料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら

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第三話 陰謀と毒

 食堂に緊張が走った。クラリッサの声は石壁に跳ね返り、ざわめきが一層強まる。使者は眉をひそめ、あからさまな侮蔑の笑みを浮かべた。

「娘ごときが、何を騒いでいるのだ」

「その酒は、口にしてはなりません」

 クラリッサは一歩前に出て、琥珀色の液体が注がれた杯を覗き込む。香りは甘く、鼻腔の奥を痺れさせる。舌に乗せる前から、喉を焼く毒の気配があった。

「理由を言え」

 低く問いかけたのは、杯を手にしていたレオンハルトだった。灰色の瞳が鋭く細まり、場を一瞬で制する。クラリッサは震える指先を押さえ、深く息を吸った。

「香りが甘すぎます。葡萄酒ではなく、香料で覆い隠されています。そして……この渋みは薬草のもの。強い眠りを誘うか、あるいは命を奪う毒です」

「馬鹿な。娘が何を知っている!」

 使者が声を荒げるが、兵たちは既に騒ぎをやめ、クラリッサの言葉に耳を傾けていた。食事で彼女を信じた兵たちの眼差しが、一斉に向けられている。

「疑うなら、ご自身でお確かめください」

 クラリッサは冷静に続け、腰に下げていた小瓶を取り出した。祖母から受け継いだ料理道具のひとつ、毒を判別するための銀針だ。杯に沈めると――瞬時に黒ずむ。

「っ……!」

 ざわめきが爆発した。兵たちの間に怒声が走り、使者は狼狽しながら後退る。レオンハルトは静かに杯を置き、氷のような声で告げた。

「お前の言葉は真実だったようだ、クラリッサ」

 使者は護衛に取り押さえられ、場は一気に収束した。残された沈黙の中、クラリッサは自分の鼓動が耳に響くのを感じる。だがその隣で、団長の灰色の瞳が彼女を真っ直ぐに見つめていた。

「命を救われた。……借りを作ったな」

「いいえ。料理人として当然の務めを果たしただけです」

「務め、か」

 レオンハルトはわずかに目を細め、短く息を吐いた。冷徹と呼ばれるその男の声に、ほんの僅かな温度が宿る。

 その夜、クラリッサは竈の前でひとり鍋を見つめていた。毒の騒動は収まったが、胸はまだざわついている。ふと背後から声がした。

「……俺の専属になれ」

 振り向けば、鎧姿のレオンハルトが立っていた。影が松明に揺れ、彼の眼差しだけが冷たい光を放っている。

「専属、ですか」

「食事は任務に必要だ。兵全員に振る舞うのも良いが、俺にはお前の料理が必要だ」

 灰色の瞳が微かに揺れる。クラリッサは胸の奥に熱を感じながら、静かに頷いた。

「承知しました。団長。あなたのために、心を込めて作ります」

 レオンハルトはわずかに唇を動かした。笑みかどうかはわからない。けれど、その瞬間、砦の冷たい空気がほんの少し和らいだ気がした。
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