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Love never dies.
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◇◇
来るな来るなといくら願っても、時間は決して止まってはくれなくて。遂に来てしまった、六月十日。
彼がこの街にいる。ただそれだけで、途端に心臓がうるさくなる。あまりにも単純な自分に笑ってしまう。
「まま、あそこ」
「ん?」
ベランダに繋がる窓の外を指差す玲。何だろうと思って近寄ると、まだまだ小さな手が示す先は彼のいる会場だった。
「っ、」
「あそこ、いきたい」
どくんと心臓が跳ねた。彼のフェロモンが全身に絡みつくような感覚に襲われる。ぶわりと身体中が熱に包まれて、あの熱い夜を思い出した。無邪気に話す玲の言葉が通り抜けていく。
どうして……。
あの日以来、ヒートに近い症状すらなかったはずなのに。先生だって、オメガなら子どもを産んでも定期的にヒートがやってくるけれど、僕はベータから転換したから例外なのかもしれないと言っていたのに。
駄目だ。こんなみっともない姿、玲には見せられない。
「玲、」
「なあに?」
「おばあさん家に行っておいで。僕が迎えに行くまで、いい子にしてて」
へたくそな笑顔を作りながら言うと、普段は物分かりのいい玲が珍しく嫌だと首を振る。
「やだ、いかない」
「玲……」
「ぼくがままをまもるよ」
小さな体で一生懸命しがみついてくる姿に目が潤む。敏い子だから、僕の異変に気がついているのだろう。だけど、これから自分の身に起きることを想像したら、愛しい我が子を引き剥がすことしかできなかった。
「お願い、玲」
「…………」
「玲の誕生日になったら迎えに行くから」
「……やくそく?」
「うん、約束する」
今日と明日が終わって、彼がこの街から去ったら玲の誕生日だ。大丈夫、そのときになったらこの熱も治まるはず。
むと唇を尖らせている玲と指切りをする。気が変わらないうちに、緊急用に準備していたリュックを背負わせて、隣の家のインターホンを鳴らした。
「あらあら、陽くん大丈夫?」
「すみません、数日玲を預かっていただけないでしょうか……」
「それはもちろん大丈夫だけど、陽くんは一人で平気なの?」
「はい、むしろ今回ばかりは一人の方が……」
そう言いかけて、咄嗟に口を噤む。じいっと僕を見上げる濁りのない純粋な瞳に気づいたけれど、時すでに遅し。
「違うんだ、玲」
「っ、」
誤解させてしまった。玲をいらない子扱いするつもりはなかったけれど、そう思わせても仕方のない発言だった。
弁解しようにも、既に玲は僕の弁明を聞かずにおばあさんたちの家に入っていってしまった。どうしようと焦る僕の肩を叩いたおばあさんが、穏やかに微笑む。
「玲くんなら大丈夫よ」
「でも……」
「仲直りなら体調を万全にしてからにしなさい」
「……はい。申し訳ないですが、玲をよろしくお願いします」
頭がくらくらしてきて、言うことを聞かない。限界が近い僕は引き下がる他なかった。
バタンとベッドに倒れ込む。僕は最低な親だ。
独りぼっちの発情期がこんなにも孤独で、辛くて、寂しいものだとは知らなかった。僕が求めているのは、ただ一人。もう会えないひと。それを頭では理解しているはずなのに、彼を求める身体の火照りも欲望も全く治まらない。
「っ、あぁ……」
自分で何度も扱いて、吐き出した白濁が手を汚す。だめ、これだけだと足りない。全然、足りない。もっと、深くまで突いて、僕を孕ませて。そんな浅ましい欲望に泣きたくなる。
久しぶりに触れる後孔はどろどろに溶けていて、彼を迎え入れる準備が整っている。自分の指を突っ込んでみても、欲しい場所には届かない。
「……すい、たすけて」
この熱を何とかできるのは、彼だけだから。ずっと口にしていなかった名前を、つい呼んでしまう。
玲を隣に預けてよかった。こんな姿、絶対に見せられない。僅かに残った理性が、過去の自分をよくやったと褒める。
そうして、何度、無意味な白濁を吐き出したことだろう。疲れきった僕は、気を失うように眠りについた。早く、翠がこの街を去ってくれることを願いながら。その手はぎゅっと、彼のシャツを握り締めたままだった。
夢の中で、今はもう会うことを許されていない、かけがえのないあの人に会った気がした。久しぶりに真正面から見る顔は少し窶れていて、涙で潤んでいるように見えた。
