料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら

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第四話 想いを込めた一皿
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 遠征の朝は冷たかった。夜露を吸った風が肌を刺し、まだ薄暗い空に兵士たちの息が白く浮かぶ。馬に鞍を掛ける音と鎧のきしむ音が響き渡り、砦の外は慌ただしい。クラリッサも厚手の外套を羽織り、荷馬車に積み込む木箱を点検していた。箱の中には乾燥させた香草や麦粉、干し肉、砕いた乾燥玉ねぎ。少しでも兵士たちが笑顔になれるよう、工夫できる材料を詰め込んだ。

「嬢ちゃん、そんなに持ってきて大丈夫かよ」

 荷馬車を押さえる兵士が苦笑する。クラリッサは包丁の柄を撫で、毅然と答えた。

「食べることができれば、疲れも痛みも和らぎます。戦いには、それが一番大事ですから」

 その言葉に、兵士は不思議そうに目を細めたが、やがて力強く頷いた。

 行軍は過酷だった。ぬかるむ山道、肌を切るような風、途切れることのない緊張。だが、休憩のたびにクラリッサが竈を組み、鍋を温めると、兵たちの顔には生気が戻る。ある夜、凍りつくような川辺での野営で、クラリッサは特別に手をかけたシチューを作った。干し肉の塩を抜き、野草と玉ねぎを加え、時間をかけて煮込む。湯気は甘やかで、香草の香りが夜気をやわらげていく。

「うまい……体が解けていくみたいだ」

「こんなに温かいもん、久しぶりだな」

 匙を運ぶ兵士たちの頬に、赤みが差した。笑い声が静かな夜に混ざり、焚き火の火花が舞う。クラリッサは少し離れた場所で器を持つレオンハルトの姿を見た。彼は黙々と食べているが、匙の動きは止まらない。

「……団長、お口に合いましたか」

 勇気を出して問うと、レオンハルトは一瞬だけ視線を上げた。焚き火の光に照らされる灰色の瞳が揺れる。

「……うまい」

 それだけ言うと、彼は再び匙を動かした。だがその短い言葉に、クラリッサの胸はいっぱいになった。冷たい川水のような男の瞳に、確かに温もりが宿ったのだ。

 翌日も行軍は続いた。疲労と緊張が積み重なり、兵士たちの顔色が曇り始める。だが、竈から立ち上る湯気と香草の香りが漂えば、彼らの歩みに力が戻る。クラリッサは包丁を握るたびに思う。自分の料理はただの食事ではない。誰かを守り、心を支える力なのだと。

 その夜、静かな丘の上で休む一行を見渡しながら、クラリッサは鍋をかき混ぜた。背後からレオンハルトの声が落ちてくる。

「……なぜそこまで料理に心を込める」

「心を込めなければ、ただの餌になってしまいます。誰かのために作るからこそ、料理は力になるのです」

 返事はすぐにはなかった。だが、しばしの沈黙の後、レオンハルトがぽつりと呟いた。

「……そうか」

 その声音には、冷徹と呼ばれる男の奥に隠された孤独が滲んでいた。クラリッサは胸の奥でその響きを抱きしめる。いつかこの人の孤独を、料理で溶かしてみせる。そう強く心に誓った。
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