19 / 55
第1章
19.手当ての魔法
しおりを挟む
「いつ見ても不思議だよね、魔法って。呪文と手があればできるんでしょう」
ニノンは「そうそうっ」と答え、グレープシードオイルが入った瓶を置いて、両手を顔の隣でにぎにぎと動かした。
「だから魔法医療は『手当て』って言葉がぴったりなんだよね。患者さんに触れて、悪いところを治すから」
「患者」という言葉に、シュゼットの心臓がドキッと跳ねた。
昨晩の考えが頭をよぎる。
シュゼットとニノンは同業者だ。一度でも同業者を疑えば、それはニノンを疑ったことと同じになる、シュゼットにとっては。シュゼットは罪悪感で胸が苦しくなった。
「そういえば聞いた、シュゼット?」
「……えっ、なにを?」
いつの間にかうつむいていたシュゼットは、パッと顔を上げた。ニノンは手を動かしながら答える。
「リリアーヌ様のこと。落馬して足を怪我されたんだって」
「えっ! また骨折ってこと?」
「たぶんね。かわいそうに」
「本当に……。早く良くなると良いね」
リリアーヌとはこの辺りの土地を治める領主の娘だ。
町に越してきたばかりのシュゼットも、町に来ていたリリアーヌと話をしたことがある。町の人々と穏やかに楽し気に話す様子は良い領主そのもので、リリアーヌが領主になる日を心待ちにしている人は大勢いる。シュゼットとニノンもその一人だ。
「この頃そういう怪我の話よく聞くよね。骨折はかわいそうだけど、お疲れなら少しは休めると良いんだけど」
そう言ったニノンは瓶を置いて、シュゼットの顔を両手で包んだ。
「それからシュゼットもね!」
「えっ?」
「大丈夫? 急に顔色悪いよ? ちゃんと休んでる?」
「えっ、本当?」
「うん。なんか思い悩んでるでしょう。わたしにはお見通しだよ、魔法を使わなくてもね」
ニノンは得意げに笑ってから、「無理には話さなくて良いけどさ」と付け足した。
「ありがとう、ニノン。……実は、また、例の嫌がらせがあったんだ」
「えっ! そうなの! もー、誰の仕業なんだろう! 見つけ次第とっちめてやるのに!」
ニノンは自分の三つ編みをグイグイ引っ張りながら、地団太を踏んだ。
「あ、でも、それはまあいいんだ」
「良くないでしょう! わたしはすごく心配だよ!」
「ありがとう。……でもね、わたしとしては、犯人が誰なのか考えるのが、心苦しくて」
「どうして?」
シュゼットは自分の左腕を右手でギュウッと抱き寄せた。唇をかみしめて、うつむく。すると、ニノンがそっと左手を握って来た。
「大丈夫だよ、話して。その方がスッキリするかも」
ニノンの声はいつもの元気の良い声とは違って、とても穏やかで優しい。その声に、シュゼットの心は落ち着いていった。
「……昨日、誰が犯人だろうって考えた時、……同業者かもって、思っちゃって。おこがましいかもしれないけど、ほら、一応わたしって人を看てるでしょう。だから、同じようなことをしてる人に、邪魔だと思われてるのかなって」
「それって、医者みたいな?」
シュゼットは弾かれたように顔を上げた。
「そうっ! そう思って、それが嫌だったの! だってそれって、医者見習いのニノンも疑うってことでしょう! ずっと心配してくれてるのに、絶対に嫌がらせなんてしないってわかってるのに、疑うなんて、そんな失礼なこと、したくないよ。……それを、思い出しちゃって、急にニノンに申し訳なくなっちゃったんだ。ごめん、心配かけるような態度とって」
いざ口を開くと、止まらなかった。
親友を疑っている。これ以上苦しいことがあるだろうか。
シュゼットがうつむいて黙りこむと、ニノンは「なあんだ」と間の抜けた声を上げた。
「シュゼットったら優しいね。そんな話しづらいことを、素直に包み隠さず話してくれて」
「……でも、嫌な気持ちにさせたでしょう。ごめん」
「ちっとも! むしろシュゼットの元気が無い方がいやだもん。さあ、もう気にしないで、シュゼット! 嫌な思いをした上に、わたしへの罪悪感で落ち込んでたら疲れちゃうよ」
そう言うと、ニノンはシュゼットの手を握って来た。
「オーメリ、オーメリ。ベーラ、オーメリ」
ニノンがそう唱えると、繋いでいる手が温かくなってきて、やがてその温かみはシュゼットの体全体に広がった。すると冷たく冷え切っていた心が軽くなり、シュゼットは甘ったるい眠気に襲われた。
「体の芯を温めて、リラックスさせる魔法だよ。大丈夫だからね、シュゼット。わたしはいつでも味方だから」
「……ありがとう、ニノン。わたしも、ニノンが困った時は味方になるね」
「心強いや!」と言い、ニノンはギュッとシュゼットを抱きしめてきた。シュゼットも笑いながら抱きしめ返した。
ニノンは「そうそうっ」と答え、グレープシードオイルが入った瓶を置いて、両手を顔の隣でにぎにぎと動かした。
「だから魔法医療は『手当て』って言葉がぴったりなんだよね。患者さんに触れて、悪いところを治すから」
「患者」という言葉に、シュゼットの心臓がドキッと跳ねた。
昨晩の考えが頭をよぎる。
シュゼットとニノンは同業者だ。一度でも同業者を疑えば、それはニノンを疑ったことと同じになる、シュゼットにとっては。シュゼットは罪悪感で胸が苦しくなった。
「そういえば聞いた、シュゼット?」
「……えっ、なにを?」
いつの間にかうつむいていたシュゼットは、パッと顔を上げた。ニノンは手を動かしながら答える。
「リリアーヌ様のこと。落馬して足を怪我されたんだって」
「えっ! また骨折ってこと?」
「たぶんね。かわいそうに」
「本当に……。早く良くなると良いね」
リリアーヌとはこの辺りの土地を治める領主の娘だ。
町に越してきたばかりのシュゼットも、町に来ていたリリアーヌと話をしたことがある。町の人々と穏やかに楽し気に話す様子は良い領主そのもので、リリアーヌが領主になる日を心待ちにしている人は大勢いる。シュゼットとニノンもその一人だ。
