35 / 50
第三十五話 新たなる使命
しおりを挟む
穏やかな日々が続いていた。
朝は庭園で鳥のさえずりを聞き、昼は領民たちの相談に耳を傾け、夜は暖炉の前で並んで過ごす。
――ほんの少し前まで、命を賭けた戦いや謀略の渦中にいたとは信じられないほどだった。
「……平和ですね」
窓辺で針仕事をしながら思わず呟くと、公爵が書類から顔を上げた。
「退屈か?」
「いえ、とても幸せです」
「ならよかった」
不器用にそう言ってまた視線を落とす姿に、胸が温かくなる。
◇
午後。領内を視察していると、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
「奥様! 公爵様!」
「お二人のおかげで村が守られたんだよ!」
小さな手が差し出され、公爵が驚いたようにそれを握る。
「……俺は何もしていない」
「嘘だ! 公爵様が戦ってくれたから、僕たちはここにいるんだ!」
子どもたちの声に、公爵の硬い表情がわずかに和らいだ。
「……そうか」
その姿を見て、私の胸もじんと熱くなった。
◇
その夜。夕食を終えた頃、クラウスが緊迫した面持ちで駆け込んできた。
「閣下、奥様! 王からの急使です!」
差し出された封書を公爵が開き、眉をひそめる。
「……やはりな」
「閣下?」
「国境で敵国の動きが再び確認された。オルデン侯爵を失った今、奴らは新たな策を練っているらしい」
胸が冷たくなる。戦は終わったはずではなかったのか。
「陛下は俺に再び前線に立つことを求めている」
低く告げられた言葉に、私は唇を噛んだ。
◇
「また……命を懸けるのですか」
「ああ」
「閣下のお体はまだ完全ではありません!」
「それでも、国を守るのは俺の役目だ」
強い灰色の瞳に射抜かれ、言葉を失う。
けれど胸の奥から溢れた思いは抑えられなかった。
「なら、私もご一緒します」
「……エリナ」
「領を守ることも、民を支えることも、閣下の隣でこそ果たせると知りました。もう一人で行かせません」
震える声で言うと、公爵は長く黙し、やがて小さく笑った。
「……頑固者め。だが、それでいい」
◇
夜更け。窓から星を見上げながら、私は彼の肩に身を寄せた。
「また嵐が来るのですね」
「ああ。だが今度は二人で迎える」
その言葉に胸が熱くなる。
「私たちなら……乗り越えられますね」
「当然だ。俺とお前なら」
闇の中、互いの手を握り合う。
嵐の気配は確かに迫っていた。だが、恐怖よりも不思議な安堵が胸を満たしていた。
――もう私は一人ではないから。
朝は庭園で鳥のさえずりを聞き、昼は領民たちの相談に耳を傾け、夜は暖炉の前で並んで過ごす。
――ほんの少し前まで、命を賭けた戦いや謀略の渦中にいたとは信じられないほどだった。
「……平和ですね」
窓辺で針仕事をしながら思わず呟くと、公爵が書類から顔を上げた。
「退屈か?」
「いえ、とても幸せです」
「ならよかった」
不器用にそう言ってまた視線を落とす姿に、胸が温かくなる。
◇
午後。領内を視察していると、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
「奥様! 公爵様!」
「お二人のおかげで村が守られたんだよ!」
小さな手が差し出され、公爵が驚いたようにそれを握る。
「……俺は何もしていない」
「嘘だ! 公爵様が戦ってくれたから、僕たちはここにいるんだ!」
子どもたちの声に、公爵の硬い表情がわずかに和らいだ。
「……そうか」
その姿を見て、私の胸もじんと熱くなった。
◇
その夜。夕食を終えた頃、クラウスが緊迫した面持ちで駆け込んできた。
「閣下、奥様! 王からの急使です!」
差し出された封書を公爵が開き、眉をひそめる。
「……やはりな」
「閣下?」
「国境で敵国の動きが再び確認された。オルデン侯爵を失った今、奴らは新たな策を練っているらしい」
胸が冷たくなる。戦は終わったはずではなかったのか。
「陛下は俺に再び前線に立つことを求めている」
低く告げられた言葉に、私は唇を噛んだ。
◇
「また……命を懸けるのですか」
「ああ」
「閣下のお体はまだ完全ではありません!」
「それでも、国を守るのは俺の役目だ」
強い灰色の瞳に射抜かれ、言葉を失う。
けれど胸の奥から溢れた思いは抑えられなかった。
「なら、私もご一緒します」
「……エリナ」
「領を守ることも、民を支えることも、閣下の隣でこそ果たせると知りました。もう一人で行かせません」
震える声で言うと、公爵は長く黙し、やがて小さく笑った。
「……頑固者め。だが、それでいい」
◇
夜更け。窓から星を見上げながら、私は彼の肩に身を寄せた。
「また嵐が来るのですね」
「ああ。だが今度は二人で迎える」
その言葉に胸が熱くなる。
「私たちなら……乗り越えられますね」
「当然だ。俺とお前なら」
闇の中、互いの手を握り合う。
嵐の気配は確かに迫っていた。だが、恐怖よりも不思議な安堵が胸を満たしていた。
――もう私は一人ではないから。
0
あなたにおすすめの小説
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
もふもふグリフォンの旦那様に溺愛されています
さくら
恋愛
無能だと罵られ、聖女候補から追放されたリリア。
行き場を失い森を彷徨っていた彼女を救ったのは――翼を広げる巨大なグリフォンだった。
人の姿をとれば美丈夫、そして彼は自らを「旦那様」と名乗り、リリアを過保護に溺愛する。
森での穏やかな日々、母の故郷との再会、妹や元婚約者との因縁、そして国を覆う“影の徒”との決戦。
「伴侶よ、風と共に生きろ。おまえを二度と失わせはしない」
追放から始まった少女の物語は、
もふもふ旦那様の翼に包まれて――愛と祈りが国を救う、大団円へ。
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。 ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる