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第35話『バイトをしていたら。-対峙編・後編-』
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僕は花村と一緒に従業員用の出入口の方へと向かう。
ここは1ヶ月以上前に、向日葵をナンパしてきた男達から助けた場所でもある。ここなら人は全然来ないし、他の人にあまり見られずに話せるだろう。
「ここで話しましょう……おっと」
花村の方に振り返った瞬間、花村が僕に殴りかかってきた。僕はそれを躱し、花村の右腕を強く掴む。
「人目のないところに来た途端に殴りかかるのは卑怯ですね。3年前から、あなたは何も変わっていないようだ」
僕がそう言うと、花村は目を見開らかせる。
「あいつから聞いたのか」
「ええ。昨日……あの後に向日葵が話してくれました。相当酷い内容でした。昨日、向日葵があなたにあんな態度を取ったのも当然です」
花村が目の前にいるから、3年前の話を聞いたとき以上に苛立ってきた。
「でも、あいつだって酷いだろ? オレの顔を何度も叩いて、男の大事なところを思い切り蹴ったんだから」
「人によっては過剰防衛だと言うでしょうね」
「だろう? あと、お前も早く放せよ。過剰防衛になるぞ」
「分かりました。でも、次に何かしたら、この程度では済まないことを覚悟してください」
僕は花村の右腕を放す。今まで強めに掴んでいたからか、花村は僕に再び殴りかかることはない。僕に掴まれた部分を左手で擦っている。
「さっきは、たまたまお店の中を見たら向日葵を見つけたように言っていましたが、本当は向日葵のことを探していたんじゃないですか?」
昨日、向日葵と3年ぶりに会話したばかりだ。向日葵のことを探していた可能性が高い。
花村はニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、その通りだ。中学時代からこの喫茶店に入る姿を何度か見ていた。だから、試しにここに来てみた。そうしたらビンゴだ」
「なるほど。向日葵を探していた目的は、3年前にできなかったことをするためじゃないですか?」
きっと、昨日……久しぶりにどこかで遊ばないかと向日葵に誘ったのも、同じ理由だと思われる。
花村はしたり顔になる。
「ああ、正解だ。あのときはキスまでしかできなかったからな。惜しかった。3年経って、宝来はますます大人っぽくなったし、あいつの体を味わいたいと思って」
「やっぱり。確認ですが、3年前……向日葵に告白した本当の目的も彼女の体だったのですか? 漫画喫茶での一件の際、『最後までやらせろ』と言ったそうですね」
「ああ、そうだ。体目的で宝来に告白した。あいつは顔が良くて、胸も中学校の中では結構デカい方だったからな。宝来に興味があるのはそれだけさ。まあ、オレが読んでた漫画とかのことが話題になったから、そのときは楽しく話してあげたよ」
「それも、目的を果たしやすくするためですか」
「ああ」
「……裏切られた気分になったと向日葵が言ったのも納得ですね」
襲われそうになったその時点で、向日葵が別れると言い放ったのは当然だ。
昨日、向日葵から話を聞いたときもイラッときたけど、花村本人から話されるとその比じゃないな。自然と彼に向ける視線が鋭くなっていることに気づく。怒りはあるけど、平静さを保ちながら彼に言うべきことを言わないと。
僕は長めに息を吐き、花村のことを見る。
「向日葵はあなたと二度と関わりたくないと言っていました。ですから、向日葵と関わるのは止めてください。昨日も言いましたけど、向日葵に何かしたら僕が許しません」
「……ふうん」
てっきり怒るかと思いきや、意外にも花村は面白そうな笑みを見せる。
「随分と宝来のために動いているじゃないか。もしかして、宝来のことが好きなのか?」
「好きですよ。友人として。何としてもあなたから守りたいと思うほどに、向日葵は僕にとって大切な人です」
花村のせいで、向日葵には不安な日々を過ごしてほしくない。花村の思うとおりにもさせない。そのために僕はここにいるんだ。
花村は不機嫌そうな表情を見せ、「チッ」と舌打ち。今の僕の反応が気に入らなかったのかな。
