婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら

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第9話 揺らぐ村と、元婚約者の訪問

 王子たちが村を去った後も、村人たちの間では噂が尽きなかった。市場に立てば「第三王子と本当に恋仲なのか」「王妃様も来たらしい」と、囁き声が耳に届く。クラリスは笑って受け流すよう努めるが、胸の奥は静かにざわめいていた。

「畑に集中すれば、余計なことを考えなくて済むわ」
 そう自分に言い聞かせて鍬を振るう。だが土を返すたび、昨日のレオニールの言葉――「揺るがない」という強い声が蘇る。心が熱を帯びて、鍬を握る手まで汗ばむ。

 昼過ぎ、市場に荷を運んでいると、不意に馬蹄の音が鳴り響いた。見慣れた顔に、クラリスの背が凍る。

「やあ、クラリス」
 馬から降り立ったのは、かつての婚約者ダリオだった。華やかな衣を身に纏い、横には豪奢な装飾を施した馬車。中から現れたのは、彼の新しい婚約者イザベラ。

「まさか、こんな泥にまみれた生活をしているとは思わなかったよ」
「……何の用ですか」
「噂を聞いたのさ。落ちぶれた元令嬢が、王子に取り入っていると」
 周囲がざわめき、クラリスは籠を抱き締めた。


 イザベラが冷笑を浮かべ、わざとらしく鼻にかかった声で言った。
「泥臭い畑女が王子の相手? 笑わせないでちょうだい」
 クラリスの胸が痛み、唇を噛み締める。その時、群衆を割ってレオニールが現れた。

「その言葉、訂正していただこう」
 灰色の瞳が冷たく光る。ダリオはぎょっとしたが、すぐに虚勢を張った。
「お、おや……殿下ではありませんか。ですが、殿下が本気でこの娘を――」
「僕が選んだのはクラリスだ。君たちにとやかく言われる筋合いはない」
 その声には威厳が宿り、市場のざわめきが凍り付く。イザベラは顔を青ざめさせ、ダリオも言葉を失った。

「ここは村だ。王都の虚飾を持ち込む場所ではない。土を軽んじる者には、この土地の人々の心も理解できないだろう」
 レオニールの断言に、村人たちが拍手を送る。ダリオとイザベラは顔を真っ赤にし、慌ただしく馬車に乗り込んで去っていった。


 市場の空気が和らぎ、人々がクラリスに励ましの言葉をかける。彼女は胸を熱くしながら、レオニールに頭を下げた。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
「僕は当然のことをしただけです」
「でも、あんなふうに強く言ってくださるなんて……」
 レオニールは彼女の手をそっと取った。

「僕はあなたを守る。どんな噂があっても、どんな誰かが蔑もうとも」
 その言葉に、クラリスの目から涙がこぼれた。人前で泣くことを恥じる気持ちは不思議と湧かなかった。ただ、その温もりに身を委ねたいと思った。

 市場のざわめきの中で、二人の影は寄り添い、未来へと続く道を照らしていた。
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