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第12話 涙の夜と誓いの抱擁
〇
実家での面会を終えた帰り道、馬車の中は沈黙に包まれていた。外では夕暮れが街を茜色に染めているのに、胸の奥は重苦しく冷たい。父の偽りの笑顔、母の計算に満ちた言葉、姉たちの嘲るような視線――すべてが耳に残って離れない。私は指を強く組み、視線を落とした。
「よく言ったな」
隣から静かな声が届いた。顔を上げると、アルベルトの瞳がこちらを射抜いていた。
「君は自分の言葉で彼らを退けた。それは誇るべきことだ」
「でも……震えていました」
「震えながらでも前に立てた。それで十分だ」
彼の声は冷たさを帯びているのに、胸の奥には不思議な温かさが残った。
邸に戻ると、私はそのまま自室へ駆け込み、ベッドに突っ伏した。全てを吐き出したはずなのに、胸の奥に溜まったものは消えず、涙がこぼれ出す。誰にも見られたくないと思ったのに、扉のノックが響き、返事を待たずに彼が入ってきた。
「……泣いているな」
「見ないでください……っ」
声が震え、嗚咽が混じる。アルベルトは何も言わず、ただ近づいてきて私の肩を抱いた。大きな掌が背中に添えられ、一定のリズムで撫でられる。涙は止まらず、むしろ彼の胸に顔を埋めると堰を切ったようにあふれ出した。
「泣くなとは言わない。泣いていい」
低い囁きが耳に落ちる。胸の奥の痛みが波のように引いては押し寄せ、けれどその度に彼の腕が強く抱きしめてくれる。
△
涙がようやく落ち着いた頃、私はぐったりと彼の胸に凭れていた。彼の服に涙の跡が残っているのを見て、胸が痛んだ。
「すみません……濡らしてしまって」
「些細なことだ」
即答する声に、胸がまた熱くなる。
「私は、家族に愛されたことがなかった。だから、今日みたいに向き合っても……自分が空っぽのようで怖くて」
「空っぽではない。君には君の心がある。それを今日、言葉にしただろう」
彼の言葉に、胸の奥がじんわりと満たされていく。私が今日放った言葉が、自分の武器であり、証だと認めてくれる人がここにいる。
ふと彼の指が頬に触れ、涙の跡を拭った。
「これからは、私が証になる」
「……証に?」
「そうだ。君が迷ったとき、私を思い出せばいい」
灰色の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。その視線に捕らえられ、胸の奥で鼓動が跳ねる。
沈黙のまま見つめ合い、距離が縮まる。昨夜の未遂の瞬間が蘇り、私は思わず目を閉じた。けれど――その瞬間、彼の唇は私の額に触れた。優しい圧がわずかに残り、瞼の奥が熱くなる。
「今はこれでいい」
低い声に、心が強く揺れた。
◇
夜も更け、蝋燭の炎が小さく揺れる。彼は窓際に立ち、外套を肩に掛けたまま外を眺めていた。私はベッドに座り、まだ額に残る温もりを指で触れていた。
「……どうして、唇にしなかったのですか」
自分でも驚くほど小さな声が口をついた。背を向けたままの彼は少しだけ肩を震わせ、やがて答えた。
「契約を口実にしているが、本心は別だ。――焦りたくない」
「焦りたくない……」
「君の心が自分を求めるとき、その時に応える。それまで待てる」
その言葉に胸が締め付けられ、同時に熱がこみ上げる。こんなふうに待ってくれる人がいるなんて、かつての私には想像できなかった。
「ありがとうございます」
涙声で告げると、彼は振り返り、静かに頷いた。
彼が部屋を出ていった後も、私は眠れなかった。けれど今夜の眠れなさは、不安からではない。額に残る温もりと、彼の言葉の余韻が胸を占めていて、心はむしろ甘く震えていた。
窓の外に瞬く星々を見上げながら、私は小さく息を吐いた。
――もしこれが契約を超えた愛ならば、私はもう逃げられない。
