怪蒐師

うろこ道

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最終話 触穢

2④

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「ええ。最初は気のせいかなって思った。もともともやのような姿でしたし。でもそうじゃなかった。仕事を一回こなすたび、影はどんどん薄れてゆくんです。僕の中に戻っている間も、その存在感は確実に弱まっていった。時おり忘れてしまうほどに。そして今やかすみのようなものだ。あんなにはっきり呟いていた呪詛も、もうろくに聞き取れないほどになってる」
 そこで間宮はイスルギに目を向けた。
「僕の記憶に乗って、家族が少しずつ流出しているんですよ。僕と叔父さんの間を行き来するだけだったところに新たにルートができたんです。しかもただ行くだけじゃない。データに閉じ込められて相手の元に行くと、。一方通行だ。だからどんどん薄くなってゆく。つまりとなっているんです」
 間宮はかすかに笑った。
「記憶媒体って面白いですよね。心霊写真しかり、心霊ビデオしかり。幽霊なんて曖昧なものが映り込み、さらには保存までできるんだから」
「それがアルバイトをやめない訳か。……目的は金だとばかり思っていたが」
「お金ってことにしておくのが一番無難な理由でしょう」
 間宮はティッシュペーパーを丁寧に折ってゴミ箱に捨て、爪切りと爪やすりをプラスチックケースにしまった。
 イスルギは表情をぐっと厳しくした。
「私を騙したのだな? 顧客に害が及ぶと知りながら記憶を売っていたなら、それは詐欺行為だ。被害は私や顧客だけじゃない。君の友人の三ツ橋くんにも及んでいるんだぞ」
「三ツ橋?」
 顔を上げた間宮を、イスルギは見据えた。
「君の夢を体験してもらったんだ。それから連絡が取れなくなった。未払いの謝礼もあるというのに事務所にも来ず、電話にも出ない」
「夢を見せたって、あなたはまた勝手に……!」
と知っていれば見せたりなどしなかった。わかっているのか? 友人を壊したのは君だ。君の所為だ」
 イスルギは怒りに任せて間宮を責め立てた。
 間宮が悪意を持って自分を騙していたわけではないことはわかっていた。彼をすれば、そんな人間ではないのはわかる。間宮は八歳の頃から家族の怨霊にわずらわされているのだ。やっとのがれるすべが見つかって、必死だったのだ。自分だって同じ立場ならそうするだろう。
 だが――それとこれとは話が別だ。断じて許せることではない。
 利用しているつもりだった相手に反対に利用されていた。しかもこんな何もわかっていないような青二才にしてやられたなんて、イスルギにはとてもじゃないが受け入れることができなかった。
「——いいえ、ですよ」
 思わぬ低い声音に、イスルギは視線を上げた。
「最近大学でも見ないと思ったら……そんなことになっていたんですね。僕は忠告したんです。覚悟もなく、あなたのような人間と付き合うべきでないと。可哀そうに、あなたの軽はずみな行動が三ツ橋の元にうちの家族を送り込んだんです。三ツ橋を壊したんだ」
 間宮は冷ややかな表情でイスルギを一瞥した。
「まあでも、あなたにとっては今更な話じゃないですか。三ツ橋だけじゃないですよね? あなたが壊した前途ある若者は。あなたが彼らにしたことに比べれば、頭痛や影が見える程度の障りくらいどうってことないでしょう。しかもそれは本来顧客本人が自分で負うべきものですよね。なのに強欲な金持ちたちは、霊障リスクのみを弱者に押し付けてスリリングな体験を楽しんできた」
 因果応報ですよ、と間宮は言い捨てた。
「顧客はその分、金銭を支払っている。等価交換だ」
「本当に等価ですかね? 確かに弱者は理不尽に搾取されるものだ。世の中はそうゆうふうにできていて、僕らがいくら不当だと喚こうが仕方のないことです。ならばあなたがた搾取する側が理不尽のほうも、仕方ないと思ってもらわないと——」
 そこまで言って、間宮は不意に口をつぐんだ。
「ああこんな言い方、まるでお母さんみたいだ。気をつけなきゃ。僕はあの人とは違うんだから」
 ごめんなさい——間宮は素直に謝った。
「三ツ橋がどうなったにせよ、あいつは自分で僕の記憶を体験すると決めたんです。だからのせいじゃない」
(……それは私が三ツ橋くんに言った台詞だ)
 間宮の口調はいつもの物柔らかさを取り戻していた。こんな状況なのに、それがかえって不気味だった。
 なんだか、唐突に間宮が得体の知れないものに思えた。
 イスルギは生唾を飲み込み、ぐっと唇を引き結ぶ。
(……ともあれ、一刻も早くここを去るべきなのは確かだ)
 記憶映像での、叔父を襲う三つの影――がいる場所にこれ以上いたら、命にかかわる事態になりかねないことをイスルギはよく知っていた。
「間宮くんのことは本当に気に入っていたのだがな。まことに残念だが君との付き合いはここまでだ。損害賠償を求めたいところだが、君の境遇に免じてそこまではせずにおいてやる。そのかわり、金輪際事務所には近づかないでもらいたい」
 失礼する、とイスルギは踵を返した。
 まさかこんな事態になるとは。至急、この身を祓い清めに行かねばならない。自分だけでなく、顧客も。
(三ツ橋くんも探して祓ってやらねばならんな。彼を失うのは惜しい)
 そんなこと考えながら居室のドアノブを掴んだところで、足音と共に、後ろからスーツの裾を掴まれた。
「もう僕は、アルバイトに使ってもらえないんですか?」
 見上げてくる眼差しを、イスルギは唖然と見返した。
「当たり前だ。これまで蒐集しゅうしゅうした君の記憶データも全てお蔵入りだ」
「もう家族はずいぶんと薄くなってるんです。完全に消えるのだって、きっとあと何回かのはずだ。——お願いです、記憶を売らせてください。もう販売してしまったぶんに数回加わるだけでしょう?」
「顧客への被害を承知で、欠陥商品を販売しろというのか? 馬鹿なことを言うんじゃない」
 イスルギは突き放すように言うと、再びドアに身体を向けた。間宮は前に回り込み、出口の前を立ち塞ぐ。
「三ツ橋や他の顧客は助けるのに、僕は救ってくれないんですか? 身も心も、命までかけてあなたに尽くしたのに」
「妙な言い回しはよしたまえ」
 イスルギは目元を歪めて間宮を見下ろす。
「了承するとでも思っているのか? この私に舐めた真似をしておいて、図々しいとはこのことだ。自分の言っていることがわかっているのかね」
 そこでふと、イスルギは言葉を途切れさせた。違和感を覚えたのだ。
「——間宮くん。なぜ叔父の記憶を私に見せた? それをしなければ、まだアルバイトを続けられただろうに」
 間宮の顔からすっと表情が消えた。
「それについてですが……僕、あなたに謝らないといけないことがあるんです」
 間宮は静かな口調で言うと、ドアから離れた。イスルギが、それを聞かねば出てゆけないことをわかっているのだ。
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