怪蒐師

うろこ道

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第一話 十三階段

1①

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 階段を一階ぶんのぼるだけで一万円もらえるというアルバイトを、学部が同じというだけで一度も話したことすらないはしに紹介された時。
 あまりにも怪しすぎると思った。
 三ツ橋がやたら交友関係が広いことを知っていた。大学構内で見かけるたびに違う集団とつるんでいるし、講義もバイトだかイベントだかでしょっちゅういない。そもそも彼は地味で友達のいない自分とはまったく別世界の住人である。どの集団でも中心にいて、大衆に埋没しながら生きている僕にとっては近寄りがたい存在でもあった。
 そんな彼が、どうして僕なんかに声をかけたのか。謎すぎるアルバイトの内容もさることながら、そっちのほうが気になった。
 僕のあからさまに不審げな視線にもまったくめげず、三ツ橋は「とりあえず話だけでも聞きにきなよ」と講義後、半ば強引に大学から連れ出されたのだった。
 ――そして今に至る。
 現在、そのバイト先の事務所に向かう道中である。
 電車の吊り革につかまりながら、僕は隣に立つ三ツ橋にちらと目を馳せた。
 ワックスで立たせた明るめのアッシュレッドに染めた髪に、ブルーバティック柄のシャツ。派手である。だが下品には見えず、良いしななのだろうと思われた。スニーカーも高そうだった。
 自分の靴の先に視線を落としたまま相槌すらろくに打たない僕に、三ツ橋は中身のない話を延々と、しかもいかにも楽しそうに喋り続けていた。そのコミュニケーション能力とメンタルの強さはおののくばかりだった。これがいつでも人に囲まれている所以ゆえんなのだろう。
「……気を使って話さなくってもいいよ。沈黙、別に平気だから」
 三ツ橋はぴたりと口を閉ざすと、面食らったように僕を見た。
 僕は視線を靴先に戻し、君が好きで喋ってるならいいけどとぼそりと付け加えた。
 それから無言になってしまった。
 実際、気を使わせていたようだった。


 電車を降り、池袋駅の東口を出た。
 駅周辺はオフィス街で、まわりはサラリーマンばかりだった。
 この時間帯、私服の大学生の場違い感は半端ない。そんな中を三ツ橋は慣れた足取りで進んでゆく。
 やがてありふれたテナントビルの前に着いた。一見つるりとしていてきれいだが、古そうな建物である。
 三ツ橋についてエントランスに入り、そのままエレベーターに乗った。

  *

 ――色がない。
 それが事務所の第一印象だった。
 壁も床も天井も真っ白なだだっ広い空間に、真っ黒な応接セット――向かい合う黒レザーのソファーに黒脚ガラステーブル――がぽつんと設えられている。まわりの白さと対比してそこだけ闇が覗いているように見えた。家具はそれだけである。
 三ツ橋は「どうもー」と愛想よく声を掛けてずかずかと足を踏み入れた。モノトーン一色の背景に髪も服も派手な男が入りこむさまは、まるで異物が混入したように見えた。
 少しの間の後、奥のドアから現れたのは、おそらく三十代半ばであろうと思われる顔色の悪い男だった。
 男も色味がなかった。黒スーツを身にまとい、ゆるく波うつ髪も黒い。病んでいるかの如くに目に光がなく、無表情で、なんだか不気味な印象だった。
 男はつかつかと近づいてくると、僕の真ん前に立った。
 対比する家具が少ないせいかなんだか遠近感がよくわからなくなっていたが、近くで見ると長身なのがわかる。
 僕が「間宮まみやです」と会釈をすると、男はじっと見下ろしてきた。ふうんと目を細める。
「そうか。君が間宮くんか」
 異様に低い声だった。なんだか怖い。
 男はイスルギだと名乗り、ふいっと目を逸らした。怖いだけでなく――かなり感じが悪い。
「あの、アルバイトの面接にお伺いしたんですが……」
 ああそうだった、とイスルギは応接ソファーを顎で示した。
「掛けたまえ」
 居丈高な態度である。どうして僕が話を進めなきゃならないんだと思いながらも革のソファーに腰を下ろした。三ツ橋も隣に座った。
 イスルギは一度奥のドアに引っ込むと、バインダーファイル――これまた黒の――を手に戻ってきた。そして正面のソファーに座り、僕を見据えた。
「まずは仕事に関することは全て秘密厳守だ。できるかな?」
 口調は丁寧であったが、なんだか圧がすごい。僕は居心地の悪さを感じながらも「はい」と答えた。
「よろしい。一番の条件は口が堅いことだ。あとは――」
 体力があること、と言いながらイスルギはおもむろに立ち上がった。テーブル越しに手を伸ばし、いきなり腕をつかんできた。
「細身だが、重いものは持てるのかな?」
 僕はぎょっとし、とっさにその手を振り払った。
「初対面の人、触るもんじゃないっすよ」
 三ツ橋が苦笑気味に言った。イスルギは「そうなのか?」と納得できないように眉をひそめる。
 変な人だ。――直感で思った。この仕事、断ったほうが良いと。
「重いものは持てません。体力もないです。あの、申し訳ないんですがやっぱり――」
「だが正直だ。採用」
 僕の言葉を切り捨てるようにイスルギは言った。
「ちょっと待ってください、僕――」
「いやあ、助かったよ。いい子を見つけてくれて」
 僕を無視し、イスルギは三ツ橋に向き直った。
 約束の紹介料だ――イスルギはジャケットの内ポケットから高価そうな財布を出し、万札を五枚抜いて三ツ橋に渡した。
 唖然とした。こっちの報酬は一万円なのに、ただ紹介しただけの三ツ橋が五万円とはどうゆうわけなのだ。
「三ツ橋くん。君はもういいよ。また連絡する」
 三ツ橋は「まいど」と猫のように目を細めて笑うと、ソファーから立ち上がった。
「じゃあな、間宮。詳しいことはイスルギさんに聞いて」
「ちょっと待てよ、三ツ橋――」
 腰を上げかけた僕に、イスルギは「座りたまえ」と低く言った。
 その隙に三ツ橋はガラスドアから出て行ってしまった。
(置いていかれた)
 取り残され、僕は愕然とした。
 この薄気味悪い男と二人きり――。
 額にじわりと汗が滲む。心中で警鐘が鳴っている。
 ――何とかして断らなければ。
 どう切り出そうか言葉を探していると、イスルギがおもむろにソファーから立ち上がった。入り口のガラスドアに向かい、サムターンを回して内側から鍵を閉める。
「なんで鍵を……!」
「話を邪魔されるのが大嫌いなんだ」
 イスルギは壁の埋め込み型ボックスを開けてスイッチを押した。電動シャッターが音を立てて下りてゆく。
(話って……何をする気だ)
 僕は凍りついたように立ちすくむ。
「なにも取って食いやしないよ。面接の続きをするだけだ。――だがこれからの話は、君にとってもあまり人に聞かれたくないであろう内容だからね」
 イスルギは戻ってくると、応接ソファーに腰を掛けた。バインダーファイルを開く。
「ご両親は他界されているそうだね」
 唐突に問われ、僕は驚いて顔を上げた。
「どうしてそのことを……」
 イスルギはバインダーファイルに視線を落としたまま、「三ツ橋くんに聞いてね」と言った。
「ところで――君が一家惨殺事件の生き残りというのは本当かね?」
 僕は膝に置いた拳をぐっと握りしめた。
 人に聞かれたくないであろう質問とは、このことか。
「……それも三ツ橋に聞いたんですか?」
「いや彼はそこまでは知らないようだったよ。君のことは事前に少しこっちで調査させてもらった」
 僕は唖然とした。
 イスルギは視線を上げ――で、事実なのかいと問うた。
「はい。……僕は死に損ないです」
 そうか、と頷いたイスルギはなぜか満足げに見えた。
 僕は奥歯を食いしばった。一体何なんだ。人の過去を暴き立てて。この質問がアルバイトとなんの関係があるのだ。
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