桜庭かなめ

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本編

第4話『ブラッドラブ』

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 抱きしめてほしいというお願いの次は生徒会に入ってほしいか。俺が入学して間もないから庶務係という役目なんだろうけど。
 思えば、昨日から突然、如月会長は俺と絡むようになってきたよな。それまでは全く関わりなんてなかったのに。俺は式典やイベントで話をする会長の姿を知っているけれど、会長はどうやって俺のことを知ったのか。登校初日から金髪だったから、生徒会や風紀委員会からマークされていたのかな。あとは偶然俺の姿を見て一目惚れとか。

「……どうでもいいか」

 そんなことを考えても何の意味もないだろうから。
 あのときは生徒会に入ることを断ったけれど、如月会長のことだから昼休みとか放課後に勧誘しに来そうだなぁ。酷ければ、昨日みたいに束縛されそうだ。昼休みは仕方ないとして、放課後になったらすぐに学校から逃げよう。
 そんなことを考えながら窓から校庭を眺めていると、走っている生徒のすぐ側で立ち止まっている如月会長の姿を見つけてしまった。体操着を着ているから、体育の授業かな。会長は肩を揺らしながら呼吸を整えているようにも見える。そんな会長を心配したのか、友人らしき生徒が2、3人ほど会長の方へと歩いている。
 そういえば、会長……朝も俺と話しているときに咳き込んでいたっけ。あのときも息苦しそうだった。今日は体調が優れないのかな。

「……あっ」

 会長のことを考えていたせいなのか、彼女がこっちを見て笑顔で手を振っている。体調も良くないのにこういうときの笑顔は普段と変わりないとは。それだけ、俺への好意が強いということなのだろう。
 さてと、会長に見つかってしまったので授業に集中することにしよう。クラスメイトからの好意的ではない視線を感じるけれど。


 昼休み。
 自分の席でお弁当を1人で食べることを苦に思ったり、惨めに感じたりすることは全くない。あと、席が窓側の先頭で良かった。前か窓の外を見ていれば1人の世界に浸ることができる。

『笑顔を見せれば、きっと人間のお友達もすぐにできるんじゃないでしょうか』

 昨日の夕方に銀髪の女性から言われたその言葉を思い出した。この2年ほどは色々とあったから、笑顔の見せ方を忘れてしまった。銀髪の女性に笑顔を見せることができていたなら、それは俺が助けたあの茶トラ猫のおかげだと思う。
 さてと、今日も弁当を食べて、5時限目が始まるまで好きな音楽を――。

「玲人君、お昼ご飯のお迎えに来たよ」

 やっぱり、如月会長がやってきた。可愛らしい手提げ袋を持っている。一緒にお昼ご飯を食べようってことか。せっかくの休み時間なのにこれじゃ休めないじゃないか。あと、朝や午前の授業と同じように会長は咳き込んでいるな。
 如月会長の突然の登場と、彼女が俺の名前を口にしたことによって教室の中は一気にざわつき始める。

「わざわざここまで来てくださってありがとうございます。どうせ、生徒会の勧誘を兼ねて俺とお昼ご飯を食べようと思っているんでしょう? お断りします。さあ、会長の教室や生徒会室にでもお帰りください」
「そんな風に言わないでよ。せっかく生徒会室で一緒に食べようって誘いに来たのに。玲人君、何だか私に冷たくない?」

 会長は俺に冷たい視線を送ってくる。相当ご機嫌が悪いようで。

「今までの言動や行動を思い返していただければ、俺が会長に今のような態度を取るのは当然だと思いますが」
「どれどれ……」

 会長、腕を組んでう~んと考えている。俺に対する態度を振り返っているのかな。
 すると、会長ははっとした表情となり、

「このツンデレさんめっ!」

 納得した笑みを浮かべながらそう言ってきやがった。

「どう考えれば、俺が会長にツンデレだって思うんですか」
「ツンの方は今みたいな態度でしょ? でも、昨日……お家の前で私の額にキスをしてくれたじゃない。一瞬だったけれど、玲人君の優しさが伝わってきたよ。それがデレ」
「ポジティブに考えますね……」

 これ以上何か言っても会長は反省してくれなさそうな気がする。あと、彼女がキスとか言ってしまったので、ざわめきは更に増していって。

「……生徒会室に行きますか。ここだとゆっくりとお昼ご飯が食べられそうにないので」
「ふふっ、じゃあ一緒に行こうか」

 教室の雰囲気がここまでおかしくなることも会長の計算通りだとしたら恐ろしい。
 俺はお弁当を持って如月会長についていく形で生徒会室へ行く。人気者で有名人の如月会長と、金髪の俺が一緒に歩いているからか俺達のことを見てくる生徒が多かった。
 生徒会室に到着すると、中には笛吹副会長が既にいた。購買部かコンビニで買ったサンドウィッチがテーブルの上に置かれている。副会長さんさえいれば如月会長も変なことはできないだろう。ちょっと安心した。

「沙奈ちゃん、逢坂君、お疲れ様」
「お疲れ様です、樹里先輩」
「お疲れ様です」

 俺は副会長さんとテーブルを挟んで向かい合うようにして座る。如月会長は……やっぱり俺の隣に座るんだ。

「それじゃ、さっそく食べようか」
「そうですね。いただきます!」
「……いただきます」

 母親の作ってくれた弁当を食べると、ほんの少しだけれど安心できるな。
 会長の弁当をちらっと見てみると……弁当箱、結構大きいな。俺の弁当よりも量があるんじゃないだろうか。元々、食べるのが好きなのか、それとも今日は元気がなさそうだから、栄養を付けるためにたくさん持ってきたのか。