「中学のときは女子としか一緒にいなかったのに。高校生になったら面倒な男とつるむようになったんだな。気に入らねえ」
「それはあなたにとって面倒なだけでしょ。あたしにとって桔梗は素敵な友人だよ」
気づけば、向日葵と撫子が歩道への曲がり角のところにいた。花村と話す僕のことが心配になって来てくれたのだろうか。
撫子の手を握っているからか、向日葵は真剣な表情でこちらを見ている。
「花村陸。あたしとはもう二度と関わらないで」
はっきりとした口調で向日葵は花村にそう言った。向日葵の隣で、撫子が真面目な様子で頷く。
花村はさらに目つきを鋭くさせ、舌打ちをする。僕だけでなく、向日葵本人にも言われたのが気にくわないのだろう。
「嫌に決まってるだろ!」
花村は向日葵に向かってそんな罵声を浴びせる。そのことで、向日葵と撫子は体がビクついてしまう。向日葵は脚が小刻みに震えるほど。
向日葵を探し、昨日の今日で再び向日葵と接触を試みるほどだ。3年前の続きをしたい気持ちは相当強いと思われる。そんな花村が、そう簡単に向日葵の意向には従わないか。
こうなったら、こちらも強気の態度に出よう。
「もし、向日葵のことを傷つけたり、3年前の続きをしたりしたら、そのときは法律に則った裁きを受けてもらいますよ。3年前は学校での処分だけだったそうですが、僕は容赦しません」
「何だと……」
「何だったら、さっきお店で僕を突き飛ばして尻餅をつかせたことについて、警察に通報してもいいんですよ。僕はケガをしていませんから、暴行罪になるでしょう。向日葵や撫子だけじゃない。他のお客様や、サカエカフェの従業員も目撃しています。きっと、あなたの犯行が警察に認められるでしょう。もしそうなったら、あなたの通っている高校からも処分が下されるのは間違いないですね。もちろん、向日葵にストーカーをして、性的暴行を示唆する発言をしたことも伝えますよ」
「くそっ……」
そう声を漏らすだけで、花村から次の言葉が出ない。また、それまで彼の顔に出ていた怒りの表情が焦りへと変わっていく。ついさっき、僕のことを突き飛ばしたのは事実だし。
よし、トドメを刺すか。
制服のポケットから、自分のスマートフォンを取り出す。
「では、これから警察に通報します。僕を突き飛ばし、僕の友人にストーカーをする男子高校生がいると。性的暴行を企てているとも伝えた方がいいかな」
「ま、待て!」
「待て? 事実じゃないですか」
「お、お前の言うことを聞く!」
警察に通報しようとすると、さすがの花村も従順になるんだな。
「分かりました。では、僕との約束を守れば通報はしないであげます。向日葵はどうかな?」
「……今回は駅前で話しかけられて、サカエカフェまで来られたことくらいだからね。桔梗に任せるわ」
「分かった。僕との約束を破ったと判明したら、今回のことについても警察に動いてもらいます。さてと、どんな約束をするのか録音しておきましょう」
僕はスマートフォンの電源を入れ、ボイスレコーダーアプリを起動する。ちゃんと録音できるように、スマホを花村まで近づける。
「どんなことを約束しますか? あなたが自分で言ってみてください」
「……ほ、宝来向日葵とは二度と関わらない!」
「いい約束ですね。ただ、向日葵にも大切な家族や友人達がいます。向日葵の隣にいる子もそうです。その人達も傷つけないことも約束してくれますか?」
「約束する!」
「……いいでしょう。一生守ってくださいね」
「はい!」
これまでの悪態が嘘のようないい返事だ。花村が返事をしたところで、ボイスレコーダーアプリを停止した。記録をちゃんと取ったので、これで大丈夫だろう。
「あと、3年前に向日葵へしたことについて、あなたの御両親は謝りましたが、あなた自身は謝らなかったみたいですね。ここに向日葵がいます。あなたがすべきこと……分かりますよね?」
「は、はい!」
そう返事をすると、花村は向日葵の方を向く。向日葵は一歩引きながらも花村を見る。
「さ、3年前は……無理矢理襲おうとしてすみませんでした!」
とても大きな声で花村は謝罪の言葉を口にした。
大きな声だったからだろうか。謝罪の直後、向日葵は目を見開いていた。ただ、すぐに彼女の顔には冷徹な表情が。
「……許さない。だから、二度と関わらないで。早くあたしの前から消えて」
