落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ

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一章

街へ

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下町の広場近くで馬車を降りると、途端に空気が変わった気がした。

屋敷ではほとんど感じたことのない、焼けた肉の匂い、香辛料の刺激、焼きたてのパンの甘い香りが風に乗ってふわりと流れてくる。商人の呼び声が響き、子供たちの笑い声、人々の足音が重なって、貴族街とは違って賑わいであふれていた。

(すごい……!こんなに賑やかな場所、初めてだ……!)

胸の奥が一気に高鳴り、抑えきれないくらいワクワクしてしまう。

「あまり私から離れないで下さいね」

思わずキョロキョロと見回してしまう僕に、フェリコ先生が優しく声をかけた。

「……はい」

少ししょんぼりしながら返事をすると、先生は僕の頭を軽く撫でた。

「気になるものが多くて、ついそちらへ意識が向いてしまうのは分かります。ですが、前を見ていないと迷子になったり、誰かとぶつかってしまうことがあります。そうなると、リュカ様も痛い思いをしますし、相手を怪我させてしまうかもしれません。リュカ様も、それは望まないでしょう?」

「……うん」

優しく諭されて、確かにその通りだと思った僕は、素直に短く返事をした。すると、落ち込んだ気持ちをそっとすくい上げるように、先生は柔らかく微笑んだ。

「お店は逃げませんので、ゆっくり見ていきましょう」

「はい!!」

僕が元気よく返事をすると、先生もほっとしたように笑って頷いていた。

「あれ!あれが食べてみたいです!」

鼻先をくすぐる香ばしい匂いに惹かれ、思わず匂いの先を指差した。炭火の上でじゅうじゅう焼かれている串が、見ているだけでお腹を鳴らしそうだ。

「ああ、串焼きの屋台ですね。普段のお食事では出てきませんから、初めて見るでしょうが……食べてみますか?」

「食べてみたい!!」

「では、行ってみましょう」

本当は走って行きたいくらいだけど、注意されたばかりなので、何とかはやる気持ちを抑えながら足早に屋台へ向かった。

「いらっしゃい!! お一つどうだい!」

「では、2つ下さい」

店主のおじさんが元気よく声をかけると、フェリコ先生は慣れた様子で注文を告げた。すると、おじさんは「まいど!」と笑顔を返す。

手際よく焼かれていた串が、ジュッと音を立ててタレにくぐらされ、さらに二度焼きされる。香ばしい匂いがいっそう強まり、僕のお腹はますます空いていく。やがて湯気の立つ焼きたての串を二本、おじさんは笑みを浮かべながら僕たちに差し出してくれた。

「はいよ!2つで280ルピアだ!」

「坊っちゃん。どれを使えばいいか分かりますか?」

「……! は、はい!」

串焼きに気を取られていたせいで、誰を呼ばれたのか咄嗟に分からず、返事が遅れてしまった。街で名前を呼ばれると家が知られてしまうから、外では外套のフードを被り、“坊っちゃん”呼びをすると、そう説明されたことを思い出した。

慌てて袋を取り出し、その中から銅貨二枚と鉄貨八枚を探し出す。指先が少し震えるのを感じながらも、なんとかそれらをぎこちなく店主へ差し出した。

「お!その年でちゃんと出来るなんて偉いな!」

褒められて思わず頬が熱くなれば、隣で見ていたフェリコ先生も嬉しそうに目を細めていた。そんな様子が何だか照れくさくて、無言で”速く食べよう”とばかりに手を引けば、何の抵抗もなく、それを察したように大人しくそれに付き合ってくれる。そんな僕達を微笑ましいような視線で見ていた屋台の店主が、さり際に僕達に声を掛けてきた。

「熱いから、食べる時は気をつけて食べろよ!」

「うん!分かった!」

手を振り返しながら、「また来いよ!」という声を背に受けつつ、僕たちは近くの広場にあるベンチへと向かった。誰もいない場所を探し、そこに座って一口かじると、”じゅわっ”と熱い肉汁が口いっぱいに広がって、シンプルなのにものすごく美味しい。