おかしいな、僕の記憶にある人はもう少し髪が短かったのに……。
来るな来るなといくら願っても、時間は決して止まってはくれなくて。遂に来てしまった、六月十日。
彼がこの街にいる。ただそれだけで、途端に心臓がうるさくなる。あまりにも単純な自分に笑ってしまう。
「まま、あそこ」
「ん?」
ベランダに繋がる窓の外を指差す玲。何だろうと思って近寄ると、まだまだ小さな手が示す先は彼のいる会場だった。
「っ、」
「あそこ、いきたい」
どくんと心臓が跳ねた。彼のフェロモンが全身に絡みつくような感覚に襲われる。ぶわりと身体中が熱に包まれて、あの熱い夜を思い出した。無邪気に話す玲の言葉が通り抜けていく。
どうして……。
あの日以来、ヒートに近い症状すらなかったはずなのに。先生だって、オメガなら子どもを産んでも定期的にヒートがやってくるけれど、僕はベータから転換したから例外なのかもしれないと言っていたのに。
駄目だ。こんなみっともない姿、玲には見せられない。
「玲、」
「なあに?」
「おばあさん家に行っておいで。僕が迎えに行くまで、いい子にしてて」
へたくそな笑顔を作りながら言うと、普段は物分かりのいい玲が珍しく嫌だと首を振る。
「やだ、いかない」
「玲……」
「ぼくがままをまもるよ」
小さな体で一生懸命しがみついてくる姿に目が潤む。敏い子だから、僕の異変に気がついているのだろう。だけど、これから自分の身に起きることを想像したら、愛しい我が子を引き剥がすことしかできなかった。
「お願い、玲」
「…………」
「玲の誕生日になったら迎えに行くから」
「……やくそく?」
「うん、約束する」
今日と明日が終わって、彼がこの街から去ったら玲の誕生日だ。大丈夫、そのときになったらこの熱も治まるはず。
むと唇を尖らせている玲と指切りをする。気が変わらないうちに、緊急用に準備していたリュックを背負わせて、隣の家のインターホンを鳴らした。
「あらあら、陽くん大丈夫?」
「すみません、数日玲を預かっていただけないでしょうか……」
「それはもちろん大丈夫だけど、陽くんは一人で平気なの?」
「はい、むしろ今回ばかりは一人の方が……」
そう言いかけて、咄嗟に口を噤む。じいっと僕を見上げる濁りのない純粋な瞳に気づいたけれど、時すでに遅し。
「違うんだ、玲」
「っ、」
誤解させてしまった。玲をいらない子扱いするつもりはなかったけれど、そう思わせても仕方のない発言だった。
弁解しようにも、既に玲は僕の弁明を聞かずにおばあさんたちの家に入っていってしまった。どうしようと焦る僕の肩を叩いたおばあさんが、穏やかに微笑む。
「玲くんなら大丈夫よ」
「でも……」
「仲直りなら体調を万全にしてからにしなさい」
「……はい。申し訳ないですが、玲をよろしくお願いします」
頭がくらくらしてきて、言うことを聞かない。限界が近い僕は引き下がる他なかった。
バタンとベッドに倒れ込む。僕は最低な親だ。
独りぼっちの発情期がこんなにも孤独で、辛くて、寂しいものだとは知らなかった。僕が求めているのは、ただ一人。もう会えないひと。それを頭では理解しているはずなのに、彼を求める身体の火照りも欲望も全く治まらない。
「っ、あぁ……」
自分で何度も扱いて、吐き出した白濁が手を汚す。だめ、これだけだと足りない。全然、足りない。もっと、深くまで突いて、僕を孕ませて。そんな浅ましい欲望に泣きたくなる。
久しぶりに触れる後孔はどろどろに溶けていて、彼を迎え入れる準備が整っている。自分の指を突っ込んでみても、欲しい場所には届かない。
「……すい、たすけて」
この熱を何とかできるのは、彼だけだから。ずっと口にしていなかった名前を、つい呼んでしまう。
玲を隣に預けてよかった。こんな姿、絶対に見せられない。僅かに残った理性が、過去の自分をよくやったと褒める。
そうして、何度、無意味な白濁を吐き出したことだろう。疲れきった僕は、気を失うように眠りについた。早く、翠がこの街を去ってくれることを願いながら。その手はぎゅっと、彼のシャツを握り締めたままだった。
夢の中で、今はもう会うことを許されていない、かけがえのないあの人に会った気がした。久しぶりに真正面から見る顔は少し窶れていて、涙で潤んでいるように見えた。
おかしいな、僕の記憶にある人はもう少し髪が短かったのに……。
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