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第11話 初めての来訪者たち
〇
翌朝、小屋の前に立つと、森の小道の向こうから人の声が聞こえてきた。ふだんは鳥や風の音しか届かないはずの場所に、複数の足音が混じっている。胸がざわつき、私は手にしていた籠を置いた。
やがて現れたのは、村の若者たちだった。肩に荷を背負い、額に汗を光らせながらこちらへ歩いてくる。先頭の娘が私に気づき、少し戸惑いながらも笑みを浮かべた。
「……あの、リオナさん。草を分けてもらえませんか?」
思わず息を呑んだ。これまで村人たちの多くは私を避け、草を買うのも必要なときだけだった。それが今日は、自ら足を運んでくるなんて。
「何かあったのですか?」
「祭りで公爵様と一緒にいたのを見て……その、あなたの草が評判になって。眠れない子どもにいいとか、体を楽にするとか……」
頬を赤らめながら話すその声に、胸の奥が熱くなった。祭りの夜に淹れた茶や、広場で分けた草の束が、こんなふうに人の心に残っていたなんて。私は急いで小屋に入り、棚から乾かしたカモミールやミントを取り出した。
「少しずつですが、試してみてください」
袋に詰めて差し出すと、若者たちは目を輝かせて受け取った。
「ありがとう! これで母が楽になればいいな」
「また取りに来てもいいですか?」
「ええ、もちろん」
胸の奥でじんと温かさが広がる。追い出され、独りで草を摘んでいた日々が、少しずつ遠ざかっていく。今はここに来てくれる人がいて、私の草を求めてくれる人がいる。
小屋の戸口から空を見上げると、雲間から射す光が草束を照らし、清らかな香りを風に乗せて運んでいた。私はそっと胸に手を当て、これが新しい一歩なのだと感じていた。
△
若者たちが帰ったあと、小屋の中は草の香りで満たされていた。空になった棚を見て、私は小さく息を吐いた。これまで滅多に減らなかった乾燥草の束が、今日は一気に少なくなってしまったのだ。けれど胸の奥は不思議な満足感で満ちていた。人に求められるということが、こんなにも心を温めるものだとは思わなかった。
戸口に立っていると、ほどなくして再び足音が近づいてきた。今度は年配の夫婦が現れた。男は腰をさすり、女は布に包んだ銅貨を手にしている。
「噂を聞いてな。夜に痛みで眠れないんだ。茶に効く草があるなら分けてほしい」
低く頼るような声に、胸が強く打った。私は急いで小屋の奥からヴァレリアンとレモンバームを取り出し、慎重に包んで手渡した。
「少し苦いですが、眠りを助けます。温かい水で煮出してみてください」
二人は何度も頭を下げ、安堵の笑みを浮かべて帰っていった。
その姿を見送ったとき、背後から穏やかな声がした。
「人が次々と訪れているな」
振り向けば、そこにはアルディスが立っていた。彼は小屋の前に積まれた草束を見て、微笑を浮かべた。
「君の草は、人を惹きつける。祭りの夜だけではなかったようだ」
「……信じられません。ずっと避けられていたのに」
「避けていたのは、知らなかったからだ。君の心が草に宿り、それを口にした人は皆、温かさを感じた。だから噂が広がったんだ」
私は胸に手を当て、目を伏せた。心を込めて草を育ててきた日々が、ようやく人の心に届いたのだと実感できた。
アルディスは一歩近づき、低く静かな声で続けた。
「これからは忙しくなるだろう。だが、君はひとりではない。必要なら私も手を貸す」
その言葉に、胸の奥でまた小さな灯が強く燃え上がった。
外では森を渡る風が葉を揺らし、柔らかな光が草束を照らしていた。新しい日々が、確かに始まりつつあった。
◇
夕暮れが近づくにつれ、さらに数人の村人たちが小屋を訪れた。子どもを抱いた母親、重たい荷を背負った青年、そして年老いた女性。みな不安そうな面持ちで扉を叩き、草を求めて声をかけてくる。そのひとりひとりに応じるたび、胸の奥がじんわりと熱くなった。かつて私を遠ざけていた村の人々が、今は草を求めてここに足を運んでいるのだ。
「リオナさん、これはどんな効き目が?」
「この子が熱を出してしまって……」
「足の痛みに合うものを……」
矢継ぎ早に向けられる声に、私は籠や棚から草を取り出し、包んでは手渡した。説明を添えるたびに真剣な瞳が頷き、安心したように笑顔を見せる。そうして草を渡した村人たちが帰っていく後ろ姿を見送ると、胸の奥に小さな誇りが芽生えていくのを感じた。
人々の流れが途切れたころ、私はどっと疲れを覚え、卓に手をついた。肩で息をしていると、そっと背中に温かい手が添えられた。振り返れば、いつの間にか傍に立っていたアルディスが、労わるような目で私を見つめていた。
「よく頑張ったな。君は今日一日で、何人もの心を救った」
「……私が、救った……?」
「そうだ。草を選ぶ手、言葉を添える声、そのひとつひとつが人を癒やしていた。君はもう立派な薬草師だ」
その言葉に胸が熱くなり、視界が滲んだ。追い出され、無価値だと告げられた自分が、今ここで必要とされている――その事実が涙となって溢れてきた。
「アルディス……私、もっと強くなりたい。草を育てるだけじゃなく、心から人を支えられるように」
「ならば私も共に歩もう。君の夢は、もう君だけのものではない。私も共に育てたい」
灰色の瞳に宿る光は、強さと優しさを兼ね備えていた。その視線に包まれると、胸の奥で確かな決意が芽生えた。
窓の外には夕陽が沈みかけ、森を黄金色に染めていた。薬草の束がその光を受けてきらめき、草の香りが柔らかく漂う。私は深く息を吸い込み、目の奥の涙を拭った。
――ここから始まる。孤独な日々を越えて、人々に必要とされ、アルディスと共に歩む新しい未来が。胸に刻まれたその確信は、夜の帳が降りても決して消えることはなかった。
第12話 薬草師としての始まり
〇
翌朝、まだ陽が昇りきらぬうちに、小屋の扉が叩かれた。驚いて開けると、そこには幼い少年が立っていた。手には布袋を握りしめ、必死に私を見上げている。
「母さんが咳を止められなくて……。草を分けてください」
か細い声に胸が締めつけられ、私はすぐに頷いた。小屋に招き入れ、棚からタイムとリコリスの根を取り出す。湯に煮出して飲ませるよう説明すると、少年は真剣に耳を傾け、袋を抱えて頭を下げた。
見送ったあと、胸の奥にふとした感覚が広がった。これまで自分の草は自分のためだけにあった。けれど今は違う。必要としてくれる人がいて、その人の暮らしを少しでも支えられる――それが力になっているのだ。
太陽が昇るにつれ、次々と人が訪れた。農夫の妻が腰痛を訴え、羊飼いの娘が眠れぬ夜を告げ、年老いた男が胃の重さを訴えた。私は一人ひとりに草を選び、包み、言葉を添えた。緊張で指が震える瞬間もあったが、相手の安堵の笑顔を見るたびに心は落ち着いていった。
昼過ぎ、小屋の中は人の気配で賑やかになっていた。草を求める声と、礼を告げる声。その合間に漂う香りは、これまでの孤独な日々では感じられなかった温もりそのものだった。私は汗を拭いながら、心の奥で静かに思った。――ここが、私の新しい始まりなのだと。
扉の外では、アルディスが馬を連れて待っていた。灰色の瞳が私を見つめ、微笑を浮かべる。
「村人たちの顔を見た。皆、安心して帰っていったな」
「……私、本当に役に立てているんでしょうか」
「立派に。君の草は人を癒やし、君自身が人の心を支えている」
その言葉に胸が熱くなり、深く頭を下げた。森の風が吹き抜け、吊るした草束が揺れる。薬草師としての新しい一歩が、確かにここから始まっていた。
△
日が傾き始めたころ、小屋の前には小さな列ができていた。私は一人ひとりを招き入れ、棚から草を選び、丁寧に説明を添えた。喉の痛みに悩む者にはタイムと蜂蜜を、心が沈む者にはラベンダーとレモンバームを。袋に詰めて手渡すと、皆が感謝の言葉を残して帰っていった。
その様子を外で見守っていたアルディスは、時折子どもに笑みを返し、年寄りに声をかけていた。公爵である彼が村人と分け隔てなく接する姿に、私は何度も胸を打たれた。人々の緊張は次第に薄れ、笑顔が増えていく。祭りの日に芽生えた信頼が、確かに広がっているのを感じた。
最後の客を見送ったあと、私は机に突っ伏すように座り込んだ。肩で息をし、指先は草の香りを濃くまとっている。
「今日は……もう足が動かないかも」
弱音を吐くと、背後から静かな笑い声がした。
「それだけ働いた証拠だ。君は一日で何人もの心を救ったのだ」
アルディスが湯を沸かし、茶を淹れて差し出してくれる。私は両手で受け取り、熱い香りを吸い込んだ。
「……信じられません。数日前まで、私は誰にも必要とされていなかったのに」
「それは違う。君は最初から価値を持っていた。ただ、人々がそれに気づくのが遅れただけだ」
その言葉に、涙がこぼれそうになった。必死に堪えながら、私は茶を口に含んだ。苦みの奥に広がる柔らかな甘さが、心に染みていく。
窓の外では、夕陽が森を朱に染めていた。吊るした草束が赤く照らされ、影を長く伸ばす。その光景を眺めながら、私は胸の奥で静かに誓った。――もう逃げない。この道を歩み、薬草師として生きていく。
隣に座るアルディスの存在が、その誓いを力強く支えていた。
◇
夜が訪れるころ、小屋の外はすっかり静まり返っていた。昼間の喧騒が嘘のように消え、虫の声と風に揺れる木々のざわめきだけが響いている。私は炉の前に座り、今日一日を思い返していた。あれほど多くの人が訪れ、草を求め、笑顔で帰っていった。疲れは体を重くしていたが、心は満たされていた。
アルディスは卓の上に残った茶器を片づけながら、ふとこちらを見た。
「よくやり遂げたな。君の名はきっと、この村だけでなく周囲にも広がっていくだろう」
「……広がってもいいんでしょうか。私なんかが」
「“私なんか”はもう捨てるんだ。君は薬草師として歩き始めた。それは君自身が選んだ道だ」
その声は穏やかでありながら、揺るぎない力を持っていた。胸が熱くなり、目の奥が滲んだ。
私は俯きながらも、静かに告げた。
「……一人では怖かった。でも、今は違います。アルディスがいてくれるから」
「その言葉を聞けて嬉しい。私はこれからも君の隣にいる」
灰色の瞳が炎に照らされ、柔らかく輝いていた。私は小さく頷き、涙を拭った。
炉の炎がぱちぱちと音を立て、吊るされた草束の影が壁に揺れている。その光景は、まるで未来への道を照らす灯火のように思えた。私は深く息を吸い込み、胸の奥で強く誓った。
――薬草師として、人々の心と体を癒やす存在になる。孤独を越え、共に歩む彼とともに。
夜風が窓から吹き込み、草の香りが部屋を包んだ。その香りは新しい始まりを告げる鐘の音のように響き、静かな小屋に満ちていった。
第13話 小さな集いと新しい名
〇
数日後、村の広場に再び人が集まった。今度は祭りのような喧騒ではなく、穏やかに談笑する声が中心だった。人々は籠や布袋を手にしており、目的はひとつ――薬草を求めるためだった。
私は広場の一角に布を広げ、そこに乾かした草や花を並べていた。カモミール、レモンバーム、タイム、ローズマリー……彩り豊かな束を見て、人々は目を輝かせている。かつては冷たい視線しか向けられなかったはずなのに、今は期待と安心の色が混じっていた。
「リオナさん、この草はどう使えば?」
「熱が出た子にいいと聞いたんですが」
矢継ぎ早にかけられる声に、私は丁寧に説明を添えながら袋に詰めていった。言葉を重ねるごとに人々の表情がほぐれ、次第に笑顔が広がっていく。その光景に、胸の奥が熱く満たされていった。
やがて誰かが、ふとしたように言った。
「もう“草摘み娘”じゃないな。これからは“薬草師リオナ”だ」
周囲から賛同の声が上がり、私は思わず息を呑んだ。照れと喜びが入り混じり、頬が熱くなる。
広場の端で見守っていたアルディスが、静かに歩み寄ってきた。
「そうだな。君はもう立派な薬草師だ」
灰色の瞳がやさしく細められ、その言葉が胸に深く刻まれた。
人々に囲まれる中で、私は初めて自分の名が肯定されて響くのを聞いた。孤独に沈んでいた日々からは想像もできなかった光景だった。草の香りと笑い声に包まれながら、私は新しい自分の名を静かに受け入れていた。
△
広場の空気は温かな笑い声と草の香りで満ちていた。薬草を手にした子どもたちは、珍しそうに鼻に近づけて香りを嗅ぎ、母親に微笑ましく叱られている。年配の男は腰をさすりながら、渡したハーブの束を何度も確かめるように抱えていた。私は一人ひとりに使い方を説明しながら、その真剣な瞳を見ていると、胸の奥がじんわりと熱くなった。
ふと、近くにいた女性が私の腕を取った。
「ありがとうね、リオナさん。あなたの草のおかげで、夫が夜に眠れるようになったの」
その言葉に胸が震え、思わず視線を落とした。何気なく育て、束ねてきた草が、確かに誰かの暮らしを支えている。その事実が、胸を強く打った。
「リオナの草は、ただ効くだけじゃないんだ」
背後から聞こえた声に振り返ると、アルディスが立っていた。灰色の瞳が広場を見渡し、穏やかな声が響く。
「彼女の草には心を和らげる力がある。だからこそ、人々はここに集まったのだ」
その言葉に、周囲の村人たちが頷き、拍手が広がった。私は顔が熱くなるのを隠すように俯いた。
人々が次々と「薬草師リオナ」と口にし始める。慣れない響きに胸がくすぐったくなりながらも、心の奥では確かに灯が強く燃えていった。追い出され、孤独に暮らしてきた自分が、今こうして名を持ち、人に認められている――その奇跡を噛みしめた。
夕陽が広場を黄金色に染めるころ、草を手にした人々はそれぞれの家へ帰っていった。残されたのは、草の香りと、余韻のように耳に残る「薬草師」という呼び名。私は籠を抱え、隣に立つアルディスと目を合わせた。
「……少し、夢みたいです」
「夢ではない。君が選び、歩いてきた道の先にある現実だ」
その言葉が胸に深く沁み、私は静かに微笑んだ。
森の向こうに沈む陽を見送りながら、私は心の中で新しい名を抱きしめていた。
◇
広場からの帰り道、籠に残ったわずかな草を抱えながら、私はまだ耳に残る声を思い返していた。――薬草師リオナ。幾度も呼ばれたその名は、胸の奥で何度も反響し、体の隅々まで温かさを運んでいた。
小屋に戻ると、窓から差し込む夕陽が室内を橙に染めていた。吊るされた草束が光を浴び、影を壁に揺らしている。その中に立つアルディスは、まるで長い旅を見守ってきた守り神のように見えた。
「人々の顔を見たか? 君の草を手にしたとき、どれほど安心したか。あの表情は忘れられない」
「……はい。私も、胸がいっぱいで」
言葉にすると、改めて涙がにじんだ。彼はそっと近づき、私の肩に手を置いた。
「リオナ。君はもう“追い出された娘”ではない。君自身の力でここに立っている」
低い声が、胸の奥深くに響いた。私は俯き、肩に置かれた温もりを噛みしめた。長い孤独の日々が、ようやく終わったのだと実感できた。
私は小さく笑みを浮かべ、炉に火を入れた。今日の締めくくりに、カモミールとレモンバームを合わせた茶を淹れる。香りが立ちのぼり、小屋全体がやわらかな光に包まれる。アルディスと向かい合い、カップを掲げた。
「……薬草師リオナとして、これからも歩いていきます」
「その誓いを、私も隣で見届けよう」
カップを口に含むと、ほろ苦さと甘みが胸に広がった。窓の外では夜の帳が下り、星がひとつ、またひとつと瞬き始めている。私はその光を見上げながら、心に新しい名を抱きしめた。
――薬草師リオナ。
その響きは静かに、けれど確かに、未来へと続く道を照らしていた。
第14話 雨雲の下で差し伸べられる手
〇
新しい名を受け入れてから数日、森には再び雨雲が広がっていた。湿った風が草束を揺らし、葉の先から滴が落ちていく。私は小屋の前で収穫した草を干しながら、胸の奥に芽生えた小さな不安を抱えていた。――人が増えるにつれ、私は本当に応えられるのだろうか。必要とされるほど、責任は重くなる。その重さが肩にのしかかり、息を詰まらせていた。
灰色の空を見上げていると、ふいに背後から声がした。
「今日は元気がないな」
振り返れば、雨粒をはじいた外套を羽織るアルディスが立っていた。灰色の瞳が心を見透かすように穏やかに光っている。
「……少し、怖いんです。人が私を“薬草師”と呼ぶたびに、うれしいけれど……怖くもなるんです」
正直な思いを口にすると、彼はゆっくり近づき、私の籠を持ち上げてくれた。
「恐れるのは当然だ。名は力を持つ。だが、君はその名にふさわしい。私が保証する」
静かな声が胸に沁みていく。私は俯き、震える指先を必死に握りしめた。
「……本当に、私でいいんでしょうか」
「いいとも。君がどれほど草を愛しているか、私は知っている。愛情を注ぐ者にしかできないことがある。それを人は求めている」
その言葉に、胸の奥で固まっていた氷がゆっくりと溶けていくようだった。外では雨が降り始め、屋根を叩く音が広がる。けれどその音さえ心を静める調べのように聞こえた。
アルディスは私の手を取り、籠を支えたまま微笑んだ。
「怖いときは、私の手を取ればいい。ひとりで背負う必要はない」
温かな掌が指先を包み込む。胸が高鳴り、頬が熱を帯びた。
雨雲の下で交わされたその約束は、静かに、しかし確かに、私の心に刻まれていった。
△
雨脚は次第に強まり、屋根を打つ音が小屋の中まで響いていた。私とアルディスは並んで炉の前に座り、濡れた外套を吊るして乾かしていた。火の揺らめきが壁に影を映し、草束から立ちのぼる香りが湿った空気に溶けていく。
「リオナ」
灰色の瞳が炎越しに私を見つめる。
「君が不安を抱えるのは自然なことだ。だが、君の草を必要としている人は確かにいる。その事実を忘れてはならない」
「……そう、ですよね」
「そうだ。君の茶を口にして安心した子どもや、痛みが和らいだ老人たちの顔を思い出せ。彼らの笑顔こそ、君が歩む理由になる」
私は膝の上で指を組み、震える心を抑えるように目を閉じた。浮かぶのは、草を渡したときに見せてくれた人々の安堵の表情。あの瞬間、私の心も救われていたのだ。
アルディスは小さく微笑み、炉の上に置いた鍋に草を投じた。レモンバームとタイム、そして蜂蜜を少し。湯気が立ちのぼり、甘く爽やかな香りが室内に広がる。
「飲んでみろ。雨の日にこそ相応しい調合だ」
差し出されたカップを両手で受け取り、そっと口に含む。温かな液体が喉を通り、胸の奥にまで広がっていく。外の雨音が遠ざかり、心のざわめきも和らいでいった。
「……おいしいです。すごく、落ち着きます」
「君の心が静まるのなら、それだけで十分だ」
灰色の瞳がやさしく細められ、胸がじんと熱くなった。
「アルディス……」
思わず名を呼ぶと、彼は私の手を取った。温もりが掌に広がり、心臓が跳ねる。
「君は一人ではない。どんな重荷も、共に背負えば軽くなる。忘れるな」
その声は雨雲を切り裂く光のように胸に届いた。
窓の外では雷鳴が遠くで響き、森がざわめいていた。けれど小屋の中は草の香りと炎のぬくもりに包まれ、二人の間には確かな絆が芽生えていた。
◇
夜が更けるころには、雨はさらに激しくなっていた。屋根を打つ音は絶え間なく続き、窓の外は白い帳に閉ざされている。私は炉の前で膝を抱え、火のぬくもりに身を寄せていた。けれど胸の奥では、まだわずかな不安が残っていた。人々に認められ始めた今こそ、つまずくことが怖い。失望を与えてしまうのではないかという恐れが、影のように離れなかった。
そんな私の横に、アルディスが静かに腰を下ろした。濡れた外套はすでに乾き、白いシャツの袖からのぞく腕が炎の明かりを受けている。彼はしばし火を見つめ、やがて低い声で言った。
「リオナ。君が恐れるのは、人々の期待に応えられなくなることだろう」
私は小さく頷いた。
「……はい。せっかく“薬草師”と呼んでもらえるようになったのに、もし裏切ることになったらと思うと」
「裏切ることなどあり得ない。君が草を愛し、誠実に向き合い続ける限り、人はその心に救われる」
真っ直ぐに向けられる灰色の瞳に、心が震えた。私は思わず目を逸らしたが、彼の声は静かに追いかけてくる。
「人は薬だけを求めているのではない。君が草に込めた思いを求めている。それがある限り、君は決して一人ではない」
涙が込み上げ、私は掌でそっと拭った。
「……どうしてそんなふうに言えるんですか」
「私も同じだからだ。草に救われ、孤独から解かれた人間だから」
彼の告白に胸が震え、言葉が出なかった。
外の雨音が一層強まり、窓を震わせる。だが、小屋の中は炎の光と草の香りに包まれ、安らぎが広がっていた。アルディスは私の肩に手を置き、静かに囁いた。
「恐れるときは、この手を取れ。何度でも支える」
温かな声と掌の重みが、不安を溶かしていく。
私は深く息を吸い込み、小さく頷いた。
「……はい。ありがとうございます」
その瞬間、雨雲の向こうから雷鳴が響いたが、もう胸は揺れなかった。隣にいる彼の存在が、確かな光となって心を照らしていた。
夜はまだ長く、雨も止む気配はなかった。けれど私たちの間に流れる静かな時間は、どんな嵐にも消されることのない、強い絆へと変わりつつあった。
第15話 市場に届く薬草の香り
〇
雨の続いた数日が過ぎ、森に再び陽光が戻ってきた。濡れた草葉は光を受けて瑞々しく輝き、畑のカモミールやタイムもいっそう香りを強めていた。私は籠いっぱいに摘んだ草を抱え、小屋の前で干し台に広げた。太陽の熱で水気が抜けていくと、部屋の中に清らかな香りが満ちていく。
そのとき、村の代表を務める老人が訪ねてきた。杖をつきながらも背筋は伸び、真剣な眼差しを向けてくる。
「リオナ殿。村の市で、そなたの薬草を出してはどうかという話が出ておる」
思いがけない提案に、私は息を呑んだ。市場――それは村を越え、周囲の町からも人が集まる大きな場。そこで草を並べるなど、夢にも思わなかった。
「わ、私が……市場に?」
「うむ。すでに村の者たちはそなたの草を頼りにしておる。ならば広く知ってもらうのがよいだろう」
老人の声は穏やかだが、確かな期待を帯びていた。胸の奥に緊張が走る。人々に認められるのはうれしい、けれど同時に怖さも増していく。
言葉を探していると、背後からアルディスの声がした。
「悪くない話だ。君の草がさらに多くの人を救うだろう」
振り向けば、灰色の瞳が真剣にこちらを見つめている。
「だが決めるのは君だ。誰かの期待に押されて選ぶ必要はない。君が望むならばでいい」
胸の奥で波立つ感情を押さえ、私は深く息を吸った。人々に草を渡すたびに芽生えた誇り、その灯を思い出す。
「……やってみたいです。怖いけれど、もっとたくさんの人に草を届けたい」
そう告げると、老人の顔に安堵の笑みが広がった。
市場へ――新しい舞台への一歩を踏み出す決意を胸に、私はそっと草束を抱きしめた。
△
市場の日が近づくにつれ、私は小屋の中で準備に追われていた。棚に並ぶ草を一束ずつ選び、紙に包み、紐で結わえる。袋には用途を書き添え、煎じ方を丁寧に記す。慣れない手作業に額から汗が滲み、指先は少し赤くなった。それでも胸の奥には不思議な高揚感があった。
「リオナ、休んだ方がいい」
背後から聞こえた声に振り返ると、アルディスが立っていた。腕まくりをして、彼もまた草を束ねる手伝いをしてくれている。公爵が紐を結ぶ姿はどこか不釣り合いだが、その真剣さに胸が熱くなる。
「ありがとうございます。でも……私、自分の手でやりたいんです。これは薬草師としての初めての挑戦だから」
「ならば、私は隣で支えるだけだ」
灰色の瞳に宿る静かな光が、背中を押してくれる。
夜遅くまで続いた作業が終わるころ、部屋は乾いた草の香りでいっぱいになっていた。机の上に整然と並んだ包みを見ていると、胸の奥が熱くなる。これを市場に持っていけば、見知らぬ人々の暮らしを支えることができるかもしれない――そう思うと、指先が震えた。
「怖いか?」
「……はい。でも、楽しみでもあります」
「その心があれば十分だ。人は誠実さに惹かれる。君の草にはそれが宿っている」
その言葉に少し勇気が芽生えた。窓の外では月が森を照らし、吊るした草束を淡い銀色に染めていた。夜の静けさの中で、私は深く息を吸い込み、新しい一歩に備える決意を固めた。
市場へ向かう朝は、すぐそこまで迫っていた。
◇
市場の日の朝、村の広場はすでに活気に包まれていた。色とりどりの布で飾られた屋台が並び、果物や穀物、布地や木工品が賑やかに並んでいる。人々の声が重なり、牛や馬のいななきが混じり合っていた。私は籠いっぱいの草の包みを抱え、アルディスとともに広場の一角に立っていた。
初めての市場。胸は高鳴り、同時に不安で震えていた。人々の視線を浴びながら布を広げ、草を並べていく。カモミール、ラベンダー、タイム……香りが風に乗り、周囲に広がった。
最初に近づいてきたのは、町から来た旅人だった。
「これは眠りに効くと聞いたが、本当か?」
「はい。お湯で煮出して飲めば、心が落ち着きます」
