婚約者に捨てられた私ですが、なぜか宰相様の膝の上が定位置になっています 

さら

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第21話 試練の先に



 王宮での会合を終え、私たちは再び宰相邸に戻った。広間での冷徹な対立を見て、私は改めて宰相様の強さを実感した。どんな批判にも屈せず、冷静にその場を支配する彼の姿に、私は心の底から尊敬と信頼を抱いた。

 けれど、心のどこかで薄らとした不安が消えない。あれほどまでに冷徹で強い宰相様でも、周囲の貴族や第一王子の影響力に抗しきれない部分があるのではないか――そんな思いが頭をよぎった。

 宰相様が書類を広げ、黙々と執務を続けている中、私はその隣に座りながらも心がざわつくのを感じていた。宰相様の膝の上で過ごすことが私にとってどれほど安らぎであったとしても、私が彼を支えるべき立場にならなければならないことも痛感していた。

「……宰相様」
「ん?」
 ふと目を上げると、宰相様が優しく私を見つめていた。私は迷ったが、どうしても伝えなければならないと思い、口を開いた。
「私も、あなたに依存しているばかりではいけないと思っています。これからは……もっと、あなたを支える存在になりたい」

 その言葉を聞いた宰相様はしばらく黙っていたが、やがて静かな声で答えた。
「君はすでに十分に私を支えてくれている。だが、君が不安に思うことはない。君が私に寄りかかることは、私にとって何よりも大切なことだ」

 その言葉には、何の迷いもなく、むしろ私を安心させる力強さがあった。だが、それでも私は心の中で思い続けていた。私は宰相様にとってただの「支え」ではなく、もっと積極的に役立てる存在になりたい。

「でも、宰相様……もし、また王宮で何か問題が起きたとき、私はもっと強くならなければならないと思います」
「強くなる?」
 宰相様が少し首をかしげると、私は力強く頷いた。
「はい。私は、あなたを支えるだけでなく、あなたと共に立ち向かっていけるようになりたいんです」

 その言葉に、宰相様はしばらく私をじっと見つめていた。

「……エリナ」
「はい」
「君が強くなる必要はない。君がいることで、私はすでに強くなっている」

 その言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。だが、それでも心の中で自分の覚悟を試す気持ちが消えることはなかった。

「それでも、私はもっと成長したい。あなたにとって、役に立てるように」
「君はすでに私にとって欠かせない存在だ。これからも、君の力を借りることになるだろう」

 その言葉に、私は黙って頷いた。今の私には、宰相様を支える力はまだ足りない。しかし、これからは必ず彼を支え、共に立ち向かっていく覚悟を決めていた。

 その夜、宰相様は私を膝に座らせ、しばらく沈黙の中で過ごした。外の風が静かに吹き、窓の外に見える月明かりが庭を照らす。

「……宰相様」
「ん?」
「もしも、私があなたを支えられなくなったとき……あなたはどうするのでしょうか」
「その時は、君がどんな形でも支えてくれると信じている。だからこそ、君にすべてを委ねる」

 その言葉に、私は一瞬、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。宰相様は、私が何もできない時でも、私を信じてくれる。どんな時でも、私を支えてくれると信じてくれる。その信頼を裏切らないように、私は強くなりたい。

 その夜、私は宰相様の膝の上で眠りながら、自分の決意を固めた。

――私は、宰相様の隣で生きていく。これからの試練に立ち向かう覚悟を、胸に刻み込むのだ。



 翌朝、私は宰相様の執務室で帳簿を写していた。窓から差し込む朝日が机を照らし、静かな時が流れている。けれど心の中では昨日誓った「強くなる」という思いが何度も響き、筆を持つ手に力がこもった。

「……エリナ」
 名前を呼ばれ、顔を上げると、宰相様が私を見つめていた。
「はい、宰相様」
「昨夜の君の言葉が頭から離れない。――強くなりたい、か」
「……はい」

