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第14話 雨の告白未遂
〇
翌日は朝から雨が降っていた。灰色の雲が王都を覆い、邸の窓ガラスに水滴が絶え間なく打ちつける。庭の薔薇は濡れて重たげに頭を垂れ、静かな雨音が屋敷全体に沁み込んでいた。私は居間の窓辺に腰掛け、外を眺めながら胸の奥に渦巻く感情を持て余していた。
昨日、彼が放った「大切に思う」という言葉が、何度も何度も脳裏を過ぎる。契約婚という形式のはずが、もう心は枠を越え始めている。だが、彼は冷徹な宰相。私などが本当に隣にいてよいのかという不安が、波のように押し寄せてきた。
そこへ扉が開き、アルベルトが姿を現した。外套の裾には水滴がつき、灰色の瞳が雨空を映して冷ややかに光っていた。
「政務は中断した。雨で使者の到着が遅れている」
「お疲れさまです」
立ち上がった私に、彼はわずかに微笑んだ。雨の日の彼は、氷の仮面を少し緩めるように見えた。
紅茶を淹れて差し出すと、彼は黙って受け取り、窓辺に立った。雨脚が強まる音を背に、彼は静かに言う。
「雨の日は人の心を映す。……君は何を思っている」
突然の問いに、息が止まった。胸に秘めてきた感情が、今まさに言葉になりかけて喉に詰まる。
△
私は震える声で答えた。
「……怖いのです。あなたに相応しくないのでは、と」
アルベルトの瞳がわずかに揺らぎ、すぐに鋭さを取り戻した。
「愚かだな。相応しいかどうかを決めるのは、周囲ではなく、私だ」
その断言に心が揺さぶられ、涙が溢れそうになる。
彼はカップを置き、私の前に歩み寄った。
「君は自分を卑下する。だが私は見ている。君が震えながらも立ち上がった姿を。……誇らしかった」
「アルベルト……」
名前を呼ぶ声が掠れ、胸が熱くなる。
灰色の瞳がすぐ近くに迫り、呼吸が触れ合う距離になった。雨音が一層強まり、世界から二人を切り離す。彼の顔が近づき、唇が触れる寸前――私は思わず目を閉じた。
だが、その瞬間。
「閣下! 緊急の報せです!」
廊下から声が響き、扉が乱暴に叩かれた。私の胸が跳ね、顔を背ける。アルベルトは一瞬だけ瞳を細め、深い息を吐いて扉へ向かった。
◇
扉の外で声を交わす彼の背中を見つめながら、胸の奥が空洞になったような感覚に囚われた。あと少しで、言葉にできない距離を越えられたのに。
報告を終えたアルベルトが戻り、私を見やる。
「……すまない」
その一言に、私は慌てて首を振った。
「いいえ、仕方のないことです。あなたは国を背負っているのですから」
笑顔を作ろうとしたが、頬は熱く、声は震えていた。
彼はしばし黙し、やがて私の髪に指を触れた。
「雨はやがて止む。君の心の曇りも同じだ」
その言葉だけを残し、彼は再び執務へ戻っていった。
残された私は窓辺に座り直し、雨に滲む景色を見つめた。胸の奥で未遂の熱が渦巻き、涙と共に流れそうになる。けれど、額に触れた優しい指先の余韻が、まだ確かに残っていた。
――次こそは、遮らせない。
そう心に誓いながら、私は窓の外に広がる雨雲を見上げた。
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翌日は朝から雨が降っていた。灰色の雲が王都を覆い、邸の窓ガラスに水滴が絶え間なく打ちつける。庭の薔薇は濡れて重たげに頭を垂れ、静かな雨音が屋敷全体に沁み込んでいた。私は居間の窓辺に腰掛け、外を眺めながら胸の奥に渦巻く感情を持て余していた。
昨日、彼が放った「大切に思う」という言葉が、何度も何度も脳裏を過ぎる。契約婚という形式のはずが、もう心は枠を越え始めている。だが、彼は冷徹な宰相。私などが本当に隣にいてよいのかという不安が、波のように押し寄せてきた。
そこへ扉が開き、アルベルトが姿を現した。外套の裾には水滴がつき、灰色の瞳が雨空を映して冷ややかに光っていた。
「政務は中断した。雨で使者の到着が遅れている」
「お疲れさまです」
立ち上がった私に、彼はわずかに微笑んだ。雨の日の彼は、氷の仮面を少し緩めるように見えた。
紅茶を淹れて差し出すと、彼は黙って受け取り、窓辺に立った。雨脚が強まる音を背に、彼は静かに言う。
「雨の日は人の心を映す。……君は何を思っている」
突然の問いに、息が止まった。胸に秘めてきた感情が、今まさに言葉になりかけて喉に詰まる。
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私は震える声で答えた。
「……怖いのです。あなたに相応しくないのでは、と」
アルベルトの瞳がわずかに揺らぎ、すぐに鋭さを取り戻した。
「愚かだな。相応しいかどうかを決めるのは、周囲ではなく、私だ」
その断言に心が揺さぶられ、涙が溢れそうになる。
彼はカップを置き、私の前に歩み寄った。
「君は自分を卑下する。だが私は見ている。君が震えながらも立ち上がった姿を。……誇らしかった」
「アルベルト……」
名前を呼ぶ声が掠れ、胸が熱くなる。
灰色の瞳がすぐ近くに迫り、呼吸が触れ合う距離になった。雨音が一層強まり、世界から二人を切り離す。彼の顔が近づき、唇が触れる寸前――私は思わず目を閉じた。
だが、その瞬間。
「閣下! 緊急の報せです!」
廊下から声が響き、扉が乱暴に叩かれた。私の胸が跳ね、顔を背ける。アルベルトは一瞬だけ瞳を細め、深い息を吐いて扉へ向かった。
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扉の外で声を交わす彼の背中を見つめながら、胸の奥が空洞になったような感覚に囚われた。あと少しで、言葉にできない距離を越えられたのに。
報告を終えたアルベルトが戻り、私を見やる。
「……すまない」
その一言に、私は慌てて首を振った。
「いいえ、仕方のないことです。あなたは国を背負っているのですから」
笑顔を作ろうとしたが、頬は熱く、声は震えていた。
彼はしばし黙し、やがて私の髪に指を触れた。
「雨はやがて止む。君の心の曇りも同じだ」
その言葉だけを残し、彼は再び執務へ戻っていった。
残された私は窓辺に座り直し、雨に滲む景色を見つめた。胸の奥で未遂の熱が渦巻き、涙と共に流れそうになる。けれど、額に触れた優しい指先の余韻が、まだ確かに残っていた。
――次こそは、遮らせない。
そう心に誓いながら、私は窓の外に広がる雨雲を見上げた。
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