高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ

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夏休み小話編

『結衣は壁ドンされたい。』

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『結衣は壁ドンされたい。』


 お盆。コアマという同人誌即売会に一般参加した直後の頃。
 今日はお昼から、結衣の家でお家デートをしている。
 お昼ご飯に結衣が作ってくれたナポリタンと野菜スープを食べたり、結衣と一緒に昨日の深夜に放送されたアニメを観たり、

「今夜は寝かさないぞ。好きなお前と一緒にいるんだからな」

「……うんっ、いい! とてもいいよ、悠真君!」

 結衣からのお願いで、コアマで購入したボーイズラブの同人誌のセリフを感情込めて朗読したりと盛りだくさんだ。
 結衣はコアマで購入した同人誌を読んでいたら、俺に朗読してほしいセリフがいくつもあったとのこと。
 ボーイズラブの同人誌を朗読したのは、2ヶ月ほど前に福王寺先生のお見舞いに行ったとき以来だ。久しぶりに朗読したけど、結衣が嬉しそうに褒めてくれるのもあり、ちょっと楽しいと思えた。

「朗読してほしいセリフは以上だよ。ありがとう、悠真君!」
「いえいえ。喜んでくれて嬉しいよ」

 そう言い、俺は結衣の淹れてくれたアイスコーヒーを一口飲む。恋人を喜ばせることができた後に飲むコーヒーは最高に美味しい。何度か朗読した後なので、アイスコーヒーで喉が潤ったり、体が冷やされたりする感覚がとても心地いい。

「他にも俺にしてほしいことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとう! じゃあ……さっそくお願いしてもいいかな?」
「もちろんいいぞ」

 恋人からしてほしいことがあるって嬉しいな。どんなことだろう?

「壁ドンしてほしいなって」
「……壁ドンか」

 俺がそう言うと、結衣は小さく頷く。明るい笑顔がほんのりと赤みを帯びているのが可愛らしい。

「コアマに行く電車の中で、人がたくさん乗ってきたときに壁ドンのような体勢になったじゃない」
「ああ……なったなぁ」

 会場の最寄り駅に向かう路線に乗っているとき、人がたくさん乗ってくる駅があった。その際、後ろから勢い良く押され、俺と向かい合って立っている結衣に密着する体勢になって。結衣が扉に寄り掛かる形で立っていたのもあり、俺が結衣を壁ドンするような体勢になったのだ。

「悠真君が勢い良く迫ってきて、悠真君と密着できたのが凄く良くて。それで、コアマから帰ってきてから『そういえば、悠真君に壁ドンされたことはなかったなぁ』と思ってね」
「そういえば……結衣に壁ドンした記憶は全然ないな」
「でしょう? だから、悠真君に壁ドンをお願いしようかなって思っていたの」
「そうだったのか。分かった」

 似たような経験をしたから、ちゃんとした壁ドンをされたいと思ったんだな。可愛いことを考える恋人だ。
 壁ドンは恋愛やラブコメ系の作品では結構出てくるイベントシーンだ。また、現実にも壁ドンをされるとキュンとする女性はいるらしい。俺も結衣をキュンとさせられるような壁ドンをしたい。

「ありがとう! じゃあ、さっそく壁ドンしようか!」
「ああ」

 結衣はクッションから立ち上がり、勉強机の側の壁に背を付ける形で立つ。
 俺もクッションから立ち上がって、結衣と向かい合う形になる。こういう体勢になるのは今までにたくさんあったけど、これから壁ドンをするからちょっとドキドキする。結衣も頬を中心に顔が赤みを帯びているし。

「結衣。壁ドンするぞ」
「うん、お願いします。あと……壁ドンしたときに、かっこいい言葉を一言言ってくれると嬉しいです」
「……分かった」

 直前になって注文が来たな。まあ、漫画やアニメやラノベでは、壁ドンシーンでかっこいい言葉を言うもんな。それで結衣をよりキュンとできるのなら、彼氏らしく結衣にかっこいい言葉を言おうじゃないか。

「じゃあ……お願いします」
「ああ」

 俺は結衣を見つめながらゆっくりと近づき、
 ――ドンッ!
 と、右手で結衣の顔のすぐ側の壁を強めに叩く。

「結衣。ずっと俺の側にいろよ」

 至近距離で結衣を見つめながらそう言った。結衣がかっこいいと思ってくれたら嬉しいな。
 これまで抱きしめたり、寄り添ってアニメを観たり、肌を重ねたり、一緒に寝たりするときなど、至近距離から結衣の顔はたくさん見てきた。それでも、結衣の顔って本当に綺麗で可愛らしいと改めて思う。

「はいっ」

 結衣はうっとりとした笑顔になって、甘い声でそう返事した。

「……凄くかっこよかったよ。言ってくれた内容はもちろん、普段よりも強い口調で言うところにもキュンとなりました。今もドキドキしてる」
「そう言ってくれて嬉しいよ」

 それと同時に、結衣にかっこいいと思える言葉を言えてほっとしている。

「あと、してくれたのが悠真君だからかもしれないけど……壁ドンっていいね。迫られて、ドンって音が響いたときはドキッとしたよ」
「そっか。ドンって音が出るように強めに叩いて正解だったな」
「ふふっ。素敵な壁ドンをありがとう、悠真君」
「いえいえ。俺も結衣に初めて壁ドンできて良かったよ。こちらこそありがとう」
「いえいえ」

 結衣はそう言うと、俺のことを抱き寄せ、その流れでキスしてきた。壁ドンをしたことのお礼だろうか。あと、ドキドキしているからなのか、普段よりも体や唇から伝わってくる熱が強くて。涼しい部屋の中にいるから、その強い温もりが心地良く感じられる。
 10秒ほどして、結衣の方から唇を離す。すると、結衣はニッコリと笑って、顔を俺の胸に埋めてきた。

「会場に行く電車で凄く混んでいたとき、こうして顔を埋めたじゃない」
「そうだったな」
「悠真君の匂いとか温もりが感じられるから、安心できるし、凄く幸せに感じられたの。だから、少しの間……こうしていてもいいかな?」
「もちろんだ」

 結衣が安心できたり、幸せになれたりするのなら。

「ありがとう、悠真君」

 それから少しの間、結衣は俺のことを抱きしめて、顔を俺の胸の中に埋める。そのおかげで、結衣の温もりや甘い匂い、柔らかさを感じられて。だから、幸せな気持ちになっているよ。
 俺はさっき壁を叩いた右手を結衣の頭まで下ろし、そっと撫でる。結衣の柔らかい髪越しに伝わる温もりがとても優しく感じられたのであった。



『結衣は壁ドンされたい。』 おわり
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