 私の答えに、宰相様はしばし沈黙した。机に置かれた書類に視線を落としながらも、どこか遠くを見つめるような眼差しだった。

「君はもう十分強い。王宮で怯まず私の膝に座っていたことが何よりの証拠だ」
「……でも、それは宰相様がいてくださったからです。私ひとりでは何もできなかった」
「それでいい。私と共にあるのだから」

 彼の言葉に心が揺れる。甘く安心させられると同時に、もっと自分も力になりたいという欲が膨らむ。

 そんなとき、扉が叩かれた。秘書官が駆け込み、宰相様に耳打ちする。
「閣下、第一王子派の貴族が、市場の物資の流通を妨害しているとの報告が」
「……またか」
 宰相様の声は低く冷たい。
「詳しく調べろ。必要なら兵を出す」
「はっ」

 秘書官が去り、室内には再び静けさが戻る。私は胸の奥にざわめきを覚え、思わず口にした。
「宰相様、私にもできることはありませんか?」
「……」
 宰相様は少し驚いたように私を見つめ、それから目を細めた。
「君ができることは一つ。怯まずに、私の膝に座っていることだ」
「でも、それだけでは……」
「いいや、それだけでいい」
 彼の言葉は強く、揺るぎない。

 私は唇を噛んだ。確かに、膝に座るだけで周囲への宣言になることは理解している。だが、心の奥ではまだ「自分も役に立ちたい」という思いが消えない。

 そんな私の心を見抜いたのか、宰相様は静かに言葉を重ねた。
「いずれ分かる。君の存在がどれほど大きな意味を持つのか」

 その声に胸が甘く痺れた。

 昼下がり、執務が一段落すると、宰相様は私を抱き上げたまま庭園へと連れ出した。
「気晴らしに歩こう」
 外の空気は澄んでいて、花々が鮮やかに咲き誇っている。彼の腕に抱かれているだけで、不安が少しずつ和らいでいく。

「エリナ」
「はい」
「君がここにいることは、ただの甘やかしではない。君がいることで私は堂々と戦える。……だから胸を張れ」

 その言葉に胸が熱くなり、私は思わず涙ぐんで頷いた。

――宰相様がそう言ってくれる限り、私は迷わず彼の隣にいられる。




 夕暮れ、赤い光が執務室を染めていた。机の上には片付けられた書類の山、窓の外には沈みゆく太陽。私は宰相様の膝の上に抱かれたまま、その温もりを感じていた。

「……今日は随分と頑張ったな」
 宰相様の低い声が耳に落ちる。
「はい。でも……やっぱり、私にはまだ力が足りません」
「足りぬのは力ではない。自信だ」
 その言葉に、胸が大きく揺れた。

 宰相様は私の手を握り、指を絡める。
「君はすでに強い。君が王宮で、殿下や貴族たちの視線に晒されながらも怯まずにいたことを、私は忘れていない」
「でも、それは宰相様が……」
「違う。君が勇気を出したからだ」

 強く断言され、涙が滲む。宰相様は私をさらに引き寄せ、囁いた。
「君が成長したいと願うなら、私もそれを支えよう。だが一つだけ忘れるな。――君が私の膝に座ること、それ自体が最も大きな力だということを」

 その言葉に、胸が甘く痺れた。

 やがて夜が訪れ、蝋燭の灯りが揺らめく中、宰相様は私を抱き上げて寝室に運んだ。
「宰相様……」
「ん?」
「もし、私が本当にあなたの隣に立てる日が来たら……そのときは、胸を張って誇りたいです」
「ならば、今から誇れ」
「え……?」
「君はすでに、私の誇りなのだから」

 胸がいっぱいになり、堪えていた涙が溢れた。宰相様はそれを拭うことなく、そのまま額に口づけを落とす。
「泣いてもいい。君の涙も私の誇りだ」

 その優しさに心が震え、私は彼の胸に顔を埋めた。

 夜が更け、眠りに落ちる直前、私は心の中で強く誓った。
――私は宰相様の膝の上に座るだけの存在では終わらない。彼の隣に立ち、共に歩む者になる。

 その決意を胸に抱いたまま、私は静かな眠りへと落ちていった。
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