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実家での面会を終えた帰り道、馬車の中は沈黙に包まれていた。外では夕暮れが街を茜色に染めているのに、胸の奥は重苦しく冷たい。父の偽りの笑顔、母の計算に満ちた言葉、姉たちの嘲るような視線――すべてが耳に残って離れない。私は指を強く組み、視線を落とした。
「よく言ったな」
隣から静かな声が届いた。顔を上げると、アルベルトの瞳がこちらを射抜いていた。
「君は自分の言葉で彼らを退けた。それは誇るべきことだ」
「でも……震えていました」
「震えながらでも前に立てた。それで十分だ」
彼の声は冷たさを帯びているのに、胸の奥には不思議な温かさが残った。
邸に戻ると、私はそのまま自室へ駆け込み、ベッドに突っ伏した。全てを吐き出したはずなのに、胸の奥に溜まったものは消えず、涙がこぼれ出す。誰にも見られたくないと思ったのに、扉のノックが響き、返事を待たずに彼が入ってきた。
「……泣いているな」
「見ないでください……っ」
声が震え、嗚咽が混じる。アルベルトは何も言わず、ただ近づいてきて私の肩を抱いた。大きな掌が背中に添えられ、一定のリズムで撫でられる。涙は止まらず、むしろ彼の胸に顔を埋めると堰を切ったようにあふれ出した。
「泣くなとは言わない。泣いていい」
低い囁きが耳に落ちる。胸の奥の痛みが波のように引いては押し寄せ、けれどその度に彼の腕が強く抱きしめてくれる。
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涙がようやく落ち着いた頃、私はぐったりと彼の胸に凭れていた。彼の服に涙の跡が残っているのを見て、胸が痛んだ。
「すみません……濡らしてしまって」
「些細なことだ」
即答する声に、胸がまた熱くなる。
「私は、家族に愛されたことがなかった。だから、今日みたいに向き合っても……自分が空っぽのようで怖くて」
「空っぽではない。君には君の心がある。それを今日、言葉にしただろう」
彼の言葉に、胸の奥がじんわりと満たされていく。私が今日放った言葉が、自分の武器であり、証だと認めてくれる人がここにいる。
ふと彼の指が頬に触れ、涙の跡を拭った。
「これからは、私が証になる」
「……証に?」
「そうだ。君が迷ったとき、私を思い出せばいい」
灰色の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。その視線に捕らえられ、胸の奥で鼓動が跳ねる。
沈黙のまま見つめ合い、距離が縮まる。昨夜の未遂の瞬間が蘇り、私は思わず目を閉じた。けれど――その瞬間、彼の唇は私の額に触れた。優しい圧がわずかに残り、瞼の奥が熱くなる。
「今はこれでいい」
低い声に、心が強く揺れた。
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夜も更け、蝋燭の炎が小さく揺れる。彼は窓際に立ち、外套を肩に掛けたまま外を眺めていた。私はベッドに座り、まだ額に残る温もりを指で触れていた。
「……どうして、唇にしなかったのですか」
自分でも驚くほど小さな声が口をついた。背を向けたままの彼は少しだけ肩を震わせ、やがて答えた。
「契約を口実にしているが、本心は別だ。――焦りたくない」
「焦りたくない……」
「君の心が自分を求めるとき、その時に応える。それまで待てる」
その言葉に胸が締め付けられ、同時に熱がこみ上げる。こんなふうに待ってくれる人がいるなんて、かつての私には想像できなかった。
「ありがとうございます」
涙声で告げると、彼は振り返り、静かに頷いた。
彼が部屋を出ていった後も、私は眠れなかった。けれど今夜の眠れなさは、不安からではない。額に残る温もりと、彼の言葉の余韻が胸を占めていて、心はむしろ甘く震えていた。
窓の外に瞬く星々を見上げながら、私は小さく息を吐いた。
――もしこれが契約を超えた愛ならば、私はもう逃げられない。
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