怪蒐師

うろこ道

文字の大きさ
14 / 58
第二話 忌み地

2④

しおりを挟む


 森に入って十分ほど経つと、周囲はどんどん山深くなっていった。
 あたりは灌木や繁みに囲まれ、背の高い杉が空を覆っている。
 青空が見えているのに、なんだか薄暗く感じた。空気も急に湿り気をおび、気温が下がったようだった。
(……あれだけ明るい雰囲気だったのに)
 そんな中、中野と瑠菜はイスルギをネタに話に花を咲かせていた。
「あのイスルギさん——だっけ。なんか不気味だよな。ぜんぜん笑わないし、目も怖いしさぁ。声が低すぎて何言ってるかよくわかんないし」
 うんうん不気味なのすごいわかるー、と瑠奈はくすくす笑いながら相槌をうっている。
 中野は嬉しそうだった。多少幼馴染への偏愛が強そうなことを除けば、瑠菜は明るく可愛らしいうえに、すこぶる感じの良い子なのだ。
 そして僕は、当たり前のように茜と並んで歩くことになった。
 茜は無言で足元に視線を落として歩を進めていた。——と思ったら急に視線を上げ、上目遣いで神経質そうに左右を見回したりする。
 ものすごく挙動不審である。普段からこうなのだろうか。
 まわりの目などまったく気にしないのだろう。その実用重視の服装からもそれがわかった。
 僕はなんだかいたたまれなくなり、視線を逸らせた。
 自分だって周りにどう思われているかわからないし、正直なところ、どう思われようがかまわないとも思う。なのに見ていてしんどくなってしまうのは、同族嫌悪というやつだろうか。
 ――いや、茜には瑠菜という親友がいる。
 まわりの顔色など気にせずに生きてゆけるのは、彼女の存在があるからだ。人と違うところもまるごと受け入れてくれるという、絶対的な信頼があるのだろう。
 その点、自分はひとりである。
 実際に茜に自分と同族などと言ったりなんかしたら、一緒にするなときつく怒られそうだ。
「瑠菜ちゃん? どうしたの急に……」
 中野のたじろいだ声が耳に入り、僕は我に返った。下を向いていた茜もはっと顔を上げた。
 瑠菜が立ち止まったまま、杉の木の間の繁みをじっと見つめていた。
「何か、いた気がして……」
 そう言った瑠菜の顔はひどく強張っていた。
「瑠菜、大丈夫?」
 茜が瑠菜に駆け寄る。
 中野は寄り添う二人を見つめていたが、ふいに踵を返し、繁みに近づいていった。
「ちょっと、中野くん……!」
 青ざめる瑠菜に、中野は「大丈夫大丈夫」と軽く手を振って見せると、繁みを覗き込んだ。
 瑠菜は茜にしがみついた。尋常じゃない怯えようである。
「……ただのお地蔵さんだよ」
 中野が振り向いて、瑠菜に笑ってみせた。茜もほっと胸を撫でおろし、瑠奈の肩を励ますようにさすった。
 中野は瑠菜を安心させようとしたのだろう。意外にいいやつかもしれないなどと思いながら、その翳りになんとなく目を馳せ、ぎょっとする。
じゃない——)
 それは確かに地蔵と呼ばれている石像に違いなかった。だが、よく見知っている穏やかな容貌ではない。あさっての方向を見ている極端に離れた目。いやらしい笑みを浮かべた口。あまりにも不気味だった。
 後ろから覗き込んだ茜も、眉をひそめた。
「……悪意をもってつくられた造詣ね。でもただの石よ」
 そして瑠菜は。それがただの石像であったことにほっとするでもなく、その造形にぞっとするでもなく——ひどく驚いた顔をしていた。
 その不可解な反応に、僕はひどく違和感を覚えた。
(……何を見たんだ?)



 地蔵の一件から、瑠菜はあきらかに様子がおかしかった。
 口数が減っただけなく、やたらに周囲を気にしていて、ちょっとした物音にもびくついている。
 中野が何か会話の糸口を探してはしきりに話しかけているのだが、瑠菜は上の空だった。相手をしている余裕がないようだ。やがて話題はネタ切れとなり、沈黙となる。むしろ今まで瑠菜が機転を利かせて実のない話をつなげていたのだろう。
 薄気味悪い森の中を、足音だけが響いていた。中野は気づかわしげに、隣を歩く瑠菜の横顔をちらちらと覗き込んでいる。
 別に無理やり和気わき藹々あいあいとしなくてもいいと僕は思う。遊びに来たんじゃないのだから。実際、気まずそうにしているのは中野だけである。
 その時、きゃあと引き攣れたような悲鳴が響いた。
 瑠菜だった。口元を両手で押さえ、小刻みに震えている。その視線の先を見やると、杉の太い幹に甲虫がびっしりと幹についていた。
「ただのカイガラムシよ」
 茜がほっと息を吐きながら言った。
 小虫がびっしりたかっているさまは確かにぞっとするものがある。それにしても、瑠菜の怯えはなんだか尋常でなかった。
「虫じゃなくて……その奥の幹が、顔に見えたの」
 青ざめながら瑠菜が呟いた。
 木々の奥にはうろの空いた幹があり、確かにそれは顔に見えないことはなかった。だがそんなのは樹木に限らずどこにでもあるものだ。シミュラクラ現象というやつである。
 そうとう過敏になっているのだろう。
(国生さんだけでも、車に戻ったほうがいいんじゃないかな……)
 その時、茜が瑠菜の顔を見据えながら言った。
「しっかりしなさいよ。本番はこれからでしょ。今からそんな状態でどうするの?」
 口調はきつかったが、その手は瑠菜の背を優しく撫でていた。
「おい、もうちょっと優しく言えよ」
 中野が茜を睨んだ。
 いや、茜は瑠菜を励ましていたのだ——僕がそう言おうとうとしたところで、瑠菜が「違うの」と声を上げた。
「茜ちゃんはあたしを心配してくれて……」
「もっとさ、言い方あるだろ」
 中野は瑠菜を見もせずに、茜に真向かった。真正面から見返してきた茜に、中野の額に青筋が浮く。
 僕は一瞬、中野が茜に手をあげるのではないかとヒヤッとした。だが、あの中野がそんなことをするはずもなく、怒った表情のまま、踵を返してずんずんと先に行ってしまった。
 茜ちゃん、と瑠菜は泣き出しそうな顔で茜に駆け寄った。
「他人にどう思われようが別に気にしないわ。慣れてるし」
 茜は淡々と言った。するとずいぶん先まで進んでいた中野がぐるりと振り返り、大股で戻ってきた。
「なんだよ! 俺の悪口かよ!?」
「——誰も言ってないだろ」
 思わず口を挟むと、中野は僕にすさんだ目を向けた。
「……間宮までそっちの味方すんのかよ」
 その殺気立った表情に、僕は絶句した。中野らしくない、というか、あきらかに様子がおかしい。
「ねえ、喧嘩やめよう……?」
 瑠菜が怯えたように呟いた。
 中野は舌打ちをし、一度茜を睨みつけると、やはり一人で先に進んで行ってしまった。
 僕はなかば唖然として、遠ざかる背中に見入った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...