説明すると、彼は銅貨を差し出し、包みを受け取って笑顔を見せた。その瞬間、胸の奥に熱が広がった。――ここでも私の草は求められている。
次に若い母親が子どもを連れてやってきた。
「咳が止まらなくて……」
私はタイムとリコリスの根を包み、使い方を丁寧に伝える。母親は深く頭を下げ、子どもは草の香りを嬉しそうに嗅いでいた。
次々と人が訪れ、草は次第に減っていった。賑やかな声の中で、私はひとりひとりと向き合い、草を渡し、言葉を交わした。そのたびに心の奥が温かく満たされていく。
ふと気づくと、私の前には小さな列ができていた。市場の喧騒の中で、草の香りを求める人々が集まっている。アルディスがその様子を見守り、灰色の瞳に誇らしげな光を宿していた。
太陽が真上に昇るころ、用意した草はほとんどなくなっていた。籠の底を見つめ、私は深く息を吐いた。疲労で体は重かったが、心は驚くほど軽やかだった。
「……できました。私、市場で……草を売れました」
声にすると、隣に立つアルディスが微笑んだ。
「誇れ、リオナ。君は確かに薬草師として、一歩を踏み出したのだから」
市場のざわめきの中で、その言葉が胸に深く刻まれていった。
第16話 初めて得た対価と人々の声
〇
市場から戻った日の夕暮れ、小屋の卓の上には銅貨や銀貨がいくつも並んでいた。袋に入れていたそれらをそっと広げると、光を受けて淡く輝き、胸の奥がじんわりと熱くなった。
私は指先で一枚を持ち上げ、しばらく見つめた。これまで草を売っても得られるのはほんのわずかな銅貨で、糊口をしのぐのがやっとだった。けれど今日は違う。自分の草が、こんなにも多くの人に求められ、対価として渡されたのだ。心臓が高鳴り、目の奥が熱を帯びる。
「……リオナ」
背後からアルディスの声がした。振り返ると、彼は窓際に立ち、夕陽に照らされながらこちらを見ていた。
「君の草を求めた人々の顔を、忘れるな。笑顔も、安堵も、すべて君がもたらしたものだ」
「……はい。でも、まだ信じられなくて。私がこんな……」
「信じればいい。これは夢ではなく、君が掴んだ現実だ」
彼の言葉に、胸の奥でまた涙がこみ上げた。けれどそれは悲しみではなく、温かさに満ちた涙だった。
卓に並ぶ硬貨を一つずつ袋に戻しながら、私は心の中で静かに呟いた。――この対価は、私を追い出した家のためではない。ここで草を育て、人々に届けた私自身の歩みの証なのだと。
外では鳥が森に帰り、夜の帳が下り始めていた。吊るされた草束が揺れ、柔らかな香りが小屋を満たす。私は深く息を吸い込み、心に刻んだ。
――薬草師として、私はもう後ろを振り返らない。
△
袋に収めた硬貨を膝の上で抱きしめながら、私は炉の前に座り込んでいた。火の明かりに照らされた銅貨や銀貨の重みが、ただの金属ではなく、誰かの感謝の形だと感じられる。指先に伝わる冷たさの奥に、人々の笑顔や安堵が重なり、胸の奥が熱で満ちていった。
ふと耳に残っている声が甦る。市場で草を受け取った母親の「これで子が眠れるといい」、旅人の「遠くへ行くが、この草を持っていけば安心だ」、年配の男の「腰が楽になるならどれほど助かるか」。ひとつひとつの言葉が、私を支える柱となっていた。
「リオナ」
声に顔を上げると、アルディスが湯を沸かし、茶を注いでこちらに差し出していた。
「市場での働きぶりを見ていた。君は立派に人々と向き合っていた。誇りに思う」
受け取ったカップを両手で抱え、香りを吸い込む。ミントと蜂蜜の甘やかな香りが胸いっぱいに広がり、涙が零れそうになった。
「私……やっと、役に立てたんですね」
「やっと、ではない。君は最初から役に立つ存在だった。ただ、人々がようやくそれに気づいたのだ」
灰色の瞳が真摯に私を見つめ、その言葉が心の奥深くまで沁みていく。
私は膝の上に置いた袋を撫で、静かに頷いた。
「この硬貨は……草の価値だけじゃない。私の時間や心も認めてもらえた気がします」
「その通りだ。そしてそれを大切に使えば、また人を癒す力になる」
窓の外では、夜の帳が降り、森に星が瞬き始めていた。硬貨の重みを抱きながら、私は初めて心の底から笑みをこぼした。
――薬草師リオナ。人々の声と共に、その名は静かに根を下ろし始めていた。
◇
その夜、私は眠りにつく前に袋をもう一度取り出した。硬貨のひとつを掌にのせ、炉の明かりにかざす。銅色にきらめくその小さな円が、これまでの孤独な日々を照らし返すように思えた。追い出されたあの日、ただ生きるために草を摘んでいた自分には想像もできなかった光景だ。
私は掌をぎゅっと握りしめ、胸の奥に小さく誓いを立てた。――この硬貨を無駄にはしない。暮らしを少しでも豊かにし、人々に返していく。私にできるのはそれだけだ。
外から風が吹き込み、吊るされた草束が揺れて香りを立てる。その音に耳を傾けていると、背後からそっと毛布が掛けられた。振り返ればアルディスが立ち、微笑を浮かべていた。
「疲れただろう。今夜はゆっくり眠れ」
「……はい。ありがとうございます」
彼の声は静かで、けれど胸の奥に強く響いた。私は微笑み返し、硬貨を袋に戻して毛布を抱きしめた。
窓の外では星が冴え、森を淡く照らしている。遠くから聞こえる夜鳥の声に、心が静まっていく。重くのしかかっていた不安は、もうそこにはなかった。
――人々に必要とされるという実感。得た対価は小さくとも、その一枚一枚が私を支えている。
私は目を閉じ、草の香りに包まれながら眠りに落ちていった。
明日もまた、新しい一歩が待っている。
第17話 村を包む癒しの香り
〇
翌朝、森を抜ける風はやわらかく、畑に並ぶ草花をそよがせていた。カモミールの白い花が陽光を浴びて輝き、タイムの小さな葉が露を弾いてきらめく。私は腰をかがめ、葉先を確かめながら刈り取っていった。心は穏やかで、昨日までの不安が嘘のように軽くなっていた。
市場で草を求めた人々の顔が、何度も頭に浮かんでくる。母親の安堵の笑み、旅人の力強い握手、年老いた男の深い礼――そのすべてが胸に刻まれていた。私の手で摘んだ草が、誰かの暮らしを支えている。そう思うと、背筋に確かな力が宿る。
小屋へ戻る途中、道端で声をかけられた。見れば、数人の村人が立っている。
「リオナさん! 草を分けてもらえませんか?」
「母がようやく眠れるようになったんです。本当にありがとう」
差し出される笑顔と礼に、胸が熱くなった。私は籠から乾いた草を取り出し、包んで手渡す。村人たちは何度も礼を述べて帰っていった。
扉を閉めたあと、私は深く息を吐いた。胸の奥に広がるのは疲れではなく、静かな喜びだった。追い出された娘ではなく、薬草師リオナとして迎えられている。村全体を包むこの変化が、確かに自分を支えているのだと実感できた。
そのとき、窓辺から声がした。
「人々が笑顔になるのは、君の力だ」
振り向けば、アルディスが穏やかな表情で立っていた。灰色の瞳が優しく細められ、心の奥にまた温かな光が灯る。
森を渡る風が小屋に草の香りを運び、ふたりの間に広がっていった。
△
昼下がりになると、さらに多くの村人が小屋を訪ねてきた。子どもを抱いた母親が咳を訴え、農夫の妻が疲労を口にし、羊飼いの青年が眠れない夜を打ち明ける。その一人ひとりに応じて草を選び、袋に詰めて手渡す。すると、皆が口々に「ありがとう」と言って帰っていった。小屋の中は忙しくも、心地よい温もりで満ちていた。
ふと気づくと、扉の外で人々が順番を待っている。かつては避けられていた自分の小屋に、今は列ができている――その光景に胸が震えた。私は深呼吸をして、笑顔を浮かべながら次の人を迎え入れた。
「リオナさん、これのおかげでよく眠れました」
「父が痛みを忘れて笑ってくれたんです」
そう告げられるたび、胸の奥で小さな灯が強く燃え上がった。人々の声は、疑いようもなく私を支えている。
夕刻、ようやく人の流れが落ち着いたとき、私は卓に突っ伏した。指先にはまだ草の香りが残り、体は重い。けれど心は不思議なほど軽やかだった。
「……少しは役に立てたでしょうか」
思わず漏れた言葉に、背後から落ち着いた声が重なる。
「役に立ったどころではない。君は村全体を照らしている」
顔を上げれば、アルディスが扉にもたれかかっていた。彼の灰色の瞳には、誇りのような光が宿っている。
「リオナ。今日、人々がここに集まったのは偶然ではない。君が信頼を築いたからだ」
「……私が、信頼を」
「そうだ。薬草師として、そしてひとりの人間として」
その言葉に胸が熱くなり、私は目を伏せて小さく頷いた。窓の外では夕陽が森を赤く染め、吊るされた草束を黄金色に照らしていた。
◇
夕陽が森を赤く染め、村人たちの足音が遠ざかると、小屋の中には静けさが戻ってきた。机の上には空になった籠と、香りの残る草屑が散らばっている。私は深く息を吸い込み、胸いっぱいに草の匂いを取り込んだ。疲労で体は重く、指先にはかすかな痛みが残っていたが、それ以上に心は満ち足りていた。
「今日は……本当にたくさんの人が来ましたね」
思わず言葉が漏れると、炉のそばに腰かけていたアルディスが微笑を浮かべた。
「君が求められている証拠だ。薬草師リオナの名は、もう村に根付いた」
「……夢みたいです。追い出されて、ひとりで草を摘んでいた私が、こんなふうに人に必要とされるなんて」
「夢ではない。君が歩んだ道が導いた現実だ」
彼の声は穏やかで、けれど揺るぎない力を宿していた。その言葉に胸が震え、私は思わず俯いた。追い出された日の冷たい視線や言葉が、今では遠い過去の影のように思える。代わりに胸の奥に刻まれているのは、人々の笑顔と「ありがとう」という声だった。
アルディスは炉の火を整え、私の前にカップを置いた。湯気と共に立ちのぼるのは、カモミールとリンデンフラワーの甘い香り。
「今日は体も心も酷使しただろう。休めるための茶だ」
私は両手でカップを抱え、そっと口に含んだ。舌に広がるやさしい甘さが喉を通り、胸の奥をゆっくりと癒していく。
「……あたたかいです」
「君がそう感じてくれるのなら、それだけで十分だ」
灰色の瞳が炎に照らされ、やさしく輝いていた。その視線に包まれると、不思議と涙が込み上げそうになった。
窓の外では、夜の帳が静かに下りていく。星がひとつ、またひとつと瞬き、小屋の中を包む静けさと溶け合っていた。私はカップを抱きしめながら、胸の奥で静かに誓った。
――薬草師として、人々を癒やすことを恐れない。ここが私の居場所であり、これからも歩む道なのだと。
その誓いは炎の灯のように揺らめきながらも、決して消えることはなかった。
第18話 祭りの余韻と新たな評判
〇
夜が明けると、村はどこか浮き立った空気に包まれていた。市場で草を分けた人々が、口々にその効き目を語り合っていると聞いたのだ。広場では井戸端に集まる女たちが「昨夜はぐっすり眠れた」と笑い合い、畑に向かう農夫たちが「腰の痛みが軽くなった」と声をかけ合っていた。
私は小屋の窓からその様子を眺め、胸の奥がくすぐったくなるのを感じていた。わずか数か月前、村を追われた私が、今はこうして人々の話題に上っている。誇らしいようで、少し照れくさかった。
朝の仕事をしていると、戸を叩く音がした。開けると、そこには若い娘が立っていた。
「リオナさん……あの、草を分けていただけませんか? 母があなたのお茶を飲んで、心が落ち着いたと言って……」
頬を赤らめながら告げる声に、胸の奥が熱くなった。私はすぐにラベンダーとレモンバームを包み、使い方を丁寧に伝えた。娘は嬉しそうに何度も礼を言い、駆けて帰っていった。
その後も次々と人が訪れた。疲れを癒したい者、眠りを求める者、痛みを和らげたい者。扉の前にはいつしか列ができ、草を求める声が絶えなかった。小屋の中は香りと人の熱気でいっぱいになり、私は忙しくも幸せに応じ続けた。
夕刻、ようやく人の流れが途切れたころ、私は机に突っ伏した。疲労で肩は重く、手は赤くなっていたが、心は満ち足りていた。――薬草師リオナ。その名は、確かに村に根を張りつつあった。
△
夕暮れが近づくころ、広場から戻ってきた子どもたちが小屋の前を駆け抜けていった。
「リオナさんのお茶を飲んだら、母さんがぐっすり寝ちゃった!」
「うちの爺ちゃんも腰が軽くなったんだって!」
無邪気な声が森に響き、私は扉の影に立ちながら思わず微笑んだ。自分の育てた草が、こうして子どもたちの喜びにまでつながっている。胸の奥に温かなものが灯り、体の疲れが和らいでいくようだった。
そのとき背後から静かな声がした。
「評判が広がっているな」
振り返れば、アルディスが灰色の瞳を細めて立っていた。陽が沈みかけ、彼の姿は金色に縁どられている。
