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特別はいらない
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しおりを挟むしばらくして体を離した翠が、穏やかな表情で僕を見下ろす。離れがたいと思ってしまったことに気づかないふりをして、僕はきゅっと唇を噛み締めた。
「陽はおにぎりだけでお腹空いてないの?」
「え、と、……はい」
目を逸らしながら嘘をつけば、「ふーん」と納得していなさそうな低い声が聞こえてくる。
すると、翠は振り返り、歩き始めた。彼が足を止めたのは、冷蔵庫の前。まずいと思って止めようとするけれど、翠の行動の方が早かった。
開かれたドアから冷気が流れ込んでくる。目敏い翠のことだ、すぐに冷蔵庫のチルド室にあるものに気づかれた。
どうしてそんな目立つところに置いたんだと後悔するのも束の間、翠に名前を呼ばれて背筋が伸びる。
「陽」
「…………はい」
すぐに返事をしなかったのは、せめてもの抵抗。
「陽が作ったの?」
「…………はい」
「これって、俺の分……?」
「……はい」
見つかってしまっては、これ以上誤魔化すことはできない。お手上げだと諦めて白状するけれど、翠からは何もリアクションが返ってこない。
「あの、でも、違うんだ。ごめんなさい、勝手にこんなことして気持ち悪いよね。僕が捨てておくから忘れていいよ」
沈黙を埋めたくて、取ってつけたような言葉を繋ぐ。
焦ってあたふたしている僕を見つめて、眉を下げた翠は「ちがう」と小さく呟いた。
「うれしい」
「え?」
「陽からの初めてのプレゼントだ」
そう言う翠は本当に嬉しそうに笑っていて、「写真撮らなくちゃ」と冷蔵庫からいそいそとお皿を取り出している。
まさかそんな風に捉えられると思ってもいなくて、かあっと頬が熱くなる。
ただの自己満足だったのに、翠はこんなに喜んでくれるんだ。なんだか涙がこみ上げてきて、じーんと心が震えた。
翠と結婚する人は、きっと世界で一番の幸せ者だ。些細なことでこちらが驚くぐらい喜んでくれて、どんな時でも優しくて、何よりも大切にしてくれる。
――いいなぁ、彼の運命の番が羨ましい。
なんて、自然に出てきた感情に嫌悪する。
僕なんて、その立場を望むことすらできないのに。
でも、だから、許しが欲しかった。
特別はいらない。
翠の一番になることは望まないから、今はただ彼の傍にいることを許してほしかった。
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