物凄く低い声に乗せられた向日葵の言葉は、この3年間で溜まった花村への感情を吐き出しているように思える。自分に向けられてはいないと分かっているけど、寒気がした。
花村はすぐに走り去り、駅の方へと曲がっていく。道まで出て確認すると、周りの人が驚くほどの勢いで走る彼の後ろ姿が見えた。
「これで一件落着かな、向日葵」
「……そうだね」
向日葵の方を見ると、彼女の両目からは涙がいくつもこぼれる。だけど、そんな彼女の顔には柔らかな笑みを浮かべている。
「向日葵先輩、涙が……」
「……気づいたら涙出てた」
緊張の糸が切れたのだろう。それまでは怯えてしまうほどの人間と相手していたのだから、気づかないうちに涙が出てしまうのもおかしくない。
「桔梗、ありがとう」
そんなお礼の言葉を口にすると、向日葵は僕を抱きしめた。両手を僕の背中へと回し、ぎゅっと。顔を僕の胸に埋める。そのことで、向日葵の温もりと柔らかさがはっきりと感じられて。花村と対峙したことでの疲れが取れていく。
「いえいえ。何とかなって良かった。これからも向日葵を守っていくよ」
向日葵の頭を優しく撫でると、向日葵の髪から甘い匂いがふんわりと香る。
向日葵はゆっくりと顔を上げて、僕と目が合うと、とても明るくて可愛らしい笑顔を見せる。この状況での至近距離の笑顔にはさすがにドキッとする。
「桔梗が花村に相手してくれたおかげだよ。堂々としている桔梗は凄くかっこよかった。撫子ちゃんもありがとう。側にいてくれなかったら、花村に何も言えなかったかもしれないから」
「向日葵先輩の力になれて嬉しいです。兄さんもかっこよかったよ」
ニッコリと笑って撫子はそう言った。このタイミングで2人からかっこいいって言われると、とても誇らしい気持ちになる。
それから少しして向日葵の気持ちが落ち着いたので、3人で店内へと戻る。
副店長となずなさんに無事に解決し、花村を追い返したことを報告する。2人は爽やかな笑みを浮かべて「よくやった」と言ってくれた。
そして、ホールでの仕事を再開する。
花村から向日葵を助けたからだろうか。それとも、仕事をしていると、向日葵と撫子の楽しそうな話し声や笑い声が聞こえてくるからだろうか。今までで一番多く、仕事をしながら2人のことを見るのであった。
ここは1ヶ月以上前に、向日葵をナンパしてきた男達から助けた場所でもある。ここなら人は全然来ないし、他の人にあまり見られずに話せるだろう。
「ここで話しましょう……おっと」
花村の方に振り返った瞬間、花村が僕に殴りかかってきた。僕はそれを躱し、花村の右腕を強く掴む。
「人目のないところに来た途端に殴りかかるのは卑怯ですね。3年前から、あなたは何も変わっていないようだ」
僕がそう言うと、花村は目を見開らかせる。
「あいつから聞いたのか」
「ええ。昨日……あの後に向日葵が話してくれました。相当酷い内容でした。昨日、向日葵があなたにあんな態度を取ったのも当然です」
花村が目の前にいるから、3年前の話を聞いたとき以上に苛立ってきた。
「でも、あいつだって酷いだろ? オレの顔を何度も叩いて、男の大事なところを思い切り蹴ったんだから」
「人によっては過剰防衛だと言うでしょうね」
「だろう? あと、お前も早く放せよ。過剰防衛になるぞ」
「分かりました。でも、次に何かしたら、この程度では済まないことを覚悟してください」
僕は花村の右腕を放す。今まで強めに掴んでいたからか、花村は僕に再び殴りかかることはない。僕に掴まれた部分を左手で擦っている。
「さっきは、たまたまお店の中を見たら向日葵を見つけたように言っていましたが、本当は向日葵のことを探していたんじゃないですか?」
昨日、向日葵と3年ぶりに会話したばかりだ。向日葵のことを探していた可能性が高い。
花村はニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、その通りだ。中学時代からこの喫茶店に入る姿を何度か見ていた。だから、試しにここに来てみた。そうしたらビンゴだ」
「なるほど。向日葵を探していた目的は、3年前にできなかったことをするためじゃないですか?」
きっと、昨日……久しぶりにどこかで遊ばないかと向日葵に誘ったのも、同じ理由だと思われる。
花村はしたり顔になる。
「ああ、正解だ。あのときはキスまでしかできなかったからな。惜しかった。3年経って、宝来はますます大人っぽくなったし、あいつの体を味わいたいと思って」
「やっぱり。確認ですが、3年前……向日葵に告白した本当の目的も彼女の体だったのですか? 漫画喫茶での一件の際、『最後までやらせろ』と言ったそうですね」
「ああ、そうだ。体目的で宝来に告白した。あいつは顔が良くて、胸も中学校の中では結構デカい方だったからな。宝来に興味があるのはそれだけさ。まあ、オレが読んでた漫画とかのことが話題になったから、そのときは楽しく話してあげたよ」
「それも、目的を果たしやすくするためですか」
「ああ」
「……裏切られた気分になったと向日葵が言ったのも納得ですね」
襲われそうになったその時点で、向日葵が別れると言い放ったのは当然だ。
昨日、向日葵から話を聞いたときもイラッときたけど、花村本人から話されるとその比じゃないな。自然と彼に向ける視線が鋭くなっていることに気づく。怒りはあるけど、平静さを保ちながら彼に言うべきことを言わないと。
僕は長めに息を吐き、花村のことを見る。
「向日葵はあなたと二度と関わりたくないと言っていました。ですから、向日葵と関わるのは止めてください。昨日も言いましたけど、向日葵に何かしたら僕が許しません」
「……ふうん」
てっきり怒るかと思いきや、意外にも花村は面白そうな笑みを見せる。
「随分と宝来のために動いているじゃないか。もしかして、宝来のことが好きなのか?」
「好きですよ。友人として。何としてもあなたから守りたいと思うほどに、向日葵は僕にとって大切な人です」
花村のせいで、向日葵には不安な日々を過ごしてほしくない。花村の思うとおりにもさせない。そのために僕はここにいるんだ。
花村は不機嫌そうな表情を見せ、「チッ」と舌打ち。今の僕の反応が気に入らなかったのかな。
「中学のときは女子としか一緒にいなかったのに。高校生になったら面倒な男とつるむようになったんだな。気に入らねえ」
「それはあなたにとって面倒なだけでしょ。あたしにとって桔梗は素敵な友人だよ」
気づけば、向日葵と撫子が歩道への曲がり角のところにいた。花村と話す僕のことが心配になって来てくれたのだろうか。
撫子の手を握っているからか、向日葵は真剣な表情でこちらを見ている。
「花村陸。あたしとはもう二度と関わらないで」
はっきりとした口調で向日葵は花村にそう言った。向日葵の隣で、撫子が真面目な様子で頷く。
花村はさらに目つきを鋭くさせ、舌打ちをする。僕だけでなく、向日葵本人にも言われたのが気にくわないのだろう。
「嫌に決まってるだろ!」
花村は向日葵に向かってそんな罵声を浴びせる。そのことで、向日葵と撫子は体がビクついてしまう。向日葵は脚が小刻みに震えるほど。
向日葵を探し、昨日の今日で再び向日葵と接触を試みるほどだ。3年前の続きをしたい気持ちは相当強いと思われる。そんな花村が、そう簡単に向日葵の意向には従わないか。
こうなったら、こちらも強気の態度に出よう。
「もし、向日葵のことを傷つけたり、3年前の続きをしたりしたら、そのときは法律に則った裁きを受けてもらいますよ。3年前は学校での処分だけだったそうですが、僕は容赦しません」
「何だと……」
「何だったら、さっきお店で僕を突き飛ばして尻餅をつかせたことについて、警察に通報してもいいんですよ。僕はケガをしていませんから、暴行罪になるでしょう。向日葵や撫子だけじゃない。他のお客様や、サカエカフェの従業員も目撃しています。きっと、あなたの犯行が警察に認められるでしょう。もしそうなったら、あなたの通っている高校からも処分が下されるのは間違いないですね。もちろん、向日葵にストーカーをして、性的暴行を示唆する発言をしたことも伝えますよ」
「くそっ……」
そう声を漏らすだけで、花村から次の言葉が出ない。また、それまで彼の顔に出ていた怒りの表情が焦りへと変わっていく。ついさっき、僕のことを突き飛ばしたのは事実だし。
よし、トドメを刺すか。
制服のポケットから、自分のスマートフォンを取り出す。
「では、これから警察に通報します。僕を突き飛ばし、僕の友人にストーカーをする男子高校生がいると。性的暴行を企てているとも伝えた方がいいかな」
「ま、待て!」
