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夢現
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しおりを挟む季節はあっという間に移ろいゆき、すっかり半袖が似合う時期になった。大学生の夏休みは随分と長い。その分、バイトやサークルに精を出したり、普段は行けない海外旅行に出かけて羽を伸ばしたり、実家に帰省したり、充実した時間を過ごす学生がほとんどだ。
(つまらない……)
僕のように、狭いワンルームの片隅でスマホと睨めっこしている学生なんて滅多にいないだろう。だって、しかたない。実家すらない僕には、どこにも行く宛てなどないのだ。
ここまで育ててくれた祖父母は健在だ。優しい彼らは僕が顔を出すと分かったら、いそいそともてなす準備をするだろう。けれど、この暑さの中、わざわざ僕なんかのために無茶させるのは心苦しい。今年は帰ってくるのか、と電話で聞かれたけれど、バイトが忙しくて難しいと嘘をついて誤魔化した。
夏真っ盛りということは、suiだって大忙し。あんなに僕に構う時間を作れていたのが珍しいほど、元々多忙を極めるトップアイドルなのだ。絶賛全国ツアー中の彼は、毎週のように地方を回っている。こっちに帰ってきても、テレビ番組の収録や雑誌の撮影を行っているというのだから、体がいくつあっても足りないだろう。
家主のいない家でやることなんて、たかが知れている。それでもバイト代をいただいている以上、何もしないというのは駄目だと思って掃除や洗濯のために家に行っているけれど、それも決まって翠がいないときを狙っていた。
どうせまたすぐに、翠はどこか遠い地へ旅立ってしまうから。顔を合わせたら、絶対に縋り付いてしまうから。僕は翠に会いたくなかった。
一ヶ月以上の間、毎日のように付けられていた項の噛み跡はほんのりと色付いている程で、もうほとんど消えかかっている。偽りの番の印なのだから当然なのだけれど、現実を改めて思い知らされたようで、やり場のない虚しさに包まれた。
それだけ長いこと会っていないと思うと、寂しくて寂しくてたまらない。もう自分の心を誤魔化せないほど、翠に恋焦がれていた。
(今頃、翠は何万人ものファンを魅了しているんだろうなぁ……)
忙しい合間を縫って、近況報告のように毎日届くメッセージに、今日は西の方でコンサートだって、確かそう書かれていたはず。この街から出たことのない僕にとって、未知の世界だ。遠い遠いその場所から、今日、翠が家に帰ってくることはないだろう。
一週間ぶりに訪れた翠の家。ドアを開けた瞬間、彼の残り香を感じて、無意識にすうと大きく息を吸い込んだ。湧き上がる欲望。心が揺らぐのを必死に抑えて、掃除に取りかかる。
滅多に家にいないおかげで、特に目立った汚れはない。……僕がいる意味あるのかな。そう考えてしまうのを必死に打ち消して、掃除を終えた僕は今度は洗濯に取りかかる。
洗濯カゴの中に入っている、一着のシャツ。手に取った瞬間、鼻腔を蕩かす香りが漂ってきて、胸の奥が疼く。我を忘れてしまいそうになるのをなんとか耐えながら、それ以外を洗濯機に放り込む。
(……これはだめ)
(洗ったら消えちゃうから、だめ)
洗わなきゃいけないと頭では分かっているのに、本能的にそれを拒否してしまう。皺になるほどシャツを握り締めながら、まるで夢遊病にかかったみたいに覚束無い足取りで窓際に向かう。
締め切ったカーテンの中に入り込んで、そのまま座り込む。空は太陽が沈んだ代わりに、月が顔を出していた。抱え込んだ膝にシャツを乗せて、顔を埋める。ぼーっと外を眺めて、僕は大人しく洗濯が終わるのを待っていた。
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