「……恥ずかしいです。皆が“リオナさんのおかげ”なんて言うから」
「恥じる必要はない。君が人々に与えたものは確かで、誰もがそれを知っている」
彼の声に支えられ、胸の奥がじんと熱くなった。私は机に積まれた草束を見つめながら、小さく呟いた。
「もっと……もっと役に立ちたいです。村だけじゃなく、遠くの人にも」
「その望みを叶える日も遠くはないだろう。評判は村を越え、町にも届き始めている」
アルディスの言葉に息を呑んだ。まだ実感はないけれど、もし本当に町から人が訪れるようになったら――私の歩む道はさらに広がっていくのだろう。
夜風が窓から吹き込み、吊るした草束を揺らした。葉が触れ合い、かすかな音を立てる。その音がまるで未来の扉を叩く合図のように思えて、私はそっと目を閉じた。
「アルディス……私、怖いけれど、楽しみでもあります」
「その心を忘れるな。恐れと喜びの両方を抱いてこそ、人は成長する」
炎の明かりに照らされた彼の横顔は穏やかで、どこまでも揺るぎない。私はその姿を胸に焼き付けながら、明日も草を摘む決意を新たにした。
◇
夜が更けると、村は静まり返った。広場のざわめきも遠ざかり、虫の声と風に揺れる木々の音だけが響いている。私は小屋の窓を開け、冷たい夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。草の香りと混じり合った空気は清らかで、今日一日の余韻を穏やかに沈めてくれる。
卓の上には、昼間に用意した草束の残りが並んでいた。市場や村人に渡した分だけ棚はすっかり軽くなり、見慣れた小屋の光景がどこか誇らしく見えた。かつては孤独に積み重ねていた草の束が、今では人々を癒す証になっている。
その光景に見入っていると、後ろから足音が近づいた。
「眠れないのか?」
振り向けば、アルディスが灯りを手に立っていた。柔らかな光が彼の灰色の瞳を照らし、静かな笑みを浮かべている。
「少し……胸が高鳴って眠れそうにありません」
「それは悪いことではない。君が歩み始めた証だから」
彼は窓辺に寄り、外を見やった。星々が夜空に瞬き、森を淡く照らしている。
「人々の声はすぐに町へ届くだろう。君の草は、村を越えて求められるはずだ」
その言葉に息を呑む。遠くの町へ――そんな未来を想像したこともなかった。けれど、今は胸の奥で小さな炎のような期待が燃え始めていた。
私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。草の香り、夜気の冷たさ、そして隣にいる彼の気配。そのすべてが心を支えてくれる。
「……私、もっと強くなりたいです。人々の期待に応えられるように」
「君はもう強い。だが、さらに歩むなら、私はずっと隣にいる」
温かな声が胸に響き、涙が滲んだ。
小屋を包む夜の静けさの中で、私は新しい決意を胸に抱いた。――薬草師として、村を越えて広がる未来へ。
窓の外で星が流れ、その光がまるで祝福のように輝いていた。
第19話 町からの訪問者
〇
翌朝、森を抜ける小道に人影が見えた。荷馬車に荷を積み、見慣れぬ衣をまとった数人が村へと入ってくる。村人たちがざわめき、広場に集まり始めた。私も胸のざわめきを覚えながら、小屋の前からその光景を見つめていた。
馬車が止まると、中から町の商人らしい男が降りてきた。太いベルトに革の靴、腰には帳簿を下げている。彼は村の長に一礼すると、周囲を見渡して声を上げた。
「この村に“薬草師リオナ”がいると聞いた。ぜひ会いたい」
名を呼ばれた瞬間、胸が跳ねた。村人たちが私を振り返り、背中を押すように視線を向ける。私は緊張で手を握りしめながら、ゆっくりと歩み出た。
「……私がリオナです」
商人は目を細めて微笑んだ。
「やはり若い。だが噂は町にまで届いている。眠りを深くし、痛みを和らげる草を扱う薬草師がいると」
その言葉に村人たちの間から小さなどよめきが起こる。私の名が、もう村だけでなく町に広がっている――その事実に足が震えた。
商人は懐から紙を取り出し、私に差し出した。
「町の市で、あなたの草を扱いたい。もしよければ、次の市に出品してくれないか」
思わぬ申し出に言葉を失う。だが背後から感じる村人たちの温かな視線、そして灰色の瞳で静かに見守るアルディスの存在が、私の心を支えていた。
胸の奥で息を整え、私は小さく頷いた。
「……はい。喜んで」
その瞬間、村に歓声が広がった。草の香りが風に乗り、未来の扉が静かに開かれた気がした。
△
商人の言葉を受けた瞬間、胸の奥が熱く波打った。追い出され、ひとりで草を摘んでいた自分が、町で求められる日が来るなんて――夢にも思わなかった。私は震える手を胸に当て、深呼吸を繰り返した。
「……本当に、私でいいのでしょうか」
思わず口から漏れた問いに、商人は首を振って笑った。
「君だからこそだ。人々の噂は誇張ではなかった。草に込められた思いが、人の心を癒すと皆が口にしている」
その言葉に村人たちが頷き合い、口々に賛同の声を上げた。
「リオナさんのおかげで眠れるようになった!」
「腰の痛みが和らいだんだ!」
「だからこそ町の人にも知ってもらいたい!」
次々と響く声に、頬が熱を帯びていく。これまで向けられることのなかった信頼と感謝が、今は私を包んでいた。
そのとき、背後から穏やかな声がした。
「リオナ。君が望むなら、挑んでみるといい」
振り向けば、アルディスが人々を背にして立っていた。灰色の瞳がまっすぐに私を見つめ、その存在が揺れる心をしっかりと支えてくれる。
「町の市に草を並べることは、新しい一歩だ。だが、それを歩むかどうかは君の自由だ」
静かな言葉に胸が震えた。誰もが私に期待を寄せている。けれど最後に選ぶのは自分自身だ――その当たり前の真実が、彼の声によって強く胸に刻まれた。
私は拳を握り、視線を上げた。
「……はい。町へ行きます。私の草を、もっとたくさんの人に届けたい」
宣言すると、村人たちの間から歓声が沸き起こった。商人は満足げに頷き、手を差し伸べてきた。私はその手をしっかりと握り返し、胸の奥で小さな炎が勢いを増して燃えるのを感じていた。
未来へ続く道は、確かに今、広がり始めていた。
◇
その夜、小屋の中は静けさに包まれていた。昼間の出来事が胸に残り、私は炉の前で膝を抱えていた。町からの誘い――胸の奥はまだ高鳴り、落ち着きを取り戻せない。
卓の上には、商人から渡された紙が置かれている。そこには次の市の日程と条件が記されていた。丁寧な文字を指でなぞると、不安と同時に大きな期待がこみ上げてくる。町で草を並べるということは、見知らぬ人々と出会い、新たな評価を受けることでもある。胸の奥がざわつき、眠気は遠のくばかりだった。
「眠れそうにないか」
背後から声がして振り返ると、アルディスが立っていた。彼は私の前に歩み寄り、炉に薪をくべると、やわらかな炎が再び部屋を明るく照らした。
「……怖いんです。町に行って、本当に通用するのか。失敗して笑われるんじゃないかって」
震える声で吐き出すと、彼は静かに首を振った。
「恐れるのは当然だ。だが、君はもう村で十分に証明した。町の人々も同じように癒されるだろう」
灰色の瞳が炎に揺れ、私をまっすぐに見据える。その確信に満ちた声が胸を支え、少しずつ不安が溶けていった。
「……私、やってみます。怖くても。だって、もっと多くの人に草を届けたいから」
そう告げると、アルディスの口元に穏やかな笑みが浮かんだ。
「その決意を誇りに思う。私は君と共に行こう」
心臓が強く跳ねた。隣に彼がいてくれる――その事実が、どんな恐れよりも力強かった。
窓の外には星々が瞬き、森を銀色に照らしている。私は深く息を吸い込み、夜空を見上げた。
――町への道はもう決まった。薬草師リオナとして、次の一歩を踏み出すのだ。
炎の揺らめきと星の光に抱かれながら、私は静かに未来を思い描いていた。
第20話 町への旅立ち
〇
夜明けとともに森は霧に包まれていた。木々の間から差し込む朝陽が白い靄を透かし、草葉の露をきらめかせる。私は籠いっぱいに包んだ薬草を抱え、小屋の前に立っていた。緊張と高揚が胸の奥で交錯し、指先が自然と震える。
戸口にはすでにアルディスが立っていた。落ち着いた外套を羽織り、馬を引きながらこちらを見つめる灰色の瞳は、いつもよりも深い光を宿している。
「準備はできたか、リオナ」
「……はい。でも、やっぱり少し怖いです」
「当然だ。初めての一歩には誰でも震える。だが、その震えこそが君の誠実さの証だ」
その言葉に支えられ、私は大きく息を吸った。籠の中には、村で求められた草たちがぎっしりと詰まっている。カモミール、ラベンダー、タイム、リコリスの根。ひとつひとつに人々の顔が思い浮かび、勇気が湧いてきた。
村の広場に出ると、すでに何人もの人々が集まっていた。彼らは口々に声をかけてくれる。
「リオナさん、頑張って!」
「町の人にも、俺たちと同じように草を届けてやってくれ!」
その励ましに胸が熱くなり、涙が込み上げる。私は笑顔で頭を下げ、皆に礼を告げた。
やがて馬車に荷を積み込み、アルディスが手を差し伸べてくれる。その手を握り、乗り込んだ瞬間、心臓が高鳴った。車輪がきしむ音と共に、馬車はゆっくりと動き出す。
村の人々が手を振り、草の香りが風に乗って広がる。その光景を胸に焼き付けながら、私は静かに誓った。――薬草師リオナとして、町で必ず自分の草を届けるのだと。
△
森を抜ける道は朝露に濡れ、馬車の車輪が小さな水音を立てて進んでいた。私は籠を抱えたまま揺れる座席に腰かけ、窓の外をじっと見つめていた。村から離れるのは久しぶりで、胸の奥は期待と不安でいっぱいだった。
「表情が硬いな」
隣に座るアルディスが穏やかに声をかける。
「……はい。町には人がたくさんいますし、私の草を本当に受け入れてくれるのか……」
「受け入れるさ。君の草は村で証明された。それはどこへ行っても変わらない」
灰色の瞳がまっすぐに私を見据え、その強さに心が少しずつ和らいでいった。
道中、森を抜けるたびに景色は変わっていく。広がる畑、石造りの橋、小さな集落。どこを通っても人々が手を振り、馬車を見送ってくれる。私は胸に熱を覚え、窓から身を乗り出して小さく手を振り返した。
「リオナ、君はもう一人ではない。君の背には人々の願いがある」
「……そうですね。だから、怖がってばかりはいられません」
昼を過ぎたころ、遠くに町の城壁が見え始めた。高くそびえる石の壁の向こうから、人々のざわめきや鐘の音がかすかに届いてくる。初めて目にするその景色に、胸が大きく脈打った。
馬車が坂を下ると、道の先に町の門が現れた。行き交う人々の声、荷を積んだ商人の掛け声、香辛料や焼き菓子の香り――すべてが鮮烈で、私は思わず息を呑んだ。
アルディスが静かに告げる。
「リオナ。ここからが新しい舞台だ。胸を張れ」
その言葉に頷き、私は籠を抱きしめた。
町の喧騒が近づき、未来への扉が音を立てて開かれていくのを感じていた。
◇
町の門をくぐった瞬間、胸の奥で大きな鼓動が響いた。目の前に広がる光景は、これまでの村の暮らしとはまるで別世界だった。石畳の道の両脇には色鮮やかな布をかけた店が並び、果物や香辛料の香りが風に乗って混ざり合う。人々のざわめきは絶え間なく、馬車の音や商人の掛け声が重なっていた。
私は籠をしっかりと抱きしめながら、目を丸くしてあたりを見回した。心臓は早鐘のように打ち、指先が汗ばんでいる。
「……すごい、人の数……」
「圧倒されるのも無理はない。だが恐れる必要はない。ここでも君の草はきっと求められる」
アルディスの声が背中を押すように響く。その灰色の瞳に見守られると、胸の奥の緊張が少しずつほどけていった。
市場へ向かう道すがら、人々の視線が自然とこちらに集まっていることに気づく。馬車を引く公爵の姿と、その隣に並ぶ私の姿――場違いではないかと不安がよぎる。だが、アルディスが何事もないように歩を進めるのを見て、私も勇気を奮い立たせた。
やがて辿り着いた広場には、村の市よりもはるかに大きな市場が広がっていた。布や宝石、陶器、異国の果実までが所狭しと並び、買い物客の笑い声や値切りの声が飛び交っている。活気に圧倒されながらも、私は籠の中の草を確かめ、深く息を吸った。
――ここで私は草を並べる。薬草師リオナとして。
アルディスが隣で囁く。
「胸を張れ、リオナ。君が歩んできた道が、今ここで花を咲かせる」
その言葉に小さく頷き、私は市場の中央へと足を踏み出した。
未来への扉が、確かに今、目の前で開かれていた。
