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第9話 揺らぐ村と、元婚約者の訪問
〇
王子たちが村を去った後も、村人たちの間では噂が尽きなかった。市場に立てば「第三王子と本当に恋仲なのか」「王妃様も来たらしい」と、囁き声が耳に届く。クラリスは笑って受け流すよう努めるが、胸の奥は静かにざわめいていた。
「畑に集中すれば、余計なことを考えなくて済むわ」
そう自分に言い聞かせて鍬を振るう。だが土を返すたび、昨日のレオニールの言葉――「揺るがない」という強い声が蘇る。心が熱を帯びて、鍬を握る手まで汗ばむ。
昼過ぎ、市場に荷を運んでいると、不意に馬蹄の音が鳴り響いた。見慣れた顔に、クラリスの背が凍る。
「やあ、クラリス」
馬から降り立ったのは、かつての婚約者ダリオだった。華やかな衣を身に纏い、横には豪奢な装飾を施した馬車。中から現れたのは、彼の新しい婚約者イザベラ。
「まさか、こんな泥にまみれた生活をしているとは思わなかったよ」
「……何の用ですか」
「噂を聞いたのさ。落ちぶれた元令嬢が、王子に取り入っていると」
周囲がざわめき、クラリスは籠を抱き締めた。
△
イザベラが冷笑を浮かべ、わざとらしく鼻にかかった声で言った。
「泥臭い畑女が王子の相手? 笑わせないでちょうだい」
クラリスの胸が痛み、唇を噛み締める。その時、群衆を割ってレオニールが現れた。
「その言葉、訂正していただこう」
灰色の瞳が冷たく光る。ダリオはぎょっとしたが、すぐに虚勢を張った。
「お、おや……殿下ではありませんか。ですが、殿下が本気でこの娘を――」
「僕が選んだのはクラリスだ。君たちにとやかく言われる筋合いはない」
その声には威厳が宿り、市場のざわめきが凍り付く。イザベラは顔を青ざめさせ、ダリオも言葉を失った。
「ここは村だ。王都の虚飾を持ち込む場所ではない。土を軽んじる者には、この土地の人々の心も理解できないだろう」
レオニールの断言に、村人たちが拍手を送る。ダリオとイザベラは顔を真っ赤にし、慌ただしく馬車に乗り込んで去っていった。
◇
市場の空気が和らぎ、人々がクラリスに励ましの言葉をかける。彼女は胸を熱くしながら、レオニールに頭を下げた。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
「僕は当然のことをしただけです」
「でも、あんなふうに強く言ってくださるなんて……」
レオニールは彼女の手をそっと取った。
「僕はあなたを守る。どんな噂があっても、どんな誰かが蔑もうとも」
その言葉に、クラリスの目から涙がこぼれた。人前で泣くことを恥じる気持ちは不思議と湧かなかった。ただ、その温もりに身を委ねたいと思った。
市場のざわめきの中で、二人の影は寄り添い、未来へと続く道を照らしていた。
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王子たちが村を去った後も、村人たちの間では噂が尽きなかった。市場に立てば「第三王子と本当に恋仲なのか」「王妃様も来たらしい」と、囁き声が耳に届く。クラリスは笑って受け流すよう努めるが、胸の奥は静かにざわめいていた。
「畑に集中すれば、余計なことを考えなくて済むわ」
そう自分に言い聞かせて鍬を振るう。だが土を返すたび、昨日のレオニールの言葉――「揺るがない」という強い声が蘇る。心が熱を帯びて、鍬を握る手まで汗ばむ。
昼過ぎ、市場に荷を運んでいると、不意に馬蹄の音が鳴り響いた。見慣れた顔に、クラリスの背が凍る。
「やあ、クラリス」
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「まさか、こんな泥にまみれた生活をしているとは思わなかったよ」
「……何の用ですか」
「噂を聞いたのさ。落ちぶれた元令嬢が、王子に取り入っていると」
周囲がざわめき、クラリスは籠を抱き締めた。
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イザベラが冷笑を浮かべ、わざとらしく鼻にかかった声で言った。
「泥臭い畑女が王子の相手? 笑わせないでちょうだい」
クラリスの胸が痛み、唇を噛み締める。その時、群衆を割ってレオニールが現れた。
「その言葉、訂正していただこう」
灰色の瞳が冷たく光る。ダリオはぎょっとしたが、すぐに虚勢を張った。
「お、おや……殿下ではありませんか。ですが、殿下が本気でこの娘を――」
「僕が選んだのはクラリスだ。君たちにとやかく言われる筋合いはない」
その声には威厳が宿り、市場のざわめきが凍り付く。イザベラは顔を青ざめさせ、ダリオも言葉を失った。
「ここは村だ。王都の虚飾を持ち込む場所ではない。土を軽んじる者には、この土地の人々の心も理解できないだろう」
レオニールの断言に、村人たちが拍手を送る。ダリオとイザベラは顔を真っ赤にし、慌ただしく馬車に乗り込んで去っていった。
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市場の空気が和らぎ、人々がクラリスに励ましの言葉をかける。彼女は胸を熱くしながら、レオニールに頭を下げた。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
「僕は当然のことをしただけです」
「でも、あんなふうに強く言ってくださるなんて……」
レオニールは彼女の手をそっと取った。
「僕はあなたを守る。どんな噂があっても、どんな誰かが蔑もうとも」
その言葉に、クラリスの目から涙がこぼれた。人前で泣くことを恥じる気持ちは不思議と湧かなかった。ただ、その温もりに身を委ねたいと思った。
市場のざわめきの中で、二人の影は寄り添い、未来へと続く道を照らしていた。
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