家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら

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第18話 密やかな口づけ

 舞踏会から数日、邸は不思議な静けさに包まれていた。噂は完全に潰え、私の名も「宰相閣下の妻」として広まった。けれど胸の奥にはまだ熱が残っている。あの夜、彼が皆の前で断言した言葉が、何度も耳に甦って眠れないのだ。

 朝の光が差す食堂で、私はスープを口にしながら彼を盗み見る。いつも通り冷静に書簡を読んでいる。だが、指先に伝わったあの力強さを思い出すと、頬が自然と赤くなった。

「食欲が戻ったな」
「……ええ」
 小さく答えると、彼の視線がこちらを掠め、ほんの一瞬だけ口元が緩んだ気がした。

 食後、庭に出ると秋の風が薔薇の香りを運んできた。私はベンチに腰掛け、編み物を広げる。そこへアルベルトが現れ、隣に座る。
「珍しいな。手を動かすのは苦手ではなかったか」
「ええ。でも……誰かのために作るのは、悪くない気がして」
「誰か、とは?」
 問いかけに胸が跳ね、視線を逸らした。


 夕刻、彼は執務を終えると私を呼んだ。広い書庫の片隅、窓から淡い光が差し込む。机の上には積まれた書類が並び、彼は静かに椅子を引いて私に座るよう促した。

「舞踏会での件……君を不安にさせた」
「もう大丈夫です。あの場であなたが示してくださったから」
「それでも、言葉が足りなかった」
 灰色の瞳が真っ直ぐに射抜き、息が詰まる。

「契約婚などと言ってきたが、私はすでに……形式に縛られてはいない」
 低い声が胸を震わせる。頬が熱くなり、視線を合わせられない。

 次の瞬間、彼の手が私の顎をそっと持ち上げた。距離が近づき、呼吸が重なる。心臓が早鐘を打ち、全身が震える。

「……拒むか」
「いいえ……」
 答える声は震えていたが、確かに自分の意思だった。


 唇が触れ合った瞬間、全ての音が消えた。柔らかく、けれど確かに熱を帯びた口づけ。長くはなかったが、胸の奥深くまで浸透していく。

 離れた時、彼の瞳が驚くほど近くにあった。
「これで、契約の枠を超えた」
 囁かれた言葉に、涙がにじむ。私は彼の胸に身を預け、震える声で答えた。
「……ずっと、こうして欲しかった」
「遅くなったな」
「いいえ。今で十分です」

 彼の腕が強く抱き寄せ、背中を撫でる。冷徹と呼ばれる宰相の姿はそこになく、ただひとりの男性としての温もりだけがあった。

 夜、寝室に戻っても、唇に残る余韻は消えなかった。布団に身を沈め、指でそっと触れる。胸が甘く痺れ、眠りに落ちるまで何度も笑みがこぼれた。

 ――もう契約ではない。これは、愛だ。
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