「この頃そういう怪我の話よく聞くよね。骨折はかわいそうだけど、お疲れなら少しは休めると良いんだけど」
そう言ったニノンは瓶を置いて、シュゼットの顔を両手で包んだ。
「それからシュゼットもね!」
「えっ?」
「大丈夫? 急に顔色悪いよ? ちゃんと休んでる?」
「えっ、本当?」
「うん。なんか思い悩んでるでしょう。わたしにはお見通しだよ、魔法を使わなくてもね」
ニノンは得意げに笑ってから、「無理には話さなくて良いけどさ」と付け足した。
「ありがとう、ニノン。……実は、また、例の嫌がらせがあったんだ」
「えっ! そうなの! もー、誰の仕業なんだろう! 見つけ次第とっちめてやるのに!」
ニノンは自分の三つ編みをグイグイ引っ張りながら、地団太を踏んだ。
「あ、でも、それはまあいいんだ」
「良くないでしょう! わたしはすごく心配だよ!」
「ありがとう。……でもね、わたしとしては、犯人が誰なのか考えるのが、心苦しくて」
「どうして?」
シュゼットは自分の左腕を右手でギュウッと抱き寄せた。唇をかみしめて、うつむく。すると、ニノンがそっと左手を握って来た。
「大丈夫だよ、話して。その方がスッキリするかも」
ニノンの声はいつもの元気の良い声とは違って、とても穏やかで優しい。その声に、シュゼットの心は落ち着いていった。
「……昨日、誰が犯人だろうって考えた時、……同業者かもって、思っちゃって。おこがましいかもしれないけど、ほら、一応わたしって人を看てるでしょう。だから、同じようなことをしてる人に、邪魔だと思われてるのかなって」
「それって、医者みたいな?」
シュゼットは弾かれたように顔を上げた。
「そうっ! そう思って、それが嫌だったの! だってそれって、医者見習いのニノンも疑うってことでしょう! ずっと心配してくれてるのに、絶対に嫌がらせなんてしないってわかってるのに、疑うなんて、そんな失礼なこと、したくないよ。……それを、思い出しちゃって、急にニノンに申し訳なくなっちゃったんだ。ごめん、心配かけるような態度とって」
いざ口を開くと、止まらなかった。
親友を疑っている。これ以上苦しいことがあるだろうか。
シュゼットがうつむいて黙りこむと、ニノンは「なあんだ」と間の抜けた声を上げた。
「シュゼットったら優しいね。そんな話しづらいことを、素直に包み隠さず話してくれて」
「……でも、嫌な気持ちにさせたでしょう。ごめん」
「ちっとも! むしろシュゼットの元気が無い方がいやだもん。さあ、もう気にしないで、シュゼット! 嫌な思いをした上に、わたしへの罪悪感で落ち込んでたら疲れちゃうよ」
そう言うと、ニノンはシュゼットの手を握って来た。
「オーメリ、オーメリ。ベーラ、オーメリ」
ニノンがそう唱えると、繋いでいる手が温かくなってきて、やがてその温かみはシュゼットの体全体に広がった。すると冷たく冷え切っていた心が軽くなり、シュゼットは甘ったるい眠気に襲われた。
「体の芯を温めて、リラックスさせる魔法だよ。大丈夫だからね、シュゼット。わたしはいつでも味方だから」
「……ありがとう、ニノン。わたしも、ニノンが困った時は味方になるね」
「心強いや!」と言い、ニノンはギュッとシュゼットを抱きしめてきた。シュゼットも笑いながら抱きしめ返した。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜
よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」
ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。
どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。
国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。
そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。
国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。
本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。
しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。
だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。
と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。
目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。
しかし、実はそもそもの取引が……。
幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。
今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。
しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。
一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……?
※政策などに関してはご都合主義な部分があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる