婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら

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第6話 王妃の試しと、揺るがぬ決意

 翌日、王都から再び使者がやって来た。今度は以前よりも華美な馬車で、金の縁取りを施した衣を纏った従者が、村人たちの視線を集めながら進む。クラリスの小屋の前で止まると、扉が開き、中から姿を現したのは堂々とした気配を纏う女性だった。

「まさか……王妃様?」
 村人たちがざわめく。クラリスも驚きに息を呑む。女性の瞳は鋭く、宝石のような青を宿していた。王妃は彼女を真っ直ぐに見据え、冷ややかに告げた。

「あなたが、クラリスという娘ね」
「……はい」
「第三王子と親しくしていると聞きました。愚かにも、その身で彼を惑わせるのですか」
 言葉は容赦なく、胸に突き刺さる。クラリスは唇を噛み、必死に平静を装った。

「私は……ただの農家です。殿下にふさわしいなどとは思っていません」
「ならば、今すぐ身を引きなさい」
 命令のような響きに、周囲の空気が凍る。クラリスは視線を落とし、土の上に握った拳を落とした。だが、心の中では消えない熱が燃えている。

「……でも」
「何ですって?」
「殿下は私の畑に来て、土に触れてくださいます。私にとって、それは大切な時間です。誰かに奪われていいものではありません」
 自分でも驚くほど強い声が出た。村人たちは息を呑み、王妃の眉が僅かに動いた。


 緊張が張り詰めたその場に、馬を駆る音が近づいた。林道の奥から、レオニールが現れる。外套を脱ぎ捨て、息を荒げながら馬を降りると、王妃の前に立った。

「母上! ここで何をしておられるのです」
「レオニール……あなた、この娘に心を乱されているのでしょう」
「心を乱されているのではありません。救われているのです」
 灰色の瞳が強く輝く。レオニールはクラリスの隣に立ち、その手を取った。

「僕はこの人と共にありたい。身分も立場も関係ありません。母上でも、この想いを否定することはできません」
「無礼者!」
 王妃の声が広場に響き渡った。だが、村人たちは息を殺して二人を見守る。クラリスの手を握る力が強くなり、彼女の心臓も高鳴った。

「あなたは王子です。王国の未来を担うのですよ」
「だからこそ、偽りではなく真実を選ぶべきです」
 レオニールの言葉は重く、静かに響いた。王妃は一瞬言葉を失い、視線を逸らした。その間に、クラリスは勇気を振り絞り、王妃へ一歩進み出た。

「……私は殿下の未来にふさわしいかどうか、わかりません。でも、殿下の隣にいることで、土と人の心を繋ぐ力になれると信じています」
 言葉は震えていたが、芯は強かった。王妃の瞳がかすかに揺れる。


 長い沈黙の末、王妃は溜息を吐き、扇で口元を隠した。

「愚かだと思ったけれど……意外に、悪くはないわね」
「母上?」
「試したのです、この娘を。口先だけで殿下に取り入ろうとするのか、それとも己を貫くのか」
 王妃はクラリスを真っ直ぐに見据えた。

「覚悟があるのなら、しばらく見守りましょう。だが、王都にはまだ反対の声が多い。簡単に許されると思わないことね」
「……ありがとうございます」
 クラリスは深々と頭を下げた。レオニールは安堵の笑みを浮かべ、彼女の手をそっと包んだ。

「クラリスさん、あなたは強い」
「強くなんて……震えてばかりです」
「それでも、逃げなかった。僕はその勇気を、誇りに思います」
 雨上がりの空に虹がかかり、光が畑を照らしていた。二人の影は重なり合い、静かな未来への道を指し示していた。
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