〇
翌朝、小屋の前に立つと、森の小道の向こうから人の声が聞こえてきた。ふだんは鳥や風の音しか届かないはずの場所に、複数の足音が混じっている。胸がざわつき、私は手にしていた籠を置いた。
やがて現れたのは、村の若者たちだった。肩に荷を背負い、額に汗を光らせながらこちらへ歩いてくる。先頭の娘が私に気づき、少し戸惑いながらも笑みを浮かべた。
「……あの、リオナさん。草を分けてもらえませんか?」
思わず息を呑んだ。これまで村人たちの多くは私を避け、草を買うのも必要なときだけだった。それが今日は、自ら足を運んでくるなんて。
「何かあったのですか?」
「祭りで公爵様と一緒にいたのを見て……その、あなたの草が評判になって。眠れない子どもにいいとか、体を楽にするとか……」
頬を赤らめながら話すその声に、胸の奥が熱くなった。祭りの夜に淹れた茶や、広場で分けた草の束が、こんなふうに人の心に残っていたなんて。私は急いで小屋に入り、棚から乾かしたカモミールやミントを取り出した。
「少しずつですが、試してみてください」
袋に詰めて差し出すと、若者たちは目を輝かせて受け取った。
「ありがとう! これで母が楽になればいいな」
「また取りに来てもいいですか?」
「ええ、もちろん」
胸の奥でじんと温かさが広がる。追い出され、独りで草を摘んでいた日々が、少しずつ遠ざかっていく。今はここに来てくれる人がいて、私の草を求めてくれる人がいる。
小屋の戸口から空を見上げると、雲間から射す光が草束を照らし、清らかな香りを風に乗せて運んでいた。私はそっと胸に手を当て、これが新しい一歩なのだと感じていた。
△
若者たちが帰ったあと、小屋の中は草の香りで満たされていた。空になった棚を見て、私は小さく息を吐いた。これまで滅多に減らなかった乾燥草の束が、今日は一気に少なくなってしまったのだ。けれど胸の奥は不思議な満足感で満ちていた。人に求められるということが、こんなにも心を温めるものだとは思わなかった。
戸口に立っていると、ほどなくして再び足音が近づいてきた。今度は年配の夫婦が現れた。男は腰をさすり、女は布に包んだ銅貨を手にしている。
「噂を聞いてな。夜に痛みで眠れないんだ。茶に効く草があるなら分けてほしい」
低く頼るような声に、胸が強く打った。私は急いで小屋の奥からヴァレリアンとレモンバームを取り出し、慎重に包んで手渡した。
「少し苦いですが、眠りを助けます。温かい水で煮出してみてください」
二人は何度も頭を下げ、安堵の笑みを浮かべて帰っていった。
その姿を見送ったとき、背後から穏やかな声がした。
「人が次々と訪れているな」
振り向けば、そこにはアルディスが立っていた。彼は小屋の前に積まれた草束を見て、微笑を浮かべた。
「君の草は、人を惹きつける。祭りの夜だけではなかったようだ」
「……信じられません。ずっと避けられていたのに」
「避けていたのは、知らなかったからだ。君の心が草に宿り、それを口にした人は皆、温かさを感じた。だから噂が広がったんだ」
私は胸に手を当て、目を伏せた。心を込めて草を育ててきた日々が、ようやく人の心に届いたのだと実感できた。
アルディスは一歩近づき、低く静かな声で続けた。
「これからは忙しくなるだろう。だが、君はひとりではない。必要なら私も手を貸す」
その言葉に、胸の奥でまた小さな灯が強く燃え上がった。
外では森を渡る風が葉を揺らし、柔らかな光が草束を照らしていた。新しい日々が、確かに始まりつつあった。
◇
夕暮れが近づくにつれ、さらに数人の村人たちが小屋を訪れた。子どもを抱いた母親、重たい荷を背負った青年、そして年老いた女性。みな不安そうな面持ちで扉を叩き、草を求めて声をかけてくる。そのひとりひとりに応じるたび、胸の奥がじんわりと熱くなった。かつて私を遠ざけていた村の人々が、今は草を求めてここに足を運んでいるのだ。
「リオナさん、これはどんな効き目が?」
「この子が熱を出してしまって……」
「足の痛みに合うものを……」
矢継ぎ早に向けられる声に、私は籠や棚から草を取り出し、包んでは手渡した。説明を添えるたびに真剣な瞳が頷き、安心したように笑顔を見せる。そうして草を渡した村人たちが帰っていく後ろ姿を見送ると、胸の奥に小さな誇りが芽生えていくのを感じた。
人々の流れが途切れたころ、私はどっと疲れを覚え、卓に手をついた。肩で息をしていると、そっと背中に温かい手が添えられた。振り返れば、いつの間にか傍に立っていたアルディスが、労わるような目で私を見つめていた。
「よく頑張ったな。君は今日一日で、何人もの心を救った」
「……私が、救った……?」
「そうだ。草を選ぶ手、言葉を添える声、そのひとつひとつが人を癒やしていた。君はもう立派な薬草師だ」
その言葉に胸が熱くなり、視界が滲んだ。追い出され、無価値だと告げられた自分が、今ここで必要とされている――その事実が涙となって溢れてきた。
「アルディス……私、もっと強くなりたい。草を育てるだけじゃなく、心から人を支えられるように」
「ならば私も共に歩もう。君の夢は、もう君だけのものではない。私も共に育てたい」
灰色の瞳に宿る光は、強さと優しさを兼ね備えていた。その視線に包まれると、胸の奥で確かな決意が芽生えた。
窓の外には夕陽が沈みかけ、森を黄金色に染めていた。薬草の束がその光を受けてきらめき、草の香りが柔らかく漂う。私は深く息を吸い込み、目の奥の涙を拭った。
――ここから始まる。孤独な日々を越えて、人々に必要とされ、アルディスと共に歩む新しい未来が。胸に刻まれたその確信は、夜の帳が降りても決して消えることはなかった。
第12話 薬草師としての始まり
〇
翌朝、まだ陽が昇りきらぬうちに、小屋の扉が叩かれた。驚いて開けると、そこには幼い少年が立っていた。手には布袋を握りしめ、必死に私を見上げている。
「母さんが咳を止められなくて……。草を分けてください」
か細い声に胸が締めつけられ、私はすぐに頷いた。小屋に招き入れ、棚からタイムとリコリスの根を取り出す。湯に煮出して飲ませるよう説明すると、少年は真剣に耳を傾け、袋を抱えて頭を下げた。
見送ったあと、胸の奥にふとした感覚が広がった。これまで自分の草は自分のためだけにあった。けれど今は違う。必要としてくれる人がいて、その人の暮らしを少しでも支えられる――それが力になっているのだ。
太陽が昇るにつれ、次々と人が訪れた。農夫の妻が腰痛を訴え、羊飼いの娘が眠れぬ夜を告げ、年老いた男が胃の重さを訴えた。私は一人ひとりに草を選び、包み、言葉を添えた。緊張で指が震える瞬間もあったが、相手の安堵の笑顔を見るたびに心は落ち着いていった。
昼過ぎ、小屋の中は人の気配で賑やかになっていた。草を求める声と、礼を告げる声。その合間に漂う香りは、これまでの孤独な日々では感じられなかった温もりそのものだった。私は汗を拭いながら、心の奥で静かに思った。――ここが、私の新しい始まりなのだと。
扉の外では、アルディスが馬を連れて待っていた。灰色の瞳が私を見つめ、微笑を浮かべる。
「村人たちの顔を見た。皆、安心して帰っていったな」
「……私、本当に役に立てているんでしょうか」
「立派に。君の草は人を癒やし、君自身が人の心を支えている」
その言葉に胸が熱くなり、深く頭を下げた。森の風が吹き抜け、吊るした草束が揺れる。薬草師としての新しい一歩が、確かにここから始まっていた。
△
日が傾き始めたころ、小屋の前には小さな列ができていた。私は一人ひとりを招き入れ、棚から草を選び、丁寧に説明を添えた。喉の痛みに悩む者にはタイムと蜂蜜を、心が沈む者にはラベンダーとレモンバームを。袋に詰めて手渡すと、皆が感謝の言葉を残して帰っていった。
その様子を外で見守っていたアルディスは、時折子どもに笑みを返し、年寄りに声をかけていた。公爵である彼が村人と分け隔てなく接する姿に、私は何度も胸を打たれた。人々の緊張は次第に薄れ、笑顔が増えていく。祭りの日に芽生えた信頼が、確かに広がっているのを感じた。
最後の客を見送ったあと、私は机に突っ伏すように座り込んだ。肩で息をし、指先は草の香りを濃くまとっている。
「今日は……もう足が動かないかも」
弱音を吐くと、背後から静かな笑い声がした。
「それだけ働いた証拠だ。君は一日で何人もの心を救ったのだ」
アルディスが湯を沸かし、茶を淹れて差し出してくれる。私は両手で受け取り、熱い香りを吸い込んだ。
「……信じられません。数日前まで、私は誰にも必要とされていなかったのに」
「それは違う。君は最初から価値を持っていた。ただ、人々がそれに気づくのが遅れただけだ」
その言葉に、涙がこぼれそうになった。必死に堪えながら、私は茶を口に含んだ。苦みの奥に広がる柔らかな甘さが、心に染みていく。
窓の外では、夕陽が森を朱に染めていた。吊るした草束が赤く照らされ、影を長く伸ばす。その光景を眺めながら、私は胸の奥で静かに誓った。――もう逃げない。この道を歩み、薬草師として生きていく。
隣に座るアルディスの存在が、その誓いを力強く支えていた。
◇
夜が訪れるころ、小屋の外はすっかり静まり返っていた。昼間の喧騒が嘘のように消え、虫の声と風に揺れる木々のざわめきだけが響いている。私は炉の前に座り、今日一日を思い返していた。あれほど多くの人が訪れ、草を求め、笑顔で帰っていった。疲れは体を重くしていたが、心は満たされていた。
アルディスは卓の上に残った茶器を片づけながら、ふとこちらを見た。
「よくやり遂げたな。君の名はきっと、この村だけでなく周囲にも広がっていくだろう」
「……広がってもいいんでしょうか。私なんかが」
「“私なんか”はもう捨てるんだ。君は薬草師として歩き始めた。それは君自身が選んだ道だ」
その声は穏やかでありながら、揺るぎない力を持っていた。胸が熱くなり、目の奥が滲んだ。
私は俯きながらも、静かに告げた。
「……一人では怖かった。でも、今は違います。アルディスがいてくれるから」
「その言葉を聞けて嬉しい。私はこれからも君の隣にいる」
灰色の瞳が炎に照らされ、柔らかく輝いていた。私は小さく頷き、涙を拭った。
炉の炎がぱちぱちと音を立て、吊るされた草束の影が壁に揺れている。その光景は、まるで未来への道を照らす灯火のように思えた。私は深く息を吸い込み、胸の奥で強く誓った。
――薬草師として、人々の心と体を癒やす存在になる。孤独を越え、共に歩む彼とともに。
夜風が窓から吹き込み、草の香りが部屋を包んだ。その香りは新しい始まりを告げる鐘の音のように響き、静かな小屋に満ちていった。
第13話 小さな集いと新しい名
〇
数日後、村の広場に再び人が集まった。今度は祭りのような喧騒ではなく、穏やかに談笑する声が中心だった。人々は籠や布袋を手にしており、目的はひとつ――薬草を求めるためだった。
私は広場の一角に布を広げ、そこに乾かした草や花を並べていた。カモミール、レモンバーム、タイム、ローズマリー……彩り豊かな束を見て、人々は目を輝かせている。かつては冷たい視線しか向けられなかったはずなのに、今は期待と安心の色が混じっていた。
「リオナさん、この草はどう使えば?」
「熱が出た子にいいと聞いたんですが」
矢継ぎ早にかけられる声に、私は丁寧に説明を添えながら袋に詰めていった。言葉を重ねるごとに人々の表情がほぐれ、次第に笑顔が広がっていく。その光景に、胸の奥が熱く満たされていった。
やがて誰かが、ふとしたように言った。
「もう“草摘み娘”じゃないな。これからは“薬草師リオナ”だ」
周囲から賛同の声が上がり、私は思わず息を呑んだ。照れと喜びが入り混じり、頬が熱くなる。
広場の端で見守っていたアルディスが、静かに歩み寄ってきた。
「そうだな。君はもう立派な薬草師だ」
灰色の瞳がやさしく細められ、その言葉が胸に深く刻まれた。
人々に囲まれる中で、私は初めて自分の名が肯定されて響くのを聞いた。孤独に沈んでいた日々からは想像もできなかった光景だった。草の香りと笑い声に包まれながら、私は新しい自分の名を静かに受け入れていた。
△
広場の空気は温かな笑い声と草の香りで満ちていた。薬草を手にした子どもたちは、珍しそうに鼻に近づけて香りを嗅ぎ、母親に微笑ましく叱られている。年配の男は腰をさすりながら、渡したハーブの束を何度も確かめるように抱えていた。私は一人ひとりに使い方を説明しながら、その真剣な瞳を見ていると、胸の奥がじんわりと熱くなった。
ふと、近くにいた女性が私の腕を取った。
