32 / 81
色は匂へど
1
しおりを挟むただ、幸せな夢を見ていた。
はっきりと内容を覚えていないし、突然鳴り響いたスマホの着信音に叩き起こされる形になったけれど。なんだかふわふわとした心地よい目覚めに、まだはっきりと覚醒していない僕はぼんやりと重たい眼を開いた。
「はい……、はい、分かってますから」
「……、……!」
ぱちぱちと瞬きをしてクリアになった視界に飛び込んできたのは、上半身裸の翠。ベッドボードに寄りかかりながら気だるそうに電話しているのを見て、一気に目が覚めた。僕を見下ろしながら淡々と会話していた翠は、僕が起きたことに気づくとふと表情を緩ませた。
昨日、本当に翠とシちゃったんだ。常より高い体温がそれを物語っているかのよう。腰が痛けりゃ、喉も痛い。だけどそれすら嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしい。じくじく痛む項が夢じゃなかったって言っている。
顔を隠すようにシーツの中に潜り込む。目だけを出して様子を窺えば、無理やり翠は電話を切り上げたようだった。
「おはよう」
「……おはようございます」
「ふふ、なに緊張してるの」
「だって……」
どんな風に接すればいいのか分からない。もごもごと言い訳を並べ終わる前に、シーツを奪い取った翠から甘い口付けが降ってくる。
「身体は平気?」
「うん」
「今日は一日ここでゆっくりしていけばいいよ」
「それは、」
そんな贅沢、許されるはずがないだろう。そう思って断ろうとしたところで、続きは言わせないと言わんばかりに再びキスの雨が降り注ぐ。
絶対わざとだ。悪戯っぽく微笑んでいる彼が僕にノーと言わせないようにしていると分かって、早々に白旗をあげる。
「……ずるい」
「ふふ、今日も家で陽が待ってると思ったら、巻きで帰ってこれそうだなぁ」
「……昨日は地方でコンサートがあるって聞いてたのに」
「陽がいるかもと思って、予定を変更してすぐに帰ってきたんだよ。当たりだったね」
野生の勘が働いたのだと、得意げな翠はちょっとかわいい。突然新幹線を用意したり、ホテルのキャンセル対応をしないといけなくなったスタッフさんたちを思うと、翠の行動は褒められたものではなかっただろうけれど。
特に彼のマネージャーなんて、翠とほとんど同じスケジュールで動いているのだから、一番振り回されているはず。やっとホテルで休めると思ったところに、今日はやっぱり帰ると言われたら、僕なら反対してしまうかも。
「まぁ、おかげで今朝もマネージャーは不機嫌みたいだけどね」
「…………」
そりゃそうでしょうね、とは言えなかった。スマホを示しながら悪びれる様子のない翠には、良くも悪くもアルファの血が流れている。この人、多分自分の思い通りにならなかったことなんてないんだろうな。朝早くから電話してきたマネージャーの気苦労を察すると同時に、心の中で詫びた。
「はぁ、もうこんな時間か。陽といると一瞬で時間が過ぎていくよ」
「……もう、行っちゃうの?」
「寂しい? 陽も一緒に来る?」
「…………行かない」
時計を確認した翠がため息を吐き出しながらぼやく。口に出すか迷いながらも素直に尋ねてみれば、顔をほころばせた翠が身を乗り出して聞いてくる。
本当は寂しいし、翠とずっと一緒にいたい。だけど、それ以上に翠の仕事の邪魔をしたくないという気持ちが大きい。驕ったら駄目だ。ちゃんと弁えておかないと。僕が首を振るのを分かっていたのか、翠は眉を下げながら笑って頭を撫でた。
130
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる