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一章
私の宝物(アルノルド視点)
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ああ……こんな顔を、エレナにさせたくはなかったのにな…。
エレナにはいつも笑っていてほしい。それが、私にとっての仕事であり、誇りでもある。なのに今の私は、彼女の不安を取り除くこともできず、ただ抱きしめてあげる事しかできない。父親として無力さを感じていただけに、胸の奥で鈍い痛みを感じた気がした。
そっと背中を撫でると、エレナは小さく震えた。たが、どんな言葉をかければ、この震えが止むのだろう。私は昔から、人の感情が得意ではなかった。人の喜びや悲しみに心を揺らされることは少なく、物事は常に合理で割り切ってきた。使えるか、使えないか。それだけで人を判断してしまう私は、人という存在に、いや、私自身という存在にも興味がなかった。
他人が泣き喚けば不快だと感じはするが、何かを達成する喜びや、怒りで我をなくすこと。後悔し、誰かといて楽しいという事すらも理解する事ができない。周囲の人間は、私のことを優秀だと言うが、人間として必要な感情が欠けている私は、おそらく欠陥品なのだろう。
だがエレナと出会い、人の感情に目を向けるようになった事で私は変わった。だが感情を手に入れたことで、判断は迷い、思考は鈍り、時に取り返しのつかない不器用さを晒すはめになった。オルフェが生まれてからは、私の不器用さがより顕在化し、エレナにはよく笑われた。それでも、その時間は、今まで感じたことがない確かな温かさを私にもたらしてくれた。だが、今はその暖かさが、遠い光のように感じられる。
その後も、他者の感情を理解する努力を惜しんだ事はない。だからこそ、リュカのことを思えば、怒りや後悔、守るべきという強い決意が混ざり合い、私の中で支えなければという思いが強くなる。
エレナは、俯いたまま目を上げられないでいるが、やがて小さな声で、静かに問うた。
「アル……何があったのか、教えて下さい……」
その目は、恐れと覚悟が同居していた。教会での出来事をエレナも薄々察しているのだろう。だが、卵もなく、気を失ったリュカだけを連れて戻ってくれば、説明をせずとも嫌でも理解する。しかし、その事実を否定したいという悲痛な気持ちを思えば、私も言葉を濁したくなる。
「……座って話そう」
ソファに腰を落とすが、言葉が喉に詰まり、二の句が継げない。しかし、エレナはそんな私の言葉を黙して待っていた。
ここで嘘をつけば、今は傷が浅くなるかもしれない。だが真実を隠せば、後々もっと深い傷となって返ってくるだろう。だから、私は選んだ。誇張も隠蔽もせず、淡々と、しかしできるだけ優しく、教会で起こったことを伝える事を。
話を聞くにつれ、エレナの顔色が失われていく。そして、私の話が終わる頃には、彼女の頬は蒼白になり、今にも気を失って倒れてしまうのではないかと不安になるほどだった。だが、慰めの言葉は浮かばない私には、嘘偽りのない本心を伝えることでしか出来ない。
「エレナ。リュカは、君が私にくれた宝物だ。君がくれた大事なものを、私は手放すつもりはない」
エレナは顔を上げ、私を見た。目に浮かぶ涙を必死に堪えているのがわかる。
「家族みんなで暮らせるなら、それだけで私は幸せだ。だが、私たちの幸せが必ずしもリュカの幸せとは限らない。リュカの人生はリュカのものだ。他人の厳しい言葉や冷たい視線があっても、家族と一緒にいることが彼の幸せか、あるいは自由に暮らす方が彼の幸せか、私にはわからない。だから、一緒に考えよう。どんな選択をするにせよ、私が皆を守るから」
「アル……」
エレナは震える声で、静かに私の名を呼ぶ。私の言葉が彼女に届いたのかどうかはわからない。ただ、私の手にすがりついてくる彼女の手の重みだけで、私には十分だった。
「それに、貴族の老害どもや身の程知らずな連中が何かを言ってきたら、倍以上に返して思い知らせてやってもいい」
「ふふっ、アルならやり遂げてしまいそうね」
つい、口に出しまった本音。冗談でも言われたように、エレナはくすりと笑った。かすかな笑顔で、私は救われた気がしたが、私は本気でやり遂げるつもりだ。
もし、私の家族を侮辱するのならば、厳しい報復を与えてやる。貴族の矜持などというつまらぬものが家族を傷つけ、涙を流させるなら、決して許しはしない。その矜持ごと叩き壊してやる。
「だが、オルフェにも意見を…」
貴族の地位を失っても構わないと思いながら、蔑ろにしてはならない存在の名を口にしようとすれば、控えめなノックが響いた。
「アルノルド様、リタが報告に参っております。入ってもよろしいでしょうか?」
おそらくリュカが目を覚ましたのだろう。人払いを頼んでいたドミニクから、リカの来訪を告げられ、エレナへと視線を向ければ、それに意図に気付いたように小さく頷いた。