「ありがとうね、リオナさん。あなたの草のおかげで、夫が夜に眠れるようになったの」
その言葉に胸が震え、思わず視線を落とした。何気なく育て、束ねてきた草が、確かに誰かの暮らしを支えている。その事実が、胸を強く打った。
「リオナの草は、ただ効くだけじゃないんだ」
背後から聞こえた声に振り返ると、アルディスが立っていた。灰色の瞳が広場を見渡し、穏やかな声が響く。
「彼女の草には心を和らげる力がある。だからこそ、人々はここに集まったのだ」
その言葉に、周囲の村人たちが頷き、拍手が広がった。私は顔が熱くなるのを隠すように俯いた。
人々が次々と「薬草師リオナ」と口にし始める。慣れない響きに胸がくすぐったくなりながらも、心の奥では確かに灯が強く燃えていった。追い出され、孤独に暮らしてきた自分が、今こうして名を持ち、人に認められている――その奇跡を噛みしめた。
夕陽が広場を黄金色に染めるころ、草を手にした人々はそれぞれの家へ帰っていった。残されたのは、草の香りと、余韻のように耳に残る「薬草師」という呼び名。私は籠を抱え、隣に立つアルディスと目を合わせた。
「……少し、夢みたいです」
「夢ではない。君が選び、歩いてきた道の先にある現実だ」
その言葉が胸に深く沁み、私は静かに微笑んだ。
森の向こうに沈む陽を見送りながら、私は心の中で新しい名を抱きしめていた。
◇
広場からの帰り道、籠に残ったわずかな草を抱えながら、私はまだ耳に残る声を思い返していた。――薬草師リオナ。幾度も呼ばれたその名は、胸の奥で何度も反響し、体の隅々まで温かさを運んでいた。
小屋に戻ると、窓から差し込む夕陽が室内を橙に染めていた。吊るされた草束が光を浴び、影を壁に揺らしている。その中に立つアルディスは、まるで長い旅を見守ってきた守り神のように見えた。
「人々の顔を見たか? 君の草を手にしたとき、どれほど安心したか。あの表情は忘れられない」
「……はい。私も、胸がいっぱいで」
言葉にすると、改めて涙がにじんだ。彼はそっと近づき、私の肩に手を置いた。
「リオナ。君はもう“追い出された娘”ではない。君自身の力でここに立っている」
低い声が、胸の奥深くに響いた。私は俯き、肩に置かれた温もりを噛みしめた。長い孤独の日々が、ようやく終わったのだと実感できた。
私は小さく笑みを浮かべ、炉に火を入れた。今日の締めくくりに、カモミールとレモンバームを合わせた茶を淹れる。香りが立ちのぼり、小屋全体がやわらかな光に包まれる。アルディスと向かい合い、カップを掲げた。
「……薬草師リオナとして、これからも歩いていきます」
「その誓いを、私も隣で見届けよう」
カップを口に含むと、ほろ苦さと甘みが胸に広がった。窓の外では夜の帳が下り、星がひとつ、またひとつと瞬き始めている。私はその光を見上げながら、心に新しい名を抱きしめた。
――薬草師リオナ。
その響きは静かに、けれど確かに、未来へと続く道を照らしていた。
第14話 雨雲の下で差し伸べられる手
〇
新しい名を受け入れてから数日、森には再び雨雲が広がっていた。湿った風が草束を揺らし、葉の先から滴が落ちていく。私は小屋の前で収穫した草を干しながら、胸の奥に芽生えた小さな不安を抱えていた。――人が増えるにつれ、私は本当に応えられるのだろうか。必要とされるほど、責任は重くなる。その重さが肩にのしかかり、息を詰まらせていた。
灰色の空を見上げていると、ふいに背後から声がした。
「今日は元気がないな」
振り返れば、雨粒をはじいた外套を羽織るアルディスが立っていた。灰色の瞳が心を見透かすように穏やかに光っている。
「……少し、怖いんです。人が私を“薬草師”と呼ぶたびに、うれしいけれど……怖くもなるんです」
正直な思いを口にすると、彼はゆっくり近づき、私の籠を持ち上げてくれた。
「恐れるのは当然だ。名は力を持つ。だが、君はその名にふさわしい。私が保証する」
静かな声が胸に沁みていく。私は俯き、震える指先を必死に握りしめた。
「……本当に、私でいいんでしょうか」
「いいとも。君がどれほど草を愛しているか、私は知っている。愛情を注ぐ者にしかできないことがある。それを人は求めている」
その言葉に、胸の奥で固まっていた氷がゆっくりと溶けていくようだった。外では雨が降り始め、屋根を叩く音が広がる。けれどその音さえ心を静める調べのように聞こえた。
アルディスは私の手を取り、籠を支えたまま微笑んだ。
「怖いときは、私の手を取ればいい。ひとりで背負う必要はない」
温かな掌が指先を包み込む。胸が高鳴り、頬が熱を帯びた。
雨雲の下で交わされたその約束は、静かに、しかし確かに、私の心に刻まれていった。
△
雨脚は次第に強まり、屋根を打つ音が小屋の中まで響いていた。私とアルディスは並んで炉の前に座り、濡れた外套を吊るして乾かしていた。火の揺らめきが壁に影を映し、草束から立ちのぼる香りが湿った空気に溶けていく。
「リオナ」
灰色の瞳が炎越しに私を見つめる。
「君が不安を抱えるのは自然なことだ。だが、君の草を必要としている人は確かにいる。その事実を忘れてはならない」
「……そう、ですよね」
「そうだ。君の茶を口にして安心した子どもや、痛みが和らいだ老人たちの顔を思い出せ。彼らの笑顔こそ、君が歩む理由になる」
私は膝の上で指を組み、震える心を抑えるように目を閉じた。浮かぶのは、草を渡したときに見せてくれた人々の安堵の表情。あの瞬間、私の心も救われていたのだ。
アルディスは小さく微笑み、炉の上に置いた鍋に草を投じた。レモンバームとタイム、そして蜂蜜を少し。湯気が立ちのぼり、甘く爽やかな香りが室内に広がる。
「飲んでみろ。雨の日にこそ相応しい調合だ」
差し出されたカップを両手で受け取り、そっと口に含む。温かな液体が喉を通り、胸の奥にまで広がっていく。外の雨音が遠ざかり、心のざわめきも和らいでいった。
「……おいしいです。すごく、落ち着きます」
「君の心が静まるのなら、それだけで十分だ」
灰色の瞳がやさしく細められ、胸がじんと熱くなった。
「アルディス……」
思わず名を呼ぶと、彼は私の手を取った。温もりが掌に広がり、心臓が跳ねる。
「君は一人ではない。どんな重荷も、共に背負えば軽くなる。忘れるな」
その声は雨雲を切り裂く光のように胸に届いた。
窓の外では雷鳴が遠くで響き、森がざわめいていた。けれど小屋の中は草の香りと炎のぬくもりに包まれ、二人の間には確かな絆が芽生えていた。
◇
夜が更けるころには、雨はさらに激しくなっていた。屋根を打つ音は絶え間なく続き、窓の外は白い帳に閉ざされている。私は炉の前で膝を抱え、火のぬくもりに身を寄せていた。けれど胸の奥では、まだわずかな不安が残っていた。人々に認められ始めた今こそ、つまずくことが怖い。失望を与えてしまうのではないかという恐れが、影のように離れなかった。
そんな私の横に、アルディスが静かに腰を下ろした。濡れた外套はすでに乾き、白いシャツの袖からのぞく腕が炎の明かりを受けている。彼はしばし火を見つめ、やがて低い声で言った。
「リオナ。君が恐れるのは、人々の期待に応えられなくなることだろう」
私は小さく頷いた。
「……はい。せっかく“薬草師”と呼んでもらえるようになったのに、もし裏切ることになったらと思うと」
「裏切ることなどあり得ない。君が草を愛し、誠実に向き合い続ける限り、人はその心に救われる」
真っ直ぐに向けられる灰色の瞳に、心が震えた。私は思わず目を逸らしたが、彼の声は静かに追いかけてくる。
「人は薬だけを求めているのではない。君が草に込めた思いを求めている。それがある限り、君は決して一人ではない」
涙が込み上げ、私は掌でそっと拭った。
「……どうしてそんなふうに言えるんですか」
「私も同じだからだ。草に救われ、孤独から解かれた人間だから」
彼の告白に胸が震え、言葉が出なかった。
外の雨音が一層強まり、窓を震わせる。だが、小屋の中は炎の光と草の香りに包まれ、安らぎが広がっていた。アルディスは私の肩に手を置き、静かに囁いた。
「恐れるときは、この手を取れ。何度でも支える」
温かな声と掌の重みが、不安を溶かしていく。
私は深く息を吸い込み、小さく頷いた。
「……はい。ありがとうございます」
その瞬間、雨雲の向こうから雷鳴が響いたが、もう胸は揺れなかった。隣にいる彼の存在が、確かな光となって心を照らしていた。
夜はまだ長く、雨も止む気配はなかった。けれど私たちの間に流れる静かな時間は、どんな嵐にも消されることのない、強い絆へと変わりつつあった。
第15話 市場に届く薬草の香り
〇
雨の続いた数日が過ぎ、森に再び陽光が戻ってきた。濡れた草葉は光を受けて瑞々しく輝き、畑のカモミールやタイムもいっそう香りを強めていた。私は籠いっぱいに摘んだ草を抱え、小屋の前で干し台に広げた。太陽の熱で水気が抜けていくと、部屋の中に清らかな香りが満ちていく。
そのとき、村の代表を務める老人が訪ねてきた。杖をつきながらも背筋は伸び、真剣な眼差しを向けてくる。
「リオナ殿。村の市で、そなたの薬草を出してはどうかという話が出ておる」
思いがけない提案に、私は息を呑んだ。市場――それは村を越え、周囲の町からも人が集まる大きな場。そこで草を並べるなど、夢にも思わなかった。
「わ、私が……市場に?」
「うむ。すでに村の者たちはそなたの草を頼りにしておる。ならば広く知ってもらうのがよいだろう」
老人の声は穏やかだが、確かな期待を帯びていた。胸の奥に緊張が走る。人々に認められるのはうれしい、けれど同時に怖さも増していく。
言葉を探していると、背後からアルディスの声がした。
「悪くない話だ。君の草がさらに多くの人を救うだろう」
振り向けば、灰色の瞳が真剣にこちらを見つめている。
「だが決めるのは君だ。誰かの期待に押されて選ぶ必要はない。君が望むならばでいい」
胸の奥で波立つ感情を押さえ、私は深く息を吸った。人々に草を渡すたびに芽生えた誇り、その灯を思い出す。
「……やってみたいです。怖いけれど、もっとたくさんの人に草を届けたい」
そう告げると、老人の顔に安堵の笑みが広がった。
市場へ――新しい舞台への一歩を踏み出す決意を胸に、私はそっと草束を抱きしめた。
△
市場の日が近づくにつれ、私は小屋の中で準備に追われていた。棚に並ぶ草を一束ずつ選び、紙に包み、紐で結わえる。袋には用途を書き添え、煎じ方を丁寧に記す。慣れない手作業に額から汗が滲み、指先は少し赤くなった。それでも胸の奥には不思議な高揚感があった。
「リオナ、休んだ方がいい」
背後から聞こえた声に振り返ると、アルディスが立っていた。腕まくりをして、彼もまた草を束ねる手伝いをしてくれている。公爵が紐を結ぶ姿はどこか不釣り合いだが、その真剣さに胸が熱くなる。
「ありがとうございます。でも……私、自分の手でやりたいんです。これは薬草師としての初めての挑戦だから」
「ならば、私は隣で支えるだけだ」
灰色の瞳に宿る静かな光が、背中を押してくれる。
夜遅くまで続いた作業が終わるころ、部屋は乾いた草の香りでいっぱいになっていた。机の上に整然と並んだ包みを見ていると、胸の奥が熱くなる。これを市場に持っていけば、見知らぬ人々の暮らしを支えることができるかもしれない――そう思うと、指先が震えた。
「怖いか?」
「……はい。でも、楽しみでもあります」
「その心があれば十分だ。人は誠実さに惹かれる。君の草にはそれが宿っている」
その言葉に少し勇気が芽生えた。窓の外では月が森を照らし、吊るした草束を淡い銀色に染めていた。夜の静けさの中で、私は深く息を吸い込み、新しい一歩に備える決意を固めた。
市場へ向かう朝は、すぐそこまで迫っていた。
◇
市場の日の朝、村の広場はすでに活気に包まれていた。色とりどりの布で飾られた屋台が並び、果物や穀物、布地や木工品が賑やかに並んでいる。人々の声が重なり、牛や馬のいななきが混じり合っていた。私は籠いっぱいの草の包みを抱え、アルディスとともに広場の一角に立っていた。
初めての市場。胸は高鳴り、同時に不安で震えていた。人々の視線を浴びながら布を広げ、草を並べていく。カモミール、ラベンダー、タイム……香りが風に乗り、周囲に広がった。
最初に近づいてきたのは、町から来た旅人だった。
「これは眠りに効くと聞いたが、本当か?」
「はい。お湯で煮出して飲めば、心が落ち着きます」
説明すると、彼は銅貨を差し出し、包みを受け取って笑顔を見せた。その瞬間、胸の奥に熱が広がった。――ここでも私の草は求められている。
次に若い母親が子どもを連れてやってきた。
