高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ

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特別編

プロローグ『恋人のいる日常』

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特別編



 6月10日、月曜日。
 地元にある東京都立金井かない高等学校に入学してからおよそ2ヶ月。
 俺・低田悠真ひくたゆうまは、高校で出会ったクラスメイトの女の子・高嶺結衣たかねゆいと、恋人として付き合い始めた。
 容姿端麗。成績優秀。優しくて笑顔が可愛い結衣。そんな結衣は『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気を誇る生徒だ。その証拠に、俺と付き合うようになるまで、学校ではほぼ毎日、男女問わず告白されていた。
 そんな結衣から、俺は1ヶ月前に告白された。一度は断ったけど、結衣と過ごす日々を通じて好きになっていった。そして、夏が始まる6月1日に俺から告白し、結衣と恋人として付き合うことになったのだ。
 とても人気のある結衣に恋人ができたので、結衣が恋人宣言した直後は騒がれた。ただ、それから1週間経った今はすっかりと落ち着いている。
 ただ、結衣曰く、友達との会話では俺について話題になることが多いらしい。

 ――キーンコーンカーンコーン。

 おっ、チャイムが鳴った。これで4時間目の数学Ⅰの授業が終わって昼休みだ。

「チャイムが鳴ったので、ここまでにしましょう。今回の復習と、次回の予習をしっかりとしておくように。分からないことや質問がある人は訊きに来ること」

 数学Ⅰの担当教師であり、俺達のクラス・1年2組の担任でもある福王寺杏樹ふくおうじあんじゅ先生はキリッとした表情でそう言う。その声色は低い。
 週明けだったけど、午前中の授業があっという間に終わった。これも、結衣っていう恋人ができたからだろうか。今までは気怠かった月曜日も、教室に結衣がいると思うと楽しいと思えるようになったから。

「低田君」

 気付けば、福王寺先生が俺の目の前にやってきていた。スキニーパンツに半袖のブラウス姿だから、スーツ姿でなくても凛とした雰囲気が感じられる。間近で見ると、先生ってかなりスタイルがいいと分かる。

「どうかしましたか?」

 俺がそう問いかけると、福王寺先生はゆっくりと顔を近づけて、

「昨日公開した新曲、とっても良かったよ。さすがは低変人様」

 甘い声でそう耳打ちしてきたのだ。そのことに体がビクつく。
 俺は低変人ていへんじんという名前で、ネット上で音楽活動をしている。3年前から、YuTubuとワクワク動画いう動画サイトで楽曲を公開している。YuTubuの方では、100万人以上が低変人のチャンネル登録をしてくれている。

「ありがとうございます、福王寺先生」
「いえいえ。……あっ、『想い』が聞こえてくるわね」

 福王寺先生の言う『想い』とは、結衣と一緒に制作し、昨日公開した新曲だ。
 新曲を出す度にネット上ではもちろんのこと、学校でも大きく話題になる。なので、今朝も登校したら『想い』を話題にする生徒が多く、中にはスマホで流す生徒もいた。自分で言うのも何だけど、低変人は学生から30代まで特に人気が高く、中にはカリスマと称する人もいる。
 福王寺先生は低変人の熱狂的なファンの一人であり、低変人の正体が俺だと知っている。授業ではクールに接する先生も、俺や低変人の正体を知る結衣などの前では可愛らしい素のモードになる。
 基本的に、福王寺先生は新曲の感想を直接伝えたい主義。なので、これまでに何度も生徒指導室に呼び出された。しかし、呼び出しが連発するとイメージも悪くなるので、他の形にしてくれと言ったのだ。そうしたら、まさかこういう形で俺に感想を伝えてくるとは。他の生徒に聞かれてないだろうな。
 教室を見渡すと、授業が終わってすぐに福王寺先生が俺の席に行ったからか、こちらを見てくる生徒が何人もいる。ただ、みんなの様子を見る限り、どうやら『低変人様』の部分は聞かれなかったようだ。そのことにほっと胸を撫で下ろした。

「先生。以前、進路指導室で感想を言うのを止めてくれとお願いしましたけど、教室で直接伝えるのもちょっと」
「……ごめんなさい。なかなかいい方法が思いつかなくて。朝、結衣ちゃんにもこっそりと曲のことを話したんだけどね」
「そうだったんですか」

 そういえば、今日は朝礼が終わった後、福王寺先生は結衣のところに行っていたな。あれは結衣に『想い』の感想を言うためだったのか。『想い』には結衣の声が入っていて、先生もそれを知っていたから。
 いい方法が思いつかなかったから、結衣と同じくこっそりと話す形にしたのか。

「まあ、昨日もメッセージで感想をくれましたし、俺はそれだけでも十分に嬉しいんですけどね」
「そう言ってくれて嬉しいけど、それでも直接伝えたいの。他にいい方法があるか考えておくわ」
「ええ、お願いします。俺も考えてみます」
「分かったわ。では、また」

 福王寺先生は俺に微笑みかけると教室を後にした。
 もし、学校内で先生に感想を言ってもらうなら、新曲を公開した直後は放課後に居残るのが良さそうかな。そうすれば、先生と2人きりになったり、低変人の正体を知っている人達だけで集まったりしやすいだろうし。

「悠真君、今日も一緒にお昼ご飯を食べよう!」
「一緒に食べましょう、低田君」
「そうだな。結衣、伊集院さん」

 今日も、結衣と結衣の親友の伊集院姫奈いじゅういんひなさんが、お弁当や飲み物を持って俺の席にやってきた。窓側の一番後ろという場所もあってか、結衣に告白されてからはここで昼食を食べるのが基本になった。

「悠真君。杏樹先生と何を話していたの? 昨日の感想?」
「ああ、そうだよ」
「やっぱり。今朝、私にも感想を言ってくれたよ。昨日、公開してすぐにグループトークにメッセージくれたのにね」

 昨日の午後、『想い』を公開したとき、結衣は俺と一緒にいた。公開してすぐに伊集院さんや福王寺先生達から感想のメッセージが届き、それに感動して結衣は嬉しそうに涙を流していたな。

「きっと、先生にとってとても良かったのですよ」
「それもあるだろうけど、先生は新曲の感想を直接言いたいみたいで」
「なるほどね。そういえば、私に言ってきたときもちょっと興奮気味だったな。先生の気持ち、結構分かるよ」

 うんうん、と納得した様子で頷く結衣。結衣も低変人の曲を気に入ってくれているからな。結衣は前の席の椅子を借り、俺と向かい合うようにして座った。
 伊集院さんは俺の隣の席の机と椅子を動かして、俺の机にくっつける。俺の席と近いので、自分の席の椅子を持ってきている。椅子を結衣の隣に置き、腰を下ろした。

「お待たせ、みんな」

 ランチバッグを持った華頂胡桃かちょうくるみがうちの教室に入ってきた。
 胡桃は隣の1年3組の生徒であり、結衣と伊集院さんとはスイーツ部を通じて親友同士になった。
 俺にとっては、胡桃は同じ中学の出身の友人であり、初恋の人。そして、最近分かったことだけど、胡桃は低変人の大ファンであり、『桐花とうか』というハンドルネームで、2年以上ネット上で友人として付き合っている人でもある。
 胡桃は持ち前の穏やかな笑みを浮かべ、俺達に小さく手を振ってきた。そして、俺の隣にある椅子に座る。

「今日の結衣のお弁当は可愛らしいのです」
「そうだね。今日はお母さんが作ってくれたんだ。お母さん、悠真君と付き合うようになってから、今までよりも気合い入ってて。姫奈ちゃんのお弁当もカラフルでいいね!」
「今日は普段よりも早く目を覚ましたので、この玉子焼きは自分で作ったのです。……あら、胡桃のお弁当も美味しそうなのです!」
「ありがとう。全部お母さんが作ってくれたんだけどね」

 結衣達は楽しそうに話している。
 今日のように、お昼ご飯を食べ始めるとき、女子3人はお弁当で盛り上がることが多い。結衣達の会話をすぐ側で聞くと、ほっこりとした気持ちになり、午前の授業の疲れが取れるのだ。
 俺はスクールバッグから弁当包みを取り出す。俺の今日の弁当は、3人のように可愛らしさはないな。カラフルさは感じられるかもしれないけど。

「……おっ、悠真君のお弁当は……煮物オンリーなんだね。珍しい。これは筑前煮かな?」
「ああ。昨日、結衣が帰ってから、母さんと一緒に筑前煮を作ったんだよ。家族みんな筑前煮が好きだからたくさん作ってさ。だから、今日の弁当は筑前煮とご飯だけなんだ」
「そういえば、前にチャットで筑前煮が大好きだって言っていたね、ゆう君」

 笑いながらそう言う胡桃。
 胡桃……桐花さんとほぼ毎晩チャットする。俺が創った曲はもちろんのこと、今日は何を食べたなどの日常生活の話も結構してきた。
 俺は忘れてしまったけど、筑前煮は定期的に夕飯に登場するし、大好きなおかずなので、これまでに桐花さんに話したことがあったのだろう。

「筑前煮はたくさんの野菜を使っていますし、お肉も入っているのですからね。とても健康的な感じがするのです」
「姫奈ちゃんの言う通りだね。あと、煮物って一晩経つと煮汁が染み込んで美味しくなるよね!」
「そうなんだよ。……じゃあ、食べるか。いただきます」
『いただきます!』

 元気のいい3人の声を聞いて、俺達はお弁当を食べ始めることに。
 自分の好きなおかずを食べているからか、3人ともいい笑顔になっている。
 俺はまず、筑前煮の中でも大好きな鶏肉を一つ食べる。

「うん、美味しい」

 結衣の言う通り、昨日の夕食のときと比べて、汁が染み込んでいてとても美味しくなっている。ご飯が進むなぁ。

「ゆう君、大好きだって言うだけあって、とてもいい笑顔になってる」
「幸せそうなのです。食べているのが煮物だからか、何十年経っても、低田君は煮物を幸せそうに食べているだろうと思ったのです」
「それ分かる。あはは……うっ」
 ――カランッ。

 普段よりも大きな声で笑い始めた瞬間、結衣は痛がった表情を見せ、右手に持っていた箸を机に落とす。そして、お腹のあたりに両手を当てるのであった。
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