契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています 

さくら

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第三十五話 新たなる使命

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 穏やかな日々が続いていた。
 朝は庭園で鳥のさえずりを聞き、昼は領民たちの相談に耳を傾け、夜は暖炉の前で並んで過ごす。
 ――ほんの少し前まで、命を賭けた戦いや謀略の渦中にいたとは信じられないほどだった。

「……平和ですね」
 窓辺で針仕事をしながら思わず呟くと、公爵が書類から顔を上げた。
「退屈か?」
「いえ、とても幸せです」
「ならよかった」
 不器用にそう言ってまた視線を落とす姿に、胸が温かくなる。



 午後。領内を視察していると、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
「奥様! 公爵様!」
「お二人のおかげで村が守られたんだよ!」

 小さな手が差し出され、公爵が驚いたようにそれを握る。
「……俺は何もしていない」
「嘘だ! 公爵様が戦ってくれたから、僕たちはここにいるんだ!」

 子どもたちの声に、公爵の硬い表情がわずかに和らいだ。
「……そうか」
 その姿を見て、私の胸もじんと熱くなった。



 その夜。夕食を終えた頃、クラウスが緊迫した面持ちで駆け込んできた。
「閣下、奥様! 王からの急使です!」

 差し出された封書を公爵が開き、眉をひそめる。
「……やはりな」
「閣下?」
「国境で敵国の動きが再び確認された。オルデン侯爵を失った今、奴らは新たな策を練っているらしい」

 胸が冷たくなる。戦は終わったはずではなかったのか。

「陛下は俺に再び前線に立つことを求めている」
 低く告げられた言葉に、私は唇を噛んだ。



「また……命を懸けるのですか」
「ああ」
「閣下のお体はまだ完全ではありません!」
「それでも、国を守るのは俺の役目だ」

 強い灰色の瞳に射抜かれ、言葉を失う。
 けれど胸の奥から溢れた思いは抑えられなかった。

「なら、私もご一緒します」
「……エリナ」
「領を守ることも、民を支えることも、閣下の隣でこそ果たせると知りました。もう一人で行かせません」

 震える声で言うと、公爵は長く黙し、やがて小さく笑った。
「……頑固者め。だが、それでいい」



 夜更け。窓から星を見上げながら、私は彼の肩に身を寄せた。
「また嵐が来るのですね」
「ああ。だが今度は二人で迎える」
 その言葉に胸が熱くなる。

「私たちなら……乗り越えられますね」
「当然だ。俺とお前なら」

 闇の中、互いの手を握り合う。
 嵐の気配は確かに迫っていた。だが、恐怖よりも不思議な安堵が胸を満たしていた。
 ――もう私は一人ではないから。
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