「咳が止まらなくて……」
私はタイムとリコリスの根を包み、使い方を丁寧に伝える。母親は深く頭を下げ、子どもは草の香りを嬉しそうに嗅いでいた。
次々と人が訪れ、草は次第に減っていった。賑やかな声の中で、私はひとりひとりと向き合い、草を渡し、言葉を交わした。そのたびに心の奥が温かく満たされていく。
ふと気づくと、私の前には小さな列ができていた。市場の喧騒の中で、草の香りを求める人々が集まっている。アルディスがその様子を見守り、灰色の瞳に誇らしげな光を宿していた。
太陽が真上に昇るころ、用意した草はほとんどなくなっていた。籠の底を見つめ、私は深く息を吐いた。疲労で体は重かったが、心は驚くほど軽やかだった。
「……できました。私、市場で……草を売れました」
声にすると、隣に立つアルディスが微笑んだ。
「誇れ、リオナ。君は確かに薬草師として、一歩を踏み出したのだから」
市場のざわめきの中で、その言葉が胸に深く刻まれていった。
第16話 初めて得た対価と人々の声
〇
市場から戻った日の夕暮れ、小屋の卓の上には銅貨や銀貨がいくつも並んでいた。袋に入れていたそれらをそっと広げると、光を受けて淡く輝き、胸の奥がじんわりと熱くなった。
私は指先で一枚を持ち上げ、しばらく見つめた。これまで草を売っても得られるのはほんのわずかな銅貨で、糊口をしのぐのがやっとだった。けれど今日は違う。自分の草が、こんなにも多くの人に求められ、対価として渡されたのだ。心臓が高鳴り、目の奥が熱を帯びる。
「……リオナ」
背後からアルディスの声がした。振り返ると、彼は窓際に立ち、夕陽に照らされながらこちらを見ていた。
「君の草を求めた人々の顔を、忘れるな。笑顔も、安堵も、すべて君がもたらしたものだ」
「……はい。でも、まだ信じられなくて。私がこんな……」
「信じればいい。これは夢ではなく、君が掴んだ現実だ」
彼の言葉に、胸の奥でまた涙がこみ上げた。けれどそれは悲しみではなく、温かさに満ちた涙だった。
卓に並ぶ硬貨を一つずつ袋に戻しながら、私は心の中で静かに呟いた。――この対価は、私を追い出した家のためではない。ここで草を育て、人々に届けた私自身の歩みの証なのだと。
外では鳥が森に帰り、夜の帳が下り始めていた。吊るされた草束が揺れ、柔らかな香りが小屋を満たす。私は深く息を吸い込み、心に刻んだ。
――薬草師として、私はもう後ろを振り返らない。
△
袋に収めた硬貨を膝の上で抱きしめながら、私は炉の前に座り込んでいた。火の明かりに照らされた銅貨や銀貨の重みが、ただの金属ではなく、誰かの感謝の形だと感じられる。指先に伝わる冷たさの奥に、人々の笑顔や安堵が重なり、胸の奥が熱で満ちていった。
ふと耳に残っている声が甦る。市場で草を受け取った母親の「これで子が眠れるといい」、旅人の「遠くへ行くが、この草を持っていけば安心だ」、年配の男の「腰が楽になるならどれほど助かるか」。ひとつひとつの言葉が、私を支える柱となっていた。
「リオナ」
声に顔を上げると、アルディスが湯を沸かし、茶を注いでこちらに差し出していた。
「市場での働きぶりを見ていた。君は立派に人々と向き合っていた。誇りに思う」
受け取ったカップを両手で抱え、香りを吸い込む。ミントと蜂蜜の甘やかな香りが胸いっぱいに広がり、涙が零れそうになった。
「私……やっと、役に立てたんですね」
「やっと、ではない。君は最初から役に立つ存在だった。ただ、人々がようやくそれに気づいたのだ」
灰色の瞳が真摯に私を見つめ、その言葉が心の奥深くまで沁みていく。
私は膝の上に置いた袋を撫で、静かに頷いた。
「この硬貨は……草の価値だけじゃない。私の時間や心も認めてもらえた気がします」
「その通りだ。そしてそれを大切に使えば、また人を癒す力になる」
窓の外では、夜の帳が降り、森に星が瞬き始めていた。硬貨の重みを抱きながら、私は初めて心の底から笑みをこぼした。
――薬草師リオナ。人々の声と共に、その名は静かに根を下ろし始めていた。
◇
その夜、私は眠りにつく前に袋をもう一度取り出した。硬貨のひとつを掌にのせ、炉の明かりにかざす。銅色にきらめくその小さな円が、これまでの孤独な日々を照らし返すように思えた。追い出されたあの日、ただ生きるために草を摘んでいた自分には想像もできなかった光景だ。
私は掌をぎゅっと握りしめ、胸の奥に小さく誓いを立てた。――この硬貨を無駄にはしない。暮らしを少しでも豊かにし、人々に返していく。私にできるのはそれだけだ。
外から風が吹き込み、吊るされた草束が揺れて香りを立てる。その音に耳を傾けていると、背後からそっと毛布が掛けられた。振り返ればアルディスが立ち、微笑を浮かべていた。
「疲れただろう。今夜はゆっくり眠れ」
「……はい。ありがとうございます」
彼の声は静かで、けれど胸の奥に強く響いた。私は微笑み返し、硬貨を袋に戻して毛布を抱きしめた。
窓の外では星が冴え、森を淡く照らしている。遠くから聞こえる夜鳥の声に、心が静まっていく。重くのしかかっていた不安は、もうそこにはなかった。
――人々に必要とされるという実感。得た対価は小さくとも、その一枚一枚が私を支えている。
私は目を閉じ、草の香りに包まれながら眠りに落ちていった。
明日もまた、新しい一歩が待っている。
第17話 村を包む癒しの香り
〇
翌朝、森を抜ける風はやわらかく、畑に並ぶ草花をそよがせていた。カモミールの白い花が陽光を浴びて輝き、タイムの小さな葉が露を弾いてきらめく。私は腰をかがめ、葉先を確かめながら刈り取っていった。心は穏やかで、昨日までの不安が嘘のように軽くなっていた。
市場で草を求めた人々の顔が、何度も頭に浮かんでくる。母親の安堵の笑み、旅人の力強い握手、年老いた男の深い礼――そのすべてが胸に刻まれていた。私の手で摘んだ草が、誰かの暮らしを支えている。そう思うと、背筋に確かな力が宿る。
小屋へ戻る途中、道端で声をかけられた。見れば、数人の村人が立っている。
「リオナさん! 草を分けてもらえませんか?」
「母がようやく眠れるようになったんです。本当にありがとう」
差し出される笑顔と礼に、胸が熱くなった。私は籠から乾いた草を取り出し、包んで手渡す。村人たちは何度も礼を述べて帰っていった。
扉を閉めたあと、私は深く息を吐いた。胸の奥に広がるのは疲れではなく、静かな喜びだった。追い出された娘ではなく、薬草師リオナとして迎えられている。村全体を包むこの変化が、確かに自分を支えているのだと実感できた。
そのとき、窓辺から声がした。
「人々が笑顔になるのは、君の力だ」
振り向けば、アルディスが穏やかな表情で立っていた。灰色の瞳が優しく細められ、心の奥にまた温かな光が灯る。
森を渡る風が小屋に草の香りを運び、ふたりの間に広がっていった。
△
昼下がりになると、さらに多くの村人が小屋を訪ねてきた。子どもを抱いた母親が咳を訴え、農夫の妻が疲労を口にし、羊飼いの青年が眠れない夜を打ち明ける。その一人ひとりに応じて草を選び、袋に詰めて手渡す。すると、皆が口々に「ありがとう」と言って帰っていった。小屋の中は忙しくも、心地よい温もりで満ちていた。
ふと気づくと、扉の外で人々が順番を待っている。かつては避けられていた自分の小屋に、今は列ができている――その光景に胸が震えた。私は深呼吸をして、笑顔を浮かべながら次の人を迎え入れた。
「リオナさん、これのおかげでよく眠れました」
「父が痛みを忘れて笑ってくれたんです」
そう告げられるたび、胸の奥で小さな灯が強く燃え上がった。人々の声は、疑いようもなく私を支えている。
夕刻、ようやく人の流れが落ち着いたとき、私は卓に突っ伏した。指先にはまだ草の香りが残り、体は重い。けれど心は不思議なほど軽やかだった。
「……少しは役に立てたでしょうか」
思わず漏れた言葉に、背後から落ち着いた声が重なる。
「役に立ったどころではない。君は村全体を照らしている」
顔を上げれば、アルディスが扉にもたれかかっていた。彼の灰色の瞳には、誇りのような光が宿っている。
「リオナ。今日、人々がここに集まったのは偶然ではない。君が信頼を築いたからだ」
「……私が、信頼を」
「そうだ。薬草師として、そしてひとりの人間として」
その言葉に胸が熱くなり、私は目を伏せて小さく頷いた。窓の外では夕陽が森を赤く染め、吊るされた草束を黄金色に照らしていた。
◇
夕陽が森を赤く染め、村人たちの足音が遠ざかると、小屋の中には静けさが戻ってきた。机の上には空になった籠と、香りの残る草屑が散らばっている。私は深く息を吸い込み、胸いっぱいに草の匂いを取り込んだ。疲労で体は重く、指先にはかすかな痛みが残っていたが、それ以上に心は満ち足りていた。
「今日は……本当にたくさんの人が来ましたね」
思わず言葉が漏れると、炉のそばに腰かけていたアルディスが微笑を浮かべた。
「君が求められている証拠だ。薬草師リオナの名は、もう村に根付いた」
「……夢みたいです。追い出されて、ひとりで草を摘んでいた私が、こんなふうに人に必要とされるなんて」
「夢ではない。君が歩んだ道が導いた現実だ」
彼の声は穏やかで、けれど揺るぎない力を宿していた。その言葉に胸が震え、私は思わず俯いた。追い出された日の冷たい視線や言葉が、今では遠い過去の影のように思える。代わりに胸の奥に刻まれているのは、人々の笑顔と「ありがとう」という声だった。
アルディスは炉の火を整え、私の前にカップを置いた。湯気と共に立ちのぼるのは、カモミールとリンデンフラワーの甘い香り。
「今日は体も心も酷使しただろう。休めるための茶だ」
私は両手でカップを抱え、そっと口に含んだ。舌に広がるやさしい甘さが喉を通り、胸の奥をゆっくりと癒していく。
「……あたたかいです」
「君がそう感じてくれるのなら、それだけで十分だ」
灰色の瞳が炎に照らされ、やさしく輝いていた。その視線に包まれると、不思議と涙が込み上げそうになった。
窓の外では、夜の帳が静かに下りていく。星がひとつ、またひとつと瞬き、小屋の中を包む静けさと溶け合っていた。私はカップを抱きしめながら、胸の奥で静かに誓った。
――薬草師として、人々を癒やすことを恐れない。ここが私の居場所であり、これからも歩む道なのだと。
その誓いは炎の灯のように揺らめきながらも、決して消えることはなかった。
第18話 祭りの余韻と新たな評判
〇
夜が明けると、村はどこか浮き立った空気に包まれていた。市場で草を分けた人々が、口々にその効き目を語り合っていると聞いたのだ。広場では井戸端に集まる女たちが「昨夜はぐっすり眠れた」と笑い合い、畑に向かう農夫たちが「腰の痛みが軽くなった」と声をかけ合っていた。
私は小屋の窓からその様子を眺め、胸の奥がくすぐったくなるのを感じていた。わずか数か月前、村を追われた私が、今はこうして人々の話題に上っている。誇らしいようで、少し照れくさかった。
朝の仕事をしていると、戸を叩く音がした。開けると、そこには若い娘が立っていた。
「リオナさん……あの、草を分けていただけませんか? 母があなたのお茶を飲んで、心が落ち着いたと言って……」
頬を赤らめながら告げる声に、胸の奥が熱くなった。私はすぐにラベンダーとレモンバームを包み、使い方を丁寧に伝えた。娘は嬉しそうに何度も礼を言い、駆けて帰っていった。
その後も次々と人が訪れた。疲れを癒したい者、眠りを求める者、痛みを和らげたい者。扉の前にはいつしか列ができ、草を求める声が絶えなかった。小屋の中は香りと人の熱気でいっぱいになり、私は忙しくも幸せに応じ続けた。
夕刻、ようやく人の流れが途切れたころ、私は机に突っ伏した。疲労で肩は重く、手は赤くなっていたが、心は満ち足りていた。――薬草師リオナ。その名は、確かに村に根を張りつつあった。
△
夕暮れが近づくころ、広場から戻ってきた子どもたちが小屋の前を駆け抜けていった。
「リオナさんのお茶を飲んだら、母さんがぐっすり寝ちゃった!」
「うちの爺ちゃんも腰が軽くなったんだって!」
無邪気な声が森に響き、私は扉の影に立ちながら思わず微笑んだ。自分の育てた草が、こうして子どもたちの喜びにまでつながっている。胸の奥に温かなものが灯り、体の疲れが和らいでいくようだった。
そのとき背後から静かな声がした。
「評判が広がっているな」
振り返れば、アルディスが灰色の瞳を細めて立っていた。陽が沈みかけ、彼の姿は金色に縁どられている。
「……恥ずかしいです。皆が“リオナさんのおかげ”なんて言うから」
「恥じる必要はない。君が人々に与えたものは確かで、誰もがそれを知っている」