「待て? 事実じゃないですか」
「お、お前の言うことを聞く!」
警察に通報しようとすると、さすがの花村も従順になるんだな。
「分かりました。では、僕との約束を守れば通報はしないであげます。向日葵はどうかな?」
「……今回は駅前で話しかけられて、サカエカフェまで来られたことくらいだからね。桔梗に任せるわ」
「分かった。僕との約束を破ったと判明したら、今回のことについても警察に動いてもらいます。さてと、どんな約束をするのか録音しておきましょう」
僕はスマートフォンの電源を入れ、ボイスレコーダーアプリを起動する。ちゃんと録音できるように、スマホを花村まで近づける。
「どんなことを約束しますか? あなたが自分で言ってみてください」
「……ほ、宝来向日葵とは二度と関わらない!」
「いい約束ですね。ただ、向日葵にも大切な家族や友人達がいます。向日葵の隣にいる子もそうです。その人達も傷つけないことも約束してくれますか?」
「約束する!」
「……いいでしょう。一生守ってくださいね」
「はい!」
これまでの悪態が嘘のようないい返事だ。花村が返事をしたところで、ボイスレコーダーアプリを停止した。記録をちゃんと取ったので、これで大丈夫だろう。
「あと、3年前に向日葵へしたことについて、あなたの御両親は謝りましたが、あなた自身は謝らなかったみたいですね。ここに向日葵がいます。あなたがすべきこと……分かりますよね?」
「は、はい!」
そう返事をすると、花村は向日葵の方を向く。向日葵は一歩引きながらも花村を見る。
「さ、3年前は……無理矢理襲おうとしてすみませんでした!」
とても大きな声で花村は謝罪の言葉を口にした。
大きな声だったからだろうか。謝罪の直後、向日葵は目を見開いていた。ただ、すぐに彼女の顔には冷徹な表情が。
「……許さない。だから、二度と関わらないで。早くあたしの前から消えて」
物凄く低い声に乗せられた向日葵の言葉は、この3年間で溜まった花村への感情を吐き出しているように思える。自分に向けられてはいないと分かっているけど、寒気がした。
花村はすぐに走り去り、駅の方へと曲がっていく。道まで出て確認すると、周りの人が驚くほどの勢いで走る彼の後ろ姿が見えた。
「これで一件落着かな、向日葵」
「……そうだね」
向日葵の方を見ると、彼女の両目からは涙がいくつもこぼれる。だけど、そんな彼女の顔には柔らかな笑みを浮かべている。
「向日葵先輩、涙が……」
「……気づいたら涙出てた」
緊張の糸が切れたのだろう。それまでは怯えてしまうほどの人間と相手していたのだから、気づかないうちに涙が出てしまうのもおかしくない。
「桔梗、ありがとう」
そんなお礼の言葉を口にすると、向日葵は僕を抱きしめた。両手を僕の背中へと回し、ぎゅっと。顔を僕の胸に埋める。そのことで、向日葵の温もりと柔らかさがはっきりと感じられて。花村と対峙したことでの疲れが取れていく。
「いえいえ。何とかなって良かった。これからも向日葵を守っていくよ」
向日葵の頭を優しく撫でると、向日葵の髪から甘い匂いがふんわりと香る。
向日葵はゆっくりと顔を上げて、僕と目が合うと、とても明るくて可愛らしい笑顔を見せる。この状況での至近距離の笑顔にはさすがにドキッとする。
「桔梗が花村に相手してくれたおかげだよ。堂々としている桔梗は凄くかっこよかった。撫子ちゃんもありがとう。側にいてくれなかったら、花村に何も言えなかったかもしれないから」
「向日葵先輩の力になれて嬉しいです。兄さんもかっこよかったよ」
ニッコリと笑って撫子はそう言った。このタイミングで2人からかっこいいって言われると、とても誇らしい気持ちになる。
それから少しして向日葵の気持ちが落ち着いたので、3人で店内へと戻る。
副店長となずなさんに無事に解決し、花村を追い返したことを報告する。2人は爽やかな笑みを浮かべて「よくやった」と言ってくれた。
そして、ホールでの仕事を再開する。
花村から向日葵を助けたからだろうか。それとも、仕事をしていると、向日葵と撫子の楽しそうな話し声や笑い声が聞こえてくるからだろうか。今までで一番多く、仕事をしながら2人のことを見るのであった。
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