「……っ、はふっ……あつ……!」

普段はこんな食べ方をすることはないからか、それが妙に楽しくて、つい夢中で頬張っていた。すると、隣から控えめな笑い声が聞こえてきた。顔を向けると、フェリコ先生がとても柔らかい表情で僕を見ていた。

「あっ……マナー……!」

串焼きの正しい食べ方なんて知らないまま、ただ美味しさに負けて夢中でかじりついていたことに気づいた瞬間、マナーも何も考えていなかった自分が急に恥ずかしくて、思わず視線を落としてしまう。だけど、そんな僕を見た先生は、そっと首をふった。

「マナーを笑ったのではありませんよ。ただ、微笑ましかっただけです。それに、ここで気にする必要はありません。周りを見てみて下さい」

言われて周りを見渡せば、そこにいる人達は、みんな自由に、美味しそうに食べていた。

「マナーは相手を不快にさせないための心遣いです。でも、場所によって変わるものでもあります。此処では、楽しく食べるのが一番のマナーです」

「はい!」

優しい手が、そっと僕の頭に触れた。その動きには、不思議と迷いがなくて、まるで幼い生徒を安心させる時のような、静かな導きの仕草だった。乱れた髪を整えるように、ゆっくりと撫で下ろされるたび、胸の奥に溜まっていた緊張が、少しずつほどけていくのが分かった。

「朝の時点でも、だいぶ元気を取り戻したようでしたが、元のリュカ様に戻って良かったです」

そう言いながら、フェリコ先生は優しく僕の頭を撫でてくれた。その仕草は気遣うようでありながら、どこか冗談めかして僕を軽くからかう余裕もあって、まるで僕のことは、全部お見通しだと言わんばかりだった。

「今日の朝、父様達と話していて、普通の僕と比べても仕方ないと思ったんです。僕は兄様達みたいに、部屋を半壊させることなんて出来そうにないので…」

「あぁ…あの方達を常識で測るのは無理がありますからね…。学院時代からそうでした…」

どこか実感がこもっていそうなフェリコ先生の物言いに、何か含みがある気がした僕は、”滅多に聞けない父様の昔話を聞けるかもしれない”という期待が胸の奥でふくらみ、僕は思わず疑問を口にした。

「フェリコ先生は、学院時代の頃の父様を知っているんですか?」

「い、いえ、それほどは…! それよりも、しっかりお金を使えていてえらかったですね!」

問いかける僕の声に、急に話題をそらしたような慌てた調子に、やっぱり何か隠している気配がした。でも、何か言えない事があるような雰囲気があるうえに、褒めてもらったのが嬉しもあり、そっちを優先にする事にした僕は、元気よく返事をした。

「はい! でも、鉄貨が見つからなくて大変でした……」

「ああ……袋の中身が、ほとんど金貨でしたからね……。私も両替したかったのですが、手持ちが足りなくて……」

さっきの慌ただしいやり取りを思い出しながら話しながらも、苦労した事を話せば、フェリコ先生がどこか気まずそうに視線をそらした。

「銀貨とかは、持ち歩かないんですか?」

下町へ行くとフェリコ先生が提案してきただけに、準備の良い先生なら細かいお金も持ってきていると思って尋ねてみた。ところが、先生は少し困ったような顔をして答えた。

「下町で買い物をする時は、金貨一、二枚あれば十分ですから、普段は必要最低限しか持ち歩かないんです……。今回はリュカ様との買い物ということもあって、いつもより多めに金貨は持ってきましたが、細かい貨幣までは準備していなくて…。アルノルド様が“リュカ様が使う分”としてある程度のお金を渡されるとは思っていましたが……まさか、ここまでの大金を託されるとは……。今も半分お預かりしていますが、落としそうで落ち着きません……」

落とすといけないから、僕が貰ったお金の半分を預かってもらっているけれど、同じ貴族であるはずの先生のその“庶民的な感覚”に、なんだか親近感がわく。それに、普段はとても落ち着いていて頼りになるのに、そんな意外な一面があることが何か可笑しくて、思わず吹き出してしまった。すると、それにつられたように、気づけば先生も笑っていて、僕達はしばらくの間、ベンチの上で並んで楽しげに笑っていた。
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