「樹里先輩、玉子焼き食べませんか? 作ってきたんですよ」
「ありがとう! 私、玉子焼き大好きなの」

 副会長さん、如月会長の作った玉子焼きを嬉しそうに食べている。こういった光景、教室でも見たことがあるな。

「うん、甘くて美味しいよ」
「そう言ってくださって嬉しいです」
「会長って、弁当を作るんですね」
「そうだよ。たまにだけれど」
「弁当を作るなら朝は早いですよね。昨日も夜まで生徒会の仕事をやっていたそうじゃないですか。だから、今日は疲れているんですか? 朝も咳き込んでいましたし、体育の授業でも疲れていたように見えましたけど……」
「へえ、私のことを見ていてくれたんだ。嬉しいな。より好きになった」

 とぼけやがって。体育の授業のとき、沙奈会長は教室から俺が見ていることに気付いて手を振っていたくせに。

「そうだったんだ。無理はしないでね。今は特に期限が迫っている仕事もないんだし、今日は授業が終わったらすぐに帰っていいよ。辛いなら、早退するのもありだよ」
「いえいえ、大丈夫ですって。こういうときに玲人君みたいな生徒が生徒会のメンバーとしていてくれたら、生徒会の活動をお休みするとか、早退するっていう選択肢も出てくるけれど」

 会長は俺のことを見つめながらにっこりと笑ってくる。全てはこの言葉を言うために俺の前で疲れている演技をしていたのかと思ったけれど、特に朝の様子を思い返すと本当に息苦しそうだった。

「生徒会の仕事をして、朝からお弁当作りを頑張ったからじゃない?」
「それはあるかもしれませんね。仕事はともかく、お弁当作りは楽しくて、眠さとか辛さを忘れちゃうんです。それに、樹里先輩や玲人君に食べてほしいと思って、ちょっと多めに作ったんです」
「俺にも?」
「うん、そうだよ。特にこのハンバーグは玲人君のことを考えて作ったの。ほら、食べてみてよ」
「いや、その……」

 昨日、睡眠薬入りのコーヒーを飲まされたことがある以上、会長から渡された飲食物を口にすることに抵抗感がある。ただ、副会長さんがいるし、お弁当作りのエピソードを聞いてしまったから断り辛い。

「もしかして、ハンバーグはあまり好きじゃなかった?」
「好きですよ。ええと……食べて大丈夫ですよね? 俺、潔癖症気味なので、どうしても気になっちゃって」

 潔癖症は嘘だけれど、何にも入っていないことを確認しておきたかったのだ。

「大丈夫だよ。綺麗な手でまごころを込めて作ったから、変なものが入っていることもないから。……まさか、そういうものも食べられないって言うわけないよね?」

 昨日、俺に睡眠薬入りコーヒーを飲ませたことを忘れていそうだな、この女。

「食べますって。いただきます」
「じゃあ、あ~ん」
「……はいはい」

 小さい頃に姉さんから食べさせてもらったことは何度もあったので、こういうことは特に恥ずかしくはなかった。
 肝心の手作りハンバーグはというと、

「……美味しいです」
「良かった。……ほっとした」
「ただ、美味しいんですけど……血の臭いがするのは気のせいですかね」

 ハンバーグはしっかりと焼けているような気がするから、かかっているデミグラスソースの方なのかな。でも、ソースに血なんて入っているわけないか。

「……あっ、ごめん。ハンバーグを作っているとき、色々と妄想……考え事をしていたから鼻血が出ちゃったんだよね。そのときの血がソースに混じっちゃったのかも」
「……な、なるほど」

 妄想って言っていたぞ。きっと、俺絡みの妄想をしたせいで興奮しすぎて鼻血が出てしまったという感じだろう。毒が入っているかもしれないとは思っていたけれど、まさかの血だとは。

「でも、私の血が玲人君の体の中に入っちゃったのか……」

 すると、会長は急に顔を赤くして、

「これはもう……私達、結婚するしかないよね?」

 はにかみながらそんなことを言ってきた。
 あまりにも意味不明な流れの『結婚』なのでキュンとしたり、ドキドキしたりすることはなかった。ただ、結婚したいくらいに俺への好意が深いというのが分かったので寒気を感じた。

「ふふっ、沙奈ちゃんったら面白いことを言っちゃって」

 副会長さんはそう言ってクスクス笑っている。

「今日になってから、逢坂君のことを生徒会に入れたいって何度も言っていたのは知っているけれど、結婚したいっていうのは飛躍しすぎじゃない?」
「でも、自分の中で流れている血が彼の体に入ったと思うと、彼と1つになった感じがして。私、彼は結構タイプなので思わず結婚って言っちゃいました。できれば、玲人君の血を一口飲みたいくらいですよ」
「血を飲みたいこと以外は何となく分かるかも」
「分かっちゃうんですか……」

 思わず言葉に出てしまった。
 血の臭いがしたけれど、ハンバーグを食べたことで眠くなったり、気持ち悪くなったりすることはなかった。純粋に副会長さんや俺に食べさせたいと思いながら作ったのだと分かって、少しは可愛げがあるなと思った。
 その後も玉子焼きなども食べさせられたけれど、、体調を崩すことなくお弁当を食べたのであった。
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