彼の声に支えられ、胸の奥がじんと熱くなった。私は机に積まれた草束を見つめながら、小さく呟いた。
「もっと……もっと役に立ちたいです。村だけじゃなく、遠くの人にも」
「その望みを叶える日も遠くはないだろう。評判は村を越え、町にも届き始めている」
アルディスの言葉に息を呑んだ。まだ実感はないけれど、もし本当に町から人が訪れるようになったら――私の歩む道はさらに広がっていくのだろう。
夜風が窓から吹き込み、吊るした草束を揺らした。葉が触れ合い、かすかな音を立てる。その音がまるで未来の扉を叩く合図のように思えて、私はそっと目を閉じた。
「アルディス……私、怖いけれど、楽しみでもあります」
「その心を忘れるな。恐れと喜びの両方を抱いてこそ、人は成長する」
炎の明かりに照らされた彼の横顔は穏やかで、どこまでも揺るぎない。私はその姿を胸に焼き付けながら、明日も草を摘む決意を新たにした。
◇
夜が更けると、村は静まり返った。広場のざわめきも遠ざかり、虫の声と風に揺れる木々の音だけが響いている。私は小屋の窓を開け、冷たい夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。草の香りと混じり合った空気は清らかで、今日一日の余韻を穏やかに沈めてくれる。
卓の上には、昼間に用意した草束の残りが並んでいた。市場や村人に渡した分だけ棚はすっかり軽くなり、見慣れた小屋の光景がどこか誇らしく見えた。かつては孤独に積み重ねていた草の束が、今では人々を癒す証になっている。
その光景に見入っていると、後ろから足音が近づいた。
「眠れないのか?」
振り向けば、アルディスが灯りを手に立っていた。柔らかな光が彼の灰色の瞳を照らし、静かな笑みを浮かべている。
「少し……胸が高鳴って眠れそうにありません」
「それは悪いことではない。君が歩み始めた証だから」
彼は窓辺に寄り、外を見やった。星々が夜空に瞬き、森を淡く照らしている。
「人々の声はすぐに町へ届くだろう。君の草は、村を越えて求められるはずだ」
その言葉に息を呑む。遠くの町へ――そんな未来を想像したこともなかった。けれど、今は胸の奥で小さな炎のような期待が燃え始めていた。
私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。草の香り、夜気の冷たさ、そして隣にいる彼の気配。そのすべてが心を支えてくれる。
「……私、もっと強くなりたいです。人々の期待に応えられるように」
「君はもう強い。だが、さらに歩むなら、私はずっと隣にいる」
温かな声が胸に響き、涙が滲んだ。
小屋を包む夜の静けさの中で、私は新しい決意を胸に抱いた。――薬草師として、村を越えて広がる未来へ。
窓の外で星が流れ、その光がまるで祝福のように輝いていた。
第19話 町からの訪問者
〇
翌朝、森を抜ける小道に人影が見えた。荷馬車に荷を積み、見慣れぬ衣をまとった数人が村へと入ってくる。村人たちがざわめき、広場に集まり始めた。私も胸のざわめきを覚えながら、小屋の前からその光景を見つめていた。
馬車が止まると、中から町の商人らしい男が降りてきた。太いベルトに革の靴、腰には帳簿を下げている。彼は村の長に一礼すると、周囲を見渡して声を上げた。
「この村に“薬草師リオナ”がいると聞いた。ぜひ会いたい」
名を呼ばれた瞬間、胸が跳ねた。村人たちが私を振り返り、背中を押すように視線を向ける。私は緊張で手を握りしめながら、ゆっくりと歩み出た。
「……私がリオナです」
商人は目を細めて微笑んだ。
「やはり若い。だが噂は町にまで届いている。眠りを深くし、痛みを和らげる草を扱う薬草師がいると」
その言葉に村人たちの間から小さなどよめきが起こる。私の名が、もう村だけでなく町に広がっている――その事実に足が震えた。
商人は懐から紙を取り出し、私に差し出した。
「町の市で、あなたの草を扱いたい。もしよければ、次の市に出品してくれないか」
思わぬ申し出に言葉を失う。だが背後から感じる村人たちの温かな視線、そして灰色の瞳で静かに見守るアルディスの存在が、私の心を支えていた。
胸の奥で息を整え、私は小さく頷いた。
「……はい。喜んで」
その瞬間、村に歓声が広がった。草の香りが風に乗り、未来の扉が静かに開かれた気がした。
△
商人の言葉を受けた瞬間、胸の奥が熱く波打った。追い出され、ひとりで草を摘んでいた自分が、町で求められる日が来るなんて――夢にも思わなかった。私は震える手を胸に当て、深呼吸を繰り返した。
「……本当に、私でいいのでしょうか」
思わず口から漏れた問いに、商人は首を振って笑った。
「君だからこそだ。人々の噂は誇張ではなかった。草に込められた思いが、人の心を癒すと皆が口にしている」
その言葉に村人たちが頷き合い、口々に賛同の声を上げた。
「リオナさんのおかげで眠れるようになった!」
「腰の痛みが和らいだんだ!」
「だからこそ町の人にも知ってもらいたい!」
次々と響く声に、頬が熱を帯びていく。これまで向けられることのなかった信頼と感謝が、今は私を包んでいた。
そのとき、背後から穏やかな声がした。
「リオナ。君が望むなら、挑んでみるといい」
振り向けば、アルディスが人々を背にして立っていた。灰色の瞳がまっすぐに私を見つめ、その存在が揺れる心をしっかりと支えてくれる。
「町の市に草を並べることは、新しい一歩だ。だが、それを歩むかどうかは君の自由だ」
静かな言葉に胸が震えた。誰もが私に期待を寄せている。けれど最後に選ぶのは自分自身だ――その当たり前の真実が、彼の声によって強く胸に刻まれた。
私は拳を握り、視線を上げた。
「……はい。町へ行きます。私の草を、もっとたくさんの人に届けたい」
宣言すると、村人たちの間から歓声が沸き起こった。商人は満足げに頷き、手を差し伸べてきた。私はその手をしっかりと握り返し、胸の奥で小さな炎が勢いを増して燃えるのを感じていた。
未来へ続く道は、確かに今、広がり始めていた。
◇
その夜、小屋の中は静けさに包まれていた。昼間の出来事が胸に残り、私は炉の前で膝を抱えていた。町からの誘い――胸の奥はまだ高鳴り、落ち着きを取り戻せない。
卓の上には、商人から渡された紙が置かれている。そこには次の市の日程と条件が記されていた。丁寧な文字を指でなぞると、不安と同時に大きな期待がこみ上げてくる。町で草を並べるということは、見知らぬ人々と出会い、新たな評価を受けることでもある。胸の奥がざわつき、眠気は遠のくばかりだった。
「眠れそうにないか」
背後から声がして振り返ると、アルディスが立っていた。彼は私の前に歩み寄り、炉に薪をくべると、やわらかな炎が再び部屋を明るく照らした。
「……怖いんです。町に行って、本当に通用するのか。失敗して笑われるんじゃないかって」
震える声で吐き出すと、彼は静かに首を振った。
「恐れるのは当然だ。だが、君はもう村で十分に証明した。町の人々も同じように癒されるだろう」
灰色の瞳が炎に揺れ、私をまっすぐに見据える。その確信に満ちた声が胸を支え、少しずつ不安が溶けていった。
「……私、やってみます。怖くても。だって、もっと多くの人に草を届けたいから」
そう告げると、アルディスの口元に穏やかな笑みが浮かんだ。
「その決意を誇りに思う。私は君と共に行こう」
心臓が強く跳ねた。隣に彼がいてくれる――その事実が、どんな恐れよりも力強かった。
窓の外には星々が瞬き、森を銀色に照らしている。私は深く息を吸い込み、夜空を見上げた。
――町への道はもう決まった。薬草師リオナとして、次の一歩を踏み出すのだ。
炎の揺らめきと星の光に抱かれながら、私は静かに未来を思い描いていた。
第20話 町への旅立ち
〇
夜明けとともに森は霧に包まれていた。木々の間から差し込む朝陽が白い靄を透かし、草葉の露をきらめかせる。私は籠いっぱいに包んだ薬草を抱え、小屋の前に立っていた。緊張と高揚が胸の奥で交錯し、指先が自然と震える。
戸口にはすでにアルディスが立っていた。落ち着いた外套を羽織り、馬を引きながらこちらを見つめる灰色の瞳は、いつもよりも深い光を宿している。
「準備はできたか、リオナ」
「……はい。でも、やっぱり少し怖いです」
「当然だ。初めての一歩には誰でも震える。だが、その震えこそが君の誠実さの証だ」
その言葉に支えられ、私は大きく息を吸った。籠の中には、村で求められた草たちがぎっしりと詰まっている。カモミール、ラベンダー、タイム、リコリスの根。ひとつひとつに人々の顔が思い浮かび、勇気が湧いてきた。
村の広場に出ると、すでに何人もの人々が集まっていた。彼らは口々に声をかけてくれる。
「リオナさん、頑張って!」
「町の人にも、俺たちと同じように草を届けてやってくれ!」
その励ましに胸が熱くなり、涙が込み上げる。私は笑顔で頭を下げ、皆に礼を告げた。
やがて馬車に荷を積み込み、アルディスが手を差し伸べてくれる。その手を握り、乗り込んだ瞬間、心臓が高鳴った。車輪がきしむ音と共に、馬車はゆっくりと動き出す。
村の人々が手を振り、草の香りが風に乗って広がる。その光景を胸に焼き付けながら、私は静かに誓った。――薬草師リオナとして、町で必ず自分の草を届けるのだと。
△
森を抜ける道は朝露に濡れ、馬車の車輪が小さな水音を立てて進んでいた。私は籠を抱えたまま揺れる座席に腰かけ、窓の外をじっと見つめていた。村から離れるのは久しぶりで、胸の奥は期待と不安でいっぱいだった。
「表情が硬いな」
隣に座るアルディスが穏やかに声をかける。
「……はい。町には人がたくさんいますし、私の草を本当に受け入れてくれるのか……」
「受け入れるさ。君の草は村で証明された。それはどこへ行っても変わらない」
灰色の瞳がまっすぐに私を見据え、その強さに心が少しずつ和らいでいった。
道中、森を抜けるたびに景色は変わっていく。広がる畑、石造りの橋、小さな集落。どこを通っても人々が手を振り、馬車を見送ってくれる。私は胸に熱を覚え、窓から身を乗り出して小さく手を振り返した。
「リオナ、君はもう一人ではない。君の背には人々の願いがある」
「……そうですね。だから、怖がってばかりはいられません」
昼を過ぎたころ、遠くに町の城壁が見え始めた。高くそびえる石の壁の向こうから、人々のざわめきや鐘の音がかすかに届いてくる。初めて目にするその景色に、胸が大きく脈打った。
馬車が坂を下ると、道の先に町の門が現れた。行き交う人々の声、荷を積んだ商人の掛け声、香辛料や焼き菓子の香り――すべてが鮮烈で、私は思わず息を呑んだ。
アルディスが静かに告げる。
「リオナ。ここからが新しい舞台だ。胸を張れ」
その言葉に頷き、私は籠を抱きしめた。
町の喧騒が近づき、未来への扉が音を立てて開かれていくのを感じていた。
◇
町の門をくぐった瞬間、胸の奥で大きな鼓動が響いた。目の前に広がる光景は、これまでの村の暮らしとはまるで別世界だった。石畳の道の両脇には色鮮やかな布をかけた店が並び、果物や香辛料の香りが風に乗って混ざり合う。人々のざわめきは絶え間なく、馬車の音や商人の掛け声が重なっていた。
私は籠をしっかりと抱きしめながら、目を丸くしてあたりを見回した。心臓は早鐘のように打ち、指先が汗ばんでいる。
「……すごい、人の数……」
「圧倒されるのも無理はない。だが恐れる必要はない。ここでも君の草はきっと求められる」
アルディスの声が背中を押すように響く。その灰色の瞳に見守られると、胸の奥の緊張が少しずつほどけていった。
市場へ向かう道すがら、人々の視線が自然とこちらに集まっていることに気づく。馬車を引く公爵の姿と、その隣に並ぶ私の姿――場違いではないかと不安がよぎる。だが、アルディスが何事もないように歩を進めるのを見て、私も勇気を奮い立たせた。
やがて辿り着いた広場には、村の市よりもはるかに大きな市場が広がっていた。布や宝石、陶器、異国の果実までが所狭しと並び、買い物客の笑い声や値切りの声が飛び交っている。活気に圧倒されながらも、私は籠の中の草を確かめ、深く息を吸った。
――ここで私は草を並べる。薬草師リオナとして。
アルディスが隣で囁く。
「胸を張れ、リオナ。君が歩んできた道が、今ここで花を咲かせる」
その言葉に小さく頷き、私は市場の中央へと足を踏み出した。
未来への扉が、確かに今、目の前で開かれていた。
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