、自分を信じて前へ進んだ。……正直、羨ましかったの」

 その言葉は、嘘ではなかった。
 声は震え、瞳には涙が滲んでいる。そこにあるのは、かつての高慢な令嬢の姿ではなく、自分の過ちと向き合うひとりの人間の姿だった。

「わたしは……あなたを憎んでいたわ、長い間。顔を見るのも嫌だったし、思い出すたびに胸が痛んだ。でもね、それと同じくらい、自分を見つめ直すきっかけにもなったの」

「……わたしを?」

「ええ。あなたがいなければ、わたしは“何もできない人間”のままだった。あなたの存在が、わたしを強くしたの。だから、今は――感謝しています」

 セリーヌは驚いたように目を見開き、そして静かに微笑んだ。
 その表情は、あの頃とはまるで別人だった。

「ありがとう……本当に、ありがとう。あなたがそう言ってくれるだけで、少し救われた気がするわ」

「わたしたちは、もう“敵”ではありませんわ。過去は過去として、これからは違う未来を生きましょう」

 言葉を交わすうちに、心の奥のどこかがふっと軽くなった。
 “ざまあ”という痛快な感情も、もうそこにはない。あるのは、静かな赦しと、歩んできた日々への誇りだけだった。



 庭園を後にするころ、セリーヌがふと立ち止まり、振り返った。

「レティシア……本当に幸せそうね」

「ええ、幸せです。だけど、それは“あなたがいたからこそ”の幸せですわ」

「……あなたらしい答えね。きっと、王妃として素晴らしい未来をつくっていくわ」

 そう言って、彼女は深く頭を下げた。
 その姿を見送ったとき、わたしの中でひとつの物語が静かに幕を閉じた気がした。



 王宮へ戻ると、アレクシスが執務を終えてわたしを待っていた。
 彼はわたしの顔を見るなり、すべてを察したように微笑む。

「セリーヌ嬢と話を?」

「ええ。……不思議ですわね。あれほど憎んでいたのに、今はもう憎しみがありません」

「それは、あなたが過去を超えた証ですよ。憎しみを抱えたままでは、人は前に進めない。あなたはもう、未来だけを見ている」

「……そうですね。ようやく、本当の意味で自由になれた気がします」

 わたしは静かに微笑み、彼の肩にもたれかかった。
 窓の外では、夕陽が王都を金色に染めている。長く続いた“過去”という影は、今ようやく夜の向こうへと消え去ろうとしていた。



 あの頃のわたしは、ただ「ざまあと言わせたい」と思っていた。
 でも今は違う。“ざまあ”なんて、もう必要ない。
 だって、すべての答えは、今この手の中にあるから。

 愛する人と共に歩む未来。
 人々と共に築く新しい時代。
 そして、過去の自分が夢見た「誇れる自分」という姿――それらが、すべて今ここにある。

「アレクシス。わたし、これから先、もっと多くの人を笑顔にしたいですわ」

「ええ。あなたならきっとできる。――そして、私はその隣で、ずっと支え続けます」

 夕暮れの空に、静かに灯りがともる。
 それは、過去の終わりと、未来の始まりを告げる光のようだった。

 もう“いじめられっこ”はどこにもいない。
 ここにいるのは、“愛され、選ばれ、共に歩む王妃”――レティシア・アルバーン。

 そして、わたしたちの物語は、まだまだ続いていくのだ。
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