私は深呼吸を一つすると、二人に入れと促した。
エレナにはいつも笑っていてほしい。それが、私にとっての仕事であり、誇りでもある。なのに今の私は、彼女の不安を取り除くこともできず、ただ抱きしめてあげる事しかできない。父親として無力さを感じていただけに、胸の奥で鈍い痛みを感じた気がした。
そっと背中を撫でると、エレナは小さく震えた。たが、どんな言葉をかければ、この震えが止むのだろう。私は昔から、人の感情が得意ではなかった。人の喜びや悲しみに心を揺らされることは少なく、物事は常に合理で割り切ってきた。使えるか、使えないか。それだけで人を判断してしまう私は、人という存在に、いや、私自身という存在にも興味がなかった。
他人が泣き喚けば不快だと感じはするが、何かを達成する喜びや、怒りで我をなくすこと。後悔し、誰かといて楽しいという事すらも理解する事ができない。周囲の人間は、私のことを優秀だと言うが、人間として必要な感情が欠けている私は、おそらく欠陥品なのだろう。
だがエレナと出会い、人の感情に目を向けるようになった事で私は変わった。だが感情を手に入れたことで、判断は迷い、思考は鈍り、時に取り返しのつかない不器用さを晒すはめになった。オルフェが生まれてからは、私の不器用さがより顕在化し、エレナにはよく笑われた。それでも、その時間は、今まで感じたことがない確かな温かさを私にもたらしてくれた。だが、今はその暖かさが、遠い光のように感じられる。
その後も、他者の感情を理解する努力を惜しんだ事はない。だからこそ、リュカのことを思えば、怒りや後悔、守るべきという強い決意が混ざり合い、私の中で支えなければという思いが強くなる。
エレナは、俯いたまま目を上げられないでいるが、やがて小さな声で、静かに問うた。
「アル……何があったのか、教えて下さい……」
その目は、恐れと覚悟が同居していた。教会での出来事をエレナも薄々察しているのだろう。だが、卵もなく、気を失ったリュカだけを連れて戻ってくれば、説明をせずとも嫌でも理解する。しかし、その事実を否定したいという悲痛な気持ちを思えば、私も言葉を濁したくなる。
「……座って話そう」
ソファに腰を落とすが、言葉が喉に詰まり、二の句が継げない。しかし、エレナはそんな私の言葉を黙して待っていた。
ここで嘘をつけば、今は傷が浅くなるかもしれない。だが真実を隠せば、後々もっと深い傷となって返ってくるだろう。だから、私は選んだ。誇張も隠蔽もせず、淡々と、しかしできるだけ優しく、教会で起こったことを伝える事を。
話を聞くにつれ、エレナの顔色が失われていく。そして、私の話が終わる頃には、彼女の頬は蒼白になり、今にも気を失って倒れてしまうのではないかと不安になるほどだった。だが、慰めの言葉は浮かばない私には、嘘偽りのない本心を伝えることでしか出来ない。
「エレナ。リュカは、君が私にくれた宝物だ。君がくれた大事なものを、私は手放すつもりはない」
エレナは顔を上げ、私を見た。目に浮かぶ涙を必死に堪えているのがわかる。
「家族みんなで暮らせるなら、それだけで私は幸せだ。だが、私たちの幸せが必ずしもリュカの幸せとは限らない。リュカの人生はリュカのものだ。他人の厳しい言葉や冷たい視線があっても、家族と一緒にいることが彼の幸せか、あるいは自由に暮らす方が彼の幸せか、私にはわからない。だから、一緒に考えよう。どんな選択をするにせよ、私が皆を守るから」
「アル……」
エレナは震える声で、静かに私の名を呼ぶ。私の言葉が彼女に届いたのかどうかはわからない。ただ、私の手にすがりついてくる彼女の手の重みだけで、私には十分だった。
「それに、貴族の老害どもや身の程知らずな連中が何かを言ってきたら、倍以上に返して思い知らせてやってもいい」
「ふふっ、アルならやり遂げてしまいそうね」
つい、口に出しまった本音。冗談でも言われたように、エレナはくすりと笑った。かすかな笑顔で、私は救われた気がしたが、私は本気でやり遂げるつもりだ。
もし、私の家族を侮辱するのならば、厳しい報復を与えてやる。貴族の矜持などというつまらぬものが家族を傷つけ、涙を流させるなら、決して許しはしない。その矜持ごと叩き壊してやる。
「だが、オルフェにも意見を…」
貴族の地位を失っても構わないと思いながら、蔑ろにしてはならない存在の名を口にしようとすれば、控えめなノックが響いた。
「アルノルド様、リタが報告に参っております。入ってもよろしいでしょうか?」
おそらくリュカが目を覚ましたのだろう。人払いを頼んでいたドミニクから、リカの来訪を告げられ、エレナへと視線を向ければ、それに意図に気付いたように小さく頷いた。
私は深呼吸を一つすると